【十二】俺、やっぱり脇役だった!



 数日後――俺達(?)こと、勇者御一行様は、魔王城に、到着した。
 赤い絨毯の上を進んでいく。(俺から見ればこちらが味方だが)敵襲はなく、魔王さまがいる玉座の間まで、素通りだった。

「んぅ、っ、はぁ」

 行った先で俺はぽかんとして目を見開いた。
 玉座に座っている魔王さま。膝の上に抱かれて、キスを受け入れている人間。
 瞳はとろんとしていて、魔王様の首に抱きつく腕は震えていた。
 濃厚な口づけを見てしまい、俺は焦って、勇者の服の袖を掴んでいた。

 ――以前だったらこんな光景を見るのは辛かっただろうが、今はそうは思わない。
 魔王様と回復役のキスは、俺の頭の中では、自分と勇者に変換された。
 勇者には、見えるところではしないで欲しいとたのもう、という形だ。
 もう衝撃を受けないから不思議だ。そう考えていたら、勇者と目があった。

「ソーダ? 大丈夫か?」
「ん? 何がだ?」

 すると勇者が、ちょっとホッとしたのが分かった。

「――ああ、勇者一行か」

 しばらくして、魔王様がようやくこちらに気がついた。
 俺は反射的に身構えた。玉座の光景に、一瞬恋愛脳になっていたが、これから始まるのは、殺し合いのはずだと思い出したからである。

「して、勇者との恋はどうなったのだ?」

 だが、魔王様は殺伐とした空気など微塵も感じさせず、俺を見て微笑した。
 慌てて俺は答える。魔王様に、嘘をつくことなど、平凡な魔族の俺にはできない。

「こ、恋人になりました!」

 すると魔王様ニヤっとした。なんだろう?
 魔王様は、それから勇者を見た。

「そういえば、勇者に会わせたい者がいたんだ」

 その時、奥から歩いてくる足音が聞こえた。
 俺と勇者は、おそらくほぼ同時にそちらを見た。
 一歩後ろでは、魔術師と王子も視線を向けている気配がした。

「あ」

 俺は大きく目を開けた。そこには――俺にそっくりの、『人間』が立っていたからだ。
 ここのところ、俺は鏡というものを頻繁に見る機会があったから、物理的な自分の顔の造形を理解している。現れた人間の顔と、俺は、そっくりだった。

「我はセレナと幸せになれたから、勇者にも幸せのお裾分けをしたくてな」

 魔王様はそう口にして、薄く笑った。
 その声に、俺は勇者を見た。勇者は、目を見開き、呆然としていた。
 うっすらと開けた唇で、何かを言おうとしているようだった。

「随分親しい間柄だったと聞いているぞ、勇者。致命傷を負っていたから、我がこの魔王城で今まで保護し、治療し、生活の援助を行っていた人間と。巷では、我がこの者を殺したと囁かれているようだが、我は無益な殺生はしない」

 魔王様は、大変お優しい方だ。俺はそれをよく知っている。

「久しぶりだな、ヴァレン」
「――っ、ユーネリア!」

 出てきた俺そっくりの人間が、微笑して勇者の名前を呼んだ。
 すると勇者は、やっと体の硬直が溶けたようで、床を蹴って抱きついた。
 その瞳に涙が浮かぶのを俺は見た。

 ――いつか勇者が、恋した相手なんだろう。

 すぐにピンときた。そしてその人物の不在で、勇者の世界は灰色になってしまうほどだったのだ。俺が来て明るくなったらしいのは――灰色じゃなくなったのは――……そうか、俺の顔が、勇者いわく『馬鹿』に、そっくりだったからなのか。一目惚れしたと言われたが、いいや、正確にはそれは――好きだった馬鹿と同じ顔をしている者を見つけた、という事だったのかもしれない。

 俺がつらつらとそんなことを考えていると、魔王様が俺を見て小声て言った。

「もうお役目ゴメンだ。下がって良い」
「わかりました」

 頷いて――俺は、逃げるようにして、その場から下がった。
 俺が下がることに、気づきもしなかった勇者のことで、俺の胸は痛くなった。



 ――そこから俺の生活は、タイムカードを押すものに戻った。

 迷宮の件に限らず、勇者とユーネリアさんというらしき人間の再開で、勇者御一行様が魔王様を討伐する動機も消えたらしく、今のところ戦闘などは発生していないらしい。かわりに、今後の人間と魔族との和解へ向けた交渉を彼らは勧めていると聞いた。

 それらと、魔王様がセレナという人間と恋に落ちた話、さらに勇者とユーネリアの再開は、魔王様がキューピッドになった運命の恋、なんていう話が、末端の俺のところに響いてくる。俺は、食堂や廊下で、一緒に旅した勇者御一行メンバーの人々について質問攻めにされたりしている。

 現在は、その道中の報告書、および環核迷宮に関して勇者側が持っていた知識のまとめ作業など、どちらかというと室内での仕事をしている。あんまり得意じゃない。疲れたなと思いながら、懐かしき自宅に帰り、俺は久方ぶりに、壁にせをあずけて眠る生活をしている。

 一人で、だ。一人で眠る夜は、無性に寂しいと思い知らされた。

 なんというか、やっぱり俺は脇役だったのだ……。
 俺と勇者は恋人同士になったはずだったが、今、この城では、誰もが、勇者とユーネリアの再会と恋を祝福している。俺はそのユーネリアに顔がそっくりだったため、ただそれだけが理由で、一時的に勇者に代わりに思われていた存在だったらしい……。

 生きていたのが喜ばしいことは、俺にもよくわかる。
 だから、勇者と元恋人が幸せそうなの見て、胸にグサグサくる自分が、浅ましく思えた。


 魔王様から、勇者の部屋掃除を命じられたのは、それから三ヶ月経過してからのことだった。俺は断りたかったが、魔王様からの指示だというメモを受け取ったため、向かうことになった。

 部屋に入ると、勇者がいた。
 さらに――勇者の恋人だという、ユーネリアという人間もいた。
 見れば見るほど俺にそっくりだ。そう思っていたときのことだった。

「ユーネリア、紹介する。俺の恋人のソーダだ」

 響いた声に、俺は硬直した。