牢獄にて。(★)


 スっと牢の中に入ってきた兄上を、俺は凍りついたまま見上げていた。
 抗わなければと思うのに、事態を飲み込めなくて強張った体が動き方を忘れている。
 すると、トンと軽く押され、俺は硬い寝台に座り込む形になった。

「兄上……」

 それが自然であるように首のリボンを解かれた時、ようやく俺は話すという感覚を思い出した。兄上はそんな俺を見ると、愉悦まみれの様子で唇の両端を持ち上げ、形の良い双眸の奥に残忍な光を宿らせた。嗤っていた。背筋が冷える。獲物を戯れに殺めようとする狩人のような表情をしていた。

「兄上、か。まだ兄と呼ぶのか。兄に犯されることを望むのか?」

 クッと楽しげに笑い、兄上――の、顔をしたその存在は、俺の上にのしかかってきた。
 右手で首を絞めるようにして顎を持たれ、唇を塞がれた。
 その感覚に恐怖で震えながらも、俺は思い切り兄上の顔をした始祖王を噛んだ。

「!」

 突き飛ばすように俺から距離をとった始祖王は、唇の端から垂れた血を手の甲でぬぐっていた。それからスッと目を細め、わずかに不機嫌そうな顔をした。そして無言で、暫しの間じっと俺を見ていた。その間に俺は片手で、服を握り前を合わせて、もう一方の手で何か武器になりそうなものはないかと探した。視線を離すことはできない。その瞬間に俺は、喰われる気がしていた。本能的に、直感的に、殺されると確信していたのだ。

 だが、何もない。魔力も封じられていたし、手枷があるから鎖には余裕があるが、自由に動くことは困難だ。

 ――いつもこうだ。

「相変わらず凶暴だ」
「出て行け」
「大人しくしていれば、優しくしてやったものを」

 兄上の顔で、その者は残酷な笑顔を浮かべた。俺は、兄上のこのような顔など見たことがない。あ、あ、あ、と恐怖で声を漏らしそうになる。必死にこらえたが、体の震えは殺しきれなかった。

 寝台の上で思わず後ずさり――俺は壁に背が触れた瞬間絶望を感じた。目の前では、始祖王が鞭を取り出したところだった。風が嘶く音が響き、直後激しい痛みが俺の体に襲いかかった。逃げ場がない。両手で顔をかばうと、服が再びはだけた。それだけでは無く、残っていた下衣も何もかもが、無残に鞭の起こす風で切り裂かれていく。

「……っ」

 やめてくれと懇願したかったが、俺のなけなしのプライドがそれを許さなかった。
 目の前にいるのは、兄の体を奪った敵なのだ。
 そう思って睨め付けた。決して許すことは出来ない。
 瞳に力を込め、そして俺は一度だけ素早く瞬きをし――硬直した。
 その一瞬で、目の前に始祖王の顔が現れたからである。両手首を取られ、壁に押し付けられると、壁にぶつかった後頭部が痛んだ。

「!!」

 始祖王の口が、俺の首筋に降ってきて、強く歯を立てられた。

「うああっ」

 噛み切られるかと思い、純粋な恐怖から声を上げる。
 するとそれに気を良くしたように、始祖王はニヤリと笑うと、今度は寝台の上に俺を引き倒して、押しつぶすように上に乗った。胸の上に感じる重みと、顔にかかった吐息に、俺はついに震えた。もう恐怖が収まらない。

「あ……ああ……――ああああああ!」

 その時太ももを持ち上げられ、慣らすでもなく凶悪な肉茎を挿入された。

「うあああああああああああ」

 強引に貫かれ、入り口が広がっていく感覚に、中が押し開かれていく感覚に、俺は絶叫した。痛みと熱が押し寄せてくる。実直な硬い兄上の楔は、俺の身動きを封じるように進んでくる。流血こそしなかったのは、始祖王の放ったものが、まだ中に残っていたからだ。

「温かくて気持ちが良いな。だが、狭い。まだ俺の形を覚えていないのか?」
「あ、あ、っ……ッ……ぁ、いやだ、動かないでくれ」

 俺は情けなく声を上げた。涙が一筋溢れたのがわかる。熱い。
 しかし俺の言葉を始祖王が聞き入れるはずもなく、すぐに律動が始まった。
 乱暴にされることを覚悟していたのだが、その動きは、驚くほどに優しい。
 俺の陰茎を片手でこすり、もう片手では太ももを持ち上げたまま、ゆるゆると始祖王は動くのだ。

「大丈夫か?」

 そこに響いた、安心させるかのような、気遣う声は――記憶の中の兄のものと全く同じだった。不意に優しくされたら、俺の限界だった涙腺は倒壊した。

「や、やだ、あ、兄上」
「ずっとこうしたかったんだ」
「ぁ、ぁ……っ……ァ……」

 その時、無性に感じる一点を、兄上の陰茎が掠めた。俺は声を飲み込むことに必死になった。全身に電流のような快楽が走り抜けた。

「綺麗だ、フェル……本当に、綺麗だ」
「っ……ァ……」
「ここが好きか?」

 急に優しくされ、撫でられながら微笑され、そして気持ちの良い場所を穏やかに刺激されて、全てが不意打ちすぎて、俺は気がつくと頷いていた。すると兄上の動きが早まった。

「あ、あ、あ」

 素直に俺は声を上げていた。思考に霞がかかってくる。恐る恐る兄上の背中に手を回した時、より深く中を貫かれた。体が溶け合う感覚がした。

「ああっ……あ……あ……ァ……」
「安心しろ、これからも、ずっと俺はお前を可愛がってやる。お前は俺だけのものだ。永久にな。しっかりと俺の熱を覚えると良い。これが俺の形であり、お前が感じることを唯一許されたものだ」

 そこからは、獣のような交わりが始まり、激しく抽送され、中に何度も放たれた。
 俺は何も考えられなくなり、ただひたすらに熱を求めて震え、喘ぎ続けた。
 それから時間感覚が曖昧になるほど暴かれ、なんども質量を感じ、俺も果てた。

 そして冷静になり――俺はいつも恐怖と絶望感に苛まれる。

 誰か助けてくれと、俺はいつも心の中で、懇願していた。
 しかし無情にも絶望を司る神しかこの世界には存在しないようで、俺はもしも生まれ変わったら今度こそ異世界へ行きたいと望みながら、次第に快楽を覚え込んでいく自分の体に恐怖しながら過ごしている。