風紀委員に成り代わった俺は、生BLを堪能する!



「もうすぐ会議だ」

 起きる手前、夢現にそんな声を聞いた気がした。
 そして起床してしばらく経った現在――……うわー!

 俺は、セミダブルに近いふかふかのベッドの隣に立ち、思わず拳を握りしめた。
 嬉しい、嬉しすぎて、テンションが上がりすぎて困る。
 胸がドキドキする。

 改めて室内を見回してみる。
 これはスチルで慣れ親しんだ、風紀委員専用の一人部屋だ。

 普段、不良や強姦魔を取り締まっているため、一人のところを報復されないように、風紀委員は万全の体制のセキュリティがしかれた一人部屋を特権として与えられているのだ。これは――全て、BLゲーム【生徒会の犬】の知識である。

 どんなゲームかというと、主人公は、風紀委員だ。

 そして、生徒会メンバーや風紀委員長、教師と恋愛をするシミュレーションゲームである。ただ、難易度が高く、基本的にバッドエンドを見ることになる。

 見ないとキャラによっては、ハッピーエンドが見られなかったりもする。

 そのバッドエンドが、【生徒会の犬Ver1】から【生徒会の犬Ver5】までの、陵辱快楽堕ち調教ENDだったりする。

 タイトルがここから来ている通り、このゲームはどちらかというとバッドエンドのエロスチルを楽しむゲームだった。鬱ゲでは無いが。

 しかし、大抵の場合、正義感が強い主人公が、注意をしたり、強姦場面に割って入って代わりに無理矢理されてしまったりという、何らかの積極的な行動が契機となって、バッドエンドに展開していく。

 だから俺は度々思ったものだ。なんで余計なことをしてしまった……そこでスルーしていれば、君は無事だったのだぞ……と。

 さて、俺は腐男子だ。BLゲを愛している(無論、小説も漫画もアニメも)。
 そのためすぐに、ピンときた。
 自分が現在、その【生徒会の犬】の世界にいることに。
 しかも主人公だ。

 最初はちょっと焦った。ここ、どこだ? という謎は、すぐに自己解決したとは言え、なぜゲームの世界にいるのかわからなかった。現在は、高校二年生の新学期を始める数日前、ゲームではスキップ余裕だった春休みの期間らしいと、カレンダーを見て最初に判断した。その後、夢だな、と、俺は判断して、お昼寝を決意した。

 だが、寝て起きても、部屋は変わらず、俺はもう認めるしかなかった。
 こ、れ、は――成り代わりである、と。
 俺は、ゲームの主人公になってしまったのだ。

 そう気づいた時には冷や汗が出た。
 それが数時間前のことである。

 何度か表札を確認に行ったが、そこにはゲーム主人公のデフォルトネームである、『榛名静玖(はるなしずく)』という名前がしっかりと書かれている。ちなみに俺の本名も、偶然にも『榛名』だ。下の名前は違うが。

 続いて鏡を見に行けば、そこにはスチル通りの――ただし、生身の感覚がある美少年が映っていた。

 風紀委員なのに、明るい色に染めた髪の毛。金色だ。俺は人生でこんな色にしたことはこれまでなかった。そもそも俺は、冴えない顔だった。ピアスも開けたことがないが、今の俺にはバッチリはまっている。大きめの猫のような目で、緑色の瞳だ。色白で、肌はすべすべである。華奢だ。可愛い、我ながら可愛い。

 しかし表情は紛れもなく俺のもので、完全に萌え対象を見ている気持ち悪いニタニタ笑いが浮かんでいた。まずいまずいまずい、顔が崩れてる……!

 公式データだと、身長174cmの体重52kgだったはずだ。
 元々は、本人も不良だった設定だ。

 このままだと、やばい――もし、ゲーム通りに展開が進むなら、俺は陵辱される。輪姦される。無理無理無理。俺は腐男子であるが、自分がされるなどというのは想像したくもない。

 そこからの俺の行動は早かった。
 まず、髪の色を黒に戻した。目の色は生まれつきらしいので諦めた。

 そしてオシャレな髪型だったものを、前髪を下ろして、もっさりした感じに変えた。
 これは、悲しいことに、現実の俺の髪型に戻したと言える……。

 俺は会社のみんなに「ダサ」と言われていた。
 なお、俺の会社はブラックだ。
 だからこそ帰宅してBL世界に逃避するのが唯一の幸せだった。

 それも手伝い、腐男子が生BL見たさに男子校に入学して総受けになるという小説の知識も、もちろん持っていた。俺は乱読型で雑食だ。

 その後、着崩していた制服をきっちりと着込み、シャツをベルトの下に入れて、俺は鏡をじっと見た。用意した伊達メガネを着用する。結果、どこからどう見ても、風紀委員らしい風紀委員(ただしダサい)が、完成した。目立たない。俺には、もともと気配はなく、存在感もなく、それはこちらでも発揮されそうだった。

 こうして俺は、目立たない、一風紀委員の風貌を手に入れたのである。
 これならば、これならば、空気的に過ごせるはずだ。
 俺は何もしないと決意しているから、悲惨なエンディングを迎える心配も消えた。
 外見で一目惚れされることもないはずだ。

 と、いうことは――……?
 そこで俺は気づいたのである。

 生BL見放題だ。なにせこの学園は、男子校というより、やおいファンタジーの学園だから、全員がホ○で、同性に恋してイチャコラしている世界なのだ。わー!

 しかも部屋は豪華で、俺は風紀委員で、生活も保証されている。
 さらに遥か昔に終わってしまった学校生活まで体験できる……!
 それも俺が現実で通ったような高校ではなく、BL学園で!
 夢でも良い、覚めるまで俺はこの生活を謳歌する!

 俺はそう決意し、まず少し見回りをしてみることにしたのである。
 何をすれば良いかは、ゲーム知識で頭に入っていた。
 ただてくてく歩けば良いのである。腕に風紀委員会の腕章をつけて。

 こうして見回りをしてきた結果、各地で生BLを見ることに成功した。
 そして存在感ゼロの俺には、誰も気付かなかった。
 完璧だ、完璧すぎる。

 喜びに震えながら、このようにして俺は部屋に戻って、現在だ。
 風紀委員に成り代わった俺は、生BLを堪能する!
そう決意して、俺はベッドに座り、一人ガッツポーズをしたのだった。



 主人公の榛名こと、”俺”は、ゲームでも自炊していた。
 見た目に反して料理がうまいという設定だった。
 そこで作ってみたのだが、明らかに現実の俺と同じ力量で、料理は不味かった……。

 その事実に、俺は少し焦った。
 ゲームでは、主人公は腕が立つ。しかし俺は、喧嘩をすれば殴り飛ばされるタイプだ。
 試しにクッションを殴ってみたが、俺、どう考えても死ぬほど弱い。

 これ、風紀委員として大丈夫なのだろうか……少し悩んだ。
 悩みつつも初日は眠った。

 朝、俺は起き上がり、カレンダーを見た。
 赤マルがついている。これは、主人公が忘れっぽいため、風紀委員長が、風紀委員会の会議の日に丸をつけたカレンダーを渡したからという設定だったはずだ。几帳面に時刻も書いてある。そういえば、起きる前に会議という声を聞いたなと思い出した。

 俺は、シャワーを浴びてから、携帯を見た。するとそちらのスケジュールにも、本日午後二時からの会議の日程が記されていた。さらに、トークアプリで、『遅刻するなよ』というメッセージも入っていた。こちらも風紀委員長からである。

 なお、風紀委員長は、ハッピーエンドにたどり着くのが最も難しいキャラクターだった。しかしながら、たどり着くと一番甘いのが風紀委員長であり、ゲームで唯一のほのぼのとした学園恋愛ENDを楽しむことが出来ると評価されていた記憶がある。最後には指輪をくれるらしい。

 ちなみ俺はこのキャラだけはまだ未攻略だ。無駄に風紀委員長には、オカルト設定があって、実は魔術師だから召喚可能みたいな、俺が好きじゃない要素がくっついていたからである。ちょっとメタ的なエンドだとも聞いたことがあるが、ネタバレを見る気は起きなかった。なんというかこういう設定は、オカルトな会社の同僚を思い出すのもある。イケメンリア充だから、爆発しろと思って、好きじゃないのだ。仕事ができる男で、俺にないものしか持っていないのである。だから――ええと、別段俺の好みではなかったが。

 俺のイチオシは、やはりメイン攻めの生徒会長だった。執着攻めに全てを支配される受け。どちらかというと俺は、総受けより、固定CPが好きなのかもしれない。いいや、バッドエンドの【生徒会の犬Ver2】の、生徒会長&副会長×主人公の3Pも良かったなぁ……。

 そんなことを考えているうちに、会議時間が迫ってきたので、俺は早めに部屋を出た。

 そして、二時十分前。
 俺は、少し緊張しながら扉を開けた。
 すると、室内の視線が俺に集中し――……そこに、奇妙な沈黙が生まれた。

「――榛名か?」

 正面の執務机の上で両手を握っていた委員長が、ポツリといった。

「はい」

 俺が頷くと、室内が少しざわっとした。しかし俺は気づかないふりをした。

「時間より早く来たこと、まず褒めてやる」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます!?」

 俺の言葉に、風紀委員長が声を上げた。
 西塔広隆(さいとうひろたか)委員長である。

「お前が、お、俺に褒められて、ありがとうございます、だと!?」
「……」
「そ、それにその格好、一体どうした、何があった!?」
「二年生になったので、風紀委員の自覚を持って、きちんとした服装を心がけようと思っています」

 俺は断言した。完璧だろう。室内には、相変わらず不可思議な沈黙が流れている。

「そ、そうか。それで昨日は自主的に見回りをしたのか?」
「はい」

 見回りの件を何故知っているのかは聞かなかった。
 風紀委員会の情報網はすごいというゲーム知識だけあった。
 具体的には全く知らないが。

「高熱を出したとか、頭を打っただとか、何か、そうだな、とにかく何かあったか?」
「いいえ、いたって健康です。健康が取り柄です」

 これはゲームでもそうだった。主人公は、元気が取り柄なのだ。
 風紀委員長は、笑顔の俺を、まじまじと見ている。
 明らかに怪訝そうで、目を疑っている。

「――何か企んでいるのか?」
「何も企んでいません。風紀委員会の職務を全うしたいだけです」
「そ、それは何よりだ。だが、そこまで丁寧な口調でなくて良い」
「いいえ、委員長に対して、そういうわけには……」
「……まぁ、良い。座れ、会議の時間だ」

 委員長はそう口にすると、嘆息してから空席を見た。
 素直に俺はそこに座った。
 委員長は、風紀委員会の腕章を手でくるくる回している。

「本日の議題だが、新学期からの、見回りの組み分けと、配置および曜日の決定だ」

 二時の時計の音が鳴り終わった時、委員長が言った。
 そして副委員長を見た。副委員長は、ホワイトボードに『組み分け』と書いている。

「あー、その……本来は同学年同士なんだが、一人、非常に行動が気になる委員がいるため、俺はその者と組もうと思うんだが、異論はあるか?」
「「「「ありません!」」」」

 委員長の言葉に、全員が声を揃えた。俺以外だ。俺は、その委員とは誰か考えていた。
 すると副委員長が、『1組:委員長&榛名』と書いた。ちなみに委員長は一学年上だ。
 ――え!?

「ちょ、ちょっと待ってください。なんで俺!?」
「鏡を見て来い」
「!!」

 俺は衝撃を受けた。完璧に真面目そうな風貌のはずなのに……!
 しかも満場一致で、俺は『行動が気になる委員』とされてしまった。
 なんということだ……!

 それはそうと――少し焦った。

 実は、風紀委員長とのハッピーエンドの条件が、同じ見回りの組になる事なのだ。
 これが非常にゲームでは難しかったのだ。
 しかし、バッドエンドのひとつにも、同じ組みになるというものがある。
 この二つの攻略時の見分け方は、『何組か』だった。

 ――1組……え、これって、どっちだっけ……!?

 いいや、待て待て、まだまだ挽回は可能だろう。
 なにせ見回りは、信用されると、時間短縮のために別行動となるはずだ。
 ゲームではその際に襲われたりするのだが、そこは俺は回避行動を取れる。
 俺は一人で動揺を静めながら、大きく吐息した。

「わ、わかりました。よろしくご指導ください!」
「あ、ああ……そうだな、よろしく頼む」

 風紀委員長はといえば、目が泳いでいた……。俺は笑うしかなかった。
 なお、俺達の組は、毎週月曜日の午前中と水曜日の午後に、西区角の見回りをすると決まった。頑張ろう……!

 このようにして、俺の最初の風紀委員会は、幕を下ろした。


 さて、俺は自室へと戻った。2DKの部屋である。

 寝室と勉強部屋とダイニング、キッチンだ。リビング兼用のダイニングのソファに座り、俺は膝を組んだ。ふかふかのソファ、さすがに豪華だ。一流のお金持ち学園設定だったと思う。

 寮の外観は、超高級ホテルのようだ。
 なお、校舎は城である。
 古き良きものと最先端を両立させ、学園のみがある街――という設定だった。
 実際に見ると、迫力があった。

 ――新学期開始まで、残り二日である。

 俺は本日思ったが、最低限、身の回りのことや、人々について把握しておくべきだ。
 ゲーム知識だけでは、乗り切れないかもしれない。
 幸い、机の上にあった春休みの宿題は終わっていた。
 主人公、やんちゃに見えて頭は良い設定だった。しかし今後が死ぬほど不安である。

 それはそうと、本音を言えば、生BLが見たかった。
 寮の監督生とか、寮父さんとかも気になる。
 ビルなので、各階ごとにいるのだ。

 風紀委員会と生徒会役員の部屋は、最上階にある。
 エレベーターホールは開けていて、自販機の他、観葉植物と夜景が見える窓とソファがあったはずだ。食堂は八階で、豪華なレストラン。しかしこちらは、特権階級(つまり俺のような風紀とか)の生徒しか入れない。そういうものを、俺は直接見たかったのだ。

 ワクワクしながら、俺は部屋を出た。

 そして歩いていると、声が聞こえてきた。

『ぁ……ン、っ、ああっ、ふ』

 !!!!!! 慌てて俺は、その方角を探った。
 そして壁に身を隠しつつ、チラっと少し扉が開いている部屋を見た。
 表札を一瞥する。あ、あそこは……生徒会長の部屋だ!!
 壁に背を当てたまま、俺は忍者のように移動した――そして気づいた。

 あ。俺、現実ではこんな動きはできない! 殴れないと思ったが、身体能力は絶対に上がっている……! それもそうか、外見が変わったのだから、筋肉のつき方とかも変わっているはずだ!

 気配を殺して中を見る。

『ぁ、ぁ……会長様ァ』
『気持ち良いかァ? このど淫乱』

 俺は目を見開いた。意地悪く笑っている生徒会長は、生徒会長親衛隊の隊長、陽向理央(ひなたりお)を、後ろから突き上げていたのだ。思わず鼻と口を片手で覆う。鼻血が出そうだ……!

『こうされるのが好きか?』
『大好きですぅ……ぁ、ぁ、もっとぉ――!! ああっ、激しッ』

 完全に同意である。こ、これが、生BL……!
 俺は――そっと踵を返した。
 学内での不順同性交友はダメなのだが、寮内では見逃すと風紀委員会は決定している。

 それもあるし……なんというかその、俺は戦慄を覚えていたのだ。
 俺の頭の中の生BLは、もっとこう、甘酸っぱいイチャイチャであり、こういう生々しいものではなかったのだ……まぁ、ゲームがゲームだったというのはあるし、ああいうゲームだって雑食の俺は美味しく召し上がるわけだが、こう……じれじれと両片想いでくっつくみたいなのが見たいのである。あの二人、どう考えてもそうじゃない。

 ――いいや、待てよ?

 生徒会長に対して恋している親衛隊長、ドSを装いつつ、本当は愛している生徒会長……? こ、こういうのは、どうだろうか?

 あ、なるほど。二人の関係性とかは、自分で勝手に妄想して保管すれば良いのか。
 俺の腐男子力が少し上がった気がした。


 そのまま生徒会長×親衛隊長の妄想を続けながら、俺はエレベーターに向かった。
 まずは全学生が利用できる、二階の食堂に行き、他に萌えられそうな人々をチェックすることに決めたのである。ボタンを押して、エレベーターの到着を待つ。

「あれ? 榛名くん? こんな時間にどこに行くの?」

 すると、後ろから声がかかった。振り返るとそこには――生徒会の副会長が立っていた。
 つやつやのチョコレート色の髪をした、王子様のような煌く外見の生徒だ。

「ちょっと食堂に」
「ふぅん。珍しい格好をしているね」
「そ、そうか?」
「うん。きっちり服を着てるのも、新鮮で良いね。この学校、制服だけは着崩してても風紀も許してるから、僕だけきっちり来ているみたいで、居心地が悪かったんだよね。仲間ができて嬉しいな」
「は、ははは」

 にこやかな副会長に対して、俺はから笑いしてしまった。
 確かに、副会長は、制服をきちんと着ている。
 なお、このゲームの二次創作だと、生徒会長×副会長だとか会計×副会長は、非常に人気があった覚えがある。そう、確か、「きっちりしたあの制服を脱がせたい」と……あ!? え、それ、俺には当てはまらないよな? 俺は、ちょっと焦った。

 それから雑談をしつつ、二人でエレベーターに乗った。
 副会長は、一階の高級スーパーに行くらしい。
 二階についたところで、俺は降りた。

 まぁ俺の服装はともかくとして、副会長受け妄想は楽しいかも知れない。
 一応目的通り、俺は新たなる萌えを見つけた。

 しかし、食堂では、特に見つけることはできなかった。
 ――さらに。

 俺はその後……なんと、ごくごく普通の生活を送り、秋になってしまったのである。
 結果、非常に真面目に行動していた俺は、次の風紀委員長になってしまった。
 なんということだ……。

 現実なんてこんなものか。所詮、中身が俺では、学園も普通の流れなのか。
 大事件が起こったのは、そんなある日だった。
 俺は見回りをしながら生BLが無いかとこの日も探していて――後ろから後頭部を誰かに叩かれたのである。

 そこで俺の意識は暗転した。
 そして――俺は、自分の声で目を覚ました。

「やぁ……っ、ふぁァ」

 え。
 俺は呆然とした。太股を押し広げられ、陰茎が入り口に入り込んでくる。

 自分からあがった甘い声に狼狽えていると、ぐぐぐっと体をすすめられて、俺の息が喉で凍り付いた。俺の体を暴いているのは、生徒会長だった。

 逃げようと腰を退こうとしたところで、俺は後ろから抱きしめるようにして体を拘束されていることに気づいた。片手で俺の胸の突起をはじき、もう一方の手で陰茎を撫でているのは、副会長だ。

 ちょっとまて、気持ちいい、って違う、知ってる、俺はこの場面を知っている。

「あ、ハ……っっっ、ン――!!」
「いいざまだなァ、榛名」
「ふふ、可愛いですよ、風紀委員長」

 こ、れ、は。
 生徒会長と副会長共通のバッドエンド『生徒会の犬Ver2』だ。

 冷静にそんなことを考える反面、グチャグチャと音が響くたびに体が熱くなっていく。腰の感覚がなくなっていった。肌を打ち付けられ乾いた音もするのだが、結合部分からは粘着質な音が響いてくる。出したいと強く思った時、副会長に根本を強めにもたれ、後ろから首筋に噛みつかれた。

「ああっ、うあッ」
「風紀委員長がこんなに淫乱だとはなァ」
「そのお堅い仮面、はいでさしあげますよ」
「あ、ああっ、ン――!!」

 何も考えられなくなっていく。快楽が強すぎて、ボロボロと涙が頬を伝ってくる。
 その時強く中を抉られ、内部に熱い飛沫が飛び散るのを感じた。
 生徒会長が俺の中で果てたのだ。すぐにずるりと凶暴な肉茎を引き抜く。

「あ、ひぁァ」

 すると今度は四つん這いにさせられて、後ろから副会長が押し入ってきた。
 生徒会長には指を口の中へと突っ込まれ、舌を嬲られる。副会長はと言えば、常々浮かべている穏やかな微笑など嘘であるように、すごく激しく打ち付けてきた。息苦しい。

 しかし気持ちが良い。

 未知の快楽なのだが、痛みはないし、ただただ快楽だけが体を絡め取る。やっぱりこれはゲーム仕様の体に作りかわっているんじゃないだろうか。やおい穴だ!

 そのままきゅっと両手で乳首を摘まれて、激しく突き上げられた瞬間、俺は果てた。
 俺、ノンケなのに……体の気怠さに泣きそうになった。

 そうして、俺は意識を手放した。
 え、どうして俺、バッドエンドに進んだんだ、そう思いながら。


 ――俺は、目を覚ました。体がだるいし、気分が億劫だ。

 周囲を見渡し、自分の部屋にいると気がついた。
 奴らの姿はない。運んでくれたのだろうか?
 そう考えて、カレンダーを見て――……目を疑った。

 なんと、そう、なんと……カレンダーには赤マルがついている。
 現在春休み、もうすぐ高二の新学期……――は!?

 戻っているようだった。携帯を確認する。
 俺はドクドクいう心臓をしずめる努力をした。
 どう考えても、俺がゲーム世界にいると気づいたその日に、世界が戻っているようだったのだ。そこで俺はハッとした。エンディングを迎えると、ゲームは最初からになる。も、もしかして、そうなったのか? 驚いて、目を見開いた。

 いや、そんな、まさか。
 そうは思いつつ、俺は洗面所まで走った。
 そこには、髪の色が金髪の、最初の通りの榛名(俺)の姿があった。
 ――え?

 も、もしや、やり直せる?
 俺は目を見開いた。そうであるならば、卒業まで延々と生徒会長&副会長に嬲られるというあのバッドエンドから解放されたということであり、あれを回避できるということに違いない! とりあえず、過ごしてみよう。そして、今度こそ、平穏な日常を!

 俺は一人決意し、今回は、外見はそのままで行くことにした。
 そして、夏が来た頃のことだった。


 ――俺は生徒会庶務の双子の実家である大手製薬会社の実験室にいた。

 同じクラスになった双子に、一緒に宿題をしようと言われて、連れて行かれたのである。
 俺は、今度こそ大丈夫だと安心しきっていた。

 だが。

 現在俺は、服を剥かれていて、首には黒い首輪、背後で手首をやはり黒い手錠で拘束され、M字開脚されている。

「あああ、ひ――!!」

 首筋に、もう何度目になるのか分からない注射をされる。当然媚薬だ。

 そして電極のような玩具を両方の乳首に当てられるだけで、俺の陰茎は反り返ったのだが、根本を革製のベルトで拘束されているため果てられない。双子の兄は、俺の乳首を楽しそうに玩具で弄っている。もう一人は極太のバイブを中へとつっこみ笑っていた。

 機械的な振動に、全身が震え、背が撓る。目を見開いた俺は哀願していた。

「やめて、やめて、やめてくれ、も、もう、おか、おかしくなるからッ――うああああ」
「「まだまだでしょぉー?」」

 そう言うと片方がわざとらしく俺の太股を撫でてから、台にぐっと足を押しつけてきた。
 ただでさえ力が入らず身動きが取れない俺の下腹部が、大きく広げられる。
 双子の弟は、バイブの振動を止めると、黒くて細長い棒を取り出した。

「今日は前からイイところいじっちゃおっ」
「いいねっ、もう前からイれられないと駄目な体にしちゃう?」
「ありだねっ、キャハ、榛名くんエロエロー!」
「やめ、やめてくれ……あああああああああああああああああああ!!」

 そのまま、陰茎をもたれ、尿道から棒が入ってきた。ゆっくりと弧を描くように進められて、俺は硬直した。両足の先が丸くなる。

「あ、は……ああ……あ、あ……――うあン――!!」

 小刻みに棒の先を叩かれた時、俺は陰茎の側から前立腺を暴かれて、頭の中が真っ白になった。何かが焼き切れるような感覚がして、バチバチと電流が走ったようになる。

 そこにトントンと小さく力を加えられた瞬間、俺は気絶した。


 そしてまた――自室の寝台の上にいた。
 春休み、もうすぐ高二の新学期である……。

 いや本当、ちょっと待とう。
 俺、今、未知の快楽に、開眼してしまったかも知れない。
 気持ち良すぎておかしくなるところだった。正直一瞬おかしくなっていた。

 ――ゴクリと唾液を嚥下する。俺は頭を抱えた。

「待て待て待て、よ、よし、三度目の正直だ!」

 こ、今度こそ、平穏な生活を送ると決意し、俺は再び生活を開始した。



 「ん、ふ……」

 俺はピチャピチャと後ろの襞を舌先で舐められていた。
 思考がぼんやりとしていて、体に力が入らない。

 若い理事長が、その時指にローションをたっぷりとまぶし、俺の孔の中へと指を一本進めてきた。

「あ……」

 第二関節までゆっくり入り、浅く抜き差しされる。
 もどかしくて俺の腰が震えた。その刺激だけで気持ちいい。
 やはり体はゲーム仕様になっていると思う。何をされても気持ちが良いのだ。

「あ!!」

 二本目の指が入ってきて、ネチャリと音がした。しばらくゆっくりと抜き差しされてから、次第にその動きが速くなっていく。その後円を描くように掻き混ぜられ、二本の指をくいと曲げられた。瞬間、おかしくなってしまう箇所にそれが触れ、俺は声を上げた。

 こりこりと前立腺を刺激され、間断なく声を漏らす。そうしていたら、指が三本に増え、今度はバラバラに動き始めた。頬が熱い。思わず舌を出して呼吸すると、カメラがアップで迫ってきた。恥ずかしい。俺は、撮影されていた。

「白い肌が上気していて非常に扇情的ですね。乳首なんてもう真っ赤」

 報道部がそんな実況を挟んでくる。
 学園中に、この映像は流れていると、俺は知っていた。
 これもまた、ゲームのバッドエンドの一つだったからだ……。

 そのまま指で中を刺激され、一度俺は果てた。そして、意識を失うまで犯された。



 ――俺、これはもう、ちょっとどうして良いか分からない。
 四度目の高二の新学期直前、憂鬱な気分で、俺はベッドに座った。
 そうしていたら、部屋のインターホンが鳴った。

 誰だろう、まさかこの日からのバッドエンドは無いしな、と、考えながら出てみると、そこには風紀委員長が立っていた。

「どうした、顔色が悪いな」
「……いや、その」

 俺はもう、委員長に対しての敬語もなく、中身は元々の俺になっていた。

「何か用か?」
「ああ、ちょっと聞きたいことがあってな」
「なんですか?」

 投げやりな気分で俺は尋ねた。

「どうして、俺とのハッピーエンドを選ばないのかと思ってな」
「――え!?」

 響いた声に、俺は瞠目した。今、風紀委員長は、一体なんて言った!?

「ど、どういう、意味……?」
「いやな、俺はある日自分の世界に疑問を持って、ここがゲームの世界だと気づいたんだ。そしてプレイヤーのお前を見て――初めて男に惚れた」
「え」
「それでお前を召喚してみたんだが、お前は俺を選んでくれない」
「ま、待ってくれ、じゃあ俺がここにいるのって……委員長のま、魔術!?」
「そうだ」
「!! 現実世界に返してくれ!! ここよりまだブラック企業のほうがマシだ!!」
「それはできない。一方通行なんだ――ひとつだけ方法はあるが」
「なに!? その方法ってなんですか!?」
「ハッピーエンドを迎えて、全ENDクリア状態になれば良い。お前の場合、残すは俺とのハッピーエンドだけだからな」
「……」
「俺との結末は、そんなに嫌なのか?」
「え……」
「お前は甘い関係よりも、汁だくの陵辱が好きなのか?」
「そんな訳無いだろう!」

 俺が思わず叫ぶと、委員長が大きく頷いた。
 そして俺を抱きしめた。

「ずっとこうしたかったんだ。お前が喘いでる姿を見るのも嫌じゃなかったが」
「いや止めろよ。これで良いのか?」
「いいや。お前が俺に惚れなければ意味がない」
「そんなことを言われても」
「――これから、じっくり攻略してやるから、待っていろ。逆に、俺がな」

 このようにして――今度は最初からルートが決まっている状態で、生活がスタートした。俺はその内に、本当に委員長が気になるようになり、その年の文化祭の後、結ばれた。委員長は、俺に指輪をくれると約束した。


 ――その時だった。あたりに光が漏れた。



「起きろ、榛名」
「……ぁ」

 俺はヨダレをこぼして、会社のデスクに腕をあずけて寝ていたらしかった。
 ポコンと丸めた書類で俺の頭を叩いた西塔先輩を見る。
 オカルトな会社の同僚で、趣味は魔術だと聞いたことがある――って、あれ?

「!」

 俺は飛び起きた。さっきまでの甘いひと時の記憶が吹っ飛んだ。
 冷や汗が浮かんでくる。え、夢? まさかの夢オチ?

「もうすぐ会議だ。準備は出来てるんだろうな?」
「は、はい!」

 西塔先輩は目を細めて頷くと、隣のブースに座った。
 俺はそれを一瞥してから、慌てて携帯を取り出した。そしてBLゲのアプリを起動する。 ――【生徒会の犬】というゲームがきちんとある。
 俺はエンディングリストを見た。すると風紀委員長とのハッピーエンドが、攻略経験がないのに入っていた。慌ててストーリーを確認してみると、俺が見た夢の通りに、風紀委員長が魔術でプレイヤーを呼び出したというメタストーリーになっていた。ハッピーエンドって、これだったのか! メタエンドだからネタバレ禁止と書いてあって、評判は知っていたが、内容の詳細は知らなかったのだ。

 え? とすると俺は、ハッピーエンドに入り込みすぎていたのだろうか?
 夢じゃなくて、単純にゲームをやっていたのか?
 そう考えるとしっくりくる気もした。

 だが――風紀委員長の苗字は、『斎藤』だった。
 しかし俺の記憶だと、『西塔』だ。隣に座っている先輩と同じだった。

 顔も確認するが、どう考えても隣に座っている先輩を若くした感じであり、スチルとは違った。え、俺、何これ、西塔先輩を想像しながらゲームをしていたのか?

 俺、は、ノーマルなのに!! そう考えた途端、カッと頬が熱くなった。

 横に座っている先輩との甘い恋愛場面が、勝手に頭に浮かんでくる。もちろん、学園設定で。うわぁ。俺は自分で自分にひいた。

 その時、ぎしりと椅子の背に体をあずけて、先輩がこちらを見た。
 目があった瞬間、俺は赤面した。
 先輩はいつもどおりの冷静な顔だ。そんなところまで風紀委員長そっくりだ。

「やっぱりこちらの姿のほうがいいな」
「――え?」
「熱心にゲームをしているから、どんな内容かと思ったら」
「!?」
「まぁ、お前を俺に惚れさせるという目的は達成できたから良い」

 そう言うと、先輩が、手でくるくると――風紀委員会の腕章を回していた。
 俺はポカンとした。

「大抵の魔術師キャラには入れるんだ」
「へ? それ、どういう意味――」
「さて、会議だ。行くぞ」
「え、え、え!?」
「終わったら、きちんと指輪をはめてやるから」

 こうして――俺と先輩は、『現実』でも付き合うことになったのだった。