【十一】俺、自覚する!(★)
さてその日――俺たちは、環核迷宮に遭遇した。まだいずれの集団も未確認みたいなので、話し合った末、俺達で中に入ることになった。確認を待っていたら、迷宮が肥大化してしまうのが明らかだったからだ。
「俺は勇者だからな」
そう言って笑った勇者を、魔術師と王子が、シラッとした顔で見ていた。
――?
俺にはその理由がわからなかった。
迷宮を進んでいき、すぐに一番下まで俺たちは到着した。
そこで――迷宮の”主”である人間の死体を俺は見上げた。魔族の俺にはすぐにそれが『人間の死体』だと分かったが、人間である勇者達にはわからないはずである。
そう思っていた時だった。
「人間の骨格を保持している状態で、迷宮化していますね」
「ああ。非常に良いサンプルになる」
王子と魔術師がそんなことを言った。俺は驚いて息を呑んだ。
見守っていると、遺体の検分を始めた彼らは、俺が知っているものと同じ――魔族側の知識をもとに、迷宮の核について語り始めた。驚愕してしまった。
俺達の情報が漏れていた、かもしれない点に、ではない。
もし人間が、『迷宮を作り出しているのは魔王様ではない』と正確に知っているなら、この勇者御一行様とて、魔王様退治に魔王城まで行く必要なんて無いからだ。無くなるからだ。そうなれば、魔王様の目標の、魔族の人権を認めさせるというのは、格段にやりやすくなるはずだ。
だが、知っているのに――なんで彼らは、今まで旅を?
どうして、魔王様を倒す必要があるんだ?
「なぁ」
俺は思わず勇者の袖を引っ張った。すると首をかしげて、勇者が微笑した。
俺は必死で自分の考えを、勇者に伝えた。
すると勇者が頷きながら聞いてくれた。そして言った。
「魔王を倒さなければならない理由はひとつだ」
緊張しながら俺は続きを待った。
「ソーダが魔王を好きだからだ!」
「え」
いつもだったら俺は、冗談だよなだとか、そういうことを思った気がする。
だがこの時、そう言われて――今はもう勇者が気になってると自覚してしまった……。
「冗談だ」
勇者はそう言って微笑した。
なんだか無性に格好良く見えた……なぜだ。
――理由はわからなくもない。俺を無条件に愛してくれるからだ。
俺は熱くなってくる頬を隠すべく、別の方向を見て誤魔化した。
そして話を変えることにした。これは、自分に与えられた仕事が諜報活動かもしれない、というのが動機ではなく、純粋な自分の興味からだった。
「ちなみに、なんで迷宮について、魔族側と同じことを知ってるんだ?」
すると勇者は腕を組み、どこか懐かしむような瞳をした。
「――勇者に憧れていた馬鹿がいてな」
「?」
「ソーダに出会う前、俺の世界は灰色だったんだ。ただ、灰色になった理由は、おそらくその馬鹿がいなくなったからなんだ。その馬鹿は、俺の前の勇者の日記を見つけて、いつも大事に読んでいたんだ。そこは――こういった環核迷宮の知識や、魔族、なにより魔王の情報も多数記載されていた」
「その日記を公開したら、人間はみんな、環核迷宮や魔族のことを、正確に理解してくれるのか?」
思わず期待して、俺は聞いた。
「その可能性はある。だが、現時点で俺には公開するつもりはない」
「どうしてだ?」
「その馬鹿は、すごく綺麗で、誰よりも強くてな、勇者に憧れていたんだが――俺から見たら、そいつは既に立派な勇者だったんだ。勇者の剣を引き抜いただけで勇者に選ばれた俺なんかよりもずっと。ただ、お人好しで、仲間思いで、見ていると心配になった――今になって思えば、俺はその馬鹿に恋をしていたのかもしれないな。ソーダの前に恋をした、たった一度があれなんだろう。あの馬鹿が村に帰ってくるたびに、あの笑顔を見るたびに、俺は胸が踊った」
俺は、突然勇者の過去の恋の話を耳にしたものだから、正直うろたえてしまっていた。
「その人は、どうなったんだ?」
「――仲間をかばって致命傷を負った。魔王が処分すると言って遺体は持ち去ったと聞いた」
「……人間は死んでも生まれ変われないからな。魔族はコウノトリがいるけど」
「そうだな。ただ、本当にそうなんだろうか?」
「え?」
俺が顔を上げると、勇者がじっと俺の顔を見た。
「――変わらないな」
「ヴァレン?」
「いいや、なんでもない。まぁ、その、そういうわけで、お前の大好きな魔王様は、俺の大切だった馬鹿を殺したそうだから、俺は絶対に許せない。これは、勇者だからじゃない。ほかにやることが見つからなかった俺が、やっと見つけた復讐だ。勿論みんなはそう捉えていないはずだけどな――俺は、ソーダと会うまで世界が灰色だったから、どうでもよかったんだ」
「……ヴァレン……」
いつになく真面目に思えた。俺は、なんと声をかければ良いのかわからなかった。
上手く慰めの言葉ひとつ出てこない自分が辛かった。
無事に迷宮は踏破し、翌日には旅を再開した。
勇者のスキンシップは、やはり日増しにすごくなっていく。
俺は、おはようのディープキスに慣れてしまい、抱きしめられるのに慣れてしまい、手をつないで旅をするのに慣れてしまい、そんな自分に驚愕してばかりだ。
さらにヴァレンの温度に、ドキドキが止まらない。なんだこれ。焦る。
そして――目指す魔王城は、着実に近づいてきていた。
今日は魔族の領地に入った。
もうすぐ魔王城につくのだ!
そうなったら――勇者とお別れだ……。
願っていたことだったはずなのだが、なぜなのか、今はそれが寂しく思える。
領地に入った途端、空を鳥の魔族が埋め尽くした。
魔王様側もこちらの動きに気づいているはずで、警戒しているのだと思う。
あの鳥魔族は、魔王城宰相のクリムヒルト様の指示で動いているはずだと思った。
クリムヒルト様は、人間の動向に非常にお詳しい方なのだ。
さて勇者御一行様も、特に夜の警戒を厳重に行っているようだった。
警戒するのは当然だろうし、したほうが良いのだろうと俺も思う。
ただ――初日の夜、久方ぶり、勇者と何もせず、ただ腕枕だけで眠ったのが、非常に新鮮だった。肉体関係を持っている最中に襲われたら大変だというのはよくわかるし、勇者にも分別があったんだな、なんて、最初は思っていた。
だが……勇者が手を出してこなくなり、二週間があっさりと経過した頃、俺は……情けないことに、溜まりまくっていた。ムラムラしていた。したい。すごくしたい。
今でもベタベタされて、甘い言葉を囁かれたりはする。
日中、服の上から乳首つままれたりこすられたりはある。
けれけど、そこまでで、夜は普通に睡眠してるから、俺は泣きそう。
なお、夜番は、王子と魔術師が交互にしている。
さてこの日、ついに俺は、我慢できなくなった。
人目を忍ぶようにして、俺はテントから出た。そして荷物置き場へと向かう。
幸い周囲にはバレなかった。
なんとか場所を開けて、俺はそこに座った。
そして恥ずかしかったが、下を脱いで、利き手を添えた。
自慰する事に決めたのだ。
「あ、っ、ぁ、勇者ぁ……」
俺は、日中、勇者に触られた場面を思い出していた。
本当はその後にしてもらいたかった、直接的な陰茎への接触、頭の中でそれを思い描きながら、開始したから、思わずつぶやいてしまった。
その時だった。
「――勇者って俺のことだよな?」
「!」
俺は、目を見開いた。
そこには、俺の自慰をバッチリ見ている勇者が立っていたのだ。
恥ずかしすぎて俺は硬直した。
――見つかった。見つかってしまった! 俺は真っ赤になった。
「嬉しいな」
「……」
「俺にどうされる想像してたんだ?」
勇者が歩み寄ってきて、座っている俺に向かいかがみ込んだ。
羞恥で俺は、ギュッと目をつぶる。怖くて目が開けられない。
すると、抱きしめられた。
「ソーダ、本物の俺をあげるから」
――甘く耳元でそう囁かれ、俺は気づくと頷いてしまっていた。
「ぁっ、く、ン……――あああっ!!」
右の太ももを持ち上げられて、斜めに深く突き上げられる。その角度だと、俺の気持ちの良い場所を、ダイレクトに勇者の陰茎が刺激する。ゆっくりと頭が真っ白になるその場所を突き上げられて、俺は目を見開いた。涙がこみ上げてくる。快楽からだ。ゆっくりとゆっくりとそこを突き上げられるうちに――体の奥が熱くなった。
「だめ、だめだ、だめ、だめ、あ、あ、あ、あ、あああああ、待ってくれ、あ、ああああ、ア――!!」
俺は、出していないというのに、絶頂に襲われた。
「すごいな、ソーダの中、すごい蠢いてる。気持ち良い。絡みついて俺のことを離さないみたいだ」
「あ、ああああ――!!」
直後、ひときわ強く突き上げられて、俺は射精すると同時に快楽に飲まれた。
気持ち良すぎて、気絶してしまったらしかった。
目が覚めたとき、俺は勇者の腕の中にいた。
見上げると、しっかりと目があった。その瞳に吸い込まれそうになる。
俺は――もう自分の気持ちを自覚していた。
「ヴァレン、あの」
「ん?」
「好きだ」
意を決して俺は伝えた。こういう気持ちは、きちんと伝えておいたほうが良いと、俺は既によく理解したつもりだ。そんな俺に対して、勇者は息を詰めてから、俺をだく腕に力を込めた。
「ソーダ、俺、すごく嬉しい」
勇者にぎゅっとされた俺は、嬉しいような、なんというか、気恥ずかしさを感じた。
「今度こそ、俺はお前を手放したりはしない」
「今度こそ? 一体何の話だ?」
すると勇者は、何故なのかちょっと焦った感じで、顔を背けた。
こうして――俺達は、恋人同士になったのだった。