【三】俺の新しい日々
こうして、俺の潜入調査――冒険者のふりをする生活が始まった。
現在募集のもと集まった人々は、宮廷魔術師と共に、魔物討伐に従事しているらしい。
これは俺にとって、非常に都合が良かった。
都合が悪いのは……明らかに帝国の外から来たのだろう冒険者も含めて、みんなが俺の顔面を見る事である……。注視されすぎていて、自由に索敵活動が出来ない……!
俺の国は、ほぼ他国とは国交を持っていなかったので、やはりどこか言動にもズレがあるのかもしれない。そうでなければ、これほど視線を向けられる理由が分からない。
「はぁ……」
思わず溜息をつきながら、俺は魔物を斬った。この魔物――非常に弱い。俺が素振りで使っていたカカシと違って、あっさり切れる。スライムだからであろうか?
「すごい……」
「また一撃で……」
「麗しくてお強い……あんなに可憐なのに」
俺は、聞こえてきた歓声に、二つの事を思った。一つは、みんな弱すぎないか、という感想である。もう一つは、自国でもよくやられたが、俺をおだてて面倒事を押し付けていないかという疑惑である……。
しかし、格好良いと言われて悪い気はしないので、格好付けの俺は、何でもないふりをした。それから宿舎へと戻ると、俺の前のテーブルに、お茶が置かれた。見ればルイドが立っていた。黒い髪を揺らしながら、ルイドが俺の正面に座る。
「今の戦い、甘かったな」
「……」
宮廷魔術師部隊の総指揮をしているルイドは、俺に対して赤くなったのは初日のみであり、現在では、唯一と言っていい、俺に対して特別扱いしない帝国人となっている。いつも嫌味ったらしく、しかしながら的確にこちらのミスを指摘してくる。
「もっと前に踏み込まなければ、致命傷を与えられなかった可能性がある」
「――倒せたんだから、良いだろ」
ムッとしつつも、俺は平静な顔を装って答えた。すると猫のように大きな瞳を細めて、ルイドが腕を組む。宮廷魔術師側だけでなく、冒険者を含めた全体指揮も彼の仕事らしい。なお、ギース殿下は、城にいるそうだ。そうだよなぁ、普通は王族が率先して最前線に出たりしないよな。ちなみにギース殿下は、ルイドの事が好きだと公言していると噂でよく聞いたし、二人が並んでいると、大体ギース殿下はルイドに抱きついていた。
「結果論でモノを言うな。これだから、素人は」
「宮廷魔術師様と違って、お綺麗な戦法でなくて悪かったなぁ」
「ああ、その通りだ。ぶった切るだけではなく、もっと戦術を練るべきだ。ど素人の剣技を見ていると、不安しかない」
「……ど素人?」
確かに俺は、カカシとしか戦ってこなかったさ!(それも、自国のカカシは斬れさえしなかったさ!)
しかし俺だって、生まれて二十三年間ほど、騎士をしてきたのだ。ただちょっと実戦経験が浅いだけだ……だから、適当に斬っているが、実際にスライム達は弱いし、周囲は俺を賞賛してくれるんだから、水を差さないで欲しい。俺、こいつ、嫌いだ……!
「のんきに宿舎で報告を待っているだけの総指揮官殿に言われてもな」
「この一帯に探索魔術を展開し、個々人に防御結界を構築している俺に対して、それが言うべき言葉だと本気で思っているのか?」
冷淡なルイドの声は――正直怖い。なので、俺は顔を背けて誤魔化す事に決めた。
顔だけは綺麗なのだが、こいつの中身は最悪だ。
人間、やっぱり容姿ではない。性格だ。
「もう良い。明日は休暇だったな?」
「休暇、か。確かに冒険者に定められた休暇ではあるけどな、魔物が出たら行ってやるよ」
「――馬鹿が」
「あ?」
「休むこともまた仕事だ。それすら理解出来ないその頭、もう少しどうにか出来ないのか?」
せっかく休日でも働くと言ったのに、酷い事を言われた。俺は涙ぐみそうになったが、格好良い俺が泣くなんて、ちょっとありえないので、腕を組んで唇を噛む。そんな俺の前で、呆れたようにルイドが溜息を零している。
「じゃあ――総指揮官様は、きちんと休んでるって事だな? 一体いつだ? 次のお前の休暇」
「明日だ。それが何か?」
「へぇ。俺と同じだな。なら、本当に休んでいるのか証拠を見せてもらおうか」
どうせ働いているんだろうと思いながら、俺はニヤリと笑った。
するとルイドが硬直した。目を丸くしている。
「俺は休むといっても、帝国の街中に詳しくない。ルイド、俺が休暇を謳歌できるように、案内の一つでもしてくれよ」
断られるだろうと思いつつ、やけになって俺が言った。するとルイドが息を呑んだ。それから一度俯き、その後ちらりと俺を見上げた。まつ毛が長い。白い肌に、一瞬だけ朱がさした気がしたが――初日以降、ルイドにはこうした反応が無かったのと、すぐにいつも通りの表情に戻ったため、気のせいだと俺は首を振る。
「い、良いだろう」
「へ?」
「明日の十時。宿舎前の噴水の所で待っている」
ルイドはそう言うと、立ち上がり、歩いて行った。残された俺は唖然としつつ、その背中を見送るしかなかった。異国から来た俺に対する、親切心を、ルイドは発揮したのかもしれない。そう考えると――案外優しいのかもしれないなと考えた。