【二】元生徒会長による脅迫(★)









 二人でエレベーターに乗り込んだのっだが、俺は終始俯いていた。
 そして学園での事を思い出していた。
 柳楽は、俺の事をいつも忌々しそうな目で見ていたし、口頭でも俺に対して嫌そうに怒鳴っていた。生徒会と風紀委員会は伝統的に険悪な仲だったというのもあるだろうが、なにかと柳楽は俺を目の敵にしていた。それは、俺の方が成績がよかったからだったと思う。柳楽は常に一番でありたかったようだが、運動能力も俺は拮抗していたし、打ち負かす事が出来ない俺を、柳楽はいつも睨んでいた。そして俺は、それを知っていて、時々気分がよくなってすらいたものである。

 皆は当時、柳楽に傅いていた。けれど俺は、その必要がなかったし、その後の人生で、関わる日が来るとは、微塵も考えていなかった。だから俺だけは、対等でいられた。

 到着した上階で、俺は柳楽の後を歩く。
 柳楽は奥の部屋の前で立ち止まると、カードキーで部屋の扉を開けた。

「入れ」
「……」

 頷き、俺は柳楽の後に従って、客室に入る。正面の大きな窓からは、夜景が見え、飛行機除けの赤い点々としたライトが視界に入った。暖色の照明は、調整されているようで、少し薄暗い。室内には、テーブルと一人掛けのソファが二つ、あとは巨大な寝台がある。テーブルの上には、ロックアイスとマドラー、そしてウイスキーの瓶があった。

「座れ」
「ああ」

 俺はソファへと向かおうとした。すると背後で笑う気配がした。

「そっちじゃねぇよ。ベッドに座れ」
「え?」

 驚いて振り返ると、そこには嘗てよく見ていたニヤリという表情を浮かべている柳楽がいた。鋭い瞳がギラギラしている。昔よりは、ずっと大人びているが、その表情は変わらない。

「脱げ」
「なっ」
「早くしろ」

 何を言われているのか、俺は理解できなかった。柳楽がそんな俺に歩み寄ってきた。至近距離に立たれたので後ずさると、俺の足に寝台が触れた。さらにぐっと近づかれたので、俺は思わず座り込む。そして困惑したまま、柳楽を見上げた。

 俺は、殴られるとか、嫌みを言われるとか、そういうことを考えていた。
 だが――脱ぐとは、一体……?

「なにを固まってんだよ。物わかりの悪い風紀委員長様だなぁ? 抱いてやるって言ってんだよ。この俺様が」
「!」

 直接的な言葉に俺は瞠目し、息を飲んだ。

「さっさと脱げ。融資を打ち切られたくなければな」
「……っ」

 俺の全身が震えだす。こんな事は、違法だ。脅迫だ。けれど、俺の知識が訴える。柳楽財閥は、このくらい簡単にもみ消すだろう。実際、学園での揉め事も、柳楽は家の力で握りつぶしていた。俺は、どうすればいい? 上手く思考が回らない。

「それとも脱がせてほしいのか? あ?」
「な……そ、そんなわけが……本気なのか……?」
「ああ。あたりまだろ。繰り返すが、俺の気分を害するな。相良、俺は気が短い。大切な会社なんじゃないのか? ん? 俺には簡単に潰せると、その優秀な頭なら分かるんじゃねぇのか?」

 双眸を細くして、意地の悪い顔で、柳楽は俺を見て笑っている。
 ――俺は、会社が大切だ。妻が残した会社でもあるし、社員の事や子供の事を改めて俺は考える。学生時代の確執が理由で、それを失うなど、考えたくもない。

「柳楽……本当に俺を抱いたら、会社に手を出さないか? 約束してくれるか?」
「おう。俺は基本的に嘘はつかないぞ」
「……分かった」

 俺は同意した。そして震える手で、スーツのジャケットのボタンを外す。それを脱いで
床に置いてから、俺は続いて、ネクタイを緩めた。しかし、手が震えてしまって、上手く出来ない。

「そんなに俺が怖いのか? ざまぁねぇな、相良」
「っ」

 すると柳楽が俺に詰め寄ってきた。軽く肩を押されて、俺は寝台の上で体勢を崩す。思わずそのまま後ろに逃れると、俺の背中が壁にぶつかった。寝台に上がってきた柳楽が、俺の正面、至近距離にいる。柳楽は、俺の首に手を添えると、俺のネクタイを引き抜いた。そしてポツポツと俺のシャツのボタンをはずし始めた。俺は全身を震わせながら、それを見ていた。端正な顔に獰猛な目をしている柳楽は、あざ笑うような表情だ。そうしてベルトを引き抜かれ、下衣も脱がされた時、俺は唇を噛み、思わず首を振った。

「柳楽、やめろ。やっぱりダメだ。俺には、体を売るなんてできない」

 俺は真正面にある柳楽の体を押し返しながら、思わず睨んだ。口惜しさと怒りで、俺の目は涙で潤んでいる。

「相変わらず、真面目で清廉潔白なんだなぁ、風紀委員長様は」
「柳楽、退け!」
「――だからこそ、堕としがいがあるんだよ。嫌だね、ここまで来て、誰が逃がすか」

 そのまま俺は、壁際に追い詰められた状態で、首元に口づけられた。
 それからすぐに噛みつかれ、ズキリとした。痛くはなかったが、思わず俺は、ビクリとしてしまう。そうして俺が硬直した一瞬の間に、柳楽は獲物を捕るような目をし、左手で俺の陰茎を握りこんだ。そのまま唇では、俺の右胸の突起をはさむ。

 妻が亡くなってから、俺は誰とも体を重ねていなかった。だからダイレクトに陰茎を握り、擦り上げられた時、思わずゾクリとした。慌てて声を飲み込む。そんな俺の反応を、ニヤニヤしながら柳楽は見ている。そもそも俺は、男との経験はない。だが――柳楽の手は巧みに動くし、ごく優しく乳頭を舐められると、俺の体はすぐに熱を帯びた。自分の体が怖い。すぐに感じ始めてしまったが、俺はそれを知られたくなくて、柳楽を睨みながら、押し返そうとした。不思議と嫌悪感はないが、ゴツゴツした指先の硬さに、俺は怯えた。相手が男だというのを、露骨に意識してしまう。俺は異性愛者だというのに、なのに、何故感じているのだろう? それは柳楽が巧みだからだとは思うのだが、自分の体が怖くてたまらない。

「ンぁ」

 俺がついに声をこらえられなくなったのは、グチュグチュと鈴口を親指で嬲られた時だった。既にダラダラと先走りの液が零れている。

 俺が涙で滲む目を柳楽へ向けた時、ベッドサイドにあった紫色のボトルを柳楽が手に取った。高等部時代に何度も押収したから、俺はそれがローションだとすぐにわかった。柳楽はキャップを開けて手にぬめる液体をつけると、俺の中に一気に二本、指を挿入した。異物感が強い。ひきつれるような、切ない感覚がし、前立腺をグリと刺激された時、俺はビクンを体を揺らした。弧を描くように入ってきた指が、俺の内側を広げていく。

 抵抗しようと思うのに、俺は衝撃が強すぎて動けない。久しぶりの快楽も最悪で、俺の体から力を奪っていく。なにより――獰猛な目で見据えられていると、空気に飲まれ、俺は気圧され、それこそ獲物のように震えるしか出来なくなった。

「俺に逆らったら、お前は全てを失う。分かっているだろ? ん?」

 柳楽が笑う。俺は、ギュッと目を閉じる。それは事実だ。どうしようもない現実だ。
 だが今、俺はそれを言い訳に、快楽に飲み込まれかけている。妻を裏切る行為だ。子供達もいるというのに。でも、気持ちがよくて、俺の体はどんどん熱くなっていく。

「あ……ぁ、ァ……」
「そうだ。そうやってただ、喘いでいればいいんだよ」

 指を引き抜かれ、それからすぐに、俺は柳楽の陰茎で貫かれた。
 呼吸が出来なくなりそうなほどの衝撃に、俺が藻掻くと、ニヤニヤ笑いながら、また柳楽が俺の首筋に噛みついた。ギュッと目を閉じると、俺の眦からは涙が伝う。

 柳楽が腰を揺さぶり始めた。その後、俺の中をかき混ぜるように動かしてから、震える俺の両手首を握り、壁に押し付けて、俺の唇を奪った。舌を絡めとられると、本格的に呼吸が出来なくなり、俺は震えながら涙を零す。

「んぅ、っ」

 柳楽が俺の体を少し抱き寄せてから、強引に押し倒した。内部で陰茎の角度が変わる。
 そこからは、激しく打ち付けられた。

「あ、あ、あ」

 その度に、もう堪えられなくなり、俺は大きく喘ぐ。動きに合わせて、声が出てしまうのが止まらない。こんなのは嫌だというのに、快楽がどんどん強くなっていく。

「何も考えずに、俺に従え。そうすれば、助けてやるぞ?」
「ん、っぅ……あ、あ……あ――っ」

 そのまま、柳楽は一際強く動き、それから陰茎を引き抜くと、俺の腹部に射精した。ダラダラと俺の腹筋を、白濁とした液が染めていく。ぐったりとして、俺は震えた。すると柳楽が俺の陰茎を軽く撫で、俺に射精を促した。

 肩で息をしていた俺を、柳楽が抱き起す。そして今度は、俺の体を反転させ、後ろから抱きしめて、また挿入してきた。

「ま、待ってくれ、まだ――」

 果てたばかりで、体が辛い。今動かれたら、きっとおかしくなってしまう。
 すると俺の首元をぺろりと舐めてから、柳楽が笑う気配がした。

「そうか。じゃ、動かないでいてやるよ」

 柳楽はそういうと、俺の最奥を貫いた状態で、俺の胴体に腕を回し、ギュッと抱きしめた。突き上げられていると気持ちはいいのだが、俺はやっと呼吸をする時間を与えられて、大きく吐息する。

 だが――これは、間違いだった。
 五分もする頃には、俺の全身はびっしりと汗をかき、小刻みに震え始めた。俺の瞳には、チカチカと情欲が宿っていたと思う。

「あ……っッ」

 柳楽は動かない。俺の最奥をずっと押し上げたまま、全く動かない。腕を回されている俺は、動けない。俺は目を見開き、唇を震わせる。

「あ、ぁ……あ、や、柳楽……」
「なんだ?」
「あ、ァ……嫌だ、やめろ、離してくれ。抜いてくれ」
「本当にそうされたいのか? 違うだろ?」
「んぁああ、や、やだ、動いてくれ」

 俺の理性が倒壊した。俺は先ほどのように激しく貫かれたくて、たまらなくなり、それしか考えられなくなった。どんどん内側から、何かがせり上がってくる。体が熱い。

「柳楽、ぁ……ああああ」

 ギュッと目を閉じ、俺は震えながら泣いた。そんな俺の耳の後ろを、ねっとりと柳楽が舐める。その感触にすら、俺は感じ入った。

「あ」

 その時だった。俺は絶頂感に飲み込まれた。最初、俺は何が起きたのかわからなかった。目を見開く。

「あああああああああああああ!」

 俺は絶叫した。動かれてもいないし、前を触られたわけでもないのに、俺の内側からせり上がってきた快楽が、確かに俺に壮絶な絶頂感を与えている。ずっと射精しているような感覚に陥ったのだが、その波は長くて、俺の全身を絡めとっていく。俺はガクガクと震え、足の指を無意識に丸め、ギュッと柳楽の陰茎を内部で締め上げる。

「初めてで、よくイけたな。ドライはどうだ?」
「あ、あ――、――」

 俺は柳楽の胸板に背中を預け、唾液を零す。強すぎる快楽で、俺の理性は完全に飛んでいた。だから柳楽がハメ撮りをしていた事になんて、俺は気が付かず、それからすぐに気絶した。


「ん……」

 目を覚ますと、俺はシーツの上で眠っていた。腹部にはドロドロの精液がそのままあるし、後孔からも漏れ出している。俺は気絶した後も抱かれ続けていて、何度か目を覚ましたが、すぐにまた気絶した。それをおぼろげに覚えている。

「おう、起きたか」

 するとシャワーを浴びてきた様子の柳楽が、俺を見た。
 腰に力が入らず、全身が気怠くて、俺は起き上がる事が出来ない。
 喉もカラカラで、声が出てこない。

 だが、俺は腕時計を見て、既に午後の十時を回っていると気づき、必死で起き上がろうとした。そんな俺を、歩み寄ってきた柳楽が支えた。

「さて、次はどんなふうに抱くとするか」
「……子供を迎えにいかないと」

 保育園は八時までだ。

「ああ、秘書に迎えに行かせた。覚えてるか? 俺の親衛隊長の郷原の事」
「覚えている。でも、迎えに……?」
「そうだ。今夜は、俺の家で面倒を見てやる」
「……」
「だから思う存分俺に抱かれろ。抱きつぶしてやるから、覚悟するんだなぁ」
「……環には、手を出さないでくれ」
「ん?」
「子供だけは、何もしないでくれ」
「――俺だって、そこまで鬼畜じゃねぇよ。そこは、安心しろ」

 俺が不安になって瞳を向けると、目を丸くしてから、初めて柳楽が微苦笑した。その顔が、少しだけ優しく見えた。だからつい、俺は尋ねた。

「なぁ、柳楽。どうしてこんな事をするんだ? そんなに俺が憎かったのか?」

 掠れている俺の声を聴くと、神妙な顔をしてから、柳楽が薄く笑った。

「逆だ、バーカ」
「?」
「俺様は、ずっとお前が好きだったんだよ。忘れられなかった」
「っ」
「どんな手を使っても手に入れてやろうと、ずっと思っていた。俺は、欲しいものは逃さねぇ。もっともっとドロドロにして、俺無しではいられなくしてやる。楽しみだなぁ、風紀委員長様は一体どんな風に俺に堕ちる事やら」

 楽しそうにそう言って笑ってから、柳楽が俺にのしかかってきた。
 呆然と俺はそれを見上げる。

「これからは、俺が呼び出したら必ず応じろ。会社が大切なら、な」
「……っ」
「さて、挿れるぞ」

 この夜、俺は何度も理性を飛ばし、泣き叫び、朝になるまで解放されなかった。