【十二】口実






 昼食の約束を騎士団長のジークから申し込まれたのは、金曜日の事だった。

 勿論僕は土日は休みでは無いので、ほぼ平日気分で、その仕事をこなす事になった。
 正直辛い。

 何が辛いかって、勇者アスカが帰ってきたため、魅了魔術の影響下に戻ってしまった文官が多発した事である。僕は丸二日眠っていない。その為、スイとレイがどうなったのかも不明だ。正直それどころではなかった。

 何せ、そろそろ建国記念日が近づいている。様々な手配が必要となってくる。本日はそのパレードに関して、騎士団長のジークと打ち合わせをする事になっているのだ。

「――……悪い、待たせたな」

 僕は我ながらよろよろだと思っていたが、そんな姿宰相らしくないので、努めて元気を装いながら席へと向かった。

「――疲れているみたいだな」
「別に。それでパレードに関してだが――」

 僕は座ると同時に用件をぶつけた。
 今は一分一秒も惜しい。

 運ばれてきた料理を砂を噛む気持ちで食べながら、事務的な連絡を告げていく。
 ジークは黙って頷きながら、僕を見ている。

「……――という流れで頼む。改善点はあるか?」
「いや、異論はない」
「じゃあ打ち合わせは終了だな」

 僕は頷いて、一刻も早く食事を終えようと思った。

 この後も、ビッシリと会議の予定が入っているのだ。資料を読み込む時間が欲しいが、さすがに会談相手の前で、次の会議の資料を読むのは気がひける。

「ちゃんと休んでいるのか?」
「休んでいる暇など無い」
「……神殿でスイと、アスカを取り合ったと聞いた」
「デマだ」
「ああ。信じている」
「寧ろ勇者殿を貴様が奪い去って取り除いてくれればいいのに……!」

 半ば本音で僕は告げた。

 あの勇者、僕の事を好きだ好きだと言ってくるのは目が高いと思うが、凄く邪魔なのである。僕は忙しいのだ。

「――アスカでなく、フェルならいつでも奪わせて貰う」
「冗談に付き合っているほど我輩は暇じゃないんだ」

 疲れが双肩にのしかかってきている気がする。

「ああ、ゆっくり眠りたい」

 おもわずそう口にして、僕はしまったと思った。宰相はそんな事を言わないだろう。なんだかジークと一緒にいると気が緩んで愚痴ってしまう気がして嫌だ。ジークは流石に武官の長だけあって、長たる者の気苦労を察知してくれるようだから、ついつい漏れてしまうのかも知れない。

「――次の火曜日の夜は楽しみにしているが、予定は大丈夫なのか?」

 そういえば招かれているんだったなと思い出して、僕は溜息を零してしまった。

 本音を言えば休日なのだから家で寝ていたいし、現状だと休みがあるのかも怪しい。

 しかしながら、侯爵家を手駒にできるかも知れない機会だ。這ってでも行かなければ!
好敵手としてではなく、戦略的な利用し利用され合う関係を結ぶというのはきっと悪くない! はっははははは、と、内心笑いながら僕はそう思った。ただ反面、何故なのかジークと話していると毒が抜かれる僕がいるのだ。何となくジークはそんな事を考えていなさそうなイメージがあるのである。

「空ける」

 僕がそう言うと、ジークが破顔した。

「有難う」
「ただな、事前に根回しが必要な話なら、先に情報をくれ」
「? お前が来てくれるならば、それだけで構わない」
「その言葉、信じるぞ。とはいえ、本題の触りくらいは聞いておきたいがな。何か話しがあるんだろう?」

 何もないのに家に呼ばれるような友人関係ではないと僕は分かっている。

「っ、本題……ああ、伝えたい事はある。ずっとフェルに言いたかった事だ」
「ずっと、か」

 オデッセイ侯爵家の力を持ってしても、宰相である僕の影響力が無いとなしえないようなずっと考えていた事柄とは一体何だろう。

 考えられるのは、二つだ、今の時点では。

 一つは、武官側にはオデッセイ侯爵家の意向が強いが、文官側は僕がいるので、そうでもないはずなので、息がかかった者を文官にしたいという話しだろう。ある種の武官側のスパイ的ポジションにもなるだろうが、オデッセイ侯爵家にツテがあるのであれば、使い勝手は良さそうだ。

 もう一つは――やはり婚姻問題だろう。違う派閥や、例えば他国の王族を狙っているんなら、僕を頼ってくるのは必然だ。僕のことを好きだ好きだと言っているのも、本命はお前だが、お前のために政略結婚してやるとか言って、本命を紹介させる腹づもりなのかも知れない。……あれ、なんだ。そう考えると、少し心が痛いな! まぁ僕だって、誰かに愛されてみたいと思うこともなきにしもあらずだからそのせいだろう。

「ジーク、貴様はどんな相手が好みなんだ?」

 僕は自分の考えが妄想だと半ば忘れて、ついつい聞いてしまった。僕は完璧主義者なので、紹介しろと言われるなら、単に紹介するだけではなく、完璧に良い空気感を造り出したい。

「俺の好みのタイプが気になると言うことか?」
「あたりまえだろう」
「っ……そんな風に可愛いことを言わないでくれ。自制が聞かなくなる」
「?」

 何言ってるんだろうコイツと思いながら、僕は、片掌で顔を覆ったジークを見る。
 僕は可愛いというよりかは――そう、美しいはずだ!
 確かに僕の愛らしさを分かっているという意味では評価できるがな!

「逆に聞かせてくれ。フェルのタイプは?」

 その言葉に、僕は虚を突かれた。
 僕のタイプ……?
 そりゃあ白馬がひく馬車に乗った貴族で大金持ちの美女である。

 が、本当にそうなのだろうか。

 僕はコレまで真剣に好みのタイプを初めとした恋愛観を考えてはこなかった。

 今回――実の弟であるレイが恋をしたときいて(相手は許容できないが)、そろそろ僕も本気で恋愛をしないとマズイ歳であるのではないかと考えた。――はっ! そういえばレガシーはオデッセイ侯爵家から色仕掛けがあるかも知れないと言っていたが、コレは好みのタイプを斡旋してくれるというフラグだろうか! だとすれば下手なことは言えない。超上玉が用意されているのに今迂闊な言葉を口にして下がらせられたりしたら困る。

 ただ逆に誰も用意されないのも嫌だ。伯爵家の僕からしたら侯爵家との縁組みなんて素晴らしい。宰相としての後ろ盾にも何の問題もないし。

「……尊敬し、高めあえる関係が理想だな」

 宰相らしい模範解答をしながら僕は思った。後は背が高くてやせ形で胸がそこそこ在れば文句はない。しかし僕はそんなキャラではないので黙っておいた。後は僕は馬鹿が嫌いだ。勉強はできなくても良い。ただ空気を読める人が良い。

「俺は、お前と対等でいて高めあえるように努力するつもりだ」
「心強いな、さすがは騎士団長」
「ちゃかさないでくれ」
「ちゃかしてなどいない」
「正直――アスカに惚れているとは思っていないが、多忙を理由に俺を避けるために、呼び戻したのかと勘ぐった。すまない」
「は?」

 その言葉に、僕は顔を上げた。

「どうしてジークを避けなければならないんだ?」
「……いや、なんでもない」

 若干頬に朱を指して、ジークが顔を背けた。
 ?
 意味が分からず、僕は食事を終えながら曖昧に頷く。


 そんなこんなで騎士団長との会食は終了した。

 午後一番の仕事として、僕は陛下との謁見があったため、今度は玉座の間へと向かう事になった。

「フェル!!」

 僕が陛下の元へ向かうと、陛下が走り寄ってきた。

「お呼びでしょうか、陛下」
「ああ。私はずっとフェルの事を待っていたよ。アスカの事でね」

 まさかまた魅了魔術が再燃してしまったのだろうかと僕は辟易した。

「アスカを強奪したという噂は本当かい?」
「誓ってその様な事実はございません」
「では、スイを取り戻したという話しが本当なのかい?」
「そんな事実があるとすれば、自害いたします」
「本当にあの二人のどちらとも、そ、その、性的な関係はないのだね?」
「政敵?」

 確かにスイとは、政治的に敵だ。

「――ご想像にお任せします」

 僕は唇の片端を持ち上げた。

 陛下に後ろ暗い所を言う必要は無いだろうが、家臣として嘘はつけない。勿論必要であれば、僕は嘘を紡ぐ事ができる。しかしながら、必要のない嘘はつかない方が良いだろう。

「なッ」
「して、我輩へのご用件は何ですか?」
「ちょ、ちょっと、フェ、フェル!」
「はい」
「宰相!」
「はい?」
「嘘であろうな、認めんぞ!」
「? 何をでしょう」
「スイをクビにする!」

 いい気味だ! 僕は最初こそそう思ったが、どうなったのか分からないため、レイについてを想起した。もしまかり間違って、現在のスイを本当に弟が受け入れてしまっていたら、無職はちょっと駄目だろう。愛には仕事など関係ないのかも知れないが、ただでさえ貧乏な我が家の家計から、二人のデート代を出すことを考えると頭痛がするので、できればスイには一定の収入があるのが望ましい。

「なりません、陛下」
「や、やはり愛しているのか?」
「我輩めが忠信を尽くすのは陛下のみ、ご存じでしょう。そう言う事ではなくて、仮にも神の寵愛を受けし大神官が、色恋沙汰で罷免されるなど、由々しき自体だと申し上げたいのです」
「それは、そうだが……」
「そんな事より、用件を」
「用件はコレである」

 頭が沸いているんだろうか。僕はそんな言葉を飲み込んで引きつった笑みを浮かべた。あえて笑顔を引きつらせたところが僕の手腕である。

「恋愛をするほどの余裕すらない多忙な臣下がここにおります」
「っ」
「その様なお戯れを口にするために、この我輩を呼んだと、そう言うことですか?」
「あ、いや、あの……」
「陛下。家臣である我輩達の噂や動向を気にかけて下さることは誠に畏れ多いのですが、今はその時間すら惜しいほど多忙なのです。ご自嘲下さい」

 消えろ! と思いながら、僕は話す価値無し、と判断して、退席したのだった。