【◆】SIDE:周囲に見えた現実
――現代が伝える、人間界での残酷なお伽噺。
それを要約すれば、以下の通りになる。
時夜見鶏が、空巻朝蝶を執拗に追いかけたという残酷な物語だ。ある夜の神は、朝の麗しい神を、幾度も捕らえ、空色の着物を強引に纏わせる。
そうして――壁に磔にし、蝋燭を滴らせる。
垂れる熱が、白い首筋を汚すのを、残忍な表情で眺め、そして痛ぶった。
後には、陵辱し、無理に孕ませ、双子の神を孕ませる。
そこに愛が介在していたという説話は、欠片も存在しない。
時夜見鶏は生まれた我が子の内、己と同じ時神だけを腕に抱いた。
『もう用済みだ』
――そう、彼は藁って、姿を消したと伝えられている。
空神の赤子と共に残された神、空巻朝蝶は残酷な声を耳にし、きつく目を伏せたとされている。長い睫毛が震え、涙の雫が光る姿は、度々絵巻に描かれている。孤独な部屋に、置き去りにされた、美しい神の悲しい御伽噺だ。
無論、神々の世界の物語であるから、人間には、空想する事しか叶わない。
実際に傍らで、その所業を見ていたのは、超越聖龍と、暦猫星霜と、愛犬天使だったのだとか。
***
――聖龍暦:7251年(開始)
そこは神々が住まう【神世界】……ヴァミューダ。
創世神である超越聖龍が治める『正常化機関』――<鎮魂歌>は、騒乱の渦中にあった。<鎮魂歌>の師団に属してこそいるが、創世神が持つ”王位”の簒奪を企てている空神族と、超越聖龍を擁護するその他の神々の間で、激しい諍いが発生していた。
超越聖龍にとっての最たる敵――空神族を統べる空巻朝蝶が、師団長を務めているのは第二師団だ。
その空巻朝蝶を相手にするため、白羽の矢が立ったのは時夜見鶏である。
彼は、第一・三・四・五・六・七の師団及び近衛騎士団の総合指揮官だった。
時夜見鶏が、空神達を相手にする際に指揮をするのは、第五師団となった。
第五師団は――対神戦において最強の部隊と恐れられている。
神々同士の師団の争い……。
――下手をすれば世界は終焉へと向かう。
だが幸いな事に、どちらの師団も、名目上は<鎮魂歌>に所属する部隊だ。
双方共に、世界の消滅を望んでいるわけではない。
――”ほぼ”不老不死の神々は、当初より落としどころを決めて『戦争』をしていた。
一定数の負傷者が出た段階で、双方が軍勢を引き戻していたのである。
現在までの所、指揮官である時夜見鶏や空巻朝蝶が、最前線に出て対峙した事はない。
表に出ない二人がこれまでに顔を合わせた事は、幸運にも一度も無かったのだ。
しかし……今後、いつ何時、彼らがが直接相対する場面が訪れるかも分からない。
その日が来れば、神々同士の戦闘が起きる。
二人が一対一で戦う場合、あるいはそれは、世界滅亡の危機が訪れる事を意味する。
それほどまでに、彼らはそれぞれ、強力な神であった。
世界に傷をつけなかったとしても、一方の消滅――敗者が、神としての生を終えると、想像するのは、実に易い。そこで超越聖龍は、一対一のやりとりにも、事前に落としどころを決めておくようにと、主席筆記官の暦猫星霜に申しつけた。
――その頃、第七官舎の裏手の庭には、二人の青年の姿があった。
神界には珍しい、白い子犬に手を差し伸べている、黒い髪の空色の瞳をした青年が一人。
空巻朝蝶である。
もう一人は距離を置き、それを見据えている青年。時夜見鶏だ。
時夜見鶏が空巻朝蝶を眺める瞳が、少しだけ煌めいていた。
暫し、じっと朝蝶を見た後、時夜見は歩き去った。
その姿を、静かに視線を向けた朝蝶が一瞥する。
後ろで結んだ長い銀髪を揺らしながら、暦猫星霜は、空神側には事前に決めておくように通達し、時夜見鶏には直接話をしに出向いた。
時夜見鶏は本来、時神であるが、闘神と渾名されるほど容赦なく≪邪魔獣≫を倒すため、周囲に恐れられている。直接言葉を交わせるのなど、聖龍を除けば暦猫と愛犬天使くらいのものだった。
暦猫星霜は、第七師団官舎の裏手で、時夜見鶏を見つけた。
黒と茶を混ぜ合わせたような暗い色の髪に切れ長の瞳。
瞳はもう少し、茶味がかった色だ。
「時夜見、少し宜しいですか?」
すると顔を向けた時夜見鶏が、僅かに眼を細め、静かに暦猫を見る。
場には静寂が訪れ、暦猫はその威圧感に気分が悪くなった。
時夜見鶏は、いつもじっくりと相手を観察するように見据えるのだ。
「なんだ」
たっぷりと沈黙を挟んで、時夜見が言う。
答えが返ってきたことに、僅かに安堵の息を暦猫が漏らす。
「今夜の話し合いで、朝蝶をどうするか決定します。どうしますか?」
その声に、思案するように、僅かに時夜見が首を肩へと近づけた。
考え込んでいるのか。だが、表情に変化はない。
再びじっと暦猫を見た後、口元だけで弧を描き、時夜見鶏が笑った。
「チョウチョウは長針で刺して張り付けるものだろ? 形が崩れないよう、平らな場所にでもな。そして眺める。しばらくの間だな」
――磔にして痛ぶるとは、やはり時夜見鶏も敵には容赦がないのか。
ゾッとしながら、普段はそれでも、部下などには傷がつかないよう行動している時夜見のことを思い出しながら、暦猫は嘆息した。
「しばらくとは……どのくらいの間でしょうか?」
「――二時間くらいだろう」
「分かりました」
頷くと暦猫は会談の準備のため、<鎮魂歌>の室内へと戻った。
会談が始まった。
「――と言うことで通達したように、一対一で遭遇した場合は、双方が相手を追いかけ、捕まえた側が一つ行動を起こすことになりました。まずはそちらの条件を」
進行役の暦猫の声に、空神を代表して来訪した、空巻朝蝶が笑った。
その笑みだけ見れば、非常に柔和で、見る者を惹きつける。
彼の後ろには、二人の護衛がいた。
「――捕まえたら一つ、僕の頼みを聞いて貰います。勿論、殺しはしません」
穏やかに告げた朝蝶だったが、暦猫は朝蝶が嘲笑するように瞳を揺らしたのを見逃さなかった。拷問でもする気なのだろう。五神に数えられる朝蝶は、その中では最も若いが、残忍さにも定評がある。笑いながら追い詰めて、痛めつける。
「分かりました。良いでしょう」
暦猫が言う。
「そちらは?」
朝蝶が首を傾げて、微笑んだ。花が舞うような笑みだった。
「こちらは――刺して磔にし、石壁などに貴方を拘束し、二時間ほど眺めるなど致しましょう」
尤も、時夜見鶏の出した案とて、残忍でないとは言えない。
その二時間という時間であれば、十分に痛めつけることは可能だ。
暦猫がそれで良いんですよね、と視線を向けると、時夜見鶏は静かに瞳を揺らし、やはり間を挟んでから頷いた。
「ああ」
「決まりですね」
暦猫の言葉に、空巻朝蝶が頷いた。
会談は終了した。
――これが、悲劇の始まりだった。
***
――聖龍暦:7751年(五百年後)
その後も時夜見鶏の強さは、語り継がれていく。
ある時は、別の世界からやってきた破壊神を本気で痛ぶったとも言われている。
そして――目が会う度に、時夜見は朝蝶を追いかけては捕まえた。
「っ」
空色の着物に着替えさせられ、壁に朝蝶は貼り付けられていた。
石で出来た部屋だった。
白い両掌には、長い針が打ち付けられている。
杭というのが正しいのかも知れない。
壁に並んで灯った赤い蝋燭の内一本が、左を向いて顔を背けている朝蝶の右の鎖骨へ、定期的に蝋を落とす。
正面からそれをじっと眼を細め、時夜見は見ていた。
――何も言わずに。
それがもう五百年ほど、繰り返されていた。
そんなある時のことだった。
いつものように追いかけていた時夜見鶏が、ラピスラズリの媚薬を飲ませて、朝蝶を犯したのだと言う。その媚薬は、後孔で出すまで、効果が消えない。
「早く、中を触って下さい」
懇願するように、空巻朝蝶が言う。
媚薬で熱くなった体が、もどかしそうに震えていた。
「……」
裸で、後ろの双丘を時夜見鶏に向けている。桜色の菊門がひくついていた。
白い肌は上気し、目は潤んでいる。
それをじっと、いつもの通り時夜見鶏は見ていた。
そして――たっぷりと沈黙を挟み、それから静かに言う。
「何処だ? ――何処を触って欲しいんだ?」
「……っ、ここ、です」
羞恥を堪えるような赤らんだ表情で、朝蝶がか細い声で口にした。
その時、時夜見の指が揶揄するようにゆっくりと、朝蝶の後孔に触れる。
「ぁ……もっと」
「……」
朝蝶の反応に気をよくしたのか、時夜見が続けて指で表面を弄る。
「ここか?」
「うぅ……ぁっ、ン……はぁ」
その刺激だけでも疼く体が辛くなり朝蝶が、嬌声が漏らす。涙が滲んででいた。
「早く中に……」
「ここに、何を出して欲しいんだ?」
「っひ、酷い……っは、じらさないで……時夜見の、精液っ」
時夜見は羞恥に震える朝蝶を、じっと見る。
見ていた。
瞳はいつもの如く、残忍だ。眉間に皺が寄っている。
「早く……っ、ぁ……ああっ」
快楽に喘いだ朝蝶に向かい、内心失笑でもしているかの如く、彼は言う。
「いつも、どうしてるんだ?」
「っ」
息を飲み目を見開いた朝蝶が、快楽で震える喉を叱咤し、悔しそうに首を振る。
後ろを暴かれたことなど、これまでにはない。
「ぼ、僕、そんな……いつもなんて……酷い」
そんな朝蝶の様子を暫し堪能するように眺めた後、時夜見が言った。
「出して欲しいんなら、起たせてくれ。出来るだろ?」
「っく……と、時夜見ッ……わ、分かったから……ああっ」
おずおずと振り返り、震える手で朝蝶が時夜見の下衣をおろす。
それから巨大な陰茎に手を添え、苦しさすら覚える快楽から解放されたくて、それを口へと含んだ。小さな口が、苦しそうに男根を咥える。唾液が滴り、朝蝶が辛そうに涙した。それを淡々と時夜見は見おろしている。
「もう良い」
普段と変わらぬ冷たい声だった。『下手くそ』とでも嘲笑うかのように、時夜見がゆっくりと瞬きをする。その姿に、朝蝶が恐怖からか息を飲む。
「っ」
「離せ」
それだけ言うと、唐突に朝蝶の体を、元の通りにうつぶせで岩に押し付け、時夜見はいきなり指を菊門に差し入れた。魔法薬を指に垂らし、勢いよく第一関節まで入れた後は、中をゆっくりと探る。
「ん、ぁああっ」
焦らすような指の動きだった。最早疼きが止まらない蝶々の体を楽しむように、指が緩慢に奥へと進む。
「ふっ、あ、いやッ」
朝蝶が泣き叫ぶように声を上げると、静かに引き抜こうとした。
その刺激にすら、体が快楽でおかしくなりそうで、朝蝶は哀願する。
「もっとぉっ」
すると今度は、二本の指が入ってきた。
「ンあ――ひっ、うあ」
「これが望みか?」
奥までつきいれ、ぐちゅぐちゅと朝蝶の秘部をかき混ぜながら、時夜見が言う。
「気持ちいいか?」
「は、はい……っ」
快楽に屈しそうになり意識が朦朧としたのと、恐怖から、朝蝶には反論する術など無かった。ゾクゾクと快感の波が押し寄せる。気づけば白い太股が揺れていた。バラバラに動く指が、朝蝶の中を押し広げるように動く。
そして――最も感じる場所を突き上げた。
「あ!」
思わず高い声が漏れた。口を塞ごうとして朝蝶は、己の手は岩についていて自分の体を支えているのだと気がついた。後ろを突き出すようにしているのだ。犬のような自身の体勢に苦しくなった。それ以上に、一度刺激されたため、媚薬の効果で熱い内部が、さらなる快楽を求め始めた。
「そ、そこは……っんぅ」
「ここか?」
嬲るように再び突かれ、意識が飛びそうになる。
「はっ、ぁああっ。も、もう僕……んぅ、イっちゃう……っ」
後ろを嬲られているだけなのに、前がおかしなぐらいに反応していた。
たらたらとこぼれる先走りの蜜と、羞恥と快楽がもたらすもどかしさで震える。
「うあっ、ああっ、そ、そんな……っ、ああっ」
もう、限界だった。朝蝶は、快楽に飲まれ、声を上げる。
「も、もう、中に入れてっ」
すると待ちかまえていたかのように、奥まで一気に時夜見が体を進めた。
「ああっ! そんな急にっ」
それからゆっくりと引き抜く。
その衝撃で最早訳が分からなくなった朝蝶は、喘いだ。
「いやっ、ああっ、もっと奥を――ひっ」
無我夢中で朝蝶が言うが、今度は意地悪く、ゆっくりと時夜見が腰を退く。
「う、ああああっ、や、いやだ、焦らさないでっ」
そしてその声を合図に、今度は激しく抽送を開始した。動く度に卑猥な水音と、体がぶつかる音がした。奥まで一気に貫かれては、引き抜かれ、朝蝶があられもない声を上げる。
「あ、あ、っ、んぁ、や、ぅう」
「どうだ?」
満足したのか動きを止め、暫く間をおいてから、時夜見が言った。
しかし既に刺激を求めてやまない体に、朝蝶は堪えられない。
それを見越してか、時夜見鶏は動きを止めたまま、朝蝶を見据えている。
「もっと突いてっ、ああっ、奥、あ、さっきの所ッ」
その時、再び奥まで、一気に時夜見が貫いた。
激しさを増した陰茎が、最奥を探すかのように深く進み、朝蝶の後孔の中で暴れた。
逃げようと藻掻いた朝蝶の腰を、逃がさないというようにつかみ、泣き叫ぶ朝蝶には構わず、体を動かしている。
「あ、ああっん、ひゃっ、激しッ、ああっ」
それから時夜見は、動きを再び止めた。
震える朝蝶を一瞥し、それから、最も感じる箇所を突き上げた。
「ふぁああッ、ひ、あ、ア、駄目、駄目もう僕――で、出る」
悦楽に震える朝蝶の上気した体を、淡々と時夜見が眺める。何も言わずに。
それから急に、朝蝶の綺麗な色をした陰茎を掴んだ。
垂れていた蜜をくちゅくちゅと撫で、片手を上下させる。
中と外を同時に刺激され、酸素を求めて朝蝶が唇を開いた。熱い吐息と声が漏れた。
それを時夜見鶏は眺めている。冷酷そうな瞳で。
しかしそこには、冷酷さだけではなく、残忍さと、そして欲望が宿っていた。
「ああっ――ッ、ん、こ、こんな……あ」
ゆるゆると時夜見が腰を動かす。緩急をつけたその動きに、朝蝶は最早抵抗する術を失い、ただ震えるしかできない。静かな絶望が、心を染めていく。
「ひァ……!」
時夜見鶏が中をいっそう強く抉った瞬間、朝蝶の前を扱き上げた。
短く声を上げ、朝蝶が達した瞬間、後ろに温かい白液が満ちた。
そのおかげで、媚薬の効果は切れたものの、体力もまた限界だった。
ぐったりと岩に体を預ける。
「もういいか?」
――それとも、まだするか?
そんな声で、時夜見が言った。
「……は、はい……」
答えた蝶々の声は儚く、消え入りそうだった。
その行為に空神族は激怒したし、流石に<鎮魂歌>側でも、非難の声が上がった。
しかし時夜見は何も言わずにそれを聴いているだけだったそうだ。
――淡々と聖龍が時夜見鶏に告げた。しかし正面から視線を受けた彼は、じっと見ているだけだ。いつもの通りの無表情で。
「何故呼び出されたかは分かっているだろうな?」
「…」
何も言わず、冷酷な瞳で聖龍を見る。威圧感があった。いつも怖気がするほどの力の気配を撒き散らしているとはいえ、正直、創世神の聖龍ですら震えそうになる目をしていた。
「うちの大切な朝蝶になんて事を……!」
「無理矢理犯すなんて!」
「それも媚薬を使って!」
「最低だ!」
怒りに声を上げる空神達。
それにも何も言わず、ただ鬱陶しそうに眼を細めただけで、時夜見鶏は首を動かした。
気怠そうにしながら、聖龍へと視線を向ける。
その態度にも、神々を統べる者として、仮に相手が空族という敵であったとしても、聖龍は苛立った。純粋に、気分が悪くなった。
「擁護しかねるぞ。今回の行いは、最低だ」
「……」
「性交渉は、同意の下、双方が愛し合って行うべきだ」
「……」
何も言わないまま、不意に時夜見鶏が意地の悪い顔でニヤリと笑った。
思わず周囲が息を飲む。
それから朝蝶を一瞥した時夜見鶏は、嘲笑しているようだった。
「何か言ったらどうだ?」
「……」
「謝罪をしろ!」
結局謝罪することはなく、時夜見鶏はその日何も言わなかった。
その冷酷さは即座に<鎮魂歌>中に伝わり、恐れと侮蔑の視線が時夜見鶏へと向けられたが、彼は余裕の表情で、いつもの通りに帰って行った。
***
――聖龍暦:9500年(二千二百四十九年後)
「何を考えているんだ」
ついに、聖龍が激怒した。
この間までに、和解を模索し空神率いる第二師団と時夜見鶏率いる第七師団は、合同で遺跡の調査を行った。その時には、堂々と宿舎で、時夜見鶏は朝蝶を犯したのだという。
「何故、こんな事をするのですか?」
「……」
「僕は、僕は、」
「……」
「っ」
空巻朝蝶が涙する。だが時夜見鶏は何も言わない。
ただ不機嫌そうな顔をしているだけだったそうだ。
その他にも、所構わず、見かける度に襲っているそうだった。
「もう……止めて下さい」
「……俺は」
「……苦しい、っ、どうして――」
「……」
「こんな、こんな風に体を無理に暴かれて、っ」
「……」
それまでは時夜見鶏を信頼していた師団の部下達ですら、時夜見鶏を蔑むようになる。
「嫌、嫌だ、ッ、止め」
「……」
「ああっ、もう……嫌だッ」
「……そうか」
聖龍が声を荒ぶらせたのは、ついに聖龍本人が時夜見が朝蝶を押し倒している現場を目撃した時だった。それは、時夜見鶏が、聖龍と朝蝶が互いの想いを交わすように見つめ合い会話しているのを見た翌日のことだ。
「以後二度と朝蝶には近づくな」
その声に、この世界を統べる王を相手にしているにもかかわらず、時夜見鶏は実に不機嫌そうな顔をしたのだという。しかし何も言わずに、ただいつもの通り、相手を見据えるだけだったそうだ。
だがその後も、時夜見鶏の愚行は止まらなかった。
執拗に朝蝶を追いかけ続けた。
聖龍の言葉など意に介さなかったように。この世界で、聖龍の次に生まれた時夜見鶏は、世界を壊しかねない力を持つ聖龍が普段はその力を抑えているため、武力で右に出る者は居ないとされていたから、余裕があったのかも知れない。思い上がりだ。
ある日聖龍は、時夜見鶏を<鎮魂歌>から追放した。
それでも時夜見鶏は、朝蝶を追いかけ続けた。
***
――聖龍暦:14500年(一億四千二百四十九年後)
この頃には、朝蝶に媚薬を再び用い、己から離れられない体にしたのだという。
朝蝶の涙と苦しみは、いかほどのものだったのか。
誰もが、想像したくもなかった。
***
――聖龍暦:19500年(一億九千二百四十九年後)
ついに時夜見鶏が、朝蝶を無理に孕ませた。
苦しんだ朝蝶は、時夜見鶏を<捕食>したが、嘲笑うように頬を持ち上げ、時夜見は二人の新神を産ませたのだ。そして、時夜見鶏は、一人だけ連れて姿を消した。
無理に産まされたとはいえ、それでも己の子は可愛い。
空族の屋敷へと戻り、朝蝶はその子を育てた。
***
――聖龍暦:19700年(一億九千七百四十九年後)
時夜見鶏と空巻朝蝶が再会した。
再び、時夜見鶏は朝蝶を追いかけ始めた。
最早逃れることは出来ず、朝蝶は時夜見鶏のもとへと下った。
今では二人、新しい二神を手元に置き、暮らしているのだとか。
毎夜痛めつけられる朝蝶の絶望と、時夜見鶏の執着心や残忍さに、神界の者は誰でも恐怖している。皆、時夜見鶏を軽蔑しながら。
――これが、周囲に見えた現実だった。