【二十五】「なんだとぉ!!」




 陛下が人払いをしていたらしく、侍従の人々がやってきたのはだいぶ日が高くなってからの事だった。着替えてから、俺達はレスト達に用意してもらったブランチを食べている。レスト達が入ってくる前に俺は服を着たのだが、鏡を見たら首にキスマークがあったものだから、照れてしまった。目に付く場所につけられると複雑な気分になる。嬉しさと恥ずかしさが半々となるのだ。

「そうでした、陛下。午後、フォール様がぜひ、陛下とオルガ様にお会いしたいと」

 フォール様というのは、以前庭園で会った、陛下の甥っ子の次期国王陛下だ。思い出しながら、俺はエビのスープを飲む。すると陛下が首を傾げた。

「会いたい? 用件は?」
「純粋に遊びにいらしたいようですよ」

 それを聞くと、陛下が俺を見た。

「今日は、オルガと二人でゆっくりと過ごしたかったんだが……フォールの遊びの誘いだけは、俺は断れない。可愛い甥っ子だからな……将来的には、支えていきたいしな……でもなぁ」

 ブツブツと口にしている陛下を見て、俺は続いてフォークを手に取りながら頷いた。

「俺はいつでもここにいるし、遊んだらどうだ?」
「一緒に来てくれるか?」
「うん」

 若干腰に違和感があるが、問題はないだろう。こうして午後、俺と陛下は、フォール様と遊ぶ事になった。待ち合わせは、後宮第二塔――前正妃様の塔の応接間と決まっていた。フォール様のお母様の塔という事である。

 陛下が扉を開けると、ソファに座って、少年が、足をブラブラと揺らしていた。

「あ、叔父上!」

 そしてルカス陛下に気づくと、満面の笑みに変わった。その後俺を見ると、心なしかキリっとした顔になった。

「まだ叔父上にはフラれていないようだな!」

 思わず俺は吹き出してしまった。すると陛下が俺の肩を抱き寄せる。

「別れる予定はゼロだ。オルガは大切な俺の妃だからな」

 その後俺達は、フォール様の正面のソファに座った。何をして遊ぶんだろう? そう考えながら、俺達にお茶を出していくレストを見る。レストはフォール様と前回親しいようだったから、好みの遊びも知っているかもしれない。

「フォールが相手でも、オルガはあげられないし、オルガは物ではないし、どうしても欲しいというのなら、この叔父が相手になるぞ。剣を交えるか?」
「やだ。叔父上と戦ったりしない。けど、聞いてくれ! 剣の腕前を褒められたんだぞ、家庭教師に!」
「フォールは優秀だな。それでこそ、未来の国王に相応しい」

 そんなやりとりをしている二人を見ながら、俺は隣に立ったレストに小声で告げた。

「トランプとか、持ってる?」
「ええ、この室内には大抵の玩具が、チェストの中に揃っておりますよ」

 それを聞いて、俺は笑顔になった。するとルカス陛下が俺を見て照れた。フォール様も赤面した。何故俺の笑顔で二人は赤くなったのか。俺が二人の会話を笑ったと勘違いしたのだろうか。そうだろうなぁ。しかし、違うのだ、俺が目を輝かせた理由は。

「陛下、フォール様」

 俺達はここに、遊びに来たのだ。

「トランプをやろう!」

 出来ればポーカーが良いなぁ。そう思っていたら、ルカス陛下に噴出された。フォール様は目を丸くしている。

「子供のような奴だな! 良いだろう、僕が付き合ってやる!」

 フォール様が言った時、レストがトランプを持ってきて、テーブルに置いた。クスクスとレストは笑っている。箱を手にとったのは、ルカス陛下だった。

「何をするんだ?」
「ババ抜きだ! 僕は強いぞ!」

 フォール様の言葉に、ポーカーではないが、心理戦を要するゲームであるから、俺はワクワクした。こうしてババ抜きをやる事に決まると、陛下がトランプを切り始めた。すごい……ポーカーのディーラーみたいに、華麗に上手くトランプを扱っている。その後、ルカス陛下が配ってくれた。

 こうして俺は、いざ、勝負する事に決まったのである。

「あがりだ」

 あっさりと勝利したのは、ルカス陛下だった。彼には、子供に勝利を譲るという発想は無いらしい。勿論、俺にも無い。勝負事にはいつも全力投球だ。俺とフォール様はにらみ合うように顔を合わせた。緊迫感が溢れかえっている。

「よし、これだ! うあああ」

 自信満々でカードを引いたら、ジョーカーだった。うなだれた俺を見て、フォール様が勝ち誇ったように笑った。

「これだな!? う」

 しかしジョーカーはすぐにフォール様の手に戻った。
 ――それから、十五分間、俺達は死闘を繰り広げた。
 俺のカードを眺めながら、ルカス陛下はずっと笑っていた。

「やったぁああ、オルガに勝った。勝ったぞおおお!」
「なんだとぉ!!」

 ……最期手に残ったジョーカーを見て、俺は思わず声を上げた。ポーカーも弱いが、実は俺は、ババ抜きも弱いのである。しかしババ抜きはたまに勝った事があったから、いけると思ったのになぁ。

 しかしその後、スコーンを食べてから二回戦と三回戦に臨んだのだが、俺は全敗した。最後の最後だけ、ルカス陛下はフォール様に負けていた。これは勝ちを譲ったように見えた。だってルカス陛下、楽しそうに「悔しいなぁ」と、余裕たっぷりに口にしていたのだから。フォール様は満面の笑みだった。

 こうして遊び終え、フォール様が帰る事になった。

「また遊んでやる! 叔父上は、ありがとう」

 愛らしい少年だ。手を振って見送っていると、ルカス陛下がそっと俺の肩に触れた。

「お前は、元々真面目そうで妃にふさわしい外見だと思ってはいたが――笑顔は、ちょっと目を惹くな」
「え?」
「好きになった相手が、今までよりも美しく見えるというのを、俺は初めて知ったが……笑顔は少し違うな。喜んでいる表情を見ていると、万人を惹きつけるものがある。フォールも見ていたし、視察や夜会でも、お前が笑うと視線が集まっていた。顔の作り自体は、平均的だと思うのだがなぁ」

 そう言うとルカス陛下が、続いて俺の手を握った。

「よし、俺達も部屋に戻って、夕食としよう」

 こうして、俺達は休日の午後を終えたのである。