【一】俺、泣きそう!
「今日こそは覚悟してもらうぞ、勇者どもよ!」
今日こそ『は』がミソだ。
要するに俺たちは毎日、敗北している。
「それより、そのだな」
俺の仲間達を剣で倒しながら勇者が何か言っている。
しかし俺に聞き取る余裕はない。
とりあえず一撃目を全力で避けた。すでにこの時点で30いた仲間の魔族は5に減った。なお、勇者パーティと遭遇して毎回生き延びているのは俺だけだ。
「今日こそ名前を教えてくれないか……?」
危ない、腹部を切り裂かれるところだった。かろうじて後ろによけて交わす。
俺達の残りは2。
次の一撃で俺以外全滅だろう。
しかし俺は生き延びている。
俺たち魔族は、生まれつき一つ『特技(ギフト)』を持って生まれるのだが、俺のギフトは、瞬間転移なのだ。だから最後の攻撃だと思ったら魔王城に、転移して逃げ帰るため生き残ることができているのである。
欠点は一日に一度しか使えない事だが、戦闘になど一日に一度くらいしか出撃命令はくだらないので問題はない。
と、考えていたら最後の一振り――衝撃波がやってきた。
無論俺は転移した。
捨て台詞は忘れない。
「今日は見逃してやる! だが覚悟していろ、偉大なる魔王様の前にひれ伏すがいい!」
さて、そんなこんなでただ一人帰還した俺。死亡した仲間たちのことを思う。魔族は子供が生まれない代わりに、死ぬと必ずどこかの夫婦のもとに転生するから、今頃皆赤ちゃんになっているはずだ。魔界は今新生児で溢れている……。
思わずため息を着きそうになった時、鋭い視線がとんできたものだから背筋が凍りついた。魔王様だった……。
魔王様はいつも、水晶玉で、勇者パーティご一行様を見ている。
要するに俺が逃げ帰るのもしっかり把握していらっしゃる(と思う)。
しかし魔王様に責められたことは一度もない。
この視線の理由は別にある。
「ああ、我も直接勇者達に会いに行きたい……」
俺は何も答えられなかったので顔を背けた。
魔王様は、勇者パーティの、回復(クレリック) 役であるセレナ・ブラックが好きなのだ。彼らの中では一番地味な人間だ。そう……人間なのだ。
「魔王様、なりませぬぞ」
そこへ俺の上司のクリムヒルト様が言った。白く長いヒゲが揺れている。
魔王城の宰相閣下だ。
「何故だ。何故魔族と人間が恋に落ちてはならないというのだ」
魔王様が目を細めて溜息をついた。
そうなのである。魔族と人間は恋に落ちてはいけないのだ。
なぜかと言うと、魔王様のお祖父様が、逸話を残したからだ。
悪い意味での。
その代の魔王様は、ヴァルト国の姫君レイラ様に恋をした。そして生贄によこせと要求した。そこへ異世界から現れた勇者が、魔王様を討伐し、姫と結ばれたという物語である。今でも大陸中で子供が聞かされるお話だ。
この魔界では、このお話の最後に、「人間に恋をしたり、悪い子にしていると勇者に倒されちゃうからね」とくっつく。ちなみにこの一件の後、前魔王様は、二度と魔王様の一族は人間に恋をしてはならないという掟をしいて、魔界では静かな治世を行った。今の魔王様のお父様だ。そして現在の魔王様。
「お祖父様は迫り方を間違えたのだ。恋には身分も種族も関係ない」
魔王様が言っていることは俺も正しいと思う。
思いたい。
なぜならば俺も身分違いの恋をしているからだ。
――魔族は、人間と違い魔力量で美醜を判断する。
そしてこの魔界で最も美しいのは魔王様だ。それこそ膨大な魔力を秘めた勇者だって顔だけ見るならば、魔族にとっては美形となるが……あちらは物理的に(?)も顔がいいらしい。どうでもいい。
俺は人間と恋をするなんて考えて見たこともない平均的魔族だから、興味がないのだ。興味があるのは……魔王様だ。そう、そうなのだ……。俺は、魔王様のことが好きなのだ。嗚呼、叶わぬ恋である。
それから俺は定時になったので、それとなく玉座の間を後にして、タイムカードを押した。ちなみにタイムカードはあるが、上には絶対に従わなければならないため、変に目立つと雑用を押しつけられる可能性がある。だからそれとなく退出するのだ。
さて、翌日。
今日も今日とて、俺は勇者退治(無理)に向かう。
みるみる仲間の数が減って行く。そんな中、俺はひたすらよけた。
後2撃くらいで最後だろう。そんなことを考えていた時だった。
「もう限界だ」
勇者御一行様の魔術師がつぶやいた。
彼は大陸一強いと言われている魔術師で、人間なのに不老だ。
「全くです。もう聞き飽きました」
今度は勇者御一行様の中で弓を使っている王子が言った。
おとぎ話の勇者と姫の末えいだ。
いつもは勇者しか口を開かないから、珍しいなと思って俺の耳に入ってきたのだ。
回復役は何も言わないままだったが。
勇者はといえば、いつも通り、戦いながら喋りっぱなしである。
俺はそちらは聞いていない。どうせ、「くたばれ、魔族!」とかいっているのだろう。俺は悪口だとか嫌なことは聞かないようにしているのだ。
そして俺は、ハッとした。
俺一人だけが残った現在、いつもだったら転移している状況なのだが……転移できない。ギフト封じの結界の中に俺は誘い込まれていたのだ。勇者の動きと魔力の流れにばかり気を配っていたから、魔術師と王子が二人掛かりで構築していたらしい結界の存在に気がつかなかったのだ。
「流石に僕でもイラっとする」
「俺もです」
「いくら勇者の言葉でもな」
「その通りです、勇者様だからと言って、四六時中同じことを言い続けないでください。せめて相手は俺の妹の姫にしてください」
「いやもういっそ、そいつでもいいんじゃないか?」
「……ま、まぁ……俺も本音としては、この小っ恥ずかしい勇者様の言動が止まるのであればそれでもいいような気もします」
「だろう? 僕は本当に限界なんだ」
魔術師と王子が話している。
勇者はといえば、俺をじっと見ている。ああ……ここで俺は倒されるのか……。
話は見えないが、それは確定的だ。
勇者におし倒され、地に背中を打ち付けたのはその時だった。
うあああ剣で刺される、と思わず身構えた時のことである。せめて楽に逝きたいと思っていた時だ。
「今日こそ名前を教えてくれ!」
真剣な瞳でじっと見られた。俺は硬直した。なんだって?
俺は聞き間違えたのだろうかと、じっと勇者を見る。
「……まぁ顔は本当にいいな」
「魔王に匹敵しますよね、顔は」
「面食い勇者だったとはな」
「しかも同性愛者ですからね……」
また魔術師と王子が話している。
しかし今度は、俺は、俺にのしかかっている勇者の方に意識を取られていた。
「俺は、勇者の剣を引き抜いて勇者に選ばれたヴァレンという。お前は?」
「……」
「一目惚れだったんだ!」
?
ぽかんとするというのはこういうことだと思う。
俺は魔力量もごく平均的なので、魔界において、平凡中の平凡な容姿であり、一目惚れなどされたことはない。からかわれているのだろうか?
いやそういう問題ではない。
そもそも、俺は人間に興味はないし、相手は魔王様に害をなす敵だ。
どうしていいのかわからず勇者を見守っていると、抱き起こされてから、肩に両手を置かれた。
「お、俺の恋人になってくれないか?」
「……」
「そ、そうだ、よかったら一緒に旅を……どうせ毎日襲撃に来るんだし! 一緒にいればその分襲えるだろう? 俺は、その、いきなり襲ったりはしないから! あ、って、いやその、べ、別に性的な意味じゃないから……あ、や、性的に襲ってくれてもいいけどな……って、うあ、だ、だから……」
なにをいってるんだ、こいつ?
率直にそう思っていたら、突如として周囲に膨大な魔力が満ちた。
「勇者よ、それは良い案だ! チェンジしようではないか!」
そこへ響いたのは魔王様の声だった。ま、まさか俺を助けに……?
「その者を勇者パーティに同行させる代わりに、勇者パーティからは、セレナをくれ!」
「のった!」
「「え」」
意気投合した様子で笑顔を向けあっている勇者と魔王様の前で、俺と回復役の声が被った。回復役の声を聞いたのは初めてのことである。って、それはどうでもいい。……その者。ああ、多分俺は魔王様に名前も覚えられていないのだろう。その上差し出されることになったらしい。仮にも好きな相手に、こうもあっさりと笑顔で……。
グサっときて体を固くした俺の前で、回復役を連れて魔王様は姿を消した。若干俺は泣きそうになった。
我に返ったのは、正面から抱きしめられた時である。
「その……大切にするから!」
「……」
「不安もあるかもしれないけどな、俺にできることなら何でもするし! それに、ちゃ、ちゃんとお前の気持ちも大切にするから! だ、だから今度こそ名前を教えてくれ」
「……」
「教えてくれないと俺、うっかり剣を抜いちゃうかもしれない……」
「……ソーダ」
最終的に脅しが来た。俺は腕の力が強くなったため、体をへし折られないか心配しつつ、略名を名乗った……名乗るしかなかった……。
本当は俺は、ソーンダイク・ストロベリーという。しかし本名を知られると魔族は相手に従わなければならなくなるのだ。それだけは避けた。
「ありがとうソーダ! これからよろしくな!」
「……」
「魔王城に着くまでには相思相愛に!」
俺は頭痛がしてきた。
こうして、俺の旅は始まったのである……これからどうなるんだろうか……。
俺は嫌な予感しかしなかったのだった。