【十三】俺、満たされた!
勇者は、まるで以前のように、俺を抱きしめてきた。
「ソーダ、ソーダ、ソーダ! 会いたかった」
「あ、え」
「ソーダを盗ったらお前でも許さないからな。ソーダは俺の大切な恋人なんだ」
勇者はユーネリアさんにそういった。
抱きしめている腕に力がこもる。首筋をぺろりと舐められて、俺は泣きそうになった。
少し前にはこれが日常だった。こんなふうにベタベタされるのが恥ずかしくて嫌だったはずなのだが――今は、信じられないほど嬉しい。
夢でも見ているのだろうか?
だが、そうではなさそうだ。
そう思いながら、俺ではなく、本物の恋人だろうユーネリアさんの様子を伺った。
すると彼は、ニコニコしているだけだった。良いのだろうか?
思わず俺は、首をかしげた。
――あたりを白い煙が包んだのは、その時のことだった。
「!?」
驚いて目を開けた時、ほわんとした煙が消えていき――それまでユーネリアさんがたっていた場所に、俺のよく知る人物が現れた。ん?
「クリムヒルト様?」
俺は思わずつぶやいた。この城の宰相閣下が、なぜなのか、ユーネリアさんがいた位置に出現したからである。
「驚かせたな、ソーダ」
「え、ええ?」
「実は、わしは昔、人間だったのだ。勇者の記録が漁るのが趣味で、現勇者には、馬鹿だ馬鹿だと言われていてなぁ」
「……」
「先ほどの人の姿が、わしの本当の姿だ。こちらの白い髭姿は、人間だとバレないように使っているフェイクだ。人間だとバレれば、いかに魔王様が良いお方であっても城が荒れる可能性が高い」
「えっ……け、けど、だとしても、勇者と再会できて……あの……」
俺は、突然のことにうろたえながらも、何か言おうと言葉を探した。
「安心せよ。城の者達は何やら勘ぐっておるが、わしと勇者は恋仲ではない。少なくとも、そういうものは過去の話であり、もうとっくに終わっている」
「――ソーダ、まさかお前、俺とユーネリアが再会して恋人になったと思っていたのか!? 俺がお前を手放す訳無いだろう!」
「前に、今度こそ手放さないって……それは、クリムヒルト様を一回手放してしまったからじゃないのか? 生きていらっしゃったんなら――」
「そういうことが言いたかったんじゃない。俺は、『大切なものを手放さない』という決意をしただけだ。そんな、ソーダが俺の気持ちを疑うなんて……――ユーネリア、これもお前が、俺に人間と魔族の和解のための仕事でしばりつけて、長期にわたりソーダと合わせてくれなかったせいだぞ! 同責任を取ってくれるんだ!」
「わしに言われてもな。仕事を持ってきたのは魔王様であるし――魔王様は、意地悪だからな」
「殺す」
「――が、ヴァレン、お前は度々ふさぎこんでいるソーダを見に行き、デレデレとわしに、落ち込んでいる顔が可愛いとかなんとか惚気けてはいなかったか」
「うるさい! いいだろう! 思われてるって確信したかったんだ!」
勇者はそう言ったあと、俺をギュッと抱きしめた。
「ソーダ! 俺がいなくて寂しかったか?」
俺は咄嗟に反論しようとしたが、できなかった。だって、寂しかったのだ。
気づいたら、両目からボロボロと涙がこぼれてきていた。
好きだ、好きだ、大好きだ! 俺は、そう再認識した。
「寂しかった。会いたかった。俺、ヴァレンが好きだ」
「俺もだ!」
勇者は満面の笑みを浮かべると、俺の唇を塞いだ。
長いあいだ、角度を変えて、何度も何度も俺たちはキスをしていた。
我に返った時には、クリムヒルト様はいなかった。
「そういえばな、魔王のところに、セレナが嫁ぐらしい」
「そうなのか」
「おう。これで人間と魔族の関係の改善の象徴になるみたいだ。もう俺たちには魔王を殺す動機もない。ユーネリアも生きていたしな。だから、もう旅は終わりだ」
俺が静かに頷くと、勇者が俺の額にキスを落とした。
「だから――一緒に人間の世界で暮らそう」
「!」
「ずっと一緒にいたい」
俺は、静かに頷いた。こうして、俺のひとつの旅が終わった。
俺は脇役かもしれないが、俺の人生の主役は俺だ!
これから俺は、魔王様の一配下としてではなく、ヴァレンの恋人として生きていくことに決めたのだった。