【三】一面記事の見出し……『勇者パーティの魔術師の無能』
旅立ってから――一ヶ月が経過した。
この間、毎夜のテント設置および毎朝の撤収作業、三食の料理作りは、全て僕が行ってきた……。当初僕は、彼らには経験が無いから出来ないだけだと思っていた。しかし違ったのだ。彼らには――やる気が欠如していた。手伝う気配さえ無い。形ばかりの言葉すら、今では無くなった。もう、彼らにとって、食と住の提供は、僕の仕事と決まっているらしかった。こ、これ……完全に、雑用係なんじゃ……?
いいや、まさか。
僕はそんな疑念を振り払いながら、たった今撃退した、巨大狼に似た魔獣の遺骸を一瞥した。魔族や魔獣との戦いも、ほぼ毎日発生している。幸いまだ、魔王軍の幹部といった、高知能の驚異とは接触していないが、命の危機は常に伴っている。
伴っているのだが――……それは、『僕には』というのが、正しい。
勇者は、言う。「やっといてくれ」
殿下は、言う。「頑張ってね」
神官は、言う。「怪我をしないで下さいね」
……。
僕は、段々何も言えなくなってきた。
さらに、副音声が聞こえるような気がしてきた……。
「やっといてくれ(俺、やる気無いし)」
「頑張ってね(僕、汚らわしいものには近づきたくないから)」
「怪我をしないで下さいね(治療怠いから)」
……これらは、僕の被害妄想では無い。
僕がテントを設置している時、三人が、僕が先に設置した焚き火周囲で、副音声部分を実際に口に出していたのだ。結果を見てみても、現在、危険な存在と戦っているのは、僕だけである。僕が一人で、魔術で殲滅している……。
これでは、勇者パーティ結成前の、単独討伐時と、ほぼ変化がない。
寧ろ、テント設置や料理作成という雑事が増えたのだから、悪化している。
その上。
「またカレーかよ」
「せめてカツカレーとかにしてくれない?」
「僕も、カレーは食べ飽きました……」
徐々に彼らは、ワガママになっていく。旅立ってから三回目のカレーに対して、不平不満を口にした。食材にだって限りがあるというのに。というより、それなら自分達で作れば良いのに……。そう思いながらも、僕は涙ぐみそうになりながら、豚肉に衣をつける作業を開始した……。美味しそうなとんかつが完成した……。
しかし疲れきっている僕には、あまり食欲が無い。
就寝時には、僕は泥のように眠っている。
さて、翌日は、王都から数えて最初の街に到着した。
綺麗な水の都市だ。観光してみたい気もしたが、何よりも、食材等を含めた買い出しがある。食材に毒が混入してもまずいからと言われて、勇者パーティは自分達で購入すると決まっていた……。
「じゃ、頼むな」
「僕、一度水路を見たかったんです」
「僕は、この街の神殿に挨拶があるので」
こうして買い出しを一任され、僕は露店街へと向かった。次の街までの日数とメニューを脳裏に浮かべながら、日持ちがする食材を選択していく。他にも日用品等を勝った。それらの作業だけで、日が暮れた。
「遅い」
「今夜は街では宿泊しない予定でしたよね?」
「もう出発するとして、神殿で盛大に見送ってもらっちゃったんですけど……」
彼らの言葉に、僕は、待ち合わせ時刻は決まっていなかったとはいえ、確かに遅くなってしまったから、頭を下げて詫びた。彼らは僕を許した。上目線で許した。そうして、歩き始めた。
「あ、あの、荷物――」
「「「?」」」
少なくとも出立時は、分担して、食材等を僕達は持ってきた。しかし今回、俺は両手にも、肩からも、背中にも荷物だらけなのだが、歩き出した彼らには、持つ気配が見えない。
「? 早く行くぞ」
「? そうですよ。荷物、まだ足りないとしても、諦めて」
「? 殿下の言う通りです。僕も、それだけあれば十分だと!」
自分達が持つという概念を、彼らは持ち合わせていないようだった……。
こうして、昨日までの三倍は重くなった荷物を抱えた状態で、僕も歩き始めた。我ながら、虚ろな瞳をしていた自信がある。
その日も、森の中で、当然のように僕はテントを設置させられた。
食事も作らされた。
もう、自発的にというよりも、完全に、『やらされている』という感覚が強い。
やりきれない思いで就寝した。睡眠だけが、僕の救いになりつつあった。
次第に僕が荷物を持つ量は増え、彼らは料理に口煩くなっていった。
けれど二ヶ月、何とか僕は耐えた。
――魔王城にたどり着くまでの辛抱だ。魔王さえ倒せば。全ては、魔王が悪い。
魔王から見たら、きっと、理不尽な八つ当たりだろう……。
ただ、そう考えられるようになって来た事には、理由がある。
時々、他のメンバーも魔族と戦ってくれるようになったのだ。
僕が八割程度壊滅させた頃、出てきた彼らは、その時のボスにトドメを刺す。
最後だけであっても、働いてくれるならば、良いではないか……。
そう考えていたある日、言われた。
「ジルバ、立ち位置ですが、八割壊滅させた後は、あそこの樹の下まで移動を」
「頼んだぞ」
「僕は右側から十字架を振りかざしますね!」
何の話だろうかと思いつつ、言われた通りにした。
――この理由が判明したのは、後日である。
梟が道中で、週に一度、大陸新聞を運んでくるのだが――その一面に、僕達の討伐風景が映っていたのだ。魔導具写真機で撮影されたものだった。後続の記者達が撮影したのだろう。その写真……全面でライトが聖剣をその時のボスだったドラゴンの首に突き刺し、アルクス殿下がドラゴンの左右の目を弓で貫き、効果は不明だが、マスティス神官は十字架を光らせていた。僕は……樹の下でそれらを眺めている感じで、気怠そうな顔をしている。撮影があったとは知らなかったが、何だか格好良い勇者パーティ風だった。
以来、時々立ち位置の指示が出たり、場合によっては、殲滅前に、ボスを倒す前に時間をおけという指示が出たりするようになり、度々撮影が行われていると、僕は気づいた。何度か大陸新聞で写真の確認もした。
……何というか。
八割以上僕が倒しているのだが、写真の中で僕は、突っ立っているだけにしか見えない。
別に構わないが……記事を読むと、僕が行った功績も全て、三名の誰かの行動として記されていたから……何となく遣る瀬無い気持ちになった。
さて。
月一で発行される、『裏・大陸新聞』というゴシップ記事をまとめた新聞が、大陸新聞には付属してくる。これは、王族の赤裸々な関係まで載っかっていたり(ご落胤について等)、かなり切り込んでくるゴシップ誌だ。真実も虚偽も入り混じっている。そうした記事と、それに対する民衆の感想欄(インタビューおよび投書)で、裏・大陸新聞は成り立っている。旅立って二ヶ月目の今回、僕はたまたま新聞を受け取る係だったため(気づくとこうした雑用も全部僕が行うようになっていた)――裏・大陸新聞を見てしまった。
一面、トップ記事。
見出し――『勇者パーティの魔術師の無能』
それを見た瞬間、俺の心の中がざわっとした。
記事の内容は、僕が何もせず突っ立っているという話だった。
時々僕が写真前で活躍している記事が載っている日もあったようだが、そういう時というのは、『人気取り』『お情け』という意見が民衆から寄せられていたそうだ……。僕から見ると、実際は、逆なのだが……勇者達は、讃えられている。
三面記事には、『勇者パーティの魔術師の一日』として、僕のテント設置と料理と荷物持ちについてが記されていた。これに関しても、同情的な意見等は無い。『それしかできない』『勇者パーティの荷物持ちに改名すべき』『料理、不味そう。食べたくない』『魔術師って言っても、たまたま生まれつき武器持ってただけだろ』『絶対に俺の方が強いわ』『足でまとい』――兎に角、裏・大陸新聞には、僕に対する罵詈雑言・誹謗中傷が並んでいた。僕の心は、折れそうになった。
ただ……これには、理由があると僕も分かっていた。
現在各国が総出で勇者パーティを支援している。
だから、優遇されている代わりに、一般冒険者達は、旅の道を制限されたりしていて、勇者パーティに鬱憤を募らせている人々も一定数存在するのだ。それに、魔王はまだまだ健在であるから、二ヶ月経っても目に見える成果が無い勇者パーティを訝っている人々も存在する。そうした不満や――悪意が、僕に今回はぶつけられたのだろう。
勇者を怒らせたら世界は滅亡一直線かもしれないし、仮にも王族や次期法王の悪口は言えない。よって……僕に集中するのだろう……。
何だか朝から疲れてしまった。
このようにして……僕達の旅は続いていく。