【二十一】俺のスローライフ計画は、再スタートをきった。
その後、しばらくの間は、王宮も騒がしかったが、現在は落ち着いている。
ユーリスが奔走してくれたからだ。
現在俺は、国王代理として過ごしている。
突然の事だったから、今のところ非難はどこからも挙がっていない。
前国王陛下の葬儀は一度中止になって、再度行われた。
兄上の葬儀は、大罪人ということで行われなかった。
俺はどちらも始祖王だったと知っているのだが、王妃様や母上の悲しみようと言ったらなくて、どのように慰めていいのか分からなかった。俺は、王妃様が抱きしめている、弟のトールを見た。国王陛下と王妃様の間の第二子で、血縁的にウィズ兄上と実の兄弟である。俺の異母弟の一人だ。現在十一歳である。
俺は、犯罪者の家族として本来であれば投獄される王妃様と、王妃様の実子であるトール殿下の身を早々に保証しておいた。彼女達には罪も無いし、母上からの嘆願もあった。こんな事にならなければ、と思いつつ――家族の幸せを壊したのは俺なのかもしれないと、少し考えた。
しかし俺は、悔やんでいない――わけでもない。
もう少し前に巻き戻って、ドロップアウトするという選択肢もあったのだ……――が、羽ペンを書類に走らせながら、ユーリスを一瞥して、思考を打ち消す。ユーリスは書類を真剣に見ているだけだ。俺が一人でスローライフを模索していた頃も、彼はずっと始祖王の排除のために忙しく動いてきたのだと改めて思った。
生きている。それが何よりも嬉しい。
「どうかなさいました?」
顔を上げたユーリスに、俺は慌てて話題を探した。
「いや――……そういえば、ハロルドから帝国との不戦協定の親書が届いたんだったか?」
「ええ。皇帝陛下がその件で一度お会いしたいとの事で、いま日程をこちらでも調整していますよ」
俺は静かに頷いた。
ハロルドも、ちょくちょく俺を気にかけてくれているようで、現在大混乱中の王国であるが、侵略したりはせず、逆に数々の支援をしてくれている。俺は、彼に告白された事をたまに思い出すのだが、いつも頭から打ち消している。きちんと断ろうと思うのだが、中々言葉が思い浮かばない。
「そういえば――」
「なんだ?」
「――皇帝陛下に聞きました。俺の事を助けてくれたんですね」
直接言われたのは初めてで、俺は顔を背けた。
ライネルからとっくに聞いていたと思うのだが、それはまぁいい。
気恥ずかしさが浮かんできて、俺は窓の外を見た。
「今まで周囲を誤解させていた、召喚する力などがほとんどない、魔力もほぼない、そういう殿下のイメージが――……本物になってしまったという事ですよね」
「俺は俺だ。特に問題は無いぞ」
「――ラクラスの召喚主でなくなってしまったのに? 本当に問題が無いんですか?」
「自発的に喚べなくなっただけだ。あいつは、ずっと俺のそばにいてくれる。元々俺から喚んだ事はほとんどない」
俺がそう言うと、ユーリスが小さく頷いた。
そうは言ったものの、最近ラクラスは、姿を見せない。
聖剣と呪いの槍を、研究すると言ってハロルドが帝国に持っていったのだが、それが気になると言って、ついていったのだ。帝国でなら、召喚主が不在の召喚獣でも十分に活動が可能だから、いつか保護してくれると言っていたハロルドに俺は本当に感謝している。
「今は帝国で羽を伸ばしているんだろうが、あいつもすぐに戻る」
「――帝国といえば、不戦協定の証に、皇帝陛下への輿入れのお話がありますよ」
「輿入れ?」
「政略結婚といえばそれまでですが、帝国は正妃の性別が不問です。こちらの国の後ろ盾になってくれる――という意味もありますが、ハロルド陛下は、非常にフェル殿下の事をご心配なさっておいでみたいですね」
「心配か……」
「ええ。帝国皇族になれば、儀式により、一定の魔力を手に出来るという話ですから、フェル殿下も、以前ほどではないでしょうが、今よりは力が取り戻せるはずです。皇帝陛下と婚姻を結んで儀式に臨めば、ラクラスとも改めて契約が可能になるかもしれませんよ?」
悪い話ではないと、ユーリスが笑った。
俺もそう思うが、思っただけで、すぐに静かに首を振った。
「いや、結婚はしない」
「どうしてです?」
するとユーリスが不思議そうに首を傾げた。
よく分からないという顔をしている。
「――あの時、父を殺すのを迷ったせいで、俺は大切なものを失いかけた」
「……」
「決断は迷ってはいけないんだ。俺は、好きではない相手とは結婚できない。今後好きになる可能性はあるけどな」
「そんな事を言っても、将来的にはどのみち誰かと結婚して、きちんと後継を――」
「法改正したのはお前だろうが。仮にその相手がハロルドでも、俺の後継は生まれないぞ」
「それはそうですが」
ユーリスが腕を組んで、困ったように目を伏せた。
本当に困っているのかは知らない。
何を考えているんだかと思いながら、俺は笑った。
「お前は、俺と地獄まで一緒なんだったな」
「ええ、まぁ。幸い生きてますけどね」
「ならば――……今度は、死が俺達を分かつまで、一緒にいろ」
「え、それって」
「返事は?」
「……仰せのままに」
頭をたれて頷いたユーリスを見た。
自分が何を考えてそう口にしたのか、俺はもう分っている。ただただ今、目の前にユーリスがいるという事実が、どうしようもなく幸せだ。
そして――……ここから、俺のスローライフ計画は、再スタートをきったのである。