【14】俺に果たして務まるのか?
翌日も仕事に行き、俺は――宰相閣下と話すタイミングを探る事にした。引越しの件について話をしたいのだが、何分、考えてみると宰相閣下は非常にご多忙だ。この日も国王陛下に、茶会へと呼び出されたので、俺はその席で、無駄に視線を彷徨わせてしまった。宰相閣下の姿は――無い。
「なにその落胆の表情は」
「え、い、いえ! お招き頂き光栄です!」
俺が慌てて言うと、陛下がしらっとした顔をした。それから遠い目をして笑った。
「宰相も呼んだんだけど、明日ゼルディアが帰国するから、その前にどうしても非公式で構わないから会談をしたいという旨で、今二人は会議中」
「そうだったのですね……」
「竜族語の方はどうよ?」
「今はまだ、言語自体の読み込み作業と、竜族という種族自体の知識を蓄えている段階です。ご帰国までに間に合わず、本当に不甲斐ないです」
「ま、リュクスも忙しかったんだし、それはしゃーない」
陛下の口調は本日も軽い。俺はもうこれには慣れている。対外的な謁見時のように、『余は大変遺憾である』などと言われるよりは余程良いだろう。
「言葉が通じないとはいえ、ゼルディアの方が姫との進展が早かったっていうのに、リュクス達は高速急展開だったなぁ」
「……そ、その……」
陛下の場合もそうだし、ユースの場合も、もっというと王宮中の人に対しても同じ事を思うが、他者に自分の恋愛関連へと興味を抱かれていると思うと、なんだか気恥ずかしい。
「イルゼから、お前の住所変更手続き書類を渡されたけど、何々、一緒に住むの?」
「え、あ、はい!」
宰相閣下……手際が良すぎないか?
というか……高速急展開理由は、絶対に、俺の外堀を埋め続けている宰相閣下の手腕が理由だ。だって俺側の変化はといえば、宰相閣下の事が好きになったという一点しかない。
あ。俺はやっぱり宰相閣下が好きらしい。そう思うと、顔がにやけてしまった。
「嬉しそうな顔するなぁ」
「!」
無意識だった。気づかれてしまったらしいと発見し、俺は背筋を正す。
「話を変えるけど、来月の大陸会議、正式な出席者は俺と宰相だけど、通訳の同伴は許可されているし、その責任者兼俺の下僕として、リュクスにも来てもらいたいと思ってる」
「は、はい!」
「会議自体は、エドワーゼ帝国で行うけど、ゼルディアとの話し合いでも、翻訳魔術はうちの国が担当する事になってるから、かなり重大な仕事。本当、頼むからな?」
「善処します」
何度も俺が大きく頷くと、カップを置いて国王陛下が頬杖をついた。そしてじっと俺を見る。
「当日の部屋割りは、配偶者がいる場合は一緒となるから、お前はイルゼと同じ部屋になるはず」
「えっ、俺がですか? 宰相閣下と同じ部屋?」
それはさすがに、公的な場では恐れ多すぎないだろうか。思わず狼狽えていると、国王陛下が目を伏せた。長いまつげが揺れている。
「前から思っていたけどな、レンドリアバーツ侯爵家の人間は、貴族というより文官や武官を極める方向で生きているから、もう少しお前は社交界に慣れろ」
……俺の父の教えは、確かに貴族らしさからはかけ離れているだろう。それは俺も色々と痛感する場合が多い。
「特にイルゼと結婚後は、夜会への同伴も増えるはずだ。今は、レンドリアバーツ侯爵夫妻もいるし、レノンも今後はいるわけだが……しっかりとリュクスも頑張るように。俺の直属の部隊の隊長だからといって逃れられないからな」
そう聞くと、結婚へのハードルが高くなった気がしてしまった。果たして俺に務まるのだろうか……。
「リュクスならば、そばにいてくれるだけで問題ない」
そこへ茂みの揺れる音がした。驚いて振り返ると、宰相閣下が歩み寄ってくる所だった。
「あれ、終わったのか?」
「ああ、終わらせてきた。リュクスに会いたくてな。陛下、余計な事を言って水を差さないでもらいたいのだが?」
「余計なことねぇ。俺は事実を述べただけだけどな……振られるのが怖いのか?」
「振らせない自信があるが、怖いか否かで言えば、当然怖いに決まっている」
宰相閣下はそう言うと、俺の隣の椅子を引いた。そこへ少し遅れて、ゼルディア様も姿を現した。
「リュクスと二人で話したいから、少し連れ出しても構わないか?」
陛下に対して宰相閣下が言うと、ひょいひょいと陛下が手を振った。代わりに席に着いたゼルディア様が大きく頷く。
「恋する二人の邪魔は出来ないからな」
「感謝する」
こうして宰相閣下が俺の腕を引いた。
「少し俺の執務室で話そう」
「は、はい!」
「――この場、王宮では敬語でも我慢するか」
どこか嘆くようにそう言うと、宰相閣下が俺を促した。立ち上がり、俺は宰相閣下と共に回廊を歩く。宰相執務室は、王宮の三階にある。階段へと向かいながら、俺は宰相閣下を見た。
「手続きやご連絡、有難うございました」
「いいや、構わない」
「……ちょっと早すぎる」
「お前の気が変わる前に行動をしておかなければと思ってな」
宰相閣下はそう言って、楽しそうに口角を持ち上げた。
それから仰々しい扉を開けて、静かな執務室に俺を案内した。良い香りがする。宰相閣下の邸宅の客間にあったものと同じ花が飾られていた。この国の象徴の花でもある。
「引越しの日取りだが、今週末の休息日の二日間でどうだ?」
「本当に急ですね!」
「一刻も早く、毎日お前と会える環境に身を置きたいんだ」
「……俺は構いませんけど」
「良かった、無理だと言われなくて」
こうして俺の引越し予定が決まったのだった。無事に言葉を交わす事も出来て、俺は嬉しくなった。
「今夜も食事に来ないか?」
「今日は荷物をまとめたりした方がいいと思うから、家に帰ります」
「――荷物は、寧ろ持ってこなくても構わないぞ?」
「え?」
「お前が欲しいものは、なんでもこちらで用意する。俺は、お前だけ来てくれればそれで良い」
「竜族語の文献もお返ししないとならないし……」
「俺と食事をするのは嫌か?」
「嫌じゃないけど……」
「では、夜が嫌か?」
「ち、違います!」
「違うと聞いて安堵した」
宰相閣下は余裕たっぷりに笑っているが、俺は赤面するしかない。あの情熱的だった夜の事を嫌でも想起させられる。
「では、今宵も二十二時半頃に」
「は、はい!」
反射的に俺は頷いてしまった。宰相閣下は強引だ。だが……俺はそんな部分も嫌いではない気がしていた。