【二十二】幸せの定義(★)
今日は、全身を舐められている。もう体に力が入らない。舐められている箇所から、快楽が染みこんでくるのだが、今日は果てられないようにされている。黒薔薇の刻印の魔力が、俺の体を苛んでいる。
「ぁァ……あっ、ッ……」
弱い足の傷をなめられた時、恐怖で俺はすすり泣いた。すると魔王は楽しそうに笑うのだ。そこばかりを執拗に舐める。舌は俺の肌を往復し、太股の付け根に到達した。
「あ……」
魔王が漸く、直接的に俺の性器に触れてくれたのは、二時間が経過した頃の事だった。陰嚢をもみしだかれ、俺は必死で息をする。今日の魔王の手つきは優しく、そのまま俺の陰茎を握ると、とても優しく擦った。ゆっくりと昂められ、俺は気持ちよさに浸りながら吐精した。
「明日、お前を正式に娶る事にした」
「……っ、ぁ……」
「黄泉の国からも招待客を呼んである。俺の力で、一時的に実体化させてな」
この時の俺は、ただ甘い快楽に浸っていたから、その意味を深く考えてはいなかった。
翌日。
唐突に婚姻の儀を宣言された。とは言っても、俺はいつも通り、初めは玉座の間で貫かれているだけだった。状況が変わり始めたのは、一人二人と招待客が現れてからだ。俺は、正面の席に座る人々を見て、恐怖から震えた。そこには――ミネスの姿やユーガ殿下の姿、過去に俺を辱めた人々の姿があったのである。
皆冷めた目で俺を見て、侮蔑の言葉を投げかけてくる。魔王は気分がよさそうに、俺の耳の中を舌で嬲りながら、いちいち感想を述べる。
「そうかそうか。貴殿に抱かれていた時は、そのように淫らだったのか、我が妃は」
「ええ」
誰とも分からない相手まで、俺の痴態を力説している。羞恥で震えると、ゆるゆると魔王が突き上げてくるから、俺はすすり泣いた。
「死神とは言い渾名がついたな」
招待客の一人が述べると、魔王が哄笑した。そして俺の胸の突起を摘まみながら、意地の悪い声を出す。
「果てろ」
公衆の面前で、俺は何度も射精させられた。しかし本日は、気絶する事を許されず、たたき起こされては体を暴かれた。みんながそんな俺を見ていた。
俺が解放されたのは、月が高くなってからの事だった。ぼんやりと、俺は薬指にはまる魔石つきの指輪を見る。結婚指輪だ。ぐったりと椅子に背を預けていると、正面の席で琥珀酒を飲んでいた魔王が、こちらを見た。口角を持ち上げている魔王は、端正な顔で残忍な瞳をしている。もう見慣れてしまった表情だ。
「子も産まれ、婚姻も結び、俺の愛があると刻印が嘯いている現在、これ以上望む幸せはあるか? 最高のハッピーエンドだろう? めでたしめでたしだ」
それを聞き、俺は唇を噛んだ。
これが、俺の一生なのだろうか。確かに、魔王が言った結末は、お伽噺でよくあるものだ。だが、本当に幸福なのか? 違う。
違う。
違う――そう考えたら、堰を切ったように、俺の目から涙が零れた。すると魔王が目を丸くした。
「何故、泣くんだ?」
「俺は……っ、ぁ……こんなの、こんな結末、望んでなかった。ああ……あの日手を離さなければ、あそこで……死ぬか、俺も、俺もミネスと一緒に救出されていたら、うあ、こんな事に、俺が、俺が悪いんだ。でも、嫌だ。もう嫌だ」
ガクガクと震えながら俺は泣き、両手で顔を覆った。魔王が驚愕したように立ち上がり、俺へと歩み寄ってくる。そして不意に俺を抱きしめた。
「そんな事を考えていたのか」
「う……うう……もう、もう限界だ」
暫しの間、魔王は泣いている俺を抱きしめていた。その温度が優しく感じてしまう自分を、俺は呪った。
「――本当に、俺の好みだ、お前は」
「……」
「虐め甲斐が増えた。そうか、悔恨か。良いな」
「!」
「そうだ。お前は弟の手を離した。さぞ怖い思いをしただろうな。お前のせいで」
心臓を鷲掴みにされたようになった。全身に冷水を浴びせかけられた心地だ。
「お前は罪人だものな、ネルス。罰を受けるべきだ。報いを受けるべきだ。そうだな?」
「……っ、俺は……俺だって本当は……」
「言い訳か?」
「ッ」
「俺が存分に罰を与えてやる。さて、何が良いかな?」
魔王は俺を無理矢理立たせると、背後にあった寝台に突き飛ばした。そして強引にのし掛かり、服を引き裂いた。
「あ」
首筋にいつもより強く噛みつかれ、俺は恐怖した。
「あ、ああ」
「しかし兄弟か。それは良い案だ。もう一人孕め」
「――、っ」
魔王が魔力を指に絡めて、俺の内側に塗り込め始めた。全身を灼熱が絡め取る。
「あ、ダメ……ダメ……いや、それは嫌だ、もう出来ない……いやああ」
「罰なのだから、嫌で当然だろう?」
どんどん魔力が強くなり、俺の内側で渦巻き始める。
「あ、あ、あ」
そこへ魔王が押し入ってきた。陰茎で魔力をかき混ぜるように、腰を動かしている。その度に、俺の体の奥が熱くなっていく。この夜、俺は散々内部に放たれた。
――魔王との二人目の子供が生まれたのは、それから三日後の事である。
俺が再び吐血したのも、その日の事だった。全身から膨大な魔力を抜き取られるような形で黒い光を産んだ直後、僕は絨毯の上にくずおれた。ああ、今度こそ死ぬのだろうか。そう考えていると、光を片手にした後、どこかへやってから、魔王が俺を見おろした。
「限界か、その体」
「……」
「自分を殺めた相手をこれほど気持ち良くしてやる懐の広い主を持って、本当に幸せな人生だっただろう?」
「……」
「お前はもう、俺の事が好きになってしまったはずだ。刻印が教えるから分かる」
それを聞いて、俺は激情に支配された。確かに魔王の事しか考えられないが、こんな感覚が恋情などとは認めがたい。怒りだ、紛れもない憤怒だ。どうすれば、魔王に一矢報いる事が出来るだろうか? 魔王は、何をすれば傷つく?
「ベリアス様」
「ん?」
「……何を失ったら悲しい?」
「そうだな。今、息絶えようとしているお前を見て、延命処置の魔術を構築しはじめているのだから、一応妃となった事でもあるし、ネルスを失えば悲しむ事も少しはあるだろう」
不思議そうな表情で、魔王が答えた。それが本心だと教えるように、黒薔薇の刻印が熱を孕む。そうか、俺か。ならば、俺が消えれば――そこに待っているのは、俺にとっての幸福だ。俺は、魔王を許せない。
一気に、これまでの人生における辛さが甦る。元をたどれば、全て魔王が悪いのだ。
テーブルに乗る果物ナイフを見る。足は自由にならないが、手は、無事だ。
魔王が視線を逸らした時、それとなく俺は、林檎とナイフを手に取った。