【六】意識
さて、魔物討伐が始まった。今回、最前線にいるのは俺と――他の宮廷魔術師では太刀打ち出来ないとの事で、ルイドである。総指揮官なのに、前面に出てきた。初めての事である。しかし俺から見ると、いつものスライムとさして変わらぬ強さのゴーレムが相手だ。
「もっと右によれ、馬鹿が!」
「お前こそもっと左に魔術を撃て!」
「お喋りをしている余裕がお前にあるのか?」
「話しかけてきたのはルイドだろうが!!」
前線において、俺達は、口喧嘩をしていた。もう慣れたものである。三日間、この状態だからだ。俺とルイドは同じ部屋のはずであるが、今の所、一度も部屋には戻っていない。二人で最前線の一角で寝ずの番をしつつ、朝から晩まで討伐を行っている。
弱いが、数が多かった。
そんなこんなで――落ち着いたのは、四日目の夕方の事であり、さすがに俺も疲れきっていた。ルイドも同様らしく、部屋に揃って入ってから、俺達はそれぞれの寝台に座った。毛布があるだけで、幸せだ。
「お湯を浴びてくる」
ルイドが言った。さも当然風に言われたので、ムッとした。一応現在の冒険者の指揮官は俺であるから、宮廷魔術師の指揮官のルイドとは、名目上は対等である。
「俺が先じゃダメか?」
「俺が先だ」
しかしルイドは、頑なに譲らない。
「なんでだよ。俺だって早く髪を洗いたいんだよ」
「俺は一刻も早く寝たいんだ」
「俺だってそうだ」
不貞腐れながら俺が返すと、今度はルイドが大きく息を吐いた。
「――言い直す。ナジェスより先に寝たいんだ」
「俺だってルイドよりも疲れてる自信しかない!」
「そういう意味じゃない。風呂上りのお前は目に悪そうだから、寝ておきたいんだ」
「は?」
言われている意味が分からず首を傾げると、ルイドがそのまま浴室へと行ってしまった。それを結局見送ってから、意味を考えてみる。俺の風呂上りが、目に悪い?
そ、そ、それって……俺が色っぽく見えるって意味じゃないのか?
戦場では性欲が高まるというしな。もしや、俺とヤりたいのか……?
「って、んな、俺は何を考えているんだ。あの冷静なのに俺にだけ毒舌なルイドに限ってそれはないか」
うんうんと一人呟いてから、俺はとりあえず順番を待つ事にした。そして出てきたルイドと入れ違いに浴室へと向かう。歩きながら、水が滴っていたルイドの髪を見てから――ずっとドキドキしている己を自覚した。どうやら、性欲が高まっているのは、俺の方らしい。
なんとか煩悩を殺すべく体を洗ってから、俺は部屋へと戻った。するとルイドが目を伏せてソファにいた。
「寝台で寝ろよ」
ルイドは何も言わない。本当に疲れていたのだろう。寝入っているようだ。
俺はその時、ルイドの端正な唇に、目が吸い付けられた。気づくと、歩み寄っていた。
そして――片手をソファについて、ルイドの顔を覗き込む。
無意識だった。
「――っ、ん? なんだ?」
その時、ルイドが目を覚ました。焦って俺は体勢を崩した。
まずい、まずい、まずい、このままだと押し倒している形になる――!
焦った俺は、日々の朝の素振り前に行う腹筋の時の事を全力で思い起こして、ルイドの周囲に腕をつき、押し倒す手前で自分の体を制した。
「!」
するとルイドが目を開けた。真正面から見つめ合う形になり、俺は冷や汗をかく。違う、違うんだ、無意識に見ちゃっただけで、襲おうと思ったわけではないのだ! さて。困った時に、俺は苦笑してしまう。
「っ」
苦笑というよりも、完璧に作り笑いになった自信がある。そうして――俺の笑顔は、そういえば、破壊力が高いのだった、この土地においては。ルイドが呆気にとられたようにこちらを見ている。
それから――ルイドが苦しそうに顔を歪めた。真っ赤になり、涙ぐみながら俺を見ている。あんまりにもそれが艶っぽく思えたが、俺は理性を総動員して、体を接触させないように気を遣い、その場から退いた。
「悪い、疲れすぎて、足がもつれたんだ」
「そ、そうか」
「……」
「……」
俺達の間には、その後気まずい沈黙が漂った。何度か目が合う。俺は我ながら自分が真っ赤である自信があったし、あちらも真っ赤だ。
絶対、ルイドは俺の事を好きなんだと思う。そして俺もまた、そんなルイドを意識しまくっている。ルイドの方が、俺を好きであり、俺はまだ恋したばかりかもしれないが、どちらにしろ、俺達の雰囲気って、結構良い感じではないかと思う。
無論、弟を救出しなければならないし、その一番の敵はルイドだと理性では判断していたのだが――この時の俺は、無性に幸せで、どこか照れくさかった。
遠征が終わったのは、その三日後の事である。
昼間は共闘し、口論し、そして夜は――お互い意識しすぎて沈黙していた三日間。
それが名残惜しい気もしたが、戻ってすぐに、俺は意識を切り替える事にした。
早く、弟の居場所を突き止めなければ!
俺は急いた気持ちを必死で抑えながら、調査場所を王宮全体に変える事にした。
――ただ、この時には既に、着実に遠征の疲労が、俺には溜まっていたのかもしれない。