お断りだ!




「那珂川海(なかがわうみ)さん、好きです付き合って下さい!」

 現在の俺の正面。
 目をギュッと閉じ、真っ赤な顔をした同級生の、都村眞琴(つむらまこと)が立っている。盛大な告白だ。声も大きい。周囲の視線も集まっている。

 言っては何だが、俺はモテる。同じ顔の作りの双子の弟も、そりゃあもう、モテる。この都村のように、同性ながらに告白してくる人間も少なくは無いし、俺も性別はあまり気にしない。そして、現在の俺の好きな人――それはまさしく、都村だった。

 ……。
 しかしながら、『那珂川海』は、俺の弟である。俺は、『那珂川空(なかがわそら)』という名前で、この十七年間生きてきた。確かに俺と海は、たまに冗談で入れ替わって見せたりするし、この前転入生が来た時も、その周囲をクルクルと回って『どちらがどちらでしょーかー?』なんて言って遊んではいたが、俺は紛れもなく『空』、兄の方である。

「ずっと好きでした! 愛してるんです!」

 都村が続けた。俺も好きだよ。ずっとお前の事が好きだったよ。
 でもな、あのな、お前さ、そんなに好きなら、告白する相手を間違えたりするなよ……。
 失恋した。悲しくなった。都村の視界には、俺は入っていなかったのだ(尤も、海も本当に入っていたのか怪しいが)。兄として言うのならば、告白相手を間違えるような輩に、弟はやりたくない。だが……。

「海なら、さっき忘れ物を取りに寮に戻ったから……会いに行けば?」

 ……好きな相手が頑張っているのだから、心は苦しいが応援はしよう。邪魔をするべきでは無い。俺は必死にそう考え直して、笑顔を浮かべた。胸中では号泣だったが。

「へ?」
「だから、俺は海じゃない」
「!」

 都村が目を見開いている。それから俺の頭から爪先までを視線で何往復かした後、両手で顔を覆った。

「失礼しました!」

 都村はそのまま走り去った。残された周囲はポカンとしている。俺は気にとめない素振りで、学食の椅子に座り直した。

 ……間違って告白されるくらい似ているのに、どうして都村は俺じゃなく海を好きになったんだろうな。悲しい。

 俺が都村を好きになったきっかけは単純で、高等部の入学式で隣の席だった時に、話しかけられた事だ。外部入学生の都村は、既にその時二次性徴を終えていて、非常に背が高く、大人びて見えた。とても整った顔立ちをしていた。その後知ったのだが、外部生だけあって頭も良ければ運動も出来る。性格も良いようだと、噂で聞いた。

 そこから少しずつ気になり始めて、同じクラスだったからたまに一言二言話をする時などに意識するようになっていき、いつの間にか都村の事ばかり考えるようになっていた。一目惚れしたと言ってもいいのかもしれない。

 失恋したからといってそう簡単に気分を切り替えられるわけもなく、その日食べたたらこパスタは味がしなかった。この日、海は寮から戻ってこなかった。アプリに『サボる』と着ていたから、恐らく都村と話し込んでいたりするのだろうと考えていた。

 その推測は当たったようで、放課後寮の部屋に戻ると、海に言われた。

「あのね、恋人が出来た!」
「ふぅん」
「都村眞琴って言うんだけど、知ってる?」
「まぁ……クラスメイトだしな」
「良かった。空って人の名前覚えるの苦手だし、視界に入ってないかと思ってた」

 そんな事はない。寧ろここ二年間の俺は、都村しか見ていなかったに等しい。
 だが、小さく頷くにとどめた。海に余計な気を遣わせたくないから、墓場まで失恋したという事は持って行かなければならない。

「とりあえず、良かったんじゃ無いのか?」
「うん。毎日アプリで話してたんだけどさ」
「へぇ」

 聞いてない。俺は都村の連絡先すら知らない。俺が知らないところで、二人は仲を深めていたのか。対面して話していたら、海と俺は大体一緒にいるから、俺も気づいただろうしな……。なるほど、直ではあんまり見た事が無いから間違ったのかもしれないな。俺はそんな風に、心の中で都村をフォローした。

 ――こうして、この日から海と都村は付き合い始めたので、これまでほぼ常に海と一緒にいた俺は、一人の時間作りを心がけるようになった。例えば、それは休日だ。都村が遊びに来て、海の部屋に行くのを何度か目にしたのだが、さらっと他の部屋に遊びに行った。そして今頃致しているのだろう弟と都村について、ぼんやりと考えていた。

 なんだか虚しい。海が羨ましいし、一人は寂しい。
 海以外とは、心から親しいとは言いがたいのだ、俺は。

「はぁ……」

 文化祭が訪れたその日、俺は保健室に逃れていた。生徒会庶務をしている俺と海は、生徒会の出し物である劇に出る以外の仕事があまり無かった。事前準備は死ぬほど忙しかったが、当日はこんなものだ。進行は、生徒会を含めた文化祭実行委員会で行っているのだが、生徒会役員個々人には、劇以外の大きな仕事はそれほど無い。

 保健室は閑散としている。外部からの客も入っているから、救護所は別に設けられていて、保健医達もそちらにいるのだ。俺は、奥のベッドに向かい、その上に乗った。俺は今日、後夜祭までの間、暇だ。一人で見て回る気分でも無い。何せ校内は、カップルだらけだ。男子校なのだが、男同士の恋人達が、とにかく歩いている。今頃、海と都村も一緒にいるのだろうか? そんな事を考えながら、俺は微睡んだ。

「ん……」

 気づくと寝入っていた俺は、肌に何かが触れたので、うっすらと目を開けた。すると正面に、都村の端正な顔があった。その大きな手が、俺の胸に触れている。なんだ、夢か。そう思って、すぐにまた目を閉じると、首筋がツキンとした。え?

 そのまま目を閉じていると、優しく乳首を摘ままれた。俺は服を着ている気配が無い。は? 片目だけちらっと開けてみる。完全に都村が俺にのし掛かっている。その時、俺の後孔を都村が指でかき混ぜた。ローションを纏っているようで、痛みは無いが――ちょっと待て。

「え」

 俺はしっかりと目を開けた。

「起きたか。今日、お前をくれるんだよな?」
「は?」
「保健室で待ち合わせ、お前が言い出したんだろ。もう俺は限界だ。今日こそ、お前が欲しいんだ! 海! ヤらせてくれ!」

 どこからツッコミを入れれば良いのか、俺は声を上げそうになった。
 保健室で待ち合わせ? それは大変な偶然だな! 俺は特に理由無く保健室にやってきただけだ。海と離れているようになってから、単純に保健室で時間を潰す事が増えていたから、無意識だったのだ。

「いつもお前は、俺にばっかり突っ込んで……!! 俺だって、お前にずっと、挿れたかったんだ! もう堪えられない!」

 ――!?
 衝撃的な告白を聞いてしまった。海……上だったのか。てっきり下だと思っていた。都村は端から見ていると突っ込む方にしか見えないし、海も俺もネコに見られがちだ。

 しかしこんな時まで、間違えるか!? あり得ないだろう!

「俺は、空だ! 海じゃない! 離れろ!」
「今更そんな事を言って逃げようとしても、絶対に許さない」
「違――んン」

 その時、唇を塞がれた。都村の舌が、口腔に入ってくる。俺の舌を絡め取ると、深く深く貪ってきた。それがあんまりにも巧みに思え、気持ち良くて、思わず目を閉じる。すると都村が俺から指を引き抜いて、既に硬くそそり立っているブツの先端を、俺に当てた。

「ひ、ぁ……待っ――う、あああ!」

 都村のブツが俺の中へと挿ってきた。亀頭まで一気に挿入され、押し広げられる感覚に俺が目を見開いて涙を零すと、都村が荒く吐息した。

「あ、あ、あ」

 そしてぐっと容赦なく残りを突き入れてきた。熱く硬い。それが俺の中を押し広げていく。内側から都村の形を理解させられた。

「や、ぁ……ッ、ぁ……都村、待って、本当に違……」
「根元まで挿った」
「あ……ああ!! 動くな、や、ァ……ッ!!」

 ゾクゾクする。初めてのSEXの衝撃は鮮烈で、何も考えられなくなりそうになる。
 カーテンが開く音がしたのは、その時の事だった。

「浮気?」

 俺と同じ声がした。ビクリとして視線を向けると、そこには笑顔の海が立っていた。都村も振り返ると、驚愕したように息を呑んだ。それから俺と海を交互に見た。

「え……空なのか?」
「だ、から……そう言って……っく、早く、抜……」
「そんなつもりじゃ……」
「あ、あ……っ、ぁ……」

 都村が慌てたように腰を引こうとした。その刺激がもどかしくて、俺は小さく震えた。その時の事である。

「お仕置きしないとね。浮気には」

 海の明るい声が聞こえた。最悪な勘違いが発生したわけだが、都村には浮気の意図なんて無かったはずだ。俺はそう擁護してやろうと思ったが、息が熱くて言葉が出てこない。
  
「ひ!」

 その時、都村の体重が俺にかかった。何かと思ったら、都村を俺の上に、海が押し倒したのである。え……? ポカンとした俺は、重みに耐えながら、直後慌てた。

「っ、ア!!」

 都村が俺の上で、大きく喘いだからである。は? そして俺の上にかかる重みは更に強くなった。事態を理解したのは、海が都村の左乳首をギュッと摘まんでいるのだと理解した時である。右手でベルトを緩めた海は、喉で笑うと、後ろから都村に挿入した。

 ――え?

 気づけば、俺は都村に貫かれていて、その都村が海に挿入されている状態になっていた。

「あ、ああああ!」

 海が動き始めると、その刺激に合わせて都村の体も動くので、俺の体にすさまじい衝撃が襲いかかってきた。どんどん都村のものが張り詰めていく。俺の中が満杯になってしまった。嘘だろ、なんだこれ……。

「あ、あ……やめ、あ……う、うあ」

 俺が涙声を発すると、海が笑った。都村も涙目だ。

「浮気相手が空とはなぁ」
「待ってくれ、違うから、本当に違う……俺は海だと思っていたんだ!」
「でも――空の中、気持ち良いんじゃ無いの?」
「それは……」
「それは?」
「気持ち良い……ぁ、あ!」
「前と後ろ、どっちが気持ち良いの?」
「……どちらもだ。けど、俺の心は……ぁ……ァ! 海、いつもの所を突いてくれ!」

 こうして3Pが始まってしまった。海に突かれて、都村が喘ぐ。そうしながらも都村は荒々しく腰を動かして俺を責める。俺はただ泣いているしか出来ない。都村の腹部で俺のブツが擦れる度、放ちそうになった。

「出すよ」

 海がそう言って激しく動いた。するとビクリと都村の体が震え、都村もまた俺の中に放った。グリと内部を擦りあげられて、その衝撃で俺も出した。

 しかし、それでは終わらなかった。

「――、――あ、ああ……海、や、動かないでくれ。お前が動くと都村も動くから、俺、俺の方まで、ぁ……あああ!」
「浮気相手になったって事は、空も同罪なんだから、お仕置きは受けてもらわないとね」

 海の声は、どこまでも楽しそうだった。
 ――事後。
 俺は呆然としたまま、寝台に沈んでいた。隣のベッドに移動した都村と海が向き合っている。

「だから誤解なんだ! 本当に違うんだ! 俺が好きなのは、海だ! 海だけだ!」

 さっきからもう一時間ほど、ずっと都村が一人で弁解していて、笑顔で海はそれを聞いている。何も言わない。俺には声を挟む気力が無い。視線だけ向けて見守っていた俺は、さすがに午後四時のチャイムが鳴った時には、都村が哀れになってきた。

「海……本当に誤解だったんだ」

 ポツリと俺が言うと――海が吹き出した。

「知ってるよ」
「「え?」」
「きっと空は今日も保健室にいるだろうなと思って、待ち合わせ場所をここにしたんだよね。都村なら確実に襲うと思ってもいたし」
「「!?」」
「でも僕、掘られるのは無理だったから、丁度良いかなって。だって、空って都村の事好きだもんね?」

 それを聞いて、俺は硬直した。都村は唖然としたように俺を見た。なんで、俺の気持ちを海が……?

「いつも都村の事を見てたから、すぐに分かったんだよね。だから、僕から都村に声をかけたんだ。空がいない時に」
「なんで……」
「だって、空は僕のものなのに、他の人の事を好きになるとか許せないし? 奪っちゃおうかなって」
「は……?」

 俺は何を言われたのか分からなかった。どうして海が楽しそうに笑っているのかも理解出来ない。

「空は俺の事が好きなのか?」

 都村だけが平和な声を上げている。しかし今は、そこはさして問題ではない。

「奪ったって……海、お前……お前も都村の事が好きなんだよな?」
「僕は世界で一番、空が好きだよ?」

 頭痛がした。カーンと頭を殴られたような衝撃がした。

「僕が本当に抱きたいのは、空だけだよ」
「待ってくれ! 都村が可哀想だろう!」
「――空。本当にお人好しだね。そんなに都村が好きなの?」
「そ、それは……」
「そういう事なら、都村も空の体を僕と思って抱けちゃうほどなんだし――これからは、三人でしよっか? そうすれば、僕も空の痴態が見られるしね」

 理解するまでに、時間を要した。空は、頭がおかしいと思う。都村はどう思っただろうか、傷ついていないか、と、視線を向けると……都村は俺を見て顔を赤らめていた。

「空の中……気持ちが良かった」
「!?」
「それに俺の事が好きだなんて……嬉しい。海は言ってくれないからな。素直じゃ無いだけだと信じてるけどな」

 都村はどこまでもプラス思考のようだった。
 このようにして、俺達の歪な関係は始まった。始まってしまったのである。

 ――休日、都村が遊びに来ても、俺が外出しなくなった。しかし、まぁ、間違えても仕方が無いかと俺が思うようになったのは、知れば知るほど、見ていただけの時とは異なり、都村の性格が天然だと知り始めた頃である。性格の良い人物だと思っていたが、ちょっとポジティブ過ぎた。明らかに海は、都村を好きでは無いのだが、素直じゃ無いだけだと確信している様子だ。

 海はといえば、俺にベタベタしてくる。怒り心頭の相手であるが、兄弟だ……双子の、たった一人の片割れだ……俺は、憎むに憎めない。

 新たな一面を知って――俺は、都村の事があんまり好きではなくなった。
 そんな都村が付き合っているのは海だ。俺では無い。だが都村は俺を抱くようになった。ただし、海に貫かれた状態で。必ず3Pである。次第に俺は、都村越しに海に抱かれている気分になってきた。何せ海の動きに合わせて、都村はいちいち喘ぐし動くし、時には海に指示された攻め方で俺に抽挿するのだ。こんなのは変だし、なんだか辛い。

 だからある日、俺は言った。

「もう止めよう。俺は、こういうのは無理だ」

 すると顔を見合わせてから、二人がじっと俺を見た。そしてほぼ同時に口を開いた。

「じゃあ僕だけをこれからは見てくれる?」
「俺も今では空の方が好きだから、俺と付き合ってくれ!」

 俺は首を振り、どちらの手を取る事もなく、部屋を後にした。お断りだ!



【完】