【三】日常に加わった変化(★)








 こうして俺は、メッセージアプリの連絡先を強制的に交換させられてから、翌日の昼過ぎに解放された。幸い今日は、祝日だ。環の事も、送り届けてくれると約束してもらった。

 重い体を引きずり、俺は地下鉄で最寄りの駅まで向かう。
 柳楽は、何を考えているんだろう。
 瞬きをしながら、俺は、『好きだ』と言われた声を思い出した。
 だが冷静に考えて、果たして本当に好きだったならば、脅迫して無理に抱くような事をするだろうかと思ってしまう。少なくとも俺だったら、好きな相手には優しくしたいし、無理強いしたいとは感じない。

 玄関の鍵を開けて、俺は中に入った。二階建ての戸建てだ。
 インスタントの珈琲を淹れて、俺はソファに深々と座る。まだ全身に、柳楽の手の感触が残っている気がした。一口飲みこむ。

「……」

 それから俺は、ぼんやりしていたらしい。
 次に我に返ったのは、インターフォンの音がした時の事だった。慌てて玄関へと向かうと、郷原と手を繋がれている環の姿があった。

「パパ、ただいまぁ」
「――ああ。お世話になりました」
「いえいえ、皇成様のお言葉は絶対ですから」

 郷原はそう言って微笑する。当時はチワワ筆頭と呼称されていたが、今も愛らしい顔立ちをしている。会釈した俺に向いニコリと笑ったが、当時からこの笑みは上辺だけで、柳楽のためならばなんでもする性格だと、俺はよく知っている。

 俺は環を抱き上げて、それから自動車に乗り込んでいく郷原を見送った。

「あのねぇ、大きなお城みたいなお部屋に行ったんだよぉ」
「そうか」
「とっても楽しかった。また来てねって言われたよ! でもパパがいないと寂しいから、次はパパも一緒に行こうね」
「……そうだな」

 俺は純粋な環の声に、苦笑しながら頷いた。
 柳楽の家なんて考えただけで恐ろしいが、実際に豪奢なのだろうと推測はできる。

「環。もし何かされたら、必ず俺に言うように」
「うん? うん! 僕はパパにはなんでもお話するよっ!」

 満面の笑みの環を見ていたら、胸が苦しくなった。


 ――この日を境に、俺は柳楽に呼び出されるようになった。事前にメッセージアプリで、日時と場所を指定される事が多いが、当日呼び出される事もある。

「……」

 俺は会社のデスクで、柳楽からの呼び出しに、『分かった』と返事をしていた。
 そうしてスマホをしまってから、俺は俯く。
 すると俺のデスクのそばに、北條が立ち止まった。

「社長?」
「あ……ん? なんだ? どうかしたか?」

 慌てて俺は、表情を取り繕った。柳楽との事は、決して社員に知られるわけにはいかない。

「なんだか最近、雰囲気変わりましたよね」
「そうか?」
「はい。ふとした時にはなんか暗いですけど……でも、なんか艶っぽいというか」
「はは。俺はいつも通りだし、暗くはないぞ? しかし、艶? なんだそれは」

 空笑いをした俺をまじまじと見ると、北條は頷き、特に何も言わずに歩き去った。

「……」

 それから再び、俺は俯いた。気を抜くと、どうしても陰鬱な気持ちになってしまう。やはりこのままではいけないだろう。一度きちんと柳楽と話をしてみるべきだ。子供達の事を考えても、己は誇れる父親でありたい。きっといつかこの事を知られたならば、子供達は俺に幻滅するはずだ。そのまま指を組み、俺は時が過ぎるのを待った。

 ――しかし、会ってしまえばダメだった。

「っ、ぁ……ああ! 柳楽、なぁ、話を……ッっ」
「話? どんな?」
「あっ、動かないでくれ、ぁぁァ」
「色っぽい話なら、聞いてやらないことはない。焦らせって事か?」
「いやだ、ぁ、だ、ダメだ。待っ……ひ!」

 緩慢に擦り上げるような動きをされ、俺の頭は真っ白に染まった。今日はバックから貫かれているのだが、俺はもう上半身の体勢を維持できず、寝台に頭を預けた。

「あ、ぁ……」

 話さなければと思うのに、ぐずぐずになってしまった体で、俺は何も言えないままだ。

「やッ、ぅ……ンんっ」

 ゆっくりと奥まで貫くと、そこで動きを止めて、柳楽が俺に噛みついた。震えながら、俺は涙を零す。ここしばらくの間に、すっかり体を開かれてしまったせいで、気持ちよいということしか意識に浮かんでこなくなる。

「で? 話って?」
「う、ぁ……も、もう止め……っン! ああっ……ア! あ、やぁ、動いてくれ、っ」
「止めろといったのはお前だろ?」
「ち、違……あああ! お願いだ、あ、あ、待って、あ、体変になる」
「俺が欲しいか?」
「欲しい、っ、あ……ああ……」
「だいぶ素直になってきたな。その調子で、俺には逆らわないことだな」
「ンあ――!」

 結局そのまま、この夜も意識が飛ぶまで体を貪られ、話をする事は出来なかった。

 髪に触れられた感触がしたので目を覚ますと、俺が横たわっているベッドに腰かけた柳楽が、俺の頭を撫でていた。虚ろな瞳を向けると、不機嫌そうな柳楽の視線が返ってくる。

「少しやつれたか?」
「……」

 誰のせいだと思っているのか、問いかけたかった。だがそうはせず、俺は起き上がる事にした。

「帰る」
「おう」

 その後俺は、ふらふらとシャワーを浴びてから、着替えて帰宅した。
 俺がシャワーから出た時には、既に柳楽はいなかった。

 胃には嫌な不快感があり、時々吐き気がする。俺は我ながらメンタルは強い方だが、今回の柳楽との件は、思いのほかストレスになっているのだろう。そのまま俺は、保育園へと向い、環を連れて帰ってきた。すると環が、『保護者会のお知らせ』と書かれたプリントを、連絡帳にはさんでいた。メールやアプリにも、お知らせのメッセージが来ていたので、俺は日時を確認する。次の土曜日の日中に行われるそうだった。