【一】俺は姫騎士である。




 俺は、トールバール王国の第二王子だ。一応、高貴な立場である。

 して、我国には、ある伝承がある。過去、姫騎士と呼ばれる俺の祖先が、魔王城で捕まりながらも、囚われた姉姫を救い出したという英雄譚だ。

 魔王――というのは、あくまでも民草による恐怖の象徴としての呼称であり、実際には、隣国であるメルヴァーレ帝国の事であるというのは、既に広く知られている。これまでに、王国と帝国は幾度も戦争を繰り広げてきたものだ。他にも隣国の人間は皆邪悪なオークであるといった伝承も存在するが、それも恐怖からで、実際に住んでいるのは、俺達と変わらない普通の人間である。

 ただ、隣国と俺の国では、そのまま美醜観念が変化してしまったらしい。
 あちらから見ると、醜いのは、トールバール王国で暮らす、背が低く細い民。
 こちらから見ると、醜いのは、メルヴァーレ帝国で暮らす、背の高くガッチリした奴ら。

 なお、そんなトールバール王国にあって、俺は背が高くてガッチリしているため……外見は微妙な立場だ。俺を見る度に、人々は言う。

「その筋肉さえ無かったらなぁ」

 煩い話である。好き好んでこの体型に生まれついたわけじゃない!

「まぁ『姫騎士』としては、安定感があるな。帝国の奴らとも渡り合えそうだ」

 ――。
 実際その通りだろう。俺はおそらく、帝国にふらっと出かけても、一切気づかれない外見的特徴をしているに違いない。

 なお、トールバール王国には、姫騎士伝承から、第二王子以下は、騎士となるという決まりがある。次期国王は、俺の兄だ。第二王子の俺は、男で王子なのだが、第十一代姫騎士と呼ばれる事がある。なお、もう一人、弟の第三王子がいる。

 第三王子のエールは、とてもか細い。それこそ背が低く色白で、華奢であり、国民の皆が見惚れるし、俺もこんなに愛らしい存在は、弟くらいしかいないと確信している。

 ……。
 俺を除くと、王族はみんな、国民の理想を体現したような麗しさである。
 嫉妬が無いとは言えない。だが、俺は愛らしい家族を守り抜きたいので、本日も騎士の仕事を頑張る事にしている。

 そう考えながら、短剣の手入れをしていると、執務室の扉が勢い良く開いた。

「大変です、ナジェス様! エール殿下が誘拐されました!!」
「なんだって!?」

 俺は目を見開いたのだった。


 ――緊急会議が招集された。
 確定はしていないが、犯人は、残っていた魔力残滓から察するに、隣のメルヴァーレ帝国の宮廷魔術師の可能性が非常に高い。

 エールが狙われた理由は、皆が思案した。
 一つはやはり王国最高峰の美貌の持ち主だから――であるが、美醜観念が異なるあちらだと、エールはどちらかといえば醜いという事になるであろうから、却下された。

「やはり……王家に伝わる能力から、か」

 父王陛下が、深刻な声音で呟くように言った。
 王家に伝わる能力――それは、王族を王族たらしめる、この大陸全土で見ても非常に貴重な能力の事である。

 エールの場合は、『願い事を一生に一つだけ叶える能力』を生まれつき持っている。一生というのは、エールの生涯の事だ。どうやって叶えるかと言うと、エールが生まれた時に、小さな宝玉が一緒に出てきたそうで、それは古代の魔法陣の上に置くと、力を発動させるらしい。なお宝玉は、持参して生まれる王族が時折いるそうだが、とっくにこの王国からは、魔法陣の知識は失われている。その為、実際には、願いを叶える事は無理だったりする。

 なお、俺の場合は、『時間停止能力』を生まれながらに持っている。時間を停止させると、俺以外は皆停止してしまい、何も出来なくなる。ただし俺だけは動けるし、物の移動なんかも可能だ。

 ちなみに兄は、特に能力は持たない。能力の有無でなく、生まれた順番で、この国では役割が決定していく。エールの場合は、生まれつき病弱だったので、騎士はしていないが、一応俺がいるから良いという事になっている。

「なんという事だ、あんなに愛らしいエールが、酷い目にあっているかと思うと……」

 兄が涙声を放った。そんな兄も死ぬほど愛らしい。可哀想すぎて、俺の胸が痛む。

「姫騎士よ! 今こそ、その力を発揮するのだ!」

 父王陛下が言った。兄も大きく頷きながら、俺を見ている。その場にいた、背が低く華奢で愛らしい文官・武官、皆が俺を見ていた。俺は冷や汗をかいた。きっと、それこそ、確実に俺ならば、帝国に侵入しても、外見から露見する事は無いだろう。

 しかし、しかしだ。魔王だのオークだのと恐れられるような、今ではほぼ国交の無い隣国は――俺だって怖い!

 だが……。

「勿論です。直ちに助けに行って参ります」

 ……俺は、類稀なる見栄っ張りであり、格好付けなのである。断るなんて、俺らしくない事は出来ない。平和ボケしたこの国で、いくら仕事と称してナイフ拭きばかりしていたからといって、あんまり訓練なんかしていなかったからといって――俺は一応姫騎士の末裔であり、それだけが、俺の役割なのである。恰好良くいなければならないだろう! なにせ姫騎士の加護を受けているとまで言われているのだからな!

 立ち上がった俺は、バサリと肩布を翻し、その場を後にする事にした。
 なお――その後は、無計画だったので、とりあえず執務室へと戻り、頭を抱えた。