童貞君とヤリチン君
――俺は、我ながらヤリチンだと想う。だってさ、気持ち良いは正義だろ。これ、確実。間違いないよな。そう思いながら、今日も俺に突っ込まれて喘いでいる担任を見た。俺のセフレの三十二番目、教師である。
「また会える?」
事後、キラキラした瞳で聞かれた。俺は愛想笑いで頷いた。続いて俺は街へと出て、隣の高校の風紀委員長と寝た。彼は何やら大変らしく、学園では貞淑にしているそうで、俺の前だと開放的になれると言う。割り切ったセフレがずっと欲しかったらしい。人生色々だ。
別れてから、俺はフラフラと街へと繰り出し、酔っぱらいを発見した。綺麗な顔で泣いている大学生。年上だが、庇護欲をそそられる。俺は善意で声をかけ、下心からラブホでの休憩を提案し、据え膳をいただきました。
「ありがとう」
決して強姦したわけではなく、同意だったから、朝になって笑顔で解散した。一夜限りだが、たまにはこういう日も良いだろう。未成年がラブホに入ってはダメだというのは、見逃して欲しいところだが……。
ああ、疲れた。俺は一人暮らしのアパートに戻った。
体には心地の良い疲労感がある。世界には俺の竿を求める人間が多い以上、俺はヤリチンである事を恥じない。ただ、自分の嗜好傾向が男のみだというのは若干問題かもしれないが。とはいえ、案外同性に体を開かれるのが――突っ込まれるのが好きな男というものは存在するのだなと、最近では思う。その後まったりと煎茶を飲んでから、俺は寝た。
『起きろ』
ノックの音と、かかった声に、俺は短く呻いて体を起こした。スマホを引き寄せると、多数のLINE――誰だ? 俺の体を求める連中からのスタンプを眺めてから、俺は目をこすって立ち上がった。片足ずつ飛ぶようにして玄関へと向かう。
『寝てるのか?』
「今起きた」
俺は扉を開けながら、声の主である幼馴染の耕平を見た。耕平は俺を見ると、複雑そうな顔をしてから、一度大きく息を吐いた。
「また朝帰りで、学校をサボったのか」
「え、駄目?」
「――全く信じられないな。昨日の相手は?」
「昨日は三人だけ」
「よく好いてもいない相手とヤれるな」
耕平の言葉に、扉を開けて中へと促しながら、俺は笑みを引きつらせた。いちいちうるさい。この幼馴染、若干の堅物だ。
「お前、そんなんだから童貞なんだよ」
「俺は好きな相手以外とはヤらない」
「はいはい」
俺は、鼻で笑った。俺からすれば耕平の言い分は、童貞の遠吠えに過ぎない。どうせこいつだって、可愛らしい女の子に告白の一つや二つでもされたら、喰いついて、即座に童貞を卒業するはずだ。実際、女子連中は、どこか近寄りがたい硬派で真面目な彼に対して、「耕平くんって良いよね」だとか口にして頬を染めているから、時間の問題なのは間違いがない。
実は――それを考えるたびに、俺は胸が痛む。
理由は簡単だ。俺の初恋の相手――その上、現在も最もヤりたい相手というのが、耕平だからである。俺は最初自分が、男を好きだとは思っていなかった。だが、耕平を見ているとムラムラする。男性的で長身の厚い胸板を見ていると、どこにも啼かせたくなる要素など無いのだが、俺は耕平と寝てみたい。長い付き合いだが、この気持ちだけは告白できない。耕平は俺が男と寝ているというのは既に知っているが、俺はいつも「男なら誰でもいいわけじゃない。男同士であっても選ぶ権利はあるし、突っ込むのが生理的に無理な相手はいる」と伝えていて、「耕平、安心してくれ。お前は俺の範囲外だ」と伝えている。勿論、大嘘だ。耕平はいつもそんな俺に対して、呆れたような視線を投げかけてくる。
そしてその瞳を見た時、俺は苦しくなって、さらに人肌を求めてしまう。
寂しいのかもしれない。欲しいものが手に入らないというのは、比較的切ない。
「本命はいないのか? いい加減落ち着け」
「いないことはないよ」
あ。俺は口走ってしまい、後悔した。これまでの間、俺は耕平に、本命がいると口にしたことは一度も無いのだ。本人の前で、俺はそういうことを言いたくはない。
「いるのか?」
すると耕平が小さく息を飲んだ。目を見開いている。
「べ、別にいいだろ? それより、何の用?」
「――古典の宿題が出た。期限が明日までだから、プリントを持ってきてやったんだ」
「うわぁ、感謝! ありがとうございます!」
「それより、いるのか?」
「え? う、うーん、ま、まぁな」
俺が空笑いしながらプリントを受け取ると、何故なのか耕平が苦しそうな顔をした。
「――本命がいても、ヤれるのか」
「まぁな。突っ込むのが俺は好きだ――まぁ、本命なら上でも下でも良いかもな。気持ち良いのが好きだから、基本的に突っ込めれば誰でも良いけど、下は、うーん。まぁ俺、突っ込むのが好きだ」
「俺以外なら?」
「へ?」
「俺は範囲外なんだろう?」
「いや、別に――……耕平は、男前だと思うぞ?」
なんだか耕平が傷ついた顔をしていたから、思わず俺はフォローした。フォローというか、本心から、俺は耕平が格好良いと思っているから、それを告げただけだ。
「だったら、俺でもできるのか?」
「え」
「――できるよな?」
耕平はそう口にすると――……いきなり俺を押し倒してきた。え? あれ? 動揺しながら俺は、床の上に尻餅をついた。真剣な目をした耕平が、俺の服を脱がせ始める。
「できなくは、そりゃ……」
寧ろできる。なにせ長年、俺は耕平と致したかったのだから。
だが――……。
「お前、お前こそ、俺とできるのか? だってお前、好きな相手以外とヤらないんだろう?」
「……少し黙れ」
「ん」
耕平に唇を塞がれて、俺は目を見開いた。元々が器用だからなのか、耕平は俺の服をあっさりと脱がせた。ボクサーを下ろされてすぐ、俺は耕平に口へと含まれた。フェラならされなれているが――それをしているのは、耕平だ。そう思うと、ドクンと胸が強く鳴った。
「お、おい……ぁ……」
初めてだろうに、耕平の口は気持ちが良い。少しだけ性急で荒々しいが、的確に俺の快楽中枢を煽る。俺のだらしのない体は、欲望には忠実だ。すぐに果てたくなる。俺は、回数はこなせるが、自分でも早漏だと思う。
「もう、良い。次、俺がしてやるから……ぁ、おい、ちょっと……ン」
俺は鼻を抜ける声が出てしまい、焦った。俺はあまり喘ぐ方ではない。喘がせる方だ――と、この時になってやっと気づいて俺は目を見開いた。
「え」
もしかして、あれ? あれ? え、まさか?
「俺が下なのか?」
「――不満か?」
「うん。不満。ちょっとひっくり返ろう。天国見せてやるから」
「結構だ。俺がお前を抱きたいんだからな」
「なんでだよ? お前、寝とり趣味でもあるのか? 俺が本命いるって言った途端……あ、分かったぞ! 自分に好きな相手がいないから、恋する俺が羨ましくなったんだな?」
「いないなんて一言も言っていないだろう」
「ええと、じゃあつまり、本命と結ばれない自分を嘆いて、俺に嫉妬? 安心してくれ、別に俺も、本命と上手くいってるとかでは無い」
「――黙ってくれ。深凪の口から本命と聞くと――もう抑えきれそうにない」
「へ?」
「俺がどれだけ我慢してきたと思うんだ。遊びだと思って、そう理解しようとして、それで耐えてきたというのに、本命? 巫山戯るな」
「あ!!」
その時、耕平が俺の後孔に指を入れた。ローションも何もない。後ろは処女の俺にとって、耕平の指先は、異常な程太い狂気に思えた。
「ま、待ってくれ。わかった、別にいいけど、いいけど、せめて、そこの棚のローションを……」
俺は耕平が好きだから、この際下でもいいやと思いつつも、自分の体は可愛かった。
すると一度不愉快そうな顔をした後、耕平が指を抜いてから、ローションをとってきた。
「ひっ」
そしてぬめらせた指を、今度は二本一気に挿入してきた。
「あ、待って、あ……」
「いつもこのローションを使っているのか?」
「う、うん……っぅ……キツイ……あ……」
圧迫感が怖くなり、俺は耕平の体に腕を回した。だが耕平は、容赦なく俺の中を暴いていく。進んでくる指に、俺は震えた。いつも俺に抱かれる人々は、こういう気持ちなのだろうか? そう思っていたのだが――元来快楽に弱い俺の体は、次第に耕平の指がもたらす刺激に夢中になった。あれ? 以外と、後ろも良いかも……?
「ぁ……ああっ……ン……そ、そこ……もっと右」
「ここか?」
「ああああっ、あ、出そう」
俺がそう口にした時、耕平が指を引き抜いた。そして、自身の巨大な楔を俺に躊躇なくあてがった。
「ひ」
その感触に息を飲んだ次の瞬間には、先端が入ってきた。
「あ、あ、あ」
どんどん入ってくる。指とは全然違う熱の暴力と質量に、肩で息をしながら、俺は奥深くまで広げられる感覚を知った。ローションがぬちゃりと音を立てる。進んでくる陰茎からは愛おしいほどの甘い疼きがもたらされる。
「ん、ンン、ぁ! あ、ああっ」
先程見つけ出された感じる場所を、耕平が突き上げるものだから、俺は声をこらえきれなかった。自然と自分の腰も揺らす。ああ、出したい。そろそろ本当に限界だった。
「耕平、イかせて」
「ああ」
「あっ!」
耕平が俺の前を撫でて、果てさせてくれた。俺はそれに安堵し、じっくりと射精感を味わう。飛び散った白液と匂いに、俺は賢者タイムに突入しそうになった。だが。
「あ、え!? あ、ああああっ」
唐突に激しく突かれて、既に行為が終了した気でいた俺は、大きく声を上げた。
「ま、待ってくれ、俺もう出した。出た。イった! 出来ない」
「――昔からお前は持久力が無いよな」
「ああああああああ!!!」
逃れようとした俺の体にのしかかり、耕平が激しく抽送する。腰をひこうとした俺を、がっしりと掴み、肌と肌の乾いたぶつかる音を響かせる。圧倒的な存在感に穿たれ、俺は呼吸の仕方を忘れた。
俺は、こんな風に、獣じみたSexなんてした事が無かった。
いつもお互い気持ちよくなったら、あっさりゆっくり終わりにしている。
「いやあっ、あ、あ、あああっ、あ、あ、あ!!」
「まだ出来るだろう?」
「巫山戯るなっ、出来ない、出来ないからっ、あ、あああ!! ヤメ、あ、何かクる!」
シンと水の水面の波紋のような、静かな何かが体の奥に走った。
「うああああああああああああああ」
それが広がって行き、俺は思わず叫んだ。まずい、ダメだコレ。
――俺は、その時初めて、雌イキを味合わせられた。
全身が熱いのに、氷のように熔けていく。
「俺以外ではイけないようにしてやる」
「待って、待ってくれっ、ああああああああああああああ」
全身が震えて寒いのに熱い。だというのに、その余韻に浸ることは許されず、ガンガンと腰を打ち付けられた。これでは気が狂ってしまう。俺は無我夢中で力が入らないカラダを動かそうとしたのだが、今度は体勢を変えて後ろから俺を貫きながら、耕平が体重をかけてきた。動けない。
「いやああああっ、あああああ、気持ち良いよぉっ、あああああ」
「もっと啼け」
「な、なんでこんな――ひっ」
「お前が、本命がいるなんて口にしたからだ」
「うあああっ、も、もう、あ、また、またクる――あああっ」
そのまま意識を飛ばすまで、俺は貪られた。
目を覚ますと、俺は寝台に運ばれていた。隣には、耕平が寝転がっている。俺を腕枕していた奴は、目が合うとプイと逸らした。俺は抗議の声を上げる事に決めた。
「おい! いくらなんでもヤりすぎだ! 気持ち良かったけど!」
「気持ち良かった、か。それならば、良いだろう。深凪はいつも、気持ち良いが正義と言っているんだからな」
「お前は、好きな相手以外とヤらないって豪語してただろう! 嘘だったのか!? だからこんなに上手かったのか!? 下は初めてだから比較はできないけど!」
「上手かった? それは、当然だ。俺はお前が好きだからな。好きな相手を感じさせる方法は死ぬほど研究するだろう」
「――へ?」
「俺はお前が好きだ。だからお前がこの先、本命と上手くいくならば、幼馴染としても、惚れている人間の幸せでもあるから応援はする――けどな、ずっと好きだった俺の気持ちだって、俺は無碍にはできない」
耕平はそう口にすると、俺の髪を撫でた。
「お前が落ち着くなら良い。ライバルも一人の方がやりやすい。俺はお前を諦めるつもりは無いからな」
「え、え? それって……お前、俺のことが好きなのか?」
「ああ。俺は、お前以外と寝るなんて考えられない」
「知らなかった……どうして言ってくれなかったんだ?」
「お前がタチ過ぎてな。生憎俺には、抱かれるつもりは無かった。そう考えていたら、お前は本命相手には下でも良いだのと言い出す。もう我慢の限界だった。悪いな。だが俺は、後悔はしていない」
「ま、待ってくれ。あ、あの、俺の本命は――……耕平だよ」
俺が必死にそう言うと、耕平が小さく息を飲んだ。
「本当か?」
「う、うん」
おずおずと頷いてから、真摯な瞳でこちらを見ている耕平と見つめ合った。頬が急激に熱くなってくる。ゆっくりと瞬きをしてから、耕平が俺を抱き寄せた。寝転がったままで、俺は耕平の胸に額を預ける。
「嬉しい。だが、それが本当なら、金輪際俺以外とヤるな」
「けど、俺、一日一Sexは無いと……」
「毎日何度でもイかせてやる。今のように」
「えっ」
その言葉に、俺は先ほどの情事を思い出して青くなった。
「ごめ、ごめん、嘘、今のは言葉の綾だ。何度もされたら、あんな風にされたら、俺はおかしくなる」
「なれば良い。存分に乱れろ。もう俺無しでは、いられないようにしてやるから」
俺は赤面し、もう耕平の顔を見るのが怖くなった。
童貞のくせに、と、俺は思う。いいや、だからこそこちらの限界を慮ってくれないのだろうか? これは、教育が必要かも知れないぞ。そう考えて冷や汗が浮かんだ時、耳元で囁かれた。
「俺だけの恋人になってくれないか?」
――俺の回答なんて、決まっている。
こうしてこの日、俺はヤリチンを卒業した。