【一】魔王様直属秘書官





 僕の仕事は、魔王様直属の秘書官である。
 秘書官とは、魔王様の英雄譚を記し、魔界にとって正しい歴史を編纂する事を職務としている。
 毎年春になると、今後一年間の役割分担を決める。会議が開かれるのだ。現在もその会議中だ。

「じゃあ魔王様の日常担当は俺が」
「魔王様がいかにおモテになるかは俺が」
「魔王様の有能さは私が」
「魔王様の素晴らしき生い立ちは我輩が」
「魔王様の見目の麗しさについては俺が」

 どんどん上位の魔族が名乗りを上げる。こう……魔王様を賛美する仕事は、非常に人気が高い。素晴らしい魔王さまの行い――あるいはそれが誇張や嘘であっても、魔王様を褒め称える系の記録を書き留めて、魔王様の目にとまることができれば、褒美が出たり、爵位が上がったりするのだという。さらにその仕事内容は、定型文があり毎年同じであるから、非常に簡単だ。だが、こういった仕事は、名のある上位の魔族の仕事と決まっている。

「じゃあ続いて、魔王様の華麗なる戦闘に恐れ多くも同行して、記録を取る係を決める」

 司会である秘書官長のリューク様がそう言うと、一斉に場が静かになった。
 多くが目をそらしている。
 ……理由は簡単だ。
 魔王様は、大抵の場合敗北している。比較的、無様に。
 それを格好良く記さなければならないのは難題であるし、何より大規模な戦闘のすぐそばにいるというのは、こちらの命の危険もある。

「――恐れ多いことではあるが、今年も魔王様直属の秘書官にその任を命ずる」

 秘書官長の声に、上位魔族達が安堵した気配がした。
 一方の、僕を含めた名もない秘書官達は、運命の時を迎えた。
 ここからがある種の勝負である。秘書官は十名いるのだが、それぞれが、その日のエピソード担当だとか、勇者との戦い専任などと別れるのだ。他には勇者パーティの脇役の記述の担当もいる。なるべく危険が少なく、なるべく魔王様の描写をする必要がない、なるべく楽な担当を、全員が狙っている。昨年の僕は、勇者の生い立ちを編纂するという、戦闘担当者の中では最も簡単な仕事で良かった。今年も引き続き、そうなる事を祈る。

「次、秘書官C。お前の担当は――」

 名前を呼ばれたので、僕は顔を上げた。リューク様がじっと僕を見ている。

「――回復能力者の医術師の担当だ」
「……つ、謹んでお受けいたします」

 僕は顔が引きつりかけたが、必死で言葉をひねり出した。
 すると頷いて、秘書官長は続いて、秘書官Dの役割の発表に移った。
 俯き、僕は今後を思って涙ぐむ。生きて帰れる気がしなかった……。

 ……いいや、生きて帰る事はできるだろう。


 僕は魔族である。
 多分。
 というのも、実はこの世界――死後に転生するらしい。僕の前世は人間だった。今でも鮮明に覚えている。そしてその当時と、僕の体には特に何の変化も無く、他の魔族の多くのように特異な能力もほとんど持っていないため、自分が人間だと言われた方がしっくりとくるからである。なおかつ、外見も変化していない。歳はとったから、見た目の成長はしているが。黒い髪に葡萄酒色の瞳だ。弟の代わりに死んだ僕も、確かにこの色彩を持っていた。また、目が覚めた時、僕は死んだ時と同じ十七歳の外見そのままで、あれから五年が経過した現在は二十二歳相応の見た目である。魔族の生贄に捧げられて死んだ僕は、気づいたら魔界にいて、最初は非常に混乱したものである。転生先は、魔族だったのだ。

 魔族は、皆仕事をしている。そのため僕も、魔王城の秘書官の仕事に応募した。そして、面接後、合格して、秘書官となったのである。その後、昨年初めて、魔王様直属の秘書官になった。結果、一つだけ僕にも特殊能力があると分かった。

 僕は治癒能力が高いらしい。
 敗北して機嫌の悪かった魔王様がある日、勇者の生い立ちの資料整理をしていた僕の横を通りかかり、そこで判明したのだ。あまりにも魔王様の機嫌が悪かったから、僕はその時震えていた。

「震えるな、鬱陶しい」

 魔王様は、さくっと僕に長剣を突き刺した。右の鎖骨の下から背中に鋒が突き抜けた。血が飛び散って、痛みよりも熱さと衝撃から、僕は目を見開いて息を飲んだ。こういう事は、よくある。身分のない魔族は、魔王様や上位魔族にとって、機嫌が悪ければ殺して構わない存在なのだという。そういう面は、やはり人間とは違う魔族の残虐性のようなものを感じさせる。

「――ほう。死なないのか。その治癒能力に免じて見逃そう」

 膝をついた時、魔王様のそんな声が聞こえた。剣が引き抜かれて、どろりと血が流れたのは覚えている。そのまま僕は気絶して、次に目を開けた時は、医務室だった。そこで聞いたのだが、僕は、痛みもあるし出血もするし怪我もしているが、致命傷になる手前まで自己治癒能力で回復しているから死なない、らしい。

 だから、激しい戦闘風景を記述する仕事についても、死ぬことはないだろう。
 死にかけると体が勝手に治癒するからだ。
 僕の顔が引きつった理由は、僕の担当が『回復能力者の医術師』だと聞いたからである。

 勇者パーティには、勇者の他に、魔術師や剣士、なぜなのか踊り子や吟遊詩人など、様々なメンバーがいる。その中で、医術師は、回復能力者の持ち主だ。これは僕とは異なり、他者を回復できる。そして彼は、旅立つ前から職業が医術師という、他者の命を助ける仕事をしている人間だった。そのはずだ。

 だが昨年一年間、自分の担当ではないとはいえ、勇者パーティ全体を一応見ていた僕が思うに、彼は勇者についで二番目に戦闘能力が高い。勇者と同じくらい魔族を倒している。最悪である。魔王様の無様な姿も書かなければならないから、その方面から魔王様にも殺されそうになるだろうし、医術師にも目をつけられれば容赦なく殺されるだろうし、そうでなくとも彼らの戦闘で怪我をするだろうし、死なないとはいえ怖い未来しか思い描けなかった。

「では、明日からよろしく頼む」

 秘書官長の声がした。こうしてその日の会議は終わった。