【◆】SIDE:時夜見鶏



 ――聖龍暦:7251年(開始)

 あー、午後から会談だっけ。怠いな。帰りたい。寝たい。
 俺、もう二日ぐらい≪邪魔獣モンスター≫退治でほとんど寝てないし。
 過労死しちゃうよ。

「……?」

 あれ、珍しいな。
 白い子犬がいる――可愛いなぁ。

 ん、誰か近寄った。

 えええ、俺嫌われてるし、何か怖がられてるし、これじゃあ近づけないよ。あの誰かも怖がらせるだろうし。あーあ、犬に触りたかったな。

 だけど、誰だろう。
 見たこと無いなぁ。
 黒髪で、空色の瞳。

 うーん、子犬に手を差し出して――お、笑った。こっちも可愛いなぁ。
 さて、そろそろ、帰るか。

 暫く俺は歩いた。

 すると、なんだか暦猫が、深刻そうな表情でやってきた。
 えええ、俺、なんかしたかな?

「時夜見、少し宜しいですか?」

 宜しいですかって、もう俺のこと引き留めてるじゃん。怖い怖い怖い。
 あんまり宜しくない。俺、逃げたい。帰りたい。帰って本当、寝たい。
 けど……そんな事言う度胸無いし。

「なんだ」

 本当、何の用ですか? 怒らないで……説教も止めて……神様お願いします、って、あ、俺が神様だった。まずい俺、最近、人間界に毒されてる。

 ――あれ? 何か今、暦猫が溜息ついたぞ。

 すごい気迫で俺を見てる。本当、怖いなぁ。冷や汗出そう。

「今夜の話し合いで、チョウチョウをどうするか決定します。どうしますか?」

 ん? あれ、怒ってない。怒ってない!
 良かったぁ。やっばい、今度は脱力しそう。

 それにしても――わざわざ、会談して、蝶々をどうするか、って話し合うの?
何の話しだろう。博物館(?)でも作るのかな。蝶々の展示する感じで。

 また、どうして?
 あ、また暦猫の顔が怖くなったぞ。とりあえずコレ、答えた方が良いよね。

 蝶々なんだから……そりゃ、展示するとしたら、可哀想だけど、羽を虫ピンで留めるんだよな。で、平べったいビロード張りの箱か何かに、打ち付ける。俺だったら、そんな事せずに、逃がしてあげるんだけどな、虫。

 だけど暦猫、何でこんなに真剣なんだろう? あれかな、館長になるのかな? いやー、暦猫もきっと、館長となれば、緊張するんだろう。ちょっと笑っちゃうけど。

「蝶々は長針で刺して張り付けるものだろ? 形が崩れないよう、平らな場所にでもな。そして眺める。しばらくの間だな」

 俺は自信を持てという気持ちでそう告げた。
 すると、暦猫が眉を顰めた。

 あれぇ、そんなに不安なのか?
 こいつでも、不安になるんだ。俺、初めて見たかも知れない。

「しばらくとは……どのくらいの間でしょうか?」

 どのくらいの間? え? 館内を回る時間? だよな、まさか蝶々を刺しとく時間じゃないよな。一瞬で刺し終わるだろうし。んー、まぁ、一・二時間だろう、広くても。余裕を見て、二時間って所か。

「――二時間くらいだろう」
「分かりました」

 俺の言葉に頷いて、暦猫は帰って行った。
 ふぅ。
 何か気疲れした。早く会談して、帰りたい。それに眠りたい。

 そんなこんなで夜になって、会談が始まった。

 やばい、俺今、目、見開いたかも。

 そこには、先ほど庭で見かけた青年がいたのだ。あ、笑ってる。

 俺は犬のことを思いだした。可愛いなぁ、あの犬。犬と戯れてた時も、笑顔だったな、この人。うん、笑顔が似合うよ、絶対。

「あちらが、空巻朝蝶です」

 ぼそりと隣で暦猫が言った。瞬時に背筋が寒くなった俺。思わず顔が歪んだ。

 え、嘘? あの、俺の師団を見かける度に、大量虐殺(まぁ、不老不死みたいなもんの神様だから、復活するけどさ)してる、怖い奴か。

 えええ。嘘? 嘘だろ? 吃驚だよ俺。本当、人は見かけによらないんだなぁ。けど、犬と遊んでた時は、そんな悪い人には見えなかったし、やっぱり仕事でやってるんだろうな。やばい、思い出し笑いしちゃった。犬、可愛かったなぁ。

「……そうか」
「そんなに怖い顔で見ないで下さい」

 暦猫が、俺を一瞥して言った。悪いけど、怖いんだもん。しょうがないじゃん! だって、拷問して、爪剥いだりとか、するらしいよ? 俺、スプラッタ、本当無理!

 そんなこんなで、空巻朝蝶が俺の正面に座った。

 後ろにはこれまた、今度は見るからにしてなんか怖い人が二人もいるよ。うう、俺、帰りたい。本当、帰りたい!

 隣で暦猫が何か言ってるけど、さっぱり頭に入ってこないくらい怖い。助けて、誰か。

「――と言うことで通達したとおり、一対一で遭遇した場合は、双方が相手を追いかけ、捕まえた側が一つ行動を起こすことになりました。まずはそちらの条件を」

 暦猫の言葉が終わった。こいつ、本当話しが長いよな。今日の午後は比較的短くて良かったけど。つぅか要点だけ話してくれればいいのに。

 ――それにしても、追いかけて捕まえる?

 俺と、あの人が? 拷問されちゃうよ、俺! なんで、怖い人と俺、一対一で、鬼ごっこしなきゃならないの? え? まぁ、俺は夜系の神で、向こうは朝系の神様だし、追いかけっこ、常にしてると言えば、してるんだよね、空模様的に。いや空模様じゃ、天気か。

「――捕まえたら一つ、僕の頼みを聞いて貰います。勿論、殺しはしません」

 やっぱり、恐ろしい。何、何? 殺しはしませんって、何? え?
 しかも……頼みを聞く? どんな?

「分かりました。良いでしょう」

 暦猫――!! なんで、なんで同意!? 嫌、俺全然分からないよ? しかも、良くない!
殺されるとか、不老不死的な俺でも、絶対嫌だよ! 痛いよ、きっと!

「そちらは?」

 あ、なんか、また空巻朝蝶笑った。笑顔は可愛いのに、俺はどうして、背筋が寒くなってるんだろう。鳥肌立っちゃったよ。まぁ俺、鶏だけどさ。長袖着てて良かった。

「こちらは――刺して磔にし、石壁などに貴方を拘束し、二時間ほど眺めるなど致しましょう」

 暦猫の声で、俺は息を飲んだ。でも、周囲にばれないように頑張って隠した。
 チョウチョウって、朝蝶? え? この人?

 俺、この人の事……張り付けるの!? 嘘だろ!? 可哀想だよ。

 しかも石壁って何? 俺、この人を石の壁に、張り付けるの? えええ。しかも、二時間、眺めるの? 無理、ヤだ。 よし、断ろう。

 そう思って、俺は暦猫を見た。
 ――うわぁ、すごい怖い笑顔で俺を見てるんですけど……!

 これ、断りづらい。だけど、俺は嫌だ。やりたくない。
 何て断れば良いんだろう。勇気を出せ、俺!

「ああ」無理!

 と、続けようとした俺の言葉を遮るように、暦猫が言った。

「決まりですね」

 決まっちゃったよ! 嘘ー! えー!?



 ――聖龍暦:7751年(五百年後)


 はぁ、すごい鬼ごっこ、やりたくない。
 そうだ、会わないようにすれば良いんだ。避けよう。

 ――って、どうしよう……庭にいる。目が合わないように、立ち去ろう。

 っ、こっち見た! 目が合っちゃった……! コレ、コレ……追いかけないとヤバイよな。何か、向こう、逃げ始めたし。

 俺は必死に、空巻朝蝶を追いかけた。

 それで、五分で捕まえた。まぁ、俺、足早いし。一応、神界で一番早いし。
 けど捕まえちゃったからには、ピンで刺さないとなぁ……。

 と言うわけで、俺は朝蝶を連れて、時空魔法で石造りの牢獄へと移動した。ここは、俺が貴重種であり保護対象の≪邪魔獣モンスター≫を一時的に入れておくのに使っている。

 俺が移動できる石壁の所は、此処しかない。
 魔法で、壁に並んでいる橙色の蝋燭全てに火を灯す。ふぅ。ピン、かぁ。

 ここまで朝蝶は、会った時から無言だった。

 勿論、俺もだ。俺、コミュ障だから、話しかけてもらわないと、会話の糸口見いだせないんだよな……うう、気まずい。

 そう思いつつ、大人しい朝蝶を、壁際に立たせた。魔法で持ち上げ、杭みたいに見えるように加工した磁石を壁と掌に当てて、磔っぽくしてみた。掌を中心に挟んだのだ。うん。これなら、痛くないだろう。

 で、後は二時間経つ間、見てればいいのか。ああ、気まずい。

 やっぱり相手を磔にしてるんだし、座ってたら、悪いよな。うわぁ、って事は、俺二時間も立ってなきゃらないの? 本当、帰りたい。俺の馬鹿、何で、何で、暦猫に二時間とか言っちゃったのかなぁ……はぁ。溜息が止まらないよ。

 俺は、朝蝶を眺め始めた。
 そりゃぁもう、眺めた。

 早く二時間経たないかなぁと、秒針の音をカウントしてしまう。
 そして、一時間と五分二十秒が経過した辺りだった。

「……あの、」

 うわぁうわぁ、話しかけられちゃったよ……。用件、何だろう。やっぱり、痛いとか?
俺、泣きそう。ちょっと、目に力を込めて、堪えないと。人前で泣くとか、恥ずかしいし。人前って言うか、神の前だけど。

「なんだ」
「何をするおつもりですか?」

 え?
 今のままじゃ、駄目なの? もっと、なんかすべき、俺?

 条件満たしてるじゃん。何? 何期待してるの? お腹減ったから、お菓子、とか?
 ちょっと、聞いてみよう。

「何を期待してるんだ?」
「拷問でもされるのかと思って。僕ならそうする」

 そう言って、朝蝶は、吐き捨てるように笑った。
 けど、拷問――?

 俺、俺、この人のこと拷問しないとならないの!? やりたくない、無理! でも、何か、期待されてるし。嘘だろ? 嘘だよね? ねぇ?

「……」

 無言で、朝蝶が、俺を見た。睨みながら、笑ってる。これ、早くしろよ的な笑み?
え。本気で言ってんの? どうしよう、俺、拷問何てしたこと無いんだけど。

 拷問拷問拷問……そういや、部下が拷問全集みたいなの読んでたな。人間界の本らしいけど。確か俺が声をかけた時は、ポタポタ水を落とすと、自分の血が流れてると思って、ショック死するとか――けど、朝蝶の頭の上、蝋燭が並んでるから、水垂らす場所がない。

 移動させられないよな、アレ。だって、壁に磔てるんだし。蝋燭は、落ちてこないように、ものすごく頑丈な魔法かけてるし。蝋燭の魔法を解除するの、多分一年くらいかかる奴だった気がする。何でそんなのかけたんだよ、俺。

 よし……あの蝋燭、≪邪魔獣モンスター≫に万が一垂れても火傷したりしないように熱くないようにしてあるから、あれの蝋、垂らそう。本当、ゴメン。

「っ」

 俺が魔法で、蝋が垂れるようにすると、ピクンと朝蝶が体を震わせ、目を伏せた。

 だけど、熱くないはずなんだけどな……蝋の感触が気持ち悪いのかな……着物がちょっと乱れてて、鎖骨に落ちたから、直皮膚だし。あれかな、あ!

 血じゃなくて、熱を、錯覚しちゃった系? やばい、ショック死したら、どうしよう。俺の顔が、思わず引きつった。

「――熱いのか?」
「……いいえ」

 あれ? 熱くないの? じゃあ、ビックリしただけか。
 うん、二滴目からは、普通だし。
 それに眺めてるのも、あと五分で良いし。

 ん――着物、ちょっとほつれてるな。空族の着物って変わってるんだよな、そういえば。なんていうか、人間界のワコクって所の和服って奴に似てる。

 いや、それよりも早く終われ!



 それから暫く、俺は避け続けた。
 何でなのか、頻繁に遭遇するから、いつでも気は抜けなかった。

「くっ」

 しかし、二度目に、また、目が合っちゃった。その上、俺は捕まえた。本当、捕まえちゃった。だって、俺の方が、明らかに強いんだもん。これでも、神界二位の実力者とか言われてるし。まぁ、本当は、暦猫だけどね、それ。だってアイツ、怖いし。

 俺は一度目と同じように石室へと移動し、磔にした。今度は最初から、蝋を垂らす。
 これで文句はないだろう。

 蝋から顔を背け左下を見ている朝蝶を眺めた。目をきつく、伏せている。睫、長いなぁ。なんだか、こうやって見ていれば、やっぱり可愛いな。俺、服作ったり、アクセ作ったり、趣味なんだよね。

 あ、何か創作意欲沸いてきた。うーん、首飾りとか良いかも。あ、前より酷く着物が傷ついてる。一着しか持ってないのかな? そうだ、これからいっぱい捕まえなきゃならないかも知れないし、服でもあげよう。ちょっとは仲良くなれるかも知れないし。

 そんなこんなで、会話無く、二度目は終了した。


 三回目。服ができたので、俺は捕まえた。

「着ろ」

 いや、着て下さいの方が良かったかな? 良かったら、着て下さい、とか?
 着ろとか言っちゃったよ、俺! ついタメ語になっちゃった。

「……」

 朝蝶の眉間に皺が寄った。俺を睨んでる。やっぱり怒ったのかな。
 着替えるのを待ってから、それでも石室へと移動した。
 そのままやはり無言で、その日は終わった。
 余計なお世話だったかな……?


 そんなこんなで数が増え、俺はもう九回、蝶々を捕まえた。
 今回で、十回目。

 未だに会話無し。だが、俺は眺めている間に、創作意欲が刺激されるので、色々と楽しくなってきた。じっと見て、油絵描いたり。俺、最近絵を描くのにはまっている。

「あの」
「……っ」

 急に話しかけられて、驚いて俺は、考え事から現実へと引き戻された。

「一体どういうつもりですか」
「……?」

 え? 何が?

「僕をいつもじっと見ているだけ」

 駄目だった?

 やっぱり何かして欲しいのかな。飲み物出すとか、茶菓子出すとか。だけど、手使えないし……ストロー? 俺が飲ませるの? 眉間に皺が寄ってしまった。

「何を考えているんです?」
「……」

 この人、怒ってるよ。っていうか、考えてるって……俺の心ばれてる? 創作意欲刺激されてるの、ばれてる? うわぁ恥ずかしい。

「答えて下さい」

 答えられないよ! 嫌だよ! 恥ずかしいもん!

 俺が物作りしてるとか、絶対似合わないって笑われる。
 下手くそとか言われたら、死ねる。

「……別に」

 俺は、誤魔化すことにした。幸いその後は無言のまま、時間が経った。
 それから俺はまた、朝蝶に会わないように逃げ続けた。



 ――聖龍暦:7751年(五百年後)

 そんなある日。
 歩いていたら、暦猫の声が響いてきた。

「っ、貴方は何者です?」
「んー、お前に用はないよ。俺は、時夜見鶏とか言う強そうな奴が引っかかったから、会いに来ただけ。倒しにな」

 朝蝶から逃げながら向かった先で、暦猫が、見たことのない男と会話していた。

 ――すごく、強そうだなぁ。
 だけど、あんな奴、いたっけ?

 俺は影から、茶色い髪の青年を観察した。目は赤味がかった茶色。記憶にない。

 でも、俺を指名している。引っかかったって、何にだろう。しかも俺、倒されんの?
え? 本当、誰アレ。

 けどなぁ……出て行った方が良いよな。あの暦猫が、引きつった顔をしてるんだし。

 勇気を出せ、俺。ん、え、いやでも、出て行ってどうすれば良いんだろう。
 そうだ、用件を聞こう。

「何か用か?」
「お」

 すると青年がこちらを向いた。明るい顔で笑っている。闘志に溢れた強い視線がこちらを見た。戦う気満々だ……嫌だなぁ。折角朝蝶から逃げてきたのに。俺しかも今日、疲れてるし。

「俺は破壊神。他の世界の、な」

 他の世界……?

 そう言えば確かに、この世界の外にも、少なくとも二つは世界があるみたいだ。

 俺よく、結界を張ってる。何か飛んでくるんだもん。で、確かに結界に、最近、妙にぶつかってくるものがあった。

 きっとコイツだ。

 あの結界で、他の世界から多分誤射で飛んでくる攻撃を防いでいたんだけど、それよりコイツの方が強いって事か。兵器より強いって……。

「相手してくれよ。なぁ?」

 何でこの人、こんなに楽しそうなの?

 けど、コイツが他の世界の標準の強さだとすれば、結界を張り直す時に、それより強力なのはれるから、ちょっと実力、見てみようかな。

「……ああ」

 俺が頷いた瞬間だった。
 容赦なく間合いを詰められ、近距離から攻撃された。

 慌てて交わして考える。威力は――50打って所かな。打というのは、この世界での攻撃による体力(HPと呼んでいる)消費率の事だ。ちなみに攻撃をこちらから放った時に使う体力(もしくは精神力?)もある(MPだ)。

 うーん、属性は、この世界で言う風魔法に近い。
 その後も同じくらいの威力の攻撃が、拳や蹴りから繰り出された。

「ふ」

 破壊神が笑った。唐突に、500打の攻撃がきた。

 俺は咄嗟に吸収結界を展開した。攻撃をそれで受け止める。吸収された攻撃は、時空魔法でどこかへ行った。今の、普通に当たってたら、この世界が揺らいだだろうなぁ。神々の攻撃で、あるいは喧嘩で、結構世界は傷つく。

「防戦一方かよ。手も足も出ないって?」

 俺は繰り出され続ける500打クラスの攻撃を、三秒に一回ずつくらいのペースで、結界で受け止めた。

 危ないよ、この人、この世界を滅ぼしに来たの?
 え、なんで? それは、さすがにちょっとなぁ。

「くっ」

 止めなきゃなと思って、俺は700打くらいの威力の魔法を宿し、相手の鳩尾に膝蹴りを喰らわせた。まともに喰らったのに、すぐに破壊神は距離を取った。

 どのくらいHPが減ったかというと、1くらいだった。うわぁ強いなぁ。しかも躊躇無く500打とか打ってくるんだから、もっと上なんだろう。ちょっと、探ってみよう。

 1000打の攻撃が来た瞬間、俺は回避してから間合いを詰めて、1100打の攻撃を放った。すると、1500打の攻撃が返ってきた。どうしよう、他の世界の神々って、これが平均なの? 襲われたら、この世界大変なことになるよ!

 強い結界はらないとなぁ。しかもまだ余裕そう。もうちょっと、観察しよっ。でも眠いから、早く実力探れるように、倍々で行こう。上があれば、その威力で攻撃が返ってくるだろう。俺はそう思い、3000打の攻撃を放った。お、俺の攻撃をかわしたぞ。

「危ねぇなぁ」

 でもこの人笑ってるよ……。けど交わしたんだから、当たると痛いんだろうな。そして5000打の攻撃がきた。吸収結界頑張ってくれ。ま、まだ余裕だけど、この結界なら。

 ふむ、10000打打ってみるか。打つと、10500打が返ってきた。11000打を放つ俺。12000打が返ってきた。15000打を打ってみよう――あ、やばい、まともに当たっちゃったよ。

「――さすがだな」

 破壊神のHPが四分の一ほど減った。あれで、四分の一か。この人、固いなぁ。固いというのは、HPが中々削れないことだ。

「俺もまだまだみたいだ。調子のってた。もっと強くなってから、出直すわ。またやろうぜ」

 絶対に嫌だ。二度と、やりたくない。し、とりあえず50000打に堪えられる結界はるから、きっとしばらくは大丈夫だろう。だってこれまでに貼ってあった10000打の結界壊すのに、この人一年くらい頑張ってたみたいだし。

「じゃあな」

 その時、ポンと、破壊神が近くの壁を叩いて、姿を消した。

 あ、まずい。転移用の魔法(?)じゃないな、これ。けど、なんらかの転移用の紋章刻まれちゃったよ、壁に。そこから、破壊神は帰って行った。確実にまた来る気だ。ペンキ塗り直したら、来ないかな?

「――時夜見鶏」

 暦猫の声で、我に返った。

「久しぶりに貴方の本気を見ました……やはり、強いですね」

 いや別に、そんな。本気じゃないけど。
 何て言ったら、イヤミになっちゃうかな?

「別に」

 顔を背けて、俺はそれ以上会話が続くのを回避した。
 それにしても、疲れたなぁ。早く帰って、寝よう。


 その後も、容赦なく鬼ごっこは続いた(なるべく避けてるんだけど)。
 俺は捕まえ続けた。続けたのだ! 頑張っていると思う。

 もう五百年だ。

 俺は、1000回数えた所で、もう回数は数えないことにした。
 あーあ。早く戦争終わらないかな。俺、血なまぐさいの、本当に嫌い。

 それに、気まずいんだよね、すごく。
 大抵無言の俺達。

「っ」

 時折、やっぱり朝蝶はピクンとする。俺が贈った着物をいつも着てくれている。良かった、と思うが、そろそろ新しい服、あげようかなぁ。でもほつれてないし、あげづらい。
ただ一応用意しておこう。作るのは勝手だよね、俺の。

 今度はどんな服にしようかなぁ。
 俺は、じっと朝蝶を眺めた。


 着物の試作品をいくつも作る内に、暫く経った。
 今日も、朝蝶が<鎮魂歌>の庭にいる。
 俺は最近、朝蝶を避けるために、きょろきょろしている。

「また朝蝶のこと探してるの?」

 愛犬天使にそう聞かれた。満面の笑みだ。

「ああ」

 逃げなきゃならないからな。

「好きなの? ずっと、目で追ってる」

 いや、目で追ってるのは、逃げるためだ。

「別に」

 俺の言葉に、愛犬が苦笑した。俺が苦笑したいよ。けど俺の表情筋、あんまり動かない。

 その日の午後、朝蝶と目が合ってしまった。もう、ヤだ俺。
 追いかけっこ開始。
 だらだらと俺は走る。本当、面倒くさい――ん?

 なんだか、今日の朝蝶は、顔色が悪いし、息が上がっている。
 具合、悪いのかな?
 え、鬼ごっこしてて大丈夫なの?

 俺がそう考えた瞬間、朝蝶が倒れた。

「おい」

 慌てて駆け寄り、とりあえず地面に激突するのを避けて、腕で受け止めた。
 こちらをぼんやりと見た後、朝蝶は意識を失った。

 捕まえたけど、捕まえたけどさ、これ、どうしよう? どうしよう!? 俺だって、病人を吊すほど、鬼じゃないよ? それに、休ませてあげた方が良いよね。確か朝蝶の部屋は、第二師団官舎にある。仮眠室もあるはずだ、俺の部屋と同じ造りなら。

 さすがに敵の拠点である空族の館まで運ぶのは、俺怖い。絶対殺されるよ! 袋だたき確実。俺は、時空魔法で移動した。本当は<鎮魂歌>の宮殿内は、魔法禁止だ。だけど、破った。緊急事態だし。

 それから俺は、寝台に朝蝶を横たえ、魔法薬を飲ませた。
 多分、風邪だな。
 って、あれ、吊すのどうしたらいいのかな?

 考えている内に五時間が経過し、俺はその間、ぬれタオルを当てたりしつつ、朝蝶を見ていた。

 六時間目が過ぎた頃、体調が良くなったのか、朝蝶が目をさました。

「っ」

 そして唖然とした様子で起き上がり、俺を見て目を見開いた。
 濡れたタオルが、ぽとりと床に落ちる。

 もう夕食の時間は終わっていたし、胃に優しい食べ物が良いだろうと思って、俺は時空魔法で、おかゆを用意した。

「食べろ」

 うん、絶対何か胃に入れた方が良いよね。

「……」

 暫しの間、俺とおかゆを交互に見た後、朝蝶が食べ始めた。
 それが終わったのを確認した時、朝蝶が困惑したように言った。

「あの……何故――吊さないんですか?」

 え?
 ええええ?
 今から吊すの? もうちょっと、休んだ方が良いと思うな、俺。

「……」

 休めと念じて、俺は朝蝶を見た。しかし続くのは無言。
 しかたがないので、俺は石室へと移動した。

 そして二時間吊して、帰った。


 その一週間後、朝蝶が俺に歩み寄ってきた。
 今は<鎮魂歌>内にいるので、追いかけっこはしなくて良い。

「あの……」

 が、話しかけられて困った。え、何急に。何話すの? 何の用?

「……」

 しかし朝蝶は、無言になってしまった。これって、俺が何か話し振るべき?
 俺話題とか持ってないよ。そこで思い出した。この前、風邪ひいてたな。

「……具合は?」

 大丈夫だろうけど。だってもう、一週間経つし。

「っ、平気です。その……」

 朝蝶が俯いて唇を噛んだ。苦しそうだ。なんだろう、本当はまだ風邪?
 俺は近づき、朝蝶の顔を見た。額触ってみようかな?
 そう思い、熱を確認しようと右手をあげた瞬間だった。

「<鎮魂歌>内での攻撃は禁止されている」

 聖龍の声だった。え、俺、攻撃してないけど? 何、俺の手が攻撃しているように見えちゃったとか? けど攻撃しちゃ駄目なのは分かってる。まずは、それを伝えてから、誤解を解こう。

「……そうだな」

 聖龍は険しい顔で俺を見た後、歩き去った。

「……」

 朝蝶は、俺を暫し見た後、やはり無言で歩き去った。
 残された俺。
 なんだか、よく分からない。何だったんだろう。

 だがその後も、時折朝蝶が歩み寄ってくるようになった。
 しかし話しはしなかった。

 何故なのか、朝蝶が口を開きかけるか、俺が口を開きかけるかする前に、険しい顔で空族の誰かがやってきて、朝蝶様に触るな! とか、朝蝶様に近づくな! と言うのだ。近づいてくるの、向こうなのに……。

 そんな日々が続き、暫くすると朝蝶も、以前同様すれ違っても無言になったし、俺に近寄らなくなった。まぁ、いいか。そうして前の通りの平穏(?)が、少なくとも<鎮魂歌>内では戻ってきた。


 しかし、外ではそうはいかない。
 俺は避け続けていて、朝蝶の気配に敏感になった。

 師団の演習を森の中で行っていたら、不意に気配を感じたので、偵察に出る。何処にいるか分からないと、逃げようがないからな。すると朝蝶は、近くの傾斜している芝の上で、手を何かにさしのべていた。何をしてるんだろう?

 凄い穏やかな笑顔だ。可愛いなぁと思う。俺には絶対に向かない系の表情だ。別に良いけど。笑いながら鬼ごっことか、怖いし。

 それから朝蝶は、帰って行った。現在午後六時手前。もう少しで演習が終わるから、俺も帰らないとならない。だけど何を見ていたのか気になったので、俺も見に行った。

 そこには鳥の巣があって、ヒナが数羽いた。可愛い、本当、可愛い。嗚呼、これを見ていたのか。朝蝶も、可愛いなぁ。動物好きなのか?

 翌日も朝蝶は、芝を見に来た。
 俺も、気になって、見に行った。笑っていると言うことは、ヒナは元気なんだろう。

 そこへ親鳥が戻ってくる気配がした。朝蝶が、パンくずをあげている。
 なんだか良いなぁと長閑な光景に対して感じていた時、朝蝶が俺に気づいた。

 ――やばい、目があった。

 しかたがないので、俺は姿を現した。

「……演習をサボって良いんですか?」

 確かに俺は、監視したり、演習しながら同時に討伐している師団の監督指揮もしているので、あんまり良くない。が、先にサボってたの、朝蝶だ!

「……別に」

 なんだか、俺だけ駄目なの、ムッとした。
 が、朝蝶が立ち上がった。

 ――て、足下! 巣があるよ! おい! 踏んじゃうよ!

 俺はヒヤヒヤしながら息を飲む。

「何をしている」

 焦って言うと、朝蝶が不敵に笑って、こちらへ詰め寄ってきた。あ、追いかけっこ開始だ。嫌、だけど、足が退いた! ヒナは無事だ! このまま逃げよう。そして機を見て、捕まえるぞ。

 捕まえて、俺は石壁の部屋に吊した。

 演習は後二週間くらいある。朝蝶の師団も同じ日程だ、勿論。

 俺は次の日、午後三時には朝蝶の姿がないことを確認し、それ以降の時間帯はそこへ近づかないようにした。

 演習と討伐。
 半々くらいで行っている。
 大体の場合、ここには、≪邪魔獣モンスター≫が、七体出現する。

 内四体を、それぞれ新人が入った、第一・三・四五六・七師団に任せて(四五六は比較的強い相手なので合同にした)、残りの三体は俺が倒している。

 今日も≪邪魔獣モンスター≫の二体目を倒していると、魔法で観察していた第七師団の討伐中に、新兵が殺される事を予知した。俺の、時夜見鶏の能力だ。予知できるんだ、俺。

 しかし今から時空間魔法で、庇いに転移するには、目の前の≪邪魔獣モンスター≫の一撃を受けなければならない。ま、いっかぁ。弱いし。そのまま俺は、背中を抉られたので、服を修繕し、転移した。

「……っ、師団長!」
「下がっていろ」

 俺は新兵――確か、ラクスって言う名前だったな――と、≪邪魔獣モンスター≫の間に入り、敵を倒した。

「気をつけろ」

 そう告げると、何度もラクスが頷いた。

 なんだか眠くなってきたので、誤魔化すようにちょっと笑ってから、俺は再び転移して、元々戦っていた≪邪魔獣モンスター≫の前に戻った。そして倒した。

 その後も鳥の様子が気になったので、いつも午後二時ごろ見に行くことにした。

 そんなこんなで、見ていたある日。

 いつもより朝蝶が早く来たので、慌てて俺は森の中に戻り、木陰に背をよせ、見つからないように、朝蝶を一瞥した。今日はまだ、俺、鳥を見てない。

 すると朝蝶が苦しそうな様な哀しそうな様な顔で表情を歪めて、巣の方を見ていた。

 ――なんだろう?
 朝蝶は午後六時手前までそこにいた後、帰って行った。

「っ」

 それを見計らい、巣に近づいて俺は目を瞠った。
 親鳥が怪我をしている。
 朝蝶が手当てしたのか包帯が巻いてあったが、血が滲んでいた。

 これは、このままじゃ、助からない。

 俺は手持ちの回復用の魔法薬を、鳥に飲ませた。鳥って呼んでるけど、神界にいる以上、神様だし効くだろう。実際効いた。見事に怪我が治った鳥は、巣へ戻っていく。

 ――だけど怪我が消えていたら、同じ鳥だって、明日朝蝶が来たら気がつかないかも知れない。どうしよう。そこで俺は、近くにわざと魔法薬の瓶を置いていくことにした。これなら誰かが治したんだと分かってくれるはずだ。

 しかし本当に分かってくれるか不安だったので、俺は翌日茂みに隠れて、朝蝶を待った。

 無論、声をかける気はない。
 だって目が合ったら、鬼ごっこ始まっちゃうし。
 やってきた朝蝶は、鳥を見て息を飲むと、笑った。だが同時に涙を流した。

 え、俺、泣かせちゃった?

 どうしよう。誰か、慰める人、その辺にいないかな。第二師団の空族の人とか。でも俺が声かけるの、変だよなぁ。困っていると、目の前で、魔法薬の瓶を朝蝶が拾った。あれ、瓶いらなかったかも。瓶が無くても、気づいてた様子だ、親鳥に。

 どうしよう、これじゃあただのポイ捨て犯だよ。
 そんな事を考えていたら、朝蝶が不意にこちらを見た。

 慌てて、木陰に入り、背を預ける。
 良かった、まだ目が合ってない。
 ――と、安心した瞬間だった。

 真正面に、引きつった笑顔を浮かべた暦猫がいた。
 うわぁ、嫌だ。気配とか無かったよ?

「――時夜見、話があります。ちょっと宜しいですか?」

 声が冷たい。何か怒ってる。

「ああ」

 コクコクと俺は頷くしかない。だって、怒ってるし。

 連れて行かれた先は、<鎮魂歌>の一階にある仮眠室だった。
 ここは師団に所属していれば、誰でも使える。

「最近の貴方は目に余る。あそこで何をしていたのですか」
「……」

 俺は溜息をついた。

「……鳥が傷ついていたから、見て癒していた」

 緊張のあまり、変な言い回しになっちゃったよ。絶対、鳥が怪我していたから、診察(?)して治していた、とかの方が良かった気がする。

「それで、朝蝶のストーカーまがいのことを? <鎮魂歌>内では飽きたらず」

 暦猫が今度は溜息をついた。
 ストーカー? 俺が? 俺が!?

「じっと朝蝶を黙って見ているなんて。追うでもなく」

 確かに見ていた。見てたけどさ。え?
 違うって、だから鳥があの親鳥だって分かるようにだよ!

「――別に俺は、」
「言い訳など聞きたくありません。そもそも――」

 怒りで顔を歪めた暦猫が蕩々と説教を始めた。ああ、このパターン、三十分は喋り続けるぞ。嫌だなぁ。次に俺が否定するタイミングは、三十分後だ。口をその間挟もう物なら、凄い剣幕で暦猫は怒るんだよなぁ……三十分堪えろ、俺。

 そうして三十分が経過した。

「――わかりましたか?」
「だから、俺は――」
「で・す・か・ら! 第一――」

 うわぁ、また始まっちゃった……また三十分。俺、本当に泣きそう。しかも何か、眠くなってきた。まずい、寝そう。だけど此処で寝たら、暦猫にぶっ飛ばされるよ確実に。三十分後にもう一回俺は、否定しないとならないし。起きてろ、俺!

 また三十分が経った。

「――よろしいですね?」
「いや、俺は、」
「いい加減にしなさい! 貴方という人は――」

 あああ、さっきより怒ってる。このモードになると、暦猫の話しは一時間半は続く。
 もういいや、俺、否定するの止めよう。

 その様にして一時間半堪え続けた俺は、本当に眠いなぁと思いながら、暦猫を見ていた。
 すごく眠い。

「――いいですね?」

 そしてやっと暦猫の話が終わった。もう、聞きたくないからね、俺。

「ああ」

 俺は、頷いた。眠くて全く暦猫の話は聞いていなかったけど。

 その日の夜、朝蝶と目が合ってしまった。ああ、嫌だ。嫌だよ。もう無理、暦猫の話しだけでも眠かったのに、此処まで眠気を堪えて、後帰るだけだと思ったのに。泣きそうだ。

 しかも――そのまま追いかけっこは続き(なんか今日、朝蝶の足が速いよ)、翌日の朝が来た。一気に眠気が来た。

 鬼ごっこは続いている。
 やだなぁ。
 蝶々を捕まえた俺は、無言で見ていた。

「あの」

 だが……眠くてしかたのない俺に、朝蝶が話しかけてきた。なんで今日に限って。

「鳥へ魔法薬をあげたのは、貴方でしょう?」

 うわぁ。え、何で俺だって分かったの? なんか、恥ずかしい。否定しよ。

「いいや」

 うん、会話も打ち切りになるだろう。

「じゃあ……あそこで何を?」

 うっ、凄い苦しいなこの質問。どうしよう。

「別に」

 こう言う時は誤魔化すに限る。

「……」

 そうして無言の時間が、いつものように訪れた。
 今日はあと五分で終了だ。今日は無性に眠いから、早く終わって欲しい。

 と、思った瞬間、俺の口が「別に」と動いていた。
 ――あれ、これ、時間巻き戻ってない?

 朝蝶には、巻き戻す能力があるのだ。
 え、嘘。また2時間? なんで!? 俺、凄く眠いのに……。

「何故、時間を巻き戻した?」の?
「……あの」

 朝蝶が、息を飲んで俺を見た。凄く、切ない顔だった。

「有難うございました」

 凄く小さな声で朝蝶が言った。え、何が? 俺は分からず瞬きをした。
 やっぱり、鳥のこと? そうだよな、流れ的に。
 ま、まさか、お礼を言うために、巻き戻したとか? 律儀だなぁ。

「二つ、貴方には助けて貰いました。両方の、お礼を」

 え、二つ? 何の話? 俺、何したんだろう?
 混乱して朝蝶を見据えたが、それ以上朝蝶は何も言わない。
 ま、別に良いか。なんかしたんだろう、俺。

「別に」

 うん、別に良い。さて、おろそう。だって二時間、本当は経ってるし。
 俺が拘束を魔法で解くと、朝蝶が石の床に降りた。そして歩み寄ってきた。

「?」

 まだ何か用があるのかな? 俺、本当に今日は、眠いの。もういい加減、帰らせて。
 すると朝蝶がいきなり俺の首に両腕を回した。

 何、何、何? え、ここに来て、吊した復讐に、首締める系? ヤだ! しかも、あ、まずい、俺本気で寝そう。考えてみれば、今、朝だし。やばいやばいやばい。

 ああ、睡魔が。朝蝶が何か言おうと口を開いた。が、その瞬間には、気づくと俺、何故なのか天井を見ていた。じくじくと頭が痛む。嗚呼、倒れたんだな。頭を床にぶつけたみたいだ。

 しかし眠い。ああ完全に寝るわ、これ。だけど何でこんなに眠いんだろう。
 慌てた様子で、朝蝶が俺の体を抱きしめるように起こした。

「時夜見鶏? 時夜見!」
「……なんだ」

 一応答えたけど、俺もう、本当に駄目、寝る。そのまま俺は寝た。

 目が醒めたら、医療塔にいた。
 白いベッドに独特の薬品の匂いがする。

「……起きたんですか」

 そこに暦猫が入ってきた。

「怪我をしていたんですね」
「?」

 俺、怪我してんの? 何処を? 下を見ると、包帯が巻いてあった。腹部から肩にかけて白い包帯が見える。言われてみれば、背中が痛い。斜めに痛い。ああ、そういえば、≪邪魔獣モンスター≫に背中を抉られたんだった。あの新人を助けた時に。

 別の怪我で痛み止めの魔法薬飲んでたから、痛くないし忘れてた。服はその場で、破けてると恥ずかしいから、魔法で直したし。俺、それで眠かったんだな。

 怪我すると、本能で、回復しようと寝ちゃうんだよ。特に朝から昼はヤバイ。元々、俺その時間は寝てる神だし。

「すみませんでした」

 それだけ言うと暦猫は出て行った。
 ――何が?


 そんなある日のことだった。
 数えるのは止めたけど、多分2000回以上捕まえてると思う。
 追いかける体勢に入った俺の前で、朝蝶はしかし逃げずにこちらを見た。

 人気のない草むらで、俺は、追いかけた方が良いのか首を捻る。
 え、何? という心境だ。

「あの」

 いつも、朝蝶の第一声は、『あの』だなぁ。会話するの、十回目だけど。

「なんだ?」

 本当、何の用だろう。

「たまには、僕も捕まえたいんですけど」

 そう言って、朝蝶が哀しそうな顔をした。なんか、悪いことしてる気分だ。ごめん……。
だけどそうだよな。一応、これでも朝蝶は、俺に匹敵するほど強いと言われているのに、まだ一回も俺のこと捕まえてないし。可哀想だよな。

「それに……僕に捕まったらどうなるか、知りたくないですか?」
「……」

 あんまり。出来れば知りたくない。俺の眉間に皺が寄った。だってさ、この人に捕まったら、拷問コースでしょ? 嫌だよ! さて、勇気を出して断ろう。俺、断るの苦手なんだよね。だから気合いを入れないと。

「貴方はずっと、これまで見ていた。何もせずに。だから僕も、貴方の血を見るようなことはしません」

 そう言って朝蝶は、凄く穏やかに笑って俺を見た。

 犬か何か……昔すぎて忘れちゃったけど、何らかの動物と遊んでいた時みたいな笑顔……に、似ているような似ていないような。鳥の時には似ている、かなぁ? 俺の記憶力、駄目だな。

 けど花が舞いそうなくらい、笑顔が可愛い。あ、次の着物は、花柄にしようかな。これまで無地を着ているところしか見たことがないし。どんな花が良いかな。考えていると、笑っちゃう。

「いいぞ」

 うん、花柄で決まりだ。

「良かった」

 朝蝶の声でハッとした。え、何が?

「今日は僕が捕まえて良いんですよね?」

 よね? ってきたら、はい、って言うしか無くない? それ、質問じゃなくて、同意求めてるって言うか、もう確定してる言い方だよ。

「……ああ」

 ううう、断れない、俺。俺、押しに弱い。

 すると歩み寄ってきた朝蝶に、両腕を腰に回された。捕縛、か。自分より小さい朝蝶を、見おろす。なんか、良い匂いがするなぁ。香水でも作ろうかな、今度。

「捕まえた」
「……そうだな」

 凄く嬉しそうな顔をしている朝蝶を見て、俺は、良いことをした気分だ。
 今日は会話も続いているし、こんな事ならもっと早く捕まってあげたら良かった。

「僕の頼み事、聞いてくれるんですよね?」
「……ああ」

 血は見ないらしいし、うん。祈ろう、こんなに可愛いんだから、酷いことはしないって。
 お願いしますと祈るようなって言うか、祈りながら、俺は朝蝶を見た。
 朝蝶は、時空魔法で取り出したらしい、緑色の瓶の蓋を開ける。

 ごくりと、一気に飲み干した朝蝶の白い喉が、動いた。何飲んだんだろう。魔法薬みたいだけど、でもなぁ、喉でも渇いてたのかな。怪我してたり病気っぽい様子無いし。
何飲んだのかな?

「あ……僕、間違え……くぅッ」

 間違えた!? 何と!?

 見守っていると、朝蝶の顔が次第に朱くなってきた。目が潤んでいる。息づかいも荒い。
 ――え、副作用!? それとも毒飲んだの!? 俺、今、解毒薬持ってないよ?
 思わず唾を飲むと、思いの外大きな音が出てしまった。

「今の、ラピスラズリのビヤクだから……中に出して貰わないと……その……おさまらないから……時夜見鶏、楽にして下さい」

 潤んだ瞳で俺を見上げながら、朝蝶が微笑んだ。
 え?

 ラピスラズリっていうのは、宝石だよな。ビヤク? ビヤクって、何? 何ソレ。

 微薬? 微妙に効くって事か? それとも美薬? 確かに朝蝶は綺麗だなぁ。

 いや、尾薬だったりして。尻尾はえてきたりして。何か怖いなそれ。
 いいや、日薬かもしれない。きっとこれだ。
 だって空巻朝蝶は朝が範囲の神様だし、お日様でてるもんね。

 いやでも、中に出してって、何? 中って何? 何の中? しかも、出して貰わないとって事は、俺が出すんだよな。俺からは、何にも出てこないよ? だって、だってさ。トークすら出てこないんだから!

 けどおさまらないし、楽にして欲しいって言うんだから、可哀想だし、俺に出来ることなら、何とか……。

「……ああ」

 曖昧に頷いてみた。でも本当、俺何すればいいの?

 すると蝶々が後ろを向いて、近くの岩に手を突いた。パサリと着物が芝の上に落ちる。着物の下には何も着ていなかった。え、下着は? つけないの? 持ってないの? 今度、下着あげようかな。

「早く、中を触って下さい」
「!」

 その言葉に俺は唖然とした。中? 中!? 目の前に、中がありそうなのって、後ろの孔しかないけど、まさかソレはないよな? 俺は思わず、自分の考えに笑ってしまった。

「何処だ?」

 聞いてみるしかない。

「何処を触って欲しいんだ?」

 お願い、教えて! 正答を!

「……っ、ここ、です」

 俺は目を見開いた。朝蝶の白い指が、後ろの孔に向かった。
 え……え? えええ!? 本当に後ろの孔なの? 違ったら大変だよな。
 恐る恐る、華奢な指が指し示す菊門へと指で触れた。違うって言って下さい。

「ぁ……もっと」
「……」

 嘘だろ? どうしよう。

「ここか?」

 つついてみた。再確認だ。

「うぅ……ぁっ、ン……はぁ」

 朝蝶が、熱い吐息をはいた。

「早く中に……」

 何これ。俺、よく分からないんだけど状況が。

「ここに、何を出して欲しいんだ?」
「っひ、酷い……っは、じらさないで……時夜見の、精液っ」

 俺はショックで固まった。嘘だろ。嘘って言ってくれ。しかも焦らしてないし。酷いのはお前だよ! 精液って、要するに、何、俺、この人の中にアレつっこんで、イかなきゃならないの……? 俺、この世界で二番目に長生きだけど、童貞だよ?

 神様だから、あんまり性欲とか無いし、っていうか、今まで、一人でしたことすらないし、出したこともないし、出るかな? いやきっと、出るとは思う。

 だって聖龍なんて、神様とか土地とか、沢山生み出してるし。朝蝶だって神様なのに、恐らく今、なんか性的な興奮を覚えている様子だ。なんで急に? あれかな、ビヤクのせい? ビヤクって、恐ろしいな!

「早く……っ、ぁ……ああっ」

 朝蝶が、目を涙で潤ませる。泣きたいの、俺なんだけど。
 神様だから、魔法で排出物は溜まる前に処理されるように、全員がしている。

 だから後ろの孔も、多分大丈夫だし、後ろでしたって言う話しは、愛犬天使から聞いたことがある。けど、痛そう。

「いつも、どうしてるんだ?」
「っ」

 俺は、わざわざ俺にこんな姿を見せるんだから、慣れているんだろうと判断し、直接朝蝶に聞いてみることにした。

「ぼ、僕、そんな……いつもなんて……酷い」

 蝶々が泣いちゃったよ。涙をぽろぽろこぼしている。
 これ以上、聞かない方が良いかも。
 ――多分、何とかして、解すんだろうな。入るように。

 愛犬がそんな事言ってた気がする。
 けど俺、起つかなぁ……朝蝶は可愛いけど、これまで勃起したこと自体無いのに。

「出して欲しいんなら、起たせてくれ。出来るだろ?」

 しょうがないよね、どうすれば起つのか分からないし。きっと朝蝶なら、起たせ方知ってるよね。うん、多分。

「っく……と、時夜見ッ……わ、分かったから……ああっ」

 何か喘いでる。
 俺がそれをぼけっと見ていると、泣きながら朝蝶が、急に俺の下衣に手をかけた。
 下着ごと脱がされた俺は、立ったまま、不意に股間を捕まれ、思わず眉を顰めた。

 そんな俺には構わず、朝蝶が俺のソレを口に含んだ。手が両側を支え、上下する。え、何? 何で咥えてるの? 中って、口の中? いや、さっきの流れ的に、後ろだよな。

 そのまま暫く弄られ舐められ、その内に、なんだか体が熱くなってきた。何か出そう。トイレ行きたいとか、久しぶりに思った。けど魔法かかってるから、恐らくこれが精液なんだろう。

「もう良い」
「っ」
「離せ」

 つい、無理! って気持ちを込めて、言ってしまった。語調がきつくなっちゃったよ。
 ま、無理でも早くやらないと。

 俺は後ろを向かせて、時空魔法で魔法薬の原料となるドロドロした液体を取り出した。

 これだけならば、人体(いや神だけど)には無害というか効果はない。ソレを指にとり、ゆっくりと、朝蝶の後ろの孔を見た。桜色だ。とりあえず一本、指を入れてみる。

「ん、ぁああっ」

 ぶるりと朝蝶が震えた。寒いのかな? 裸だしなぁ。

 溜息をついて、俺は魔法で周囲の気温を若干上げた。後、虫に刺されたら可哀想だから、虫除けも魔法でした。

 そうしながら、指をさらに奥へと進めて、動かした。他にどうして良いのか思いつかなかったんだ。

「ふっ、あ、いやッ」

 え、いやなの!?

「もっとぉっ」

 ん? もっと? 指もう入らないよ? ああ、もう一本?

「ンあ――ひっ、うあ」
「これが望みか?」

 そうだよね? 指増やせって事だよね。

 しかしそう言えば、愛犬によれば、後ろの孔は、気持ち良いらしい。けど蝶々がボロボロ泣いてるから、ちょっと不安だなぁ。困ったなぁ。聞いてみようか。

「気持ちいいか?」

 後、痛くないかな? 大丈夫かな?

「は、はい……っ」

 震える声で朝蝶が、小さく頷いた。俺はほっとした。
 二本の指を暫く適当に動かしていると、不意に朝蝶の体がビクンと跳ねた。

「あ!」

 なんだ? 痛かったのかな……? 俺、ちょっと萎えてきちゃった……! 魔法で俺のソレを、維持するよう、努力した。

「そ、そこは……っんぅ」
「ここか?」

 やっぱり痛いのかなと思って、反応したところを優しく刺激した。

「はっ、ぁああっ。も、もう僕……んぅ、イっちゃう……っ」

 その言葉にチラッと見ると、反り返った朝蝶のソレの先端から、透明な雫が漏れていた。
ああ、前さわんないと、イけないんだろう。ここから出るらしいし。

 俺は、後ろでイっちゃいそうになるらしいって事は気持ちいいのだろう箇所を刺激しながら、もう片方の手で、朝蝶の前を触ってみた。

「うあっ、ああっ、そ、そんな……っ、ああっ」

 朝蝶の体が震えている。まだ寒いのかな?

「も、もう、中に入れてっ」

 あ、忘れてたよ俺。その言葉に指を引き抜き、俺のソレをゆっくりと入れた。何かきつい。痛くないかな、大丈夫かなぁ。朝蝶の様子をうかがうと、眼がとろんとしていた。

「ああっ! そんな急にっ」

 まだ入れちゃ駄目だった!? どうしよう、そうだ、抜こう!
 俺はゆっくりと腰を退いた。

「いやっ、ああっ、もっと奥を――ひっ」

 どっちだよ! また俺は腰を進める。

「う、ああああっ、や、いやだ、焦らさないでっ」

 んー、焦らすってそれ、ゆっくり出し入れした今のが嫌だって事かなぁ。
 確認しようと、俺はちょっと激しく出し入れしてみた。

「あ、あ、っ、んぁ、や、ぅう」
「……どうだ?」

 今度は大丈夫かな?

「もっと突いてっ、ああっ、奥、あ、さっきの所ッ」

 いやさっきの所って多分ピクンとしたところだろうけど、あれそんな奥じゃなかったような気がする。どうしよう。とりあえず奥を激しく突いてから考えよう。

 と言うことで、俺は頑張って腰を動かした。すると朝蝶の体が前にずれたので、しかたがないので腰を支えた。

「あ、ああっん、ひゃっ、激しッ、ああっ」

 あれぇ、今度はやり過ぎたかな、俺? さっきのピクンとした所に変えよう。

「ふぁああッ、ひ、あ、ア、駄目、駄目もう僕――で、出る」
「……」

 と言うことは、俺もイかないと。

 出せ俺、頑張って出せ! なんかちょっと、熱くて絡みついてくる感じで、朝蝶の中は、うーん、これ……これが、気持ちいいって事なのかなぁ。よく分からないけど、若干俺は、体が熱くなった気がした。まぁ暑くなる魔法かけたし、俺は上の服着てるしなぁ。ちょっと判断がつかない。

 でもなんか出そうだし。ぐちゅぐちゅと音がする度に、動かす度に、その出そうな感じは強くなる。

「ああっ――ッ、ん、こ、こんな……あ」

 ガクガクと朝蝶が体を震わせ、泣いている。そろそろ、何とかしないと!
 俺は強く中へと打ち付けて、朝蝶の前も、一回指で輪を作り上下させた。

「ひァ……!」

 何か、出た! 良かった! 朝蝶の前からも何か出た!
 ふぅ。終わった。やっと終わったよ。

 俺、頑張ったなぁ……これって、童貞卒業なのかなぁ。

 岩に崩れるように、ぐったりとした朝蝶が、息を整えるように浅い呼吸を繰り返している。

 魔法で朝蝶の穴の中や下腹部を綺麗にして、自分の下腹部も綺麗にし、全身の汗を取り去った。それから下衣をはき直し、どうしたもんかと朝蝶を見る。

 もう帰って良いよね。だけど、此処に残してって良いのかな?

「もういいか?」

 聞いてみた。

「……は、はい……」

 頷いた朝蝶に、とりあえず着物を掛けてから、俺は帰った。
 もう二度と捕まらないことにしようと決意して。

 それにしても、魔法薬を間違えるなんて……危ないよなぁ。何と間違えたんだろう。本当は俺に何をしたかったのかな? きっと、俺しか周囲にいなかったから、俺に中に出せって言ったんだよな。

 なんか、悪いことしちゃった気もする。けど、しょうがないよな。
 間違いは、誰にでもある。


 その数日後のことだった。

 もっのすごく機嫌が悪そうな声の聖龍に念話(心で考えたことが伝わる会話法)で呼び出され、俺は、休日だから寝ようと思っていたのに、<鎮魂歌>の宮殿に出向いた。

「何故呼び出されたかは分かっているだろうな?」
「……?」

 全然見当もつかない。だって俺、真面目に仕事してるし。

 憤怒に駆られるように沈黙してから、じろりと俺を睨み、聖龍が歩き出した。
 俺も無言でついていく。

 すると、応接間に辿り着いた。

 中に入ると、悔しそうに泣きそうになっている蝶々と、沢山の空神がいた。
 空の神々は、皆俺を怒りの形相で睨んでいる。え? なんで?
 この前の戦で倒しすぎたとか?

 それ以外思い当たることはない。

「うちの大切な朝蝶になんて事を……!」

 外見は年老いている空神の一人が叫んだ。俺の方が絶対的に年上なんだけど、俺、もう暫く外見変わってないからなぁ。

「無理矢理犯すなんて!」
「それもビヤクを使って!」
「最低だ!」

 そのまま凄い剣幕で糾弾された。
 何事だかよく分からず聖龍を見ると、こちらも蔑むように俺を見ていた。

「擁護しかねるぞ。今回の行いは、最低だ」

 何が?
 俺、一体何をしたんだろう。

「……」

 暫く考えた。朝蝶を見ると、目があった瞬間、怯えるような顔をされた。

「性交渉は、同意の下、双方が愛し合って行うべきだ」

 聖龍の言葉に、虚を突かれて俺は小さく目を瞠った。
 性交渉――……? あ、このまえの、アレか!

 けど同意してたというか、いやぁ俺は同意した覚えないけど向こうが頼んできたんだし……またビヤクって単語出てきたけど、アレは朝蝶が誤飲したんだし……最低、は、勘違いだろうとして、犯すって、ああ、性交の事か。SEXって奴か。

 けどこれじゃあ、何か俺が、無理矢理ヤったみたいじゃん? 聖龍も、擁護しかねるって言ってるんだから、俺がヤったと思ってるって事だよな。えええ。

 困惑して朝蝶を再び見ると、哀しそうな顔をしていた。
 そこで、ハッとした。
 きっと、後ろでヤっちゃったのが、朝蝶は恥ずかしいんだろう。

 それでこんな嘘を……! ちょっと笑っちゃった。
 だとしたら、ばらしたら可哀想だ。
 俺は、何も言わないことにしよう。そう決めた。

 周囲は罵詈雑言の嵐だったが、暦猫の説教に日夜堪えている俺は、聞き流すことが得意だ。ぼんやりと、次はどんなアクセを作ろうかなぁなんて考える。

「何か言ったらどうだ?」
「……」

 聖龍の言葉で一時意識が引き戻された。だけど何か言ったら、朝蝶が可哀想だし。

 俺は何も聞こえないよう、風魔法をひっそりと使い(此処も本当は魔法禁止だし)、音声を遮断した。

「謝罪をしろ!」

 また聖龍が何か言っていたが、もう俺には聞こえない。
 そのまま一時間くらい俺は無言を貫き、やっと解放された。

 なんだかよく分からないが、帰り際、すれ違う度に道行く兵士に険しい視線を向けられ、ひそひそされた。なんか居心地が悪かったので、さっさと俺は帰宅した。寝よう。



 ――聖龍暦:9500年(二千二百四十九年後)


 やっと仕事が終わった。明日から、二日間お休みだ。早く帰って寝よう。

 そんな事を考えながら、俺は<鎮魂歌>を出て、朝蝶を見てしまった。
 無理無理。相変わらず鬼ごっこは続いている。
 本当、面倒。それに今日疲れてるし、回避回避。

「あ、時夜見、飲みに行かない?」

 遠回りだが土手を歩いていると、愛犬天使がいた。

「……ああ」

 それもいいかもなぁ。明日お休みだし。そんな事を考えていた瞬間、横の壁の魔法陣が歪んだ。あ、何か嫌な予感。

 恐る恐るそちらを見れば、そこにはやはり――破壊神がいた。

「おい、久しぶりだな」

 しかも何か、顔が怒ってる。
 愛犬天使がその迫力と威圧感に、後退ったのが分かった。

「死んでるかと思ったぜ」

 破壊神はニヤリ笑ってそう言った。え、なんで? 俺前回会った時、死にそうな顔してたのかな?

 首を傾げてよく見ると、破壊神の額から血が垂れていた。

「ちょっと来てくれ。頼みがあるんだ」

 何処に? 頼み? 何で俺に?
 よく分からないが、怪我の放置は良くない。

「……おい」
「説明している時間が惜しいんだ」
「飲め」

 俺は魔法薬を渡した。すると破壊神が目を見開いた。

 それから逡巡するような顔をした後、ニッと笑って一気に飲んだ。効果とか聞かれるかと思って成分を思い出していたんだけど、何も言われなかった。毒だったらどうする気だったのかな。

「なんだこれ、すごくいいな。体が楽になった。もう一本くれ」

 そりゃあ回復薬兼傷薬だしな。俺はもう一本手渡した。そのまま五本くらい飲まれた。
 酷い。結構作るの大変なんだよそれ。

「よし、行くぞ」

 だから何処に? 俺泣きそう。明日お休みなのになぁ。でもコイツと戦う感じじゃないから、良いかな。それに急ぎらしいし、後で用件聞こう。

「……ああ」

 魔法陣に潜った破壊神の後を追い、俺も入った。
 空間魔法に似ていたので、破壊神の気配を探り、一緒の場所に転移する。
 そこは空中だったので、着地の衝撃を魔法で和らげた。危ないなぁ、もう。

「……?」

 そして俺は思わず眉を顰めた。正面には巨大なタコがいた。見上げる。何この大きさ。
 俺が1とすると10000くらい大きい。
 たこ焼きいくつ作れるかな。

「助っ人を連れてきた」

 破壊神の声で我に返る。するとそこには、沢山の神々がいた。別世界の。

「おお若いの、心強い」
「さすがは俺の指揮下」
「頑張ってくれよ」

 皆が破壊神を褒め、破壊神は俺を見ている。助っ人?

 困惑していると、神の一人から、巨大な棒を渡された。先には巨大な鉄で出来た白い球体がくっついている。何これ。同じ物をみんな持っていた。見れば、タコに群がり、みんながそれでタコを叩いている。なんで?

「全ての世界の上位にある総合世界でも名だたる世界敵だ」

 誰かが嗄れた声で言った。何、総合世界って。ニュアンス的に、全ての世界と繋がってる感じだったけど。それに、世界的? あのタコが? まぁあれだけ大きければな!

 みんなに、世界的に知れ渡るかも知れない。俺知らないけど。

「倒すぞ、行こう」

 キリッとした感じで破壊神が言った。

 こうしてよく分からないまま、俺はタコ叩きを始めた。かなり木魚をぽこぽこ叩いている感じだが、タコは足で、たまに暴れる。俺は避けた。が、他の神々は大半が攻撃をまともにくらい、大体一撃か二撃で戦闘不能になり、後退して回復を待っている。

 人(神)手は多いので、それでも叩く人(神)数は減らない。破壊神は、十回に一回くらいの打撃で、後退している。後退していないの俺だけ。辛い。もう三十時間は叩いてる。なんで? なんで!? なんで俺、タコ叩いてるの? 今日お休みなのに。誰か俺に説明して、状況を! そんな気持ちで、隣で俺の魔法薬を飲んでいる破壊神を見た。

 欲しがられる度に渡すのが面倒で、時空魔術冷蔵庫を解放したため、ガツガツと瓶を手に取られ、飲まれている。あーあ。また魔法薬作らないと。

 っていうか、タコ叩き飽きた。
 なんか倒せば良いんだよね、これ。

「おい」
「ん?」

 俺の声に、額から流れる血を拭い、破壊神がこちらを見た。

「埒があかない、倒すぞ」
「おぅ。俺も同じ心境だ」

 同意を得たので俺は跳び、棒の丸くない方で、固いタコの皮膚を突き破り、それから正面にひいて、スイカを切るように、縦に切った。

 俺が一瞥すると、待ちかまえていたように破壊神が、正面に出来た隙間に攻撃を打ち込んだ。

「≪ドドンパ≫」

 何かよく分からないことを言っていたが、かなり強い衝撃波を伴う攻撃だった。
 異世界の攻撃呪文だろう
 多分200000打ちょっとの攻撃だった。強くなってる……!

 結界、強化しないとなぁ。
 二人で跳び、後ろを向いた。
 崩れ行くタコが盛大に土埃を上げたからだ。

 すると正面で回復していた神々が、こちらを見ていた。

「≪総合世界神称号――最強神:時を入手しました≫」
「≪総合世界神称号――最強神:破を入手しました≫」

 その時、ピロリロリーン、みたいな音がした。
 俺の右手に、謎の金メダルが現れた。俺と破壊神に一つずつだ。何これ、イラナイ。

 とりあえず空間魔法で、適当に収納した。丁度一カ所、からの所があったのだ。
 後で捨てよう。

「さすがだな」

 破壊神が言う。

「……もう帰って良いか?」

 良いよね? タコでしょう? 目的。

「うん、またな。今度、飲みにでも行くか」

 また戦うのは嫌だが、飲みにくらい行っても良いかなぁ。

「……ああ」

 ま、社交辞令かも知れないしと考えて、頷いてから俺は帰った。


 驚いたことに、俺の世界では、三時間しか経っていなかった。
 なるほど、別の世界だから、時間の流れも違うんだ。
 よし、自宅に帰って寝よう。


 それから暫くして、戦況が激化した。
 空巻朝蝶を俺の魔の手から守るためらしい。え? どういう事?

 しかも朝蝶も、最近戦闘の最前線にいるから、必然的に俺も前。すごい怖い。やっぱり、強いなぁ。俺に匹敵すると言われるだけはあるかも知れない。恐らく、聖龍は今平常時モードだから除くとして、この世界で俺の次に強い。

 他の世界は知らない。
 本日もそんな感じで戦闘を終え、俺は久方ぶりに、半休を得た。
 眠い。

 ここのところ、戦争ばっかりで、全然寝てない。しかも、朝昼が、戦争多いんだよね。何で夜じゃないのかなぁ。はぁ。

 なんか二百年くらい寝たい。

 そう考えて俺はハッとした。異世界なら、半休の内の数時間で、二万年だって、眠れるじゃないか! そうだよ、いいなぁ!

 決意した俺は、半休が来てすぐに、官舎の裏手で目を伏せた。

 予知の能力を応用して、こちらが二時間経過する時に約二万年経過する場所を探した。
 すぐに見つけて、転移魔法で移動した。効くものである。異世界でも。

「……えええ」

 しかし向かったそこには、沢山のミミズがいた。しかもタコと同じくらい大きいし、地表を埋め尽くすくらい大量にいる。寝る前に掃除しよ。汚いなぁ、もう。

「≪夜壊線ナイトブレイク≫」

 俺が持ってる魔術の中でも比較的強い奴を、広範囲に放つと、ミミズは全滅した。なんか可哀想だけど、害虫は駆除しないとなぁ。増えちゃうから。

「≪総合世界神称号――殲滅神:時を入手しました≫」

 するとまたピロリロリーンって音がして、俺の手に、何か変なのが現れた。イラナイ。また俺は空間魔法で収納スペースに謎の称号を放り投げて、それから、ミミズの下にあったらしい芝の上に寝転がった。この世界、中々良いなぁ。真っ暗だ。夜しかなさそう。

 ここに住みたい。
 そんな事を考えながら俺は寝た。

 そしてこの世界で、五百年くらい経った時だった。

「うるさいな」

 さすがに騒音が気になって、俺は目を開けた。

 こちらへ向かって、鉄のかな棒を持った、二足歩行の巨大な牛が歩いてくるところだった。歩く度に、ドシーン、ドシーン、と音がする。コイツが原因か、この牛が。

「≪光雷夜サンダーナイト≫」

 俺は一撃必殺の魔法を放った。牛は倒れた。

「≪総合世界神称号――闘神:時を入手しました≫」

 また変な音がして、いらないものが出てきたので、収納スペースにしまった。

 その時、遠くから、もっと酷い、ドシーンが響いてきたので、思わず眉を顰めたら、牛が五体もいた。もうヤだ。

「≪夜雪スノウナイト≫」

 範囲魔法で一気に倒した。

「≪総合世界神称号――救世神:時を入手しました≫」

 よく分からないが、また称号が出てきた。何これ、本当。何に使うの?

 まぁいいやと思って、それも空間魔法の中に放り投げ、俺は、自分の周囲に結界を張り、寝た。最初からこうしておけば良かったなぁ。

 そうして一万五千年が過ぎた頃――無数の何かが結界を破ろうとしていたので、俺は起きた。ミミズと牛と後はよく分からないダンゴムシみたいなのと、イカみたいなのと、恐竜みたいなのが、ひしめいていた。全部巨大だ。あー、やっぱり定期的に掃除しないとな。

「≪夜壊線ナイトブレイク≫」

 とりあえずHPを削ろうと思って放ったら、一撃だった。あれ、相手の感触が弱くなってる。全滅しちゃったよ。いや、俺が強くなってる? え、なんで? 見ればHPもMPもだだあがりだった。なんで?

「≪総合世界神称号――滅狂神:時を入手しました≫」

 また出てきちゃったよ……もういいよ。本当イラナイのに。ぽい。
 俺は結界を張り直して、寝た。

 さて、そろそろ二万年。ふいーっと思いながら、結界から出ると、緑が広がっていた。
帰るか。

 と思ったら、俺が来た時に作った転移用の魔法陣の周囲に、変なのが一杯いた。何あれ、ヒトデとパンダがくっついたみたいな奴。大きいなぁ。ま、俺も鴉と鶏がくっついたみたいな本体だけどさ。五匹いた。邪魔だ。

「≪夜壊線ナイトブレイク≫」
ああ、何回これ放ったの、俺、此処で。けど久しぶりに熟睡したから気分が良いなぁ。

「≪総合世界神称号――破壊神:時を入手しました≫」

 その言葉に俺は唇をとがらせた。え、俺も破壊神になっちゃったの? よく分からないけど、まぁ、いつもの通り、放り投げておこう。空間魔法って便利だよな。

 そんなこんなで、俺は帰った。


 鬼ごっこは相変わらず続いているが、最近空族と聖龍は和平の道を模索しているらしい。
 聖龍頑張ってくれ。
 祈りながら、俺が歩いていると、暦猫に呼び止められた。

「今度の遺跡調査の件なのですが」

 俺は、遺跡が好きだ。良いよね、何か夢がある感じでさ。

「第二師団と第七師団の合同調査となりました。第八師団もついていきますが、控えです」
「……」

 顔が思わず引きつりそうになったので、笑って誤魔化した。
 第二師団……朝蝶の所だ。うわぁ。え、その間も鬼ごっこするの? 嫌だよ?

「くれぐれも、追いかけないように」

 溜息混じりに続いた暦猫の声に、心底安堵した。良かったぁ。
 鬼ごっこしなくて良いんだ。


「……よろしくお願いします」
「……ああ」

 遺跡の正面に建設した宿舎で、喋々と会った。
 凄く嫌そうな顔をされたので、俺は短く応えて頷いた。

「大変です、指揮官のお二人に用意した部屋の片方が、水漏れしています」

 そこへ血相を変えた兵士が数人やってきた。

 見たことがないが、服装からして、第二師団と第七師団で諍いがあった際に仲裁することになっている、第八師団の人達だろう。第八師団は、聖龍直属の部隊だ。ただ聖龍は忙しいから、ここには来ていない。

「……使え」

 俺は朝蝶を見た。なんか、悪いし。俺別に、部屋とか気にしないし。
 草むらでもいけるし。

「いえ……どうぞ」

 いい人だ。
 でも冷ややかな声で朝蝶言った。これ、相当俺のこと嫌いそう。話すのも嫌みたい。
 俺、なんかしたっけ?

 あれかな……本人も、本当は嫌だったのかなぁ、俺以外選択肢なかったけど、ヤったの。そんな事言われても、俺も困る。

 俺だって、好きでヤった訳じゃないし、二度とやりたくない。ヤりたくない! 何て返そうかな。俺が黙っていると、朝蝶が顔を背けた。

「では……二人で使いましょう」

 続いた言葉に、俺は虚を突かれた。え、嘘、凄い気まずいと思うんだけど。
 じっと朝蝶を見る。何考えてんの、この人?

 よく分からないが、そう言うことになった。俺、断れなかったよ……はぁ。
 それから食事の時間まで無言の時が続いた。

 幸いベッドは二つあった。誰かが魔法で追加してくれたんだろう。元々は一人部屋のはずだったし。そんな事を考えていると、ノックの音がして食事が運ばれてきた。

 俺と朝蝶は、ベッドの合間にある、正面の机に座った。
 食事を置いて、兵士が帰っていく。

「……」
「……」

 うう、会話が生まれない。何この気まずい食卓。ご飯くらい、気楽に食べたいのに。憂鬱だよ、早く水漏れ直らないかなぁ。けど魔法でふさげないとしたら、無理だよな。俺、見てこようかなぁ。結構修理、得意なんだよね。一人で笑ってしまう。

 すると朝蝶が怪訝そうな顔をした。
 あ、多分俺のにやけ顔が気持ち悪かったんだな。

 顔を背け瞬きをした――その時だった。不意に予知が起きた。
 食事両方に毒がはいっていて、俺も朝蝶も藻掻いていた。

 ああ、俺はよく暗殺されかけるし、朝蝶も死んでも良いか、くらいのノリで、誰か食事に毒もったな、これ。俺が目を開いた時、まさに朝蝶が、毒の入ったハンバーグを切り分け、フォークを突き刺そうとしていた。まずい。

「!」

 俺は机の上の皿を、反射的に全て薙ぎ払った。
 朝蝶が目を見開き、がしゃんと割れる音が響く。あーあ。お皿、もったいない。
 それより、状況を説明しないとな。

「毒だ」

 うん、これで分かってくれるだろう。

「――毒?」

 怪訝そうに首を捻ってから、立ち上がった朝蝶が床に落ちている料理を拾った。
 え、もう食べられないと思うよ、それ。っていうか、毒入りだから。俺の話聞いてた?

「どうする気だ?」
「確認してきます」
「どうやって?」

 俺ですら予知が無かったら分からなかったんだから、恐らく新型の毒だよ。だから毒味には引っかからないはずだけど……。

「食べさせればいいでしょう? 兵士に。どうせ、ほぼ不老不死ですし」

 なんて事を言うんだ、と思い、俺は呆然としてしまった。
 スタスタと朝蝶が歩き始める。
 だめだめだめ。それ、もがき苦しんで死ぬ系だから、絶対駄目。

 死ぬって言うか、消滅……?
 は、しないまでも、神様でも千年くらい眠りにつく毒だよ、それ。

 慌てて追いかけた俺は、扉を開けようとした朝蝶の後ろから、その扉を押して締め直した。

「なんですか?」

 不機嫌そうに、朝蝶が呟いた。

「……待て」

 本当に待って、行くの待って、俺、今からその毒について説明するから!
 俺の両腕の間にいる朝蝶を見る。
 すごく不愉快そうに振り返って、俺を見上げている。

「――ああ、もう!」
「?」

 その時、急に朝蝶が、俺の体に抱きついてきた。
 相変わらず良い匂いがするなぁ。だけど、え、え? 一体、何?

「どうして貴方は――っ」

 言いかけた朝蝶が目を見開いて、俺の腕の中に倒れ込んできた。
 慌てて受け止め、すぐ側にある耳元で聞いてみる。

「なんだ?」
「っ……そ、その……ラピスラズリのビヤクの後遺症で、最初に出された貴方に触られると……体が、熱く……っン」

 何かまた、ビヤク来ちゃった……今度、ビヤクって何か調べて、薬あげよう。俺、大抵の薬は作れるし。解毒は得意だ。だってビヤクって言葉、もうそれだけで嫌な予感しかしないし。

「うあッ」

 俺の腕の中で、震えながら、朝蝶が熱い息を吐いた。
 華奢だなぁ。
 けど、胸にずっと朝蝶の全体重がかかってるから、ちょっと重い。

 俺より背は低いけど、平均で見ればそこまで低くないし、軍人(神)だからそれなりに筋肉もある。いくら腰が細くても、いくら色白でも……重いんだよ!

「離せ」

 ついムッとして言ってしまった。
 もういいや。食事、諦めよう。眠いし。

 此処まで来るの、徒歩だったから疲れてるんだ。
 兵士の神々が全員転移魔法覚えればいいのになぁ。

「寝るぞ」

 宣言し、俺は寝台へと向かった。
 ベッドに座りながら振り返ると――うう、怖い、朝蝶がすぐ側に立っていた!
 なんで? こっち俺のベッドなのに……!

「……」

 思わず無言で険しい顔をしてしまった俺は、若干泣きそうになりながら、朝蝶を見上げた。朝蝶を見上げるって、新鮮だな。

「でも……外にみんながいるのに」

 続いた小さな蝶々の声に、俺は首を傾げた。え? 何の話? そりゃあ、みんないるだろうけどさ。それがどうかしたのかな? あ、眠れないとか? 繊細だなぁ。

「人がいると嫌なのか?」
「……っ、そんなのあたりまえです……」
「……そうか」

 頷いた俺は、念話で全兵士に通達した。

「『朝まで、指揮官室には近づくな。これは、命令だ』」

 ふぅ。一人満足して頷いた俺の前で、驚いたように朝蝶が目を見開いている。

「これで、寝られるだろ」
「え、あ」
「……さっさと横になれ」

 きっと疲れてるだろうしね、朝蝶も。念話は朝蝶の耳にも入っているから、俺が人払いしたの分かっただろうし。

 俺は横になり、布団を被った。早く寝よう。明日も早いし。
 ああ、眠いなぁ。

「――って、え、ちょっと時夜見」

 すると狼狽えたような朝蝶の声がした。あああ、寝付けそうだったのに……!

「なんだ?」
「寝るって……睡眠?」
「? ああ」

 他に何かあるんだろうか。怪訝に思って眉を顰めた。

「僕、体の熱がおさまらないんですけど」
「大変だな」
「……っ……意地悪しないで下さい」

 は? 俺意地悪したかな? 食事を食べられなくなったのを、怒ってるのかな?
どうしよう。

「発作が起きたらもう、ッ、もう、貴方に抱いて貰うしかないんです」

 え、そうなの!? 潤んだ瞳で、抗議するように朝蝶が俺を見ている。
 いやでも、そんな事を言われても。

 困って朝蝶を見ていると、するりと着物を脱いだ。今日は下着を着けている。買ったのかな。そして俺が横たわっている寝台の上に乗ってきた。嘘……まじで? 本気? またヤるの? ヤだ。

「朝蝶……」

 頼むから落ち着いて、明日の朝も早いしさぁ。祈る気持ちで俺は朝蝶を見据えた。
 情けないほど眉が下がったのが自分でも分かるよ。

 慌てて半身をおこすと、朝蝶が俺の服を脱がせにかかった。
 呆然としていると、そのまま脱がせられちゃった。上も下も下着も。

 ぎゅっと朝蝶が俺に抱きついてきた。また全体重がかかって重たい。しかも肌と肌が密着しているから、なんか、変な感じ。思えば、こんなの初めての経験だ。この前俺、上は着てたし。嫌、そんな事を考えている場合じゃない。

「自分でやれ」

 うん。俺は、断らないと。

「っ、は、はい……自分で、解します」

 ん? アレ? 何か違っ、うええ? は? 待って!
 俺は慌てて、朝蝶の肩を、軽く両手で叩くようにして持った。

「……」

 しかし何て言えば良いんだろう?

 考えている俺の前で、二本の指を口に含んで濡らしてから、朝蝶が、膝立ちで後ろを解し始めた。始めちゃった! もう前は起ってるし……息づかい荒いし……えー。
険しい顔でじっと見てしまう。

「っ、恥ずかし……っふ、ア、僕……なんでこんな……」

 全くだよ! 恥ずかしいよ! 何でこんな事してるの!? 止めて!
 俺どうしよう。誰か助けて。

「ああっ、や……時夜見……シて……んぅ」

 苦しそうに、朝蝶が言った。ああ、発作がきついのかな……それ以外あり得ないよな。俺のこと嫌いそうだし。

 ――本気で苦しそうだし、何か顔が辛そう。この前は、顔見なかったから分からないけど、この前も辛そうだったのかな? 嫌なのに俺とヤらなきゃならないのか……可哀想だ。本当、戻り次第薬作ろう。

「仕方がないな」

 でしょ? だって、俺が中に出さないと収まらないんだよね。はぁ。

 っていうか、俺、起つかな? この前は、朝蝶にやって貰ったんだけど、今無理そうだし……。うーん。この前は確か、口でなめられて触られたんだっけ。なるほど、自分の手でもやれるかも知れない。俺は、なんか目を伏せ喘いでいる朝蝶には気づかれないように、静かにさっと自分のソレを撫でた。よし、ちょっと起った。頑張ろう。

 朝蝶が目を開ける度に、そっと手を隠し、再び目をつむると頑張って手を動かした。
 そして、起った! 後は、魔法で維持すればいい。

「んぁああっ」

 蝶々が一際大きな声を上げて、頽れそうになった。
 俺は慌てて腰を支える。

 するとこちらを潤んだ目で見て、小さく朝蝶が笑った。俺、朝蝶の笑い所がよく分からない。って。あ。気づいたら、そのまんま、俺のソレの上に、朝蝶が、ゆっくりと乗った。

 入っていく。わー、わー、わー!! きつい、熱い、ヤだ。けど――自分の手よりは、こっちの方が良い気がする。

「あ、怖い……ン」

 嫌、怖いの俺なんだけど……。

「自分で入れるの嫌ぁッ」

 えええ? それって、俺に入れろって事? いやもう、それしかないよな。俺は腰に支えた手を動かし、朝蝶の体を下へと持っていった。朝蝶の体が揺れる度、俺のが入っていく。

「あ、ン、ふ、深い……深いです、あ、時夜見ッ」

 涙をこぼしながら、朝蝶に名前を呼ばれた。なんだか本気で悪いことしてる気しかしないよ……可哀想すぎて、俺も辛い。嫌、辛いのは朝蝶の方だ。きっと発作で体が辛いんだ。やっぱり、けどでも、俺じゃなくて、自分でどうにかした方が良くない?

「嫌なら、自分で」
「あ、あ、あ」

 朝蝶の体が揺れる。なんか、朝蝶が俺の上で動き始めた……っ!? 前後に揺れる俺のアレ、朝蝶の腰! 待って、違う、俺の上でじゃなくて、自分のベッド行ってよ! 意味が違う。俺は、自分の手で処理してってつもりだったんだけど。

「うう、あ、ぁ、時夜見、も、もう僕、ああ」

 そう言って朝蝶が俺の肩に手を置いた。俺は引きつった笑みを浮かべてしまった。
 もう、もう、俺を許して!

「動いてぇ……あ、ン、ああっ、は、早く」

 朝蝶が掠れた声で呟いた。
 ああもう、しょうがないよな……! 気合い出せ、俺!
 俺は頑張って突き上げた。

「んぁあああああ、やぁああッ、は、深い、ンぅ、あ、ああっ」

 涙が朝蝶の上気した白い肌を濡らしていく。

 だけどその瞳が、何とも言えず……なんだろう、ちょっと気持ちよさそう(?)に見える。俺の勘違いかも知れないけど。まぁどうせヤるんだから、この前、気持ちよさそうだったところを刺激してみよう。

 何か朝蝶の前は、俺の腹と擦れてるから、弄らなくてよさそう。

「ひゃっ、ぅあ、そこは……ああっ」

 何処が気持ちいいか忘れちゃったけど、何かこの辺だった気がする場所を突いてみたら、声が上がった。多分、此処なんだろう。そこを重点的に突き上げる。

「ふぁっ、あ、や、い、イく」
「……」
「ああっんぅ、時夜見……ア」

 俺、何か声かけた方が良いのかなぁ? いやでも、なんて? ああ、気持ちいい場所、此処であってるか、とか?

「ここが良いか?」
「ふ、ぁ、ああっ、ンァああ」

 しかし回答は無かった。目を伏せ、朝蝶が体を震わせている。俺も動いているけど、それでも朝蝶も動くんだ。俺、動くの止めて良いかな。

「嫌っ、んア――深い、あ」

 急に動くのを止めたからか、朝蝶の腰が一気に降りてきた。

 どうしよう。
 どうしよう!?

 もう聞くしかないよね、これ。

「うう、時夜見、何で……」
「……どうして欲しい?」
「うあ、動いてよぉッ」

 なるほど。俺は頑張って、動きを再開した。

 朝蝶が、凄く声を上げる。本当、人払いしといて良かった。だって朝蝶、この前のこともなんだか恥ずかしくて嘘ついていたみたいだし。

「時夜見、あ、あ、僕、イく」

 良かった、やっと終わりそうだ。

「俺も出す」

 そう言って突き上げると、朝蝶が出した。俺の腹がべたべたする。それを感じながら、俺も出した。はぁ、なんだろうこの開放感――これで、朝蝶から解放されると思うと、体が弛緩してきた。

 ああもう無理、俺眠さが……。けど、この体勢じゃあ寝られない。イライラするなぁもう。また俺に全体重かけてるよこの人。

「退け」

 舌打ちしたい気分だよ、この温厚な俺が。全くもう。

「っ」

 するとぽろりと朝蝶が涙をこぼした。
 あ、言い過ぎちゃったかな、ゴメンね。

「悪かったな」

 謝っておかないとな。俺の言葉に、朝蝶が、切ない顔で笑った。

 頑張って朝蝶を上から退かせて、俺は横になる。もういいや、服着なくて。眠くて仕方がないよ。

「寝る」
「時夜見……」

 まだなんかあるのかなぁ、名前呼ばれたんだけど。

「僕のこと好き?」

 は? え? 何?

 俺は思わず横になったまま、朝蝶を見た。顔が強ばってしまう。強いて言うなら、好きでも嫌いでもない。どちらかと言えば、嫌いだ。だってさ、いきなりこんな、のっかってくるんだよ? だけど、嫌いとか、俺、小心者だから言えない。

「……別に」

 だから『嫌い』を全力で換言した。だってさ、向こうだって俺のこと嫌いなんだし。好きとか言われたら、きっとヤだよね。

「っ」

 よし、寝よう。朝蝶が何故なのか、息を飲んでるけど、もう知らない。
 そのまま俺は眠った。
 翌朝まで俺は熟睡した。

 そして――目が醒めてビックリした。なんで、朝蝶、隣で寝てるの?
 自分のベッドに行かなかったのかな? 疲れて寝ちゃったのかな?

「ん、ああ……起きたんですか」

 やばい、朝蝶も起きた。起こしちゃったのかなぁ、俺。悪いことしたな。まだ眠いかな?

「……平気か?」
「え」

 何で、朝蝶、驚いた顔してるんだろう。

「無理はするな」

 うん。睡眠は良く取った方が良い。

「あ……は、はい」

 何か、顔も朱い。まさかまた発作じゃないよね。仕事だからね、もうすぐ。しかも昨日の夜食べてないから、お腹も減ってるし。時間が無い。

 その時だった。
 ノックの音と同時に、部屋の扉が勢いよく開いた。

 俺と朝蝶は、揃ってそちらを見る。
 そこにはこちらを見て、笑顔のまま硬直した、兵士がいた。

「あ、そ、その……朝食の件で……」
「……ああ」

 なんか、顔ひきつってるよ、あの兵士。俺、そんなに怖がられてるのかな。

「立ち入ったことをお聞きしますが、どうしてお二人は……その、裸で……一つのベッドに?」

 兵士の言葉に俺は、考えた。朝蝶は、ビヤクの件を恥ずかしがっている。
 下手なことは言えないな。
 そう思って朝蝶を見ると――え、泣いてる!?

「何故、こんな事をするんですか?」

 朝蝶が涙混じりの声で言った。

「……」

 俺は眉間に皺を寄せて、朝蝶を凝視した。

「僕は、僕は、」
「……」

 何? どういう事? こんな事したのそっちじゃん。

「っ」

 息を飲んでから、朝蝶がシーツを握りしめた。

「僕、嫌だって言ったのに。無理矢理、犯すなんて……」

 俺は呆気にとられた。考えてみれば、確かに嫌って言ってたかも知れない。

 だけど犯すって――んー、朝蝶の中では、性交渉は全部『犯す』なのかな? 周囲がその言葉を、誤解してるとか? 俺は険しい顔をした後考え込んで、きっとソレだなと思ったら、なんだか笑えてきた。

「ううっ」

 しかしまだ泣き続けている朝蝶を見て顔を引き締める。

「――出て行け」

 とりあえず、兵士にそう言った。すると、何も言えない様子で、足早に姿を消した。朝蝶、見られたく無さそうだからな、この前も恥ずかしがってたし。それより俺、早く周囲の誤解とかないと。

「……ふふ」
「?」

 その時シーツに顔を埋めていた朝蝶が、笑みを口から零した。あれ、泣きやんでる。それにしても本当に笑い所分からない人だなぁ。

「これで貴方の評判は、またガタ落ちですね」
「?」

 何の話だろう。俺の評判なんて、昔から地の底なんだけどな。怖がられて嫌われてるし。

「ハハっ、貴方の苦痛に歪む顔、楽しみにしてます」

 朝蝶はそう言ってベッドから降りると、着替え始めた。
 昨日は、俺と朝蝶の体を、多分朝蝶が魔法で綺麗にしてくれた様子だ。

 何故なのか、シーツだけ精液で汚れてるけど。ちゃんと全部綺麗にした方が良いと思うんだけど……んー、何か意味あるのかも知れないし、まぁ、良いか。何か、自分が掃除したのに、人に掃除されなおすと、気分悪いよね。

 しかし俺の顔が苦痛に歪むのが楽しみって、やっぱりかなり嫌われてるなぁ。
 何か、ちょっと、寂しいなぁ。
 一体、どうして、こんな……。

「……どういうつもりだ?」

 分からない時は、聞くに限る。

「どういうつもりか? 分からないんですか?」

 全然分からない俺に向かって、朝蝶が、明らかに何か嫌な感じに笑った。笑顔なのに、可愛くなかった。暦猫みたいに、怖い。怖いよ!

「時夜見、貴方に強姦魔の汚名をきせて、排除するつもりなんです、僕。昨日の、発作なんて、嘘ですよ」
「……そうか」

 なーんだ、発作、嘘か。それなら、俺は薬作らなくて良いよね。
 それに俺とヤったのは、俺が強姦した風にして、俺を社会的に抹殺するって事か。
 最初から多分、そうだったんだろうな。

 だとすれば、周囲の反応にも納得がいく。きっと空族にも聖龍にも、俺が強姦したって言ったんだろうな。ビヤクって奴を使って。今回もそうなるんだろう。

 ま、別にいいや。どうせこれ以上俺の評判なんて、下がりようもないし。それよりも、だ。思わずほっとして、笑顔が浮かぶ。

「良かった」
「え?」
「発作、起きないんだろう?」

 だよね? 何より、朝蝶の体が無事で良かった。後、もう俺、ヤらなくて良いって事だよね。

 それに俺が拒めば、朝蝶もわざわざ嫌いな奴と、何て言うか駆け引き(?)のためにヤらなくて良いわけだし。俺の噂もその内きっと消えるだろう……強姦魔とか、ちょっと嫌だし。しかし本気で、朝蝶の体が大丈夫で良かった。

「なッ」

 狼狽えたように朝蝶が目を見開いた。

「心配した」

 うん、発作とか、怖いよね。

「……っ」

 だが俺の言葉に、何故なのか苦しそうな顔になって、朝蝶が唇を噛んだ。
 そんなに噛んだら、傷ついちゃうよ。

「噛むな」
「っ」
「唇」

 綺麗な色なのに、もったいない。さてそろそろ俺も着替えよう。
 それから無言の時間が再び始まった。
 何故なのか、遺跡調査は打ち切りになった。


 また戦況が悪化した。
 そのせいか、聖龍の機嫌が、本当に悪い。俺を見る度に、睨んでいる。
 もう二百年くらい睨みっぱなしな感じ。俺を睨んでも、何も変わらないのになぁ。

 溜息が出ちゃうよ。

 そんな時だった。破壊神から、飲みに行こうと連絡が来た。
 気分転換には良いかもな。

 場所も、俺の世界でも破壊神の世界でもない場所を指定されたし。この頃になると、俺も他の世界について、ちょっとずつ知るようになっていた。昼寝する場所を良く探すからな。

 たまに他の神々にも遭遇した。そんなこんなで、神様一覧表というのに、アクセスできるようになった。なんと、俺も載っていた。

 一定以上の力があれば、総合世界と関係を結んでいなくても載るらしい。今は、他の世界に行っているから、載ってるんだろうけど。移動してる神は自動的に記録されるんだって。

 ちなみにこれには、デフォルトだと一々行動履歴が出るので、俺はタコを倒して以降の記録は全般的に非公開にしている。何か、他人に行動知られるって嫌じゃない?

 確か、破壊神の名前を調べたこともある。パルディア世界の破壊神ジャックロフト的な名前だった。でも俺、覚えられなかった。カタカナ苦手なんだ。

「いやぁもう、俺、本当好きになっちゃってさぁ」

 ガン、と麦酒のジョッキを置きながら、破壊神が言った。

「……そうか」

 いやぁ、とか言ってるけど、絶対に嫌じゃない。破壊神、目が輝いてる。

「恋って良いな」
「……恋か」

 俺、恋とかしたこと無いからよく分からない。愛犬天使は、恋をしていない日がないけど、日替わりなんだよなぁ。毎日違う恋人がいる。多分参考にならないよアイツ。

「お前は誰かいないの?」
「……好き、とは、どんな感じだ」

 この人なら、恋とか好きとか知ってるかも知れない。聞いてみよう。俺、友達少ないっていうか、同僚しかいないから、聞けないんだよね。

 強いて言うなら、愛犬は飲み友達かな。

「え、そこから? そりゃぁ……」
「ああ」
「目が合うとドキドキしたり」

 目が合うとドキドキ? 思い浮かんだのは、朝蝶だ。だって、鬼ごっこが始まるんだし。

「気づくと目で追ってたり」

 ああ、もう確実にこれ朝蝶のことじゃん。逃げるために俺精一杯目で追ってる。

「可愛いなぁとか思ったり」

 うーん、まぁ……笑えば可愛いと言えなくもない。

「もっと話がしたいと思ったりさ」

 確かに、会話数俺達少ないから、もうちょっと話してみても良いような気もする。の、かなぁ。微妙。出来れば、会いたくない。

「会いたいなぁ、とか」

 うん、確実に無いわ、ソレ。

「けど、会えない辛さって言うの?」

 会えない辛さ? え、別に辛くないけど、違う陣営だし、会えないと言えば会えない。戦争は辛いけどなぁ。

「好きまで行かなくてもさ、気になる奴とかいないの?」

 気になると言えば、そりゃ朝蝶だ。だって、鬼ごっこ嫌だし。

「……いる」といえば、いるのかなぁ。
「それが好きって事だよ」

 え、そうなの? 俺、朝蝶のこと好きなの? 嘘だよね?

「で、誰だよ? あの綺麗な人?」

 ニヤニヤしながら破壊神が言う。綺麗な人って誰? それこそ誰だよ。

「……誰だ?」
「ほら、俺達が最初に会った時さぁ、いたじゃん、横に。銀髪のさぁ」

 ああ、暦猫か。あれ、綺麗なのか。知らなかったよ俺。

「……いいや。綺麗って……」

 やばい、思わず笑っちゃったよ。コイツ、ああいう顔を綺麗だと思うんだ。

「はぁ? ちょっといないだろ、あのくらいの美人なんてさぁ。何それ、イケメンの余裕? うわぁ、イラッときた」
「……違う。悪い」

 何か怒らせちゃったのかなぁ。しかしイケメンとか、コイツ結構イヤミだな。それ、お前だろ? 俺がイケメンだったら、もっと早くに童貞卒業してるよきっと! 全くモテないし。初チューもまだだし。

「そんなマジにとるなって。んじゃあ、あれ? あの可愛い人? 巨乳の」
「……誰?」

 巨乳? 自慢じゃないけど俺の周りに、女性神一人もいないよ。


「ほら、二回目に会った、タコ倒しに行った時に、側にいたさぁ」

 ああ、愛犬か。あれ、可愛いの? コイツ、もしかして、目が悪いのかな。

「まさか。あいつ、あの時は女性型の人型使ってたけど、本来男神だぞ」

 絶対朝蝶の方が可愛い。これは、間違いないと思うんだ、俺。

「俺の……その、気になってる子の方が可愛い」

 朝蝶の説明、これで良いのかな……なんか、違和感。

「ふぅん。じゃあ俺の知らない奴だな。けどさぁお前、綺麗な奴にはちゃんと綺麗って言わないと駄目だ」
「……そうか」

 今まで暦猫が綺麗だって知らなかったし、言ったこと無いなぁ。言おう、今度会ったら。

「できれば、その気になってる子の前で言え」
「何故だ?」
「うーん。言ってみれば、分かるよ」

 ニヤニヤと破壊神が笑っている。

 俺と暦猫と朝蝶が一緒にいるところ……ああ、そういえば、明日定例会議で、俺達五神が揃うな。愛犬と聖龍も来る。そこで言おう。

「ま、健闘を祈る――すいませーん、生中もう一杯!」

 このようにして、俺は、次の日の会議を迎えた。
 会議が終わったところで、俺は暦猫を見た。

「おい」
「――なにか?」

 小首を傾げて暦猫もこちらを見る。んー、綺麗かなぁ? よく分かんないなぁ、俺。

「お前、綺麗だな」

 しかし破壊神の言葉を信じよう。

「なっ」

 すると暦猫が目を見開いた。硬直して、酸素を求めるように口をパクパクさせながら、こちらを見ている。なんか、朱くなってきた。綺麗って言われ慣れてないのかな。あり得る。照れちゃったんだろう。

 だってなぁ暦猫、すごい神様の一人だから、気軽に綺麗ですねとか一般神は言えないだろうし、俺達誰も言わないし。やっぱり破壊神の言うとおり、言って正解かも。

 だが、何故なのか、一気にその場が冷え切った。
 え、聖龍の威圧感?

 久しぶりに感じて、驚いて視線を向けると、聖龍が引きつった笑みを浮かべていた。
 明らかに、笑ってるのに怒ってるよあれ。なんで?
 助けを求めて愛犬を見たら、慌てたように顔を背けられた。え?

 恐る恐る朝蝶を見てみると、凍り付いたように呆然と俺を見ていた。何故?
 改めて暦猫を見ると、今度は怒るように俺を睨んでいる。

「からかわないで下さい」

 そう言って暦猫は、足早に部屋を出て行った。やっぱり照れたのかな?
 よく分からないが、俺もかーえろ。

 朝蝶に呼び止められたのは、その翌日のことだった。

 <鎮魂歌>内部とはいえ、初めて何じゃないのかって言う勢いで珍しい。
 周囲に人気が無かったからだろうか。室内だから、鬼ごっこはしなくて良い。

「時夜見、二人で話がしたいんです」
「……そうか」

 そりゃ呼び止めてるんだから、そうだろうなぁ。
 朝蝶は、すぐ側の部屋に入った。俺が入ると、何故なのか、鍵を閉めた。

「その……暦猫星霜の事ですが」
「……」

 え、暦猫の話? 俺に相談か何かかな。無謀だよ。俺に言われても。本人に言うか、もっと相談に適した、愛犬とかに言った方が良いよ。

「綺麗……ですか」
「……それが?」

 ああ、俺の発言か。なるほど、それで俺を呼び止めたのか。だけど、それがなんだろう。

「……はぁ」

 何でそこで溜息つくの? 俺は訳が分からないので、渋い顔をしてしまった。

「好きなんですか?」
「……別に」

 まぁ好きか嫌いかと言われたら、好きかなぁ。付き合い長いし。だけど、別にって感じ。
ちょっと考えちゃったけどね。

「本当に?」
「……ああ」

 だけど俺が暦猫のこと好きじゃまずいのかなぁ。キモいとか?

「僕のことは……その、どう思いますか?」
「?」
「僕、綺麗じゃないですか? はっ、そうですね、綺麗じゃないか。あんな事して」

 どんな事?
 まぁ、綺麗……かなぁ。分からないけど、暦猫と朝蝶なら、朝蝶の方が可愛い。

「……可愛いな」
「え」
「……それだけか?」

 もういいよね。これ以上追求されても、俺、答えられないし。帰ろう。

「ま、待って下さい……!」
「……なんだ?」

 俺の台詞、大体全部『……』が入ってる事に気がついた。だってさ、変なこと言わないように、ちょっと考えちゃうんだよね。

「っ、そ、その……」
「?」

 え、本当に何? まだ帰っちゃ駄目なの?

「だから、その」

 分からないよ、それじゃあ。何、なんなの。もうヤだ。俺泣きそう。

「シたい」

 何を? なんか、嫌な予感がする。

「帰る」

 うん、それが良い。はっきり言うべきだよね。

「う、あ」

 朝蝶が震える手を俺に伸ばしたが、見なかったことにする。

 扉を開けると、聖龍と暦猫がキスしていた。え? えええ? あの二人って、そういう仲なの? 知らなかったよ。

 その時俺の後を追ってきた朝蝶が、キスを終えた暦猫たちの姿を一瞥し、急に笑顔になった。

「……!」

 そしていきなり服を脱ぎ、俺の下衣もおろした。
 それから、声を上げた。

「いや、いやぁッ!!」
「?」

 虚を突かれて固まっていると、驚いた様子で、暦猫と聖龍が走ってきた。

「もう……止めて下さい」

 二人が来た時、蚊の鳴くような声で朝蝶が言った。

「何をしているんだ、時夜見!」

 聖龍が怒鳴る。暦猫が、慌てたように、上着を脱いで室内にいる朝蝶にかけた。
 待って違う、俺なんにもしてないのに。

「……俺は」
「……苦しい、っ、どうして――」

 しかし俺の発言にかぶせるように、朝蝶が呟いた。
 何が苦しいの? 発作も無いんでしょ?

「……」

 難しい顔で俺は黙り込んだ。
 そんな俺の前で、朝蝶が続ける。

「こんな、こんな風に体を無理に暴かれて、っ」
「……」

 うーん。
 朝蝶は、多分まだ、俺を策略とやらにはめる仕事をしているんだろう。

 しかし、体をつなげることなく、その仕事をやってもらえるんだとすれば、ちょっと有難い。

「なんて事を……貴方という人は。朝蝶がこんなにも傷ついているのに……ッ」

 やりきれない様子で暦猫が言う。まぁ、俺の方がやりきれなく無い?

「最低だ。何度も釘を刺しただろう」

 聖龍の声が冷たい。怒気を孕んでいる。うわぁ怖い。
 俺、このまま消滅させられそう。聖龍にはそれが出来るんだし。

 違うって否定したい。すごく否定したい。

 ちらりと暦猫を見ると、凄い勢いで話し始めた。ああ、一時間半コースだ。ちょいちょい合間に言葉を挟み、聖龍も怒っている。

 これは、運が悪ければ、ダブルコンボで三時間半コースだよ。

 もうヤだ俺、俺が話す暇ないよね。三時間半だから、終わった後、何か喋って、また三時間半になると困るし、俺否定できないじゃん。

 哀しくなって、朝蝶を見た。
 すると俺を見て、二人に気づかれないように、静かに笑った。

「……」

 何で俺こんな目にあってるんだろうと思いながらも、下衣を穿き、それから二時間が経過した。相変わらず暦猫も聖龍も怒っている。その間の変化と言えば、朝蝶が服を着たことくらいだ。いや、時折涙を流している。

 アレ絶対嘘泣きだよ。何、自在に涙流せるの? それすごいよ。
 しかし二時間目になると、次第に朝蝶も、困惑したような顔になった。
 俺を怪訝そうに見ている。

「……」

 ああ、溜息でそう。だけど、そんなことしたら、四時間コースだよ。

 しょうがないから、朝蝶をじっと見た。何か創作意欲を刺激して欲しいな。何て考えていたら、新しいピアスのデザインを思いついた。帰ったら作ろう。

 ちなみにそれ以来、俺が所構わず朝蝶を犯しているという噂が流れ、俺の耳にまで届いた。本当、噂って尾ひれがつくから嫌だよな。


 それから暫く経った。
 ある日、人間界に≪邪魔獣モンスター≫が出た。

 こういう事は稀にある。こう言う時は、率先して聖龍が前に立ち、師団が総出で対処に当たる。大抵の場合、人間界に出るのは、≪世界樹≫かその≪眷属≫だ。

 今回は≪眷属≫の方で、木の根で出来た巨大な≪邪魔獣モンスター≫が、山間部の平野にいた。中央には人間の女に似たものがくっついている。

 俺達は、人の器を持っているから、神界にいる時も基本楽だし人型を取っているが、人間界では絶対的に人型になる。人型になると、体が脆くなるのが難点だ。しかも人間界が壊れない程度の攻撃しか放てないのがやっかいである。

 俺がガンガン攻撃していた時、聖龍を挟んで隣で、朝蝶もガンガン攻撃していた。
 その時だった。
 暴れた木の根が、聖龍に向かい、口を大きく開けて攻撃を放った。

 ヤバイ、聖龍は今、平常時モードだから力を制限しているし、人間の器も、聖龍に適合するのは中々無いから、壊れたら困る。後は、俺一応、聖龍を守る立場の人間だし、聖龍良い奴だし――と、考えながら、俺は≪邪魔獣モンスター≫と聖龍の間に入った。

 聖龍が後ろに飛び退いたのが分かる。守るように、朝蝶もその隣に立った気配がする。
 冷静にそれを考えながら、俺は、木の根で貫かれた胴体の事も自覚していた。

 両肩、胸、腹部、太股、あと足首。

 貫かれて、後方に血肉が飛んだ。多分、俺の体を貫通して、木の根が向こうまで届いてるな、これ。

 締め上げられて、痛いなぁと思った。しかも結構、これ、強い。人間の体だからそう思うのかな。咳が出た。見れば、俺の口から、血が吐き出された。うわぁ、グロい。

 ソレとほぼ同時に、首が絞められた。

 息苦しさに、眼を細める。まずいな――この人間の体、もう持たない。
 それに、本体にも打撃きてる。さすがは≪世界樹≫の≪眷属≫だ。
 ケタケタと笑いながら、女の顔が言う。

「一緒に死にましょう」

 嫌だよ。って言いたかったけど、俺の首、締まってるから何にも言えない。
 そのまま木の根で引き寄せられて、女の唇に、無理矢理口を覆われた。
 湿った舌が入ってきて、凄く気持ち悪い。

 しかもなんか、本体の魔力、盗られてる。
 ――えええ、俺のファーストキス、≪邪魔獣モンスター≫となの?
 すごく嫌。

 誰かが後ろで何か叫んでるけど、意識が朦朧としてきて、何にも頭に入ってこない。
 無事な手に魔力を込めて、俺は念じた。だって、声でないから、呪文言えないし。

 ≪闇焔夜ファイアーナイト≫――うん、これも一撃必殺だ。ただ、ネームセンス、全般的にだけど、可笑しいよね。

 昔から決まってるらしいんだけど、俺世界で二番目に長生きなのに、誰が決めたのか知らない。ただ、聖龍じゃないって言うのは聞いた。きっと遺跡を作った神々だろう。けどさぁ、たまに呪文を唱えてると笑っちゃうんだよね。ヤバイ今も笑っちゃった。

 無事に木の根が倒れたので、着地した。足が痛くて、俺は倒れた。
 嗚呼、やっぱりこの体もう駄目だ。
 人型の体を捨て、俺は本体になり、なった瞬間には神界に戻っていた。

 しかし本体も傷ついていたし、正直、形を維持できる余裕が無かったので、もう器はないが、無理矢理人型になった。人型の方が、燃費が良いんだ。

「って、此処何処?」

 見覚えのない風景。しかも真っ昼間。うわぁ日光がきつい。

 俺は近くの洞窟へと進んだ。本体に一度なったから、怪我は消えたけど、ダメージが消えてくれない。すごい眠い。これもう寝るしかないな。

 俺は、奥まで進み、石で出来た地面に横たわった。
 寝よう。

 それから、どのくらい寝ていたんだろう。

 足音がしたから、俺は息を飲んで硬直した。
 目を開けようとした瞬間には、しかし誰かが、俺を見つけていた。

「時夜見……」

 ポツリと響いた声。
 だけど眠いから、あんまりその声の主が誰だか分からない。
 まぁ気配的に多分、朝蝶だ。

 朝蝶は、基本的に、鬼ごっこをしていない時や、俺を強姦魔に仕立て上げようとしている時、そして会議を除けば、戦場を含めて、俺を殺そうとしている。

 ヤだなぁ、俺、殺されちゃう。消滅するよ、今、朝蝶の攻撃力で傷つけられたら。
 怖いので目をきつく伏せて、そのまま横になっていると、朝蝶が立ち去った。
 良かった。きっと、見逃してくれたんだ。

 そう思った俺は、また寝た。

 翌日――だと思う。体感的に。朝蝶がまた来た。

 しかも今度は、何故か息を飲み、洞窟の最深部に布団を出現させた。引っ張るようにしてそこに運ばれたので、確実に布団だ。

「何で昨日思いつかなかったのかな、僕……はぁ」

 朝蝶が、なんだか哀しそうな声で言った。俺は、殺されるのか、今度こそ、と、ガクガクブルブル震えそうだったが、震えたら起きてるのがばれちゃうから、体を務めて動かさないようにする。

 だけど布団の上に運んでくれたのは良いんだけど、何で俺の体を壁に立てかけるんだよ。
 これじゃあ座布団の効果しかない!

「ん」

 その時いきなり口を塞がれた。

 何か柔らかい、と思っていたら、俺が少しだけ開けた口の中に、何かを朝蝶が押し込んだ。所謂、口移しという奴だろう。

 HPを回復する≪深紅球≫らしきものが、口に入ってきた。

 じわじわとHPが回復するのが分かる。良い奴だ。ついでに、MPも回復してくれないかなぁ。俺のそんな願いが通じたのか、再び口を塞がれ、別の球を押し込まれた。MPを回復する≪蒼海球≫だった。また少し、今度はMPが回復した。

 有難う、朝蝶!

 そう言いたいけど、言ったら起きてるってばれるし、ばれたらきっと殺されちゃう。

「っ」

 続いて再び、口づけられた。
 今度は何だろう。そう考えていると、舌を舌で絡め取られた。え?
 深々と貪られ、俺は苦しくなった。

「くっ」

 大きく息をしようとするが、まだ朝蝶は俺にキス――あ、これキスじゃん! キスしてる! ビックリして目を開きそうになったが、我慢する。

 やっぱり≪邪魔獣モンスター≫とのは、ノーカウントで、朝蝶がファーストって事にしよう。うん。その方が、精神衛生上良い。

 漸く唇が離れた。静かに酸素を吸う。酸素って言うか、まぁ、酸素と呼んでいる神界の空気だ。恐らく人間界で言う酸素とは違うと思う。

「……時夜見、目をさまして下さいね。絶対に。死なないで」

 そう言うと、朝蝶は帰っていった。

 もしかして、俺を助けに来てくれたんだろうか? 俺、今多分、どこかに動かされたら死んじゃうし。洞窟から移動できない。外明るいから。転移したら、多分その時の魔力圧で死ぬ。魔法薬も出せない。空間魔法なんて使う体力がない。

 朝蝶、魔法薬もってないのかな? まぁ贅沢は言えない。そうだ、それに俺、思い出したぞ。人間界に降りるから、力をセーブする指輪つけてたんだ。どおりで、回復が遅いわけだ。結構眠ったのに。多分二百年は寝てるなこれ。

 右手につけていた指輪を三つほど外し、布団の下に置いた。すると一気に回復速度が上がった。けどまだ眠い。よし、寝よう。これなら、きっとすぐに、起きられるはずだ。

 翌日も、朝蝶はやってきた。

「っ」

 また俺に、口移しで、球を二つくれた。

「ん」

 それからなんでなのか、キスをする。本当、何で?

 今日は何も言わなかったが、俺の頬に片手で触れていた。何かついてたのかなぁ、洞窟に長いこと横になってたし。

 その翌日も、朝蝶が来た。

 そろそろ俺も、なんだか申し訳ない気分になってきた。起きて、お礼を言わないと!
 二度球を移されたところで、意を決して俺は目を開けた。
 だってさ、回復はしないとね。俺、今体調悪いから。

 が――! 俺の唇は、再び朝蝶に覆われた。目を伏せた朝蝶が、俺にキスしてる。目を伏せている朝蝶は、本当に綺麗だ。あ、綺麗なのか。あの時綺麗だって言ってあげれば良かったな。長い睫が揺れている。色が白い。

 何で日焼けしないんだろう、あんなにお日様に当たってるのに。俺の場合は、日焼けすると真っ赤になって皮が剥けちゃうから、日焼け止めの魔法を常に使っている。

「!」

 その時唇を離し、朝蝶がうっすらと目を開けた。そして目を開いて、硬直した。

「……」

 かける言葉が見つからないので暫く見ていると、ふいっと顔を背けられた。

「……起きたんですね。みんな、心配してます」

 嘘だぁって俺は思う。だって誰も探しに来なかったよ? 多分、死んだか、生きてるならその内帰ってくるだろう的に思われているはず。俺が怪我すると、いっつもそうだし。
いやそれより、早くお礼言わなきゃ。

「おい、口――」うつしで、球、有難うって言おうとしたんだ。
「別に。介抱したんだから、良いでしょう? 報酬くらい貰っても」

 だが俺の言葉を遮って朝蝶が言う。報酬……お金払えって事かな。嫌そうじゃなくて、口移しのお礼言いたいんだけど。報酬はとりあえず、今魔法とか使う余裕無いから、取り出せないから、待って。けどなんか、暗闇だけど、若干顔が朱く見える。怒ってるのかな。

「……悪いな」

 謝った。俺、謝った。

「っ、こんな所で勝手に死なれては、殺し甲斐がないですから」

 そう言うと、朝蝶が、片手に武器を出現させた。
 嗚呼、これ、俺、死ぬわ。
 なんだか、そう考えたら、眠くなってきた。寝ちゃおう。その間に、終わってると良いな。俺の殺戮。

「と、時夜見!」

 寝る直前に焦ったような蝶々の声を聴いた気がしたが、俺はそのまま眠りに落ちた。

 目が醒めると、俺は医療塔にいた。

「良く戻ってきたね」

 傍らの椅子には、愛犬天使が座っていた。

「……俺は、どうやって此処に?」
「え? こっちが聞きたいよ。<鎮魂歌>の前に倒れてたんだよ。覚えてないの?」

 ああ、多分、転移に堪えられるくらいは回復していたから、朝蝶が運んでくれたんだな。
良い奴だ、本当。

 報酬どうしようかなぁ。

 とりあえず、何時何があるか分からないし、退職願とか、用意しとこう。渡せなくても、体から拾ってもらえそうだし。

 その後暫く療養し、俺は復帰した。部下は誰一人として見舞いに来なかったし、戻ってからも冷たい顔をされた。ポツリと、強姦魔なんて死ねば良かったのに、と誰かが言ったのが聞こえてきたので、俺は聞かなかったことにした。


「って、結果になったぞ」

 俺が子細を話すと、破壊神が笑った。今日も例の異世界に、飲みに来ている。

「へぇ……なんか、複雑」
「だろ?」

 なんか酒が入ってるのもあるけど、コイツ話しやすい。

「そんな奴の何処が良いの? 顔?」

 破壊神が、そう言って眉を顰めてから、グイッとジョッキを傾けた。

「……別に」
「じゃあ体? ヤったんだろ?」
「……」

 それはそうなんだ、ヤったよ、けど、けど、俺、もう二度とヤりたくない。

「良いよなぁ、俺なんてまだだし。うわぁ、ヤりたいけど、怖い」
「ああ、怖いな」
「え? なんで? お前もうヤったんだろ?」
「もう絶対ヤりたくない」

 俺もジョッキを煽った。俺の言葉に、破壊神がビクッとした。

「う……どうしよう。終わった後に、そんな事思われたら」
「俺は――ヤりたい気持ちの方が分からない」

 きっぱりというと、破壊神が哀しそうな顔をした。

「俺の相手もそう思ってたら嫌だな」
「何、お前、つっこまれる方なの?」
「うん」

 ええええええ! 俺は衝撃を受けて、固まった。見えない、まじで見えない。コイツ俺より筋肉あるし、俺と同じくらい身長あるぞ。確かに俺もコイツも細マッチョ系だけどさ。
世の中、分からないな……。

「まぁ……普通は、ヤりたいんじゃないか。思い合ってる同士なら。ほら、俺とその……朝蝶って言うんだけど、そいつはな、思い合ってないからさ」
「確かに話聞いてると強姦魔とか酷いけどさ――なんだかんだで、探しに来て助けてくれたんだろ?」
「二百年後だけどな」
「寝てるところキスなんて、可愛いじゃん」
「……」

 分からない。そうなのかな?

「つぅかお前も酷いだろ。ヤったのにさぁ、好きじゃないとか」
「だって……上にのってきたんだ」
「拒めよ!」

 拒む間が無かったんだよ。っていうか、拒んだけど理解してもらえなかった。しかも俺、完全に発作だと思ってたし。

「でも別に、ヤるの嫌じゃなかったんだろ?」
「いやだから、嫌だって」
「そうじゃなくて、生理的嫌悪とか、無かったんだろ?」
「……まぁ」

 神様には、性別はあんまり関係ない。それこそ、女性型が良ければ女性型の人間の器に入ればいいし。人間みたいに、同性愛嫌悪は無い。

 それに朝蝶は、多分可愛い。性格も、容姿も。いや、性格は可愛くないのかなぁ。んー、でも、なんとなく、動物好きそうな所とか、可愛い、に入るよね?

「体から始まる恋もあるって」
「そういうものか……」なぁ?

 うーん。え、本当にそう言うものなのかなぁ?

 俺長生きしてるけどさ、童貞だったし、全然分からない。まだ人(神)生で二回しか、性的なこともしてないし、射精したこともない。

「話聞いてると、絶対向こうはお前に気があると思うよ」
「そうか?」

 どこら辺が? 嫌われてるのは分かるんだけど、好意を感じたこと無いよ。

「うん。それにさ、朝蝶さんだっけ? その人に、好きだって言われたら、嬉しくないか?」
「……そうだな」

 まぁ険悪な仲よりは、好かれてる方が良いよね。

「こう言う時はさ、やっぱり男から行くべきだよ!」
「両方男だけど」
「いや、その、上! タチ! 入れる方! つっこむ方!」
「……ああ」

 この前は、俺が下にいたけど。上に朝蝶が乗ってきたんだ。それにタチって何? 俺、初めて聞いたんだけど。多分羅列されたのと同じカテゴリだよね。

「兎に角、告白しちゃえって。好きだぁ! ってさぁ」

 別に俺、朝蝶のこと好きじゃないんだけど。
 いや、好きなのかな?

 最近確かに、会いたいのに会えない。何でなのか、今度は朝蝶が俺を避けてる気がする。こっち見てるから、目を合わせないようにしてると、さっとどこかに行くんだ。鬼ごっこが始まらないから有難いんだけど、出来ればさっさと会って、報酬を渡したい。

 ――あ。

 これって、前に破壊神が言ってた、好きの条件、全部満たしてる。会いたいって言う俺が一個だけ満たしてなかった条件が満ちちゃったよ。

「俺は、朝蝶のことが好きなのか」
「そうだよ!」
「そうか」

 そうだったんだ……! これ、好きなんだ、この感情。感情って言うか、行動?

「俺は、どうしたら良い?」
「だから告白」
「なんて?」
「好きだ、って」
「いつどうやって?」
「自分で考えろよ!」

 破壊神が声を上げてから、麦酒を飲み干した。
 ジョッキが、机の上にガンと音を立てて置かれた。

「兎に角、応援してるから。後で結果、聞かせてくれ」

 こうして、俺はいまいちよく分からないままだったが、どうやら朝蝶のことが好きらしいので、告白することになった。

 やっぱり、鬼ごっこしなくて良い<鎮魂歌>の内部だろうな、場所は。
 そう考えながら、五神会議の日、俺は朝蝶の姿を探した。
 丁度聖龍と話していた。

 俺が寝ている間に、和解したらしい。
 満面の笑み、柔和な笑みで、朝蝶は聖龍を見上げている。
 聖龍も、穏やかに笑っていた。

 ――朝蝶のあんな顔、初めて見た。

 少なくとも俺には向いたことがない。普通の笑顔すら、無いし。なんかこう、ちょっと怖い感じの笑みはたまに俺に向くけど、それですら貴重だ。

 何を話してるんだろう。割って入ったら悪いような話題だったらまずいので、俺は風の魔法で会話を拾うことにした。

「僕、本当に聖龍様を、**愛しています」

 **の所は、風の魔法がぶれて聞こえなかったが、愛しているのは分かった。
 愛しているんだ。

「聖龍様のこと、***して、今では、大好きです」

 大好きなんだ。

「ああ、私も朝蝶の事が好きだ。現在の関係になれて、嬉しい」

 聖龍が笑顔で言った。そう言えば、最近、聖龍も俺に笑顔向けないな。
 そんな事を考えていると、チラリと聖龍が俺を一瞥した。

「好きだぞ、朝蝶」
「嬉しいです」

 ふぅん、両思いかぁ。あれ、でも、暦猫との関係は、どうなったんだろう。別れたのかな?

 ただ何となく、合点がいった。

 聖龍と俺は、背格好が似ている。髪と目の色は違うが、そう言えば、昔は聖龍の人の器も、今の俺みたいな色だった。

 俺は、聖龍の代わりだったのかな。だけど、敵だから、嫌いなんだろう。

 嫌いなのに、俺に抱かれた理由は、多分策略だけじゃないんだ。だから、俺にキスしたんだろうな。きっと聖龍と重ねていたんだ。じゃなきゃ、朝蝶が俺に抱かれるとか、キスするとか、理由無いし。

 それで、晴れて両思いになったんだな。
 じゃあ、俺が告白とか、しない方が良いよね。

 これが失恋て奴なのかな。あんまり哀しくないんだけど、失恋は哀しいって愛犬に聞いた気がする。強いて言うなら、ちょっと寂しいかな。何がって、俺には笑ってくれないこと。まぁ俺のこと嫌いだろうから、しょうがないよね。

 もう良いや、なんか疲れた。
 そんなこんなで会議を終えた。

 会議は二日間だから、明日もある。
 ということで、翌日を俺は迎えた。

 会議が終わったら、さっさと帰ろう――嫌、待てよ。報酬渡さないと。思いだした俺は、ああ、と思って、帰り際に回廊で、朝蝶を引き留めた。

「おい」
「っ、な、なんですか?」
「前に言ってた、報酬の件だ」
「!」

 俺の言葉に、朝蝶が目を瞠った。

「何が良い?」

 っていうか、金だろうけど、いくらかなぁ。

「――あれ以外に改めてくれるのであれば、ついてきて下さい」

 そう言って、朝蝶が歩き始めた。あれ以外? それに、え、何、何処に行くの?
 困惑しつつも、俺は後に続いた。
 人気のない部屋に入り、朝蝶がこちらを向いた。

「僕は、貴方が欲しい」
「……」

 思わず黙り込んでしまった。え、俺? 何、噂で聞いたことある、体で払え系? だけど内容知らないんだよね。肉体労働とか?

「時夜見鶏。貴方から僕にキスして、抱いて下さい」

 え? 聖龍と良い感じ何じゃないの? ……もしかして、破壊神みたいに、まだ、とか? 俺で練習的な? 困ったなぁ。ヤだ。嫌だけど、練習か分からないし。どういう事だろう。此処は、聞かないと!

「……どういうつもりだ?」
「忘れられないんです、貴方のことが」

 俺の何が? 俺、何かこう、忘れられないような事したのかなぁ。

 だとしても、抱くって、何でそれに繋がるんだろう。んー、訳が分からないよ! ただ一つだけ分かることがある。

「……無理だ」
「っ」

 俺、聖龍に悪いし、俺自身も嫌だし、出来ないよ。
 朝蝶が苦しそうな顔して唇噛んでるけど、無理だし。

「俺は、」
「僕の事なんて好きじゃない?」
「いや、好きだ」

 あ、やばい、破壊神に言われたから、好きだって言っちゃったよ。

「っ、あ、え? ほ、本当に?」
「……」

 嘘ー。三角関係とか、痴情のもつれとか、俺嫌だよ?

 朝蝶が真っ赤な顔になった。え、怒ってるのかな。どうしよう。俺に言われて、気持ち悪かったのかな。悪いことしちゃった。

「だったら……抱いてよ。ねぇ、お願い」

 朝蝶の目が、潤んできた。ええええ。なんで?

 泣くほど気持ち悪かったのかな。まぁ嫌いな人から告白されたら嫌だろうけど、何で抱いてに繋がるの……しかも俺、お願いされてるし。

「報酬、くれるんでしょう?」

 それはそうなんだけどさぁ……なんか、違う。俺の予想と違う。俺泣きそう。
 ポカンとして突っ立っている俺に、朝蝶が歩み寄ってきた。
 上の服の前をはだけられ、胸に朝蝶の綺麗な手が触れた。

「ねぇ、時夜見」
「……なんだ?」
「口でシて」

 何を!? 俺は思わず唾液を嚥下した。大きな音が出ちゃった気がする。

 シてって言う時は、大抵中に入れろって事な気がする。二回しかヤってないから、大抵も何もないけど。と言うことは、後ろを舐めろと? えええ。

「……何処をだ?」

 戦々恐々としながら、確認することにした。

「僕の……あそこを」

 マジで、何処!? 本気で、涙でそう、俺。あそこじゃ分からないよ!

「アソコ? 何処だ?」

 本心が出ちゃったよ。

「だから、此処……」

 そう言って、朝蝶が、下衣をおろした。綺麗な色の陰茎を指さしている。
 え、嘘、俺に前を舐めろって?
 静かに、側の椅子に、朝蝶が座る。

 顔を見ると、なんだか朱い。早くしろって、怒ってるのかな。

 まぁ前に俺も、起たせて貰った時、舐めて貰ったし……しかたがないよな、報酬だし。
とりあえず俺は、朝蝶の額にキスしてから、しゃがんだ。

「うっ」

 意を決して俺が口に含むと、朝蝶が目を伏せ体を震わせた。

「ああっ、時夜見ッ」

 名前を呼ばれた。なんだか、朝蝶に名前を呼ばれると、不思議な感じがする。
 なんだろうこの感じ。
 もっと聞きたいような気もするし、泣き声だから、可哀想で聞きたくない気もする。

「あ、ああっ、フっ、ア……や、ゃ……気持ちいい……っ」

 朝蝶はそう言うと、俺の髪を手でつかんだ。禿げたらどうしよう。

 けど気持ちいいんなら良かった。ただ、俺の口の中で、大きくなって固くなってくるのは、良くない。しかも先端から、何か出てきた。苦いよッ。

「あ、ふぁッ、ああっ、時夜見……んぅ――」

 また蝶々が泣き出した。涙もろいのかな?

「ひァ、あ、ああッ」

 喉を引きつるようにして、朝蝶が喘ぐ。なんか、この声を聴いていると、若干、変な感じがする。体がもやもやとする。

「ねぇ……うっ、あ」
「……なんだ?」
「飲んでね」

 えええ。嘘、嘘でしょ? 嘘だよね!? 俺、飲むの!?
 前に朝蝶にされたように、口を上下させ、舌を動かしながら、俺は考えた。
 絶対不味い、間違いない! 美味しいとは思えない!

「あう、あ、出、出る」

 待って待って待って、まだ心の準備が――!!

「んァあ――!」

 しかし、ビクンと体を揺らして、朝蝶が俺の口に出した。出した。出した!
 口の中に広がった苦いような、何か、おかしな味の液体。
 意を決して飲み込むと、やっぱり不味かった。

「ごめんなさい」
「……」

 本当だよ!

「嫌だったよね」

 当たり前だろ!

「……まぁな」
「けど、まだ垂れてるから、舐めとってくれるよね?」
「……ああ」

 ムカっとしながら俺は答えた。そして再度口に含んだ、その時だった。
 扉が勢いよく開き、入ってきた聖龍が固まった。

「何をしている……?」

 冷ややかな聖龍の怒気を含んだ声に、俺も固まる。
 静かに見れば、眉間に皺が寄っていた。アレ、これって噂の修羅場? 嘘、嘘だろ?

「嫌、嫌だ、ッ、止め」
「……」

 ちょっと、朝蝶、何言ってんの? え? やれって、お前が言ったんじゃん!

「時夜見、貴様……!」

 聖龍が、怒ってるよ!

「何を考えているんだ」
「ああっ、もう……嫌だッ」

 朝蝶を涙目で、聖龍が見た。

 ああ――本当は、俺にされるのは嫌なんだな。聖龍を見て、我に返ったんだろう。聖龍が好きだって、思い出したんだろう。俺のことは、嫌なんだろう。

「……そうか」

 口を離してポツリと俺は言った。何でなのか分からないけど、そこまで嫌われてるのかと思うと、苦しくなった。

「っ」

 朝蝶が、息を飲んで俺を見た。俺は、自分自身へ嘲笑を向けた。本当、俺、最低。

 破壊神が言ったとおり、拒むべきだったんだ。朝蝶の気持ちも聖龍の気持ちも、汲むんなら、そうするべきだった。

 聖龍が、いつも腰に帯刀している剣を抜いた。
 何か、もう俺、どうでもいいや。

「聖龍様、違うんです、これは――」
「庇う必要はない」

 聖龍は、朝蝶に向かって首を振った後、改めて俺を見た。剣が突きつけられた。

「以後二度と朝蝶には近づくな」

 淡々と聖龍が言った。威圧感が場を支配し、冷気が押し寄せてくる。

「僕が悪かったんです……っ」

 朝蝶が俺と聖龍を交互に見た。涙目だ。
 俺に出来ることは――二人の幸せを願うことくらいだ。

「俺が無理矢理したんだ。別に、いいだろ? 俺の行動を指図する権利なんて、誰にもない。勿論お前にもだ、聖龍」

 頑張って俺は、意地悪く笑ってみせた。

「「!」」

 二人が揃って、俺を見て、呆然としたような顔をした。

「なんだ? 何か言いたいことでもあるのか?」

 俺が続けると、漸く聖龍が険しい顔に戻った。

「貴様がした行いは、到底許される事では無い」

 まぁ、嫌がってたのが朝蝶の本心だろうし、それはそうだろうな。

「別に。許される必要なんか無い――それとも、俺を追い出しでもする気か? 俺がいなくなったら、お前、困るだろ?」

 いや多分そんなに困らないだろうなと思いながらも言ってみた。
 俺、あんまり、人を煽る言葉とか悪口とか、思いつかないんだよなぁ。

「思い上がるな。貴様一人いなくとも、此処は困らない」

 しかしこれでもかと言うほど、聖龍の目がつり上がった。一応、通じたみたいだ、俺の精一杯のイヤミ。

「出て行け、二度と俺の前にも顔を見せるな。<鎮魂歌>へ近づくな。入ることも許さない」
「……」

 ちょっと困るなぁって正直思った。

 だってさ、<鎮魂歌>は、人間界で言う役所を兼ねてるから、転居届とか、全部此処に出すんだ。それ以外の手段だと、一年くらい待たされる。

 だけど、二人の仲を応援するとしたら、俺はいない方が良い。
 暫く俺達三人の間には、沈黙が横たわった。それから。

「……分かった」

 俺はそれでも、頑張って失笑する風を装った。

「……これをやる」

 まさか此処で使うと思わなかったが、俺はいつか用意した退職願を呼びだした。

「なッ……本気か?」

 自分で出て行けって言ったくせに、受け取った聖龍が驚いた顔をする。

「……ああ」

 すると聖龍が、朝蝶を一瞥した後、俺の前に一歩進んだ。

「言い過ぎた。考え直してくれ」

 え、なんで?
 よく分からなかったが、二人のことを考えると、考え直しちゃ駄目な気がする。

「……もう決めた。じゃあな。出て行く」
「待て、時夜見――」

 聖龍が何か言いかけていたが、俺は聞かないことにして、その場を去った。
 なんか、辛いなぁ。

 この<鎮魂歌>にも、随分と長くいたし。名残惜しいのかも知れない。



 こうして俺は、職を失った。
 森の中に立てた家で、日がな一日工作に励んだ。

 俺は、物作りが趣味だ。服を作ったり、アクセを作ったり、小物を作ったり、これはこれで、充実している。勿論、家も、こだわって建てた。特に、キッチンと工房にはこだわった。俺は料理作りも好きなんだ。

「……時夜見」

 そんなこんなで百年くらい過ぎた時、聖龍がやってきた。

「……なんだ?」

 何の用だろう。首を傾げながらも、庭で草むしりをしていた俺に、聖龍が歩み寄ってきた。

「単刀直入に言う。戻ってきて欲しい」
「……」

 俺は無言で、聖龍を見上げた。なんで?

「≪邪魔獣モンスター≫の討伐、神界も人間界もだ……お前の助力が無いのは厳しい。それに他の世界からの攻撃もある」

 聖龍の言葉に俺は首を捻った。

 他の世界からの攻撃は、今でも結界を張り直しつつ、何か来たら俺が対処している。
 だって、俺以外、異世界のこと知らないし。

 後は、人間界というのも変だ。最近俺、暇だから、人間界に出たのは、いち早く察知できるから、一人で倒してる。この百年、少なくとも神界の師団は、人間界には出向いてない。移動を関知する魔法も俺がはっているから分かる。流石に神界内での師団の動きは、そこまで詳しくないけど、神様一杯いるし、大丈夫だと思う。

「……今更?」

 今更、俺が役に立つとは思えないよ? 期待されても困るよ。あれだろう、過去って美化されるから、俺が強いように、きっと聖龍は錯覚してるんだよ。

「……何も返す言葉がない。お前がどれだけ、これまで討伐に尽力してくれていたのか、そして、会議で、どれだけ雑務処理に文官としての仕事に注力してくれていたのか、俺は知らなかったのかも知れない。それが当然だと思っていたんだ。浅はかだった。許して欲しい」

 聖龍が俺に対して頭を下げた。え、最高にこの世界で偉いのに、頭下げちゃったよ!
 駄目だろ!
 慌てて俺は立ち上がる。

「……別に」

 別に俺のこととか、どうでも良いから! 本当、気にしないで!

「戻ってきてくれ」
「……それは」

 ちょっとなぁ。また、何かあって、聖龍と朝蝶の仲を邪魔しても悪いし。あ、そうだ。

「――討伐は、引き受ける。俺一人で十分だ」
「っ」
「それで良いだろう?」

 文官の仕事とかは、俺、心当たり無いから知らない。
 それって暦猫とかの仕事だし。

「フリーでやると言うことか?」

 俺は頷いた。まぁ、そう言うことだろう。

「ならば、師団長をしていた時のように、三師団分と、指揮をしない四師団分の成果を上げろ。この条件が飲めるか?」

 多分、無理だって俺が言うのを、聖龍は期待してるんだろう。
 俺を見る目が、何か、細くなった。

「更に言うならば、百師団分、働け。それに是というならば、認めよう」

 え、百師団? ちょ、きついよ!

 でも……無理って言ったら、戻れって言われそうだし……無理とか、言いづらいんだよね、俺、小心者だからさ。

「……分かった。百師団だな」

 本当は嫌だったけど、俺は頷いた。

「……そうか。それ程までに戻りたくないのか。勝手にしろ」

 聖龍が、若干不機嫌そうになった。
 が、そのまま帰って行った。

「……」

 うーん。百師団分……ちょっと、きついな。

 けど、約束しちゃったから、俺、頑張って働いた。
 もうかれこれ二百年くらい。

 給料は、その後毎月、昔みたいに払われるようになったみたいだ。口座確認するの面倒だから額は見てないけど、多分百師団分の給料が入ってるんだろう。普通一師団三百人(神)前後だから、ええと、いくらだろ。計算するの面倒だから、いいや。

 その日も俺は、≪邪魔獣モンスター≫の討伐を終え、家へと戻った。
 まだ夕暮れだから、本当は眠いんだ。
 だけど、庭の花に、水あげなくちゃ。

 そう思って庭園に行くと――……朝蝶!? え、なんでいるの?

「……時夜見鶏」
「……」

 俺は呆然と朝蝶を見た。

「何故、<鎮魂歌>に戻らないんですか?」

 そりゃあ、邪魔しないようにだけど。本人には、言いづらいなぁ。

「僕のせいですか?」

 本当、何て言えばいいのかな。気まずいなぁ。

「僕がいるから?」

 そうと言えばそうだけどさ、なんか、本人に言ったら、傷つけちゃうよね。

「……別に」

 俺は顔を背けた。もう、何言って良いのか分からないし。

「家に入れて下さい。貴方と話しがしたい」

 えー……俺、泣きそうだよ。話すこととか無いじゃん。昔だって、話さなかったじゃん、基本的に。だけど断る言葉が思いつかない。まぁ、お茶出すくらい、良いかなぁ。

「……ああ」

 俺は頷いてしまった。
 何飲むかなぁ、朝蝶。
 玄関のすぐ側にあるリビングに通し、俺は思案した。

 とりあえずフレーバーティを魔法で出現させる。カップが二つ、現れた。
 これだけじゃ寂しいので、茶菓子にクッキーも出す。

「気を遣わないで下さい」

 朝蝶が苦笑した。って言われてもさぁ、普通気を遣うよね、家に人が来たら。まぁこのくらい、別に苦にならないし。

「……別に」

 すると朝蝶が沈黙した。俺も黙っている。何この気まずい空間。

「――どうして、あんな事を言ったんですか?」

 漸く朝蝶が口を開いたが、俺には、あんな事ってどれか分からない。どうしよう。

「……何がだ?」
「っ、何で貴方はいつも、そうなんですか」

 泣くように朝蝶が言うが、俺、分からないんだもん。本当、困ったなぁ。

「全部嘘だって言えば良かったでしょう、僕の言葉なんて」
「……」
「貴方は何も……悪くないのに」

 何で、朝蝶泣き始めたの? えええ? 俺、どうすればいいの?

「……泣かないでくれ」

 心から祈りつつそう告げた。

「けど……ッ」
「……朝蝶。大丈夫だから、俺は」

 よく分からないけど、俺の心配をしてくれているような気がする。悪くないとか、その前の戻る戻らないとか。でも俺、今の生活それなりに充実してるし。逆に、戻れって言われても、多分無理。だってさ、朝は寝てて良いし、夜仕事すれば良いし。

 俺的には今、結構最高だよ? 長々と目を伏せながら、次の言葉を探した。
 それから、静かに目を開けた。

「貴方に会えないのが辛い」
「……」

 今、会ってるし。別にまた会いに来れば? 俺基本此処にいるし。って、何で俺に会う必要が? どうして辛いんだろ。意味が分からない。困惑を鎮めようと思って、一気に俺はカップの中身を飲んだ。

「!」

 そして狼狽えて、目を見開いた。味が、違う……もしかして、劣化してたとか? まさか。時空間魔法かけて収納してたのに。ありえないよ。なんかでも、入ってる気がする。

 何が?
 え?

 怪訝に思った、その時だった。

「ッ」

 いきなり、全身を熱が襲った。なんだ……これ。
 苦しい。思わず息をつくと「ハ」
 熱い吐息が漏れた。グラグラと視界が揺れる。何だろう、本当これ。

 熱い、兎に角熱い。体が、自分のものじゃなくなったみたいだ。

「うッ」

 俺はその時、この熱に、覚えがあることを悟った。
 陰茎が、反応している。これは、朝蝶の中に出した時と、同じだ。え、なんで?

「あッ」

 やばい。俺――そう思った時には、気づけば朝蝶を押し倒していた。

「……どうしたんですか、いきなり」

 朝蝶が、静かに笑いながら、俺を見上げた。

「っ、逃げてくれ」
「え?」
「俺は、おかしいみたいだ」
「……」

 俺の言葉に、朝蝶が目を瞠った。それから、クスリと笑う。嫌、本当、笑い事じゃない。俺、このままじゃ……多分、朝蝶に酷いことしちゃう。

「アメジストのビヤクです」
「……?」

 ビヤク? また、ビヤク? しかも、今度は、飲んだの俺?

「使用者の中で出すまで、収まらない」

 は?
 驚愕で、俺は目を見開いた。
 だが無我夢中で、統制のきかない体が、朝蝶の服を剥いた。

「朝蝶……逃げてくれ」

 本当、お願いします! と思ったのを最後に、俺の意識が一瞬飛んだ。
 次に我に返った時俺は、朝蝶の悲鳴を聞いていた。

「ひ、ぁ、嫌だ、うあッ」

 服が乱れ、下半身が露出している朝蝶。俺は、その中に、自身をつっこんでいた。

「悪い」

 謝らなければと思ったが、そう言った後、俺はまた、意識が朦朧としてきた。
 内部の熱が絡みついてくる。
 腰が動くのを、俺は止められない。

「やぁ、あ、う……んぅ、はぁ」

 朝蝶の息づかいにすら、俺の体は反応し、男根が硬度を増す。
 もう自分では、どうしようもない。
 朝蝶の細い腰を両手で掴み、ソファに押し倒し、俺は――激しく打ち付けた。

「ンあ――っ、時夜見、あ、激しっ、んァ」
「……ごめん」
「ふぁ、あ、ああっ、や、ヤ、んぁあああっ」

 朝蝶が泣いている。涙がぽろぽろこぼれている。だけど、俺は体を止められない。

 出したい、イきたい。初めてそんな事を考えた。
 そして、他のことが何も考えられなくなっていく。

「ごめん、ごめんな」

 謝ることしかできない自分が、忌々しい。

「あ、ああっ、僕、もう」

 その言葉に、朝蝶の前を擦ると、朝蝶が果てた。
 それでも俺の体は止まらない。

「ひ、うあ、ま、待って、まだ、無理、う、動かないで……っ、ン」
「ごめん」

 せめて気持ちよくなって欲しいと思って、朝蝶が前に気持ちよさそうだった場所を何とか突こうとする。

「やァ――そ、そこは、そんなッ、ひっ、ああっ」

 目を見開いた朝蝶の睫を涙が揺らしていく。その眼差しにも、上気した頬にも、桜色の唇にも、俺は何故なのか、どうしようもなく惹きつけられた。頭がぼーっとする。駄目だ、こんなの、駄目だ。

「ンあ――ふ、ぁ、あ、ああっ、や、やンア――!!」

 朝蝶がまた、前でイった。びちょびちょと、俺の腹に精液がかかる。

「時夜見、無理、あ、それ以上されたら――やァ――……ッ!」
「……朝蝶、ゴメン」

 多分、俺も泣いていた。だって、頬が濡れてる。

 辛くなって、朝蝶を見ていたくなくて、だって可哀想だし、俺は唇を噛みしめた。
 ガンガンと腰を打ち付け、俺は、三度目に朝蝶が果てた時、同時に中に放った。

 どうしようもない程、気持ち良かった。こんな感覚、知らなかった。
 ぼんやりする頭で、早く解放してあげなければと思い、体を引く。

 するとダラダラと、朝蝶の中から、白濁とした液がこぼれてきた。
 俺の出したものだ。

 呆然としたように、ぐったりとした朝蝶が虚ろな目をしている。

「ごめん……っ」

 俺は罪悪感と悔恨に苦しみながら、魔法で、俺達の体を綺麗にした。

「ごめんな」
「……」

 何も言わずに朝蝶が俺を見上げた。
 まだ瞳が涙で濡れている。

 ――酷いことをしてしまった。

「なんで?」
「……何が?」
「なんで時夜見が、謝るの?」
「?」

 酷いことをしたのだから、当然だろうと思った。
 首を傾げていると、朝蝶が苦笑した。

「ビヤクを盛ったの、僕なのに」
「……」

 確かにそうなのかもしれないけど、未だに良くビヤクって何か分からないけど……けど、それでも、俺が酷いことをしてしまったのは分かる。だって、朝蝶は、聖龍のことが好きなのに。

「ねぇ、時夜見」
「……なんだ」
「気持ち良かった?」

 うっすらと朝蝶は笑っていたが、俺はその事実に愕然とした。

 相手を苦しめたのに、俺は、気持ちが良かったのだ。確かに快感を得ていた。否定できない。本当に、俺は最低だ。どうやって、詫びて、許して貰えば良いんだろう。

「また来て良い?」

 起き上がり、服を朝蝶が着ながら言った。

 俺は、酷いことをしたのだから、償わなきゃならない。
 だから、断る権利なんて無い。

「……ああ」

 俺は目を伏せた。涙が、こぼれそうになったから、きつく歯を食いしばって堪える。


 以後、俺は、来訪する度に、あの手この手で、朝蝶にビヤクを盛られた。
 ビヤク――調べた結果、媚薬だった。



 ――聖龍暦:14500年(一億四千二百四十九年後)

 もう――俺の体は、駄目なのかも知れない。

「ンあ――!!」

 今日も、何度目かに朝蝶が果てた時、俺は中に出した。

 最近では、毎日朝蝶と体を重ねないと、体が熱くて仕方が無くなる。気が狂いそうになるのだ。酷く熱くて――苦しくて。

 時折朝蝶が姿を見せない日は、熱をもてあまし、一人でしてしまうようになった。
 だが一人でいくら抜いても、朝蝶の中に出さないと収まらない。

 それが、媚薬の効果だった。

 発作が起きるようになったのは、俺だ。
 寝ても覚めても、朝蝶のことを考えている。

「……ねぇ、時夜見」
「……なんだ?」
「僕にさ、忠誠を誓ってよ。聖龍様じゃなく」

 俺は、聖龍を守るべき者だ。だから、聖龍には確かに忠誠を誓っているのかも知れないと、朦朧としたままの意識で考えた。最近では、意識が清明な時間の方が少ない。

「この指輪、なんだか知ってる?」

 朝蝶が、俺の前に、紺のベルベット張りの小箱に入った、二つの指輪を差し出した。

「服従の指輪だよ。従者が主人に送るんだ。奴隷じゃない証に、忠誠を誓った従僕が主人に贈るの。そうすると、主人の命令をなんでも聞かなきゃならない。けど自分で指輪を贈ったんだから、命令を聞くのは、無理矢理なんかじゃなくて、贈った人が望んでるんだ」
「……」

 そんなの、知らない。

「僕にはめてよ」
「……」
「僕らの、そうだな。婚約指輪」

 何を言ってるんだろう、朝蝶は。結婚制度なんて、人間界じゃあるまいし、神界にはない。

「僕に、指輪を贈って。服従してよ」
「……」

 霞む意識の中で、俺は、朝蝶がそれを望むのなら、はめても良いかなぁと思った。
 朝蝶がどうして俺に媚薬を盛り続けるのかは分からない。

 最初の頃は、快楽を抑制する魔法薬を作って、必死に発作を抑えていたのだが、それでも朝蝶に抱きつかれ、耳に息でも吹きかけられれば、俺はもう、駄目だ。

 理性を失い、朝蝶を犯してしまう。嫌がる朝蝶を、無理に抱いてしまうのだ。酷いことをしているのは分かるのに、止められない。

 いつも朝蝶は、泣いて嫌がるのに。なんて俺は、最低なんだろう。

「……ああ。分かった」

 だから俺は、朝蝶のために自分が出来ることは、しようと思う。
 指輪を一つ手に取り、俺は暫し見据えた。

「そっちは、先に君の指にはめて。ね、時夜見。左手の薬指に」

 薄く笑った朝蝶に対して、俺は頷いた。体が怠い。
 言われるがまま、俺は左手の薬指に、指輪をはめた。

「次は僕の手に。僕の左手の、薬指に」

 頷いて、続いて俺は、朝蝶に指輪をはめた。
 それをじっくりと眺めてから、朝蝶が満足したように頷いた。

「時夜見、言って。僕のことを世界で一番大好きで、愛してるって」
「俺は、朝蝶のことが世界で一番大好きで、愛している」

 何故なのか、勝手に俺の口が動いた。

 実際、そうなんだろうなぁとは思う。朝蝶のことが、もう、手放せない。朝蝶がいなくなったら、多分俺は気が狂う。愛とは、狂うほど相手のことを思うんだと、いつか愛犬から聞いたことがある。それに――息苦しくなるほど、朝蝶を見ていると辛くなるのだ。

 何故、嫌いな俺に抱かれるんだろう。
 どうして、朝蝶は俺のことが好きじゃないんだろう?

「うん、僕もだよ、時夜見」

 そう言って、朝蝶が俺の首に両腕を回し、抱きついてきた。

 気づけば俺も、朝蝶の体を支えるように、腕を回していた。華奢な朝蝶が壊れてしまわないように、気をつけながら。

「時夜見は、僕のものだね」
「……ああ」
「服従の指輪は、同意して、弱い立場の方からしか渡せないんだから」
「……そうか」

 答えた俺に向かい、何故なのか、泣きそうな顔で、朝蝶が笑った。

 だから俺は腕に力を込めた。できれば――朝蝶の哀しそうな顔なんて、見たくない。見たくなかった。

「ねぇ――もう一回シよ」
「……ああ」

 俺は、顔を寄せた朝蝶に、口づけた。


 朝になり、俺は、シーツの水面の中で目をさました。
 本当は、まだ寝ていたかった。

 けれど、朝蝶が俺に『朝になったら起こして』と言ったから、自然と目が醒めた。
 服従の指輪――まずいなぁ、これ。

 どうやら、朝蝶の言葉に、これをつけていると、俺は従ってしまうらしい。

 何とかして無効化しなければ、仮に、聖龍を殺せと言われた時、俺は実行してしまうだろう。それは良くない。うーん。困ったなぁ。暫し思案した末、俺は、逆の右手首に、腕輪をはめた。これも服従効果のある腕輪だ。

 牢獄に誰かを入れる時、自死しないように、俺はこれをはめていた。昔の話だけどね。だから、従う相手は、俺だ。二つの効果は拮抗し、そして、俺が作った腕輪が勝った。

 だが念のため、仮に攻撃してしまった時に備え、更に腕輪をはめる。HPとMPを制御し、攻撃力を弱める腕輪だ。

 それでも一撃くらいは、最上級の攻撃が放てるから、不測の事態には対応できるだろう。≪邪魔獣モンスター≫が出た時とか。多分一撃じゃ、聖龍は死なないし。

 それから俺は、朝蝶を起こした。

「朝蝶、朝だ」
「ん……おはようのキスは?」

 俺の体は、いつもの通りに、朝蝶に口づけした。

 もう、服従効果は切れているが、慣れとは怖いものだ。それに――効果が切れていることは、朝蝶には知られない方が良い。

「ねぇ、時夜見」
「……なんだ?」
「僕のこと好き?」
「ああ。世界で一番大好きで、愛している」

 何かと朝蝶は俺にこの言葉を言わせる。何がしたいのかな?

 よく分からないが、俺は告げた。ただ、告げる度に、朝蝶は苦しそうに笑うんだ。

「――そう、良かった。僕も好きだよ」

 嘘つきだなぁって思う。聖龍のことが好きなくせに。
 聖龍に言えないから、俺に言うのかな。

「ねぇ時夜見、今日はさ、<鎮魂歌>に行こう」
「……ああ」

 同意した。俺は同意した。だけどさ、本音を言えば、行きたくないよ! でも、服従効果が切れていないフリをするには、同意以外の選択肢はない。

 そうして俺達は、<鎮魂歌>へと向かった。

 通された応接間に、暫くしてから聖龍がやってきた。

「っ」

 そして、俺の指を見て、驚いた顔をした。

「それは……」
「時夜見は、僕に服従を誓ってくれたんです。聖龍、貴方ではなくて」
「なッ」
「ね、そうだよね、時夜見。僕に、キスして」
「……ああ」

 頷いたけどさぁ、俺。人前でキスとか嫌だなぁ。それに、なんで聖龍の前なの? あれかな、嫉妬心を煽ろうとしてるとか?

 よく分からないが、俺は、朝蝶の頬にキスをした。
 聖龍がそれを見て硬直しているのが分かる。眉間に皺が寄っている。

 だけど俺は意識がまだ、媚薬が抜けないから朦朧としていて、何も答える気力がない。気力があったところで、言葉が思いつくかは分からないけどさ。
気づくと、二人の話は終わっていたらしかった。

 俺は、朝蝶に手を引かれ、その場を後にした。

 そして、いつの間にか帰宅していた。

「時夜見、シて」
「……ああ」

 俺はもう、朝蝶の体から逃れられない。その言葉だけで、声だけで、服従の指輪なんかしていなくても、発作なんか起きなくても、体が熱くなってくるから。

 もう、快楽のことしか、頭にないのかもしれない。

「ん、ぁ、時夜見」

 今日も、朝蝶が俺の名前を呼ぶ。
 その声に苦しくなった。
 どうして、どうして? どうして、俺のことが嫌いなくせに。

 ああ、嫌いだからか。

 もう、訳が分からない。気づけば俺は、朝蝶を抱いていた。




 ――聖龍暦:19500年(一億九千二百四十九年後)


 もう、朝蝶を抱くようになって、どれくらい経ったんだろう。
 そんなある日のことだった。

「時夜見、ねぇ、僕さ」
「……なんだ」
「子供が欲しい」

 神々の間では、性別関係無しに、新しい神を産み出すことが出来る。
 だが、残念ながら、俺はどうやるのか知らない。

「時夜見の子供が欲しいんだ。駄目?」
「……別に」

 別に、いいや。
 何で俺の子供が欲しいのかはよく分からないけど、きっと朝蝶との子供なら可愛い。

 だけど……え、俺、鴉と鶏の愛の子みたいな本体だし、朝蝶は、蝶々が本体だ。え、え? 何、卵生? ??? 子供、出来るのかな。人間だったら、受精して生まれるんだろうけど、どうするの? どうやるの? 俺、知らないんだけど。

「そう。それと――媚薬の効果、消したくない?」

 消したいに決まってるじゃん。だって、そうじゃないと、俺朝蝶のこと襲っちゃうんだよ。嫌がってるのにさぁ。朝蝶はいつも、体を重ねると、嫌だ嫌だっていって泣くじゃん。見てたくないよ、そんなの。

「……ああ」

 頷くと、朝蝶が静かに笑った。

「じゃあ、いいよね」

 朝蝶がそう言って、俺の服を脱がせた。
 自分も脱いでから、朝蝶が正面から俺に抱きつき、またがった。

「うあッ」

 その時朝蝶に、耳の中へと舌を差し込まれ、俺は震えた。瞬間、何か呟かれ、俺は、人型なのに、体を本体の力が満たしたのを感じた。

「本体同士で交わらないと、子供は出来ないんだ」

 そう言って朝蝶もまた、本体を体に宿したようだった。気配が変わる。
 そのまま、俺の陰茎を内部に入れ、朝蝶が苦しそうに吐息した。

「ま、待て、おいッ」

 俺は驚いて、目を見開いた。

 瞬間、何かが、俺を絡め取った。俺の前から、尿道奥深くへと、何かが入ってきた。
乳首にも何かが刺さった。

 え。何これ? え、え、え? 呆気にとられる内に、俺の上で朝蝶が、動き始めた。

「朝蝶……――ッ」
「気持ちいい?」

 良くない! 良くないよ! 何これ。俺、泣きそう。怖い。

 なんだか、おかしな力が入り込んできた、陰茎と二つの乳首から、びりびりと力がなだれ込んでくる。唐突に、吸い出されるように媚薬の熱が消え、意識が鮮明になった。だが、これまでとは異なる、圧倒的な快感に、俺の体が支配された。苦しすぎて、辛い。

「僕の中に神の卵が産まれたよ。全部僕に任せて」

 自然と俺の腰が動き、朝蝶の最も感じる場所を刺激した時、朝蝶が言った。
 動きが止まらずそこを刺激していると、中にも、凄い力が溢れた。

「ン、あ」

 朝蝶が俺の耳元で喘ぐ。息が、くすぐったい。ゾクリとした。

「中で出して。お願い、時夜見」

 お願いされなくても、俺は出そうだった。打ち付け、中に精液を放った。だがそれは、これまでに知っている感覚とは異なり、全身から本体の力を吸い取られるようだった。
その時――視界が、チカチカと砂嵐に襲われた。

 赤と緑と灰色。
 そして間断なく、そこへ、鶏が蝶に絡めとられている光景が入り込んでくる。

 ――俺は、捕食されていた。

「っ」
「あ、ああっ、ンあ、時夜見ッ」
「ふ」

 俺も気づけば、声混じりの息を吐いていた。
 力と力が混ざり合う感覚。
 俺の本体を形作る表皮が破れ、朝蝶が、俺を吸っていた。

「や、止め――」

 本能的な恐怖を覚えた俺は、腰を退こうとした。だが、朝蝶はソレを許さないというように、深く腰を落とす。

「まだ足りないよ。もっともっと――強い子を」
「ン、お、おいっ」

 堪えきれずに、俺は腰を揺らした。

「ああっ、んあ、はぁ、や、時夜見……もっと」

 朝蝶を気づけば抱きしめていた俺は、激しく突き上げていた。

「ンァ――ひゃ、あ、ああっ」
「……朝蝶」
「は、あ、え?」

 とろんとした瞳で俺を見る朝蝶が切なくて、俺は抱きしめる腕に力を込めていた。

「大丈夫か?」
「ん……ふぁ、ア、ンあ――!!」

 朝蝶がのけぞった。
 その瞬間、俺は再び精を放った。何かが結合し、新しい力が生まれたのが分かる。

 周囲に、黒い鳥の羽が舞った。ああ、俺の羽根だ。
 同時に、青い鱗粉が舞う。これは、朝蝶のだ。

「ねぇ、時夜見」

 その時、俺の顔に両手を当て、朝蝶が静かに笑った。


「無理矢理、子供を作られる気分てどう? 別に好きじゃない僕に、孕まれる気分」


 朝蝶は、俺を嘲笑していた。
 目を見開き息を飲んだ俺の前で、朝蝶は再び喘いだ。

「生まれるよ。君の戦う力を、吸収してね。きっともう、君は戦えない。戦うの好きなのにね」
「っ」

 戦いなんてどうでも良かった。と言うか、別に俺、好きじゃないし。

 それよりも――俺のことが好きじゃないのは、お前だろって、言いたかった。
 だけど、言えない。

 俺は、多分もう、本当に朝蝶のことが好きだ。破壊神が言っていた、体の関係から始まる恋って言うのを、俺は体験しているんだと思う。

「ねぇ時夜見。感情も、栄養になるから。君の絶望を、卵に聞かせてあげて」

 別に俺は、絶望何てしていない。
 俺は、朝蝶のことが好きだ。だから。

 ――元気に生まれてきて欲しい。元気に育って欲しい。

 それだけで良い。
 それ以外は、どうでも良い。

「……元気に……」

 だけど、本体から力を吸われていた俺の声は掠れて、それしか言えなかった。

「んあ!!」

 一際大きく朝蝶が声を上げた瞬間、上気し朱くなった朝蝶の体から、二つの透明なシャボン玉のようなものが飛び出した。その衝撃で、俺も朝蝶も果てた。

 怠い体を叱咤して、朝蝶の体から、離れる。
 それから、出てきた二つの新しい神々を見た。どちらも赤子の姿をしている。

「『新しい神が産まれました。二体です』」

 神界中に、誕生を伝える声が響き渡る。
 ただ、それを耳にした瞬間には、俺は力を吸われすぎていて、床に倒れた。
 だけど、無事に生まれたらしいから、良かったなって思った。

「――二体か。空神と時神が一体ずつ」

 淡々と朝蝶が呟いた。
 どうでも良さそうな声だった。朝蝶は、産まれる卵に、どんな感情を向けたんだろう。

 朝蝶は多分、俺を苦しめ痛ぶるつもりで、わざわざ子供神を産んだんだろう。きっと、気まぐれだ。

「……おい」
「何? 不愉快? 絶望してる?」

 嘲笑するように朝蝶が笑っている。俺が絶望するとしたら、子供の誕生ではなく、その表情にだ。

「もう君は用なしだ。僕の目的の一つは、空神の後継者を得ることで、それは達成された」

 ああ、辛いな。どうして、俺達は純粋に子供の誕生を喜べないんだろう。まぁ、俺が嫌われているからだけどさ。それでも、俺にとっては、朝蝶との間に生まれた、大切な子供なんだと思った。俺は、後悔してない。

「――お前は気まぐれで生み出した命かも知れないけどな、命は命だ。殺すなよ」
「っ」

 俺の言葉に、朝蝶が息を飲んだ。
 もっと何か言ってやりたかったが、俺の体力はそこで尽きた。
 眠るのではなく、俺は久方ぶりに意識を落としたのだった。

「時夜見、時夜見鶏」

 気がつくと俺は、石の床の上に横たわっていた。
 声をかけているのが、視線を向けて、愛犬天使だと分かった。

「大丈夫?」
「……」

 本体の力を吸われたのに、そう見えるんなら、コイツも眼科とかにかかった方が良い。医療塔に、眼科あるし。

 子供はどうなったのだろうかと周囲を見渡せば、時神の赤子が一人、俺の側にいた。
 もう一人と、朝蝶の姿はない。
 俺を置いて、帰ったんだろう。

「すぐに、時神の者達が来るから」

 愛犬がそう言った時、丁度扉が開け放たれた。

「これは一体、どういう事だ」

 入ってきたのは、時神の長だった。次の長には俺を、と言っていた人(神)だ。
 険しい顔で俺を見おろすが否や――「く」
 俺の首に朱い紐を何重にも巻き付け、締め上げた。

「ちょ――」

 愛犬が驚いたように声を上げるが、長がその言葉を遮った。

「これは時神の問題だ。下がっていろ――この、恥知らず」

 片手に紐を持ったまま、長が俺の顔を全力で叩いた。けど、俺の方が強いから、ただのビンタみたいになった。それでも痛いけどさ。

「無理矢理孕ませるなど、それも敵たる空族の長を」

 そういえば、朝蝶は、空族の頂点にいるんだったなぁ。何度も殴られながら、ぼんやりと俺は考えた。

「勘当だ、お前は最早時神ではない。無論、そこにいる子供もだ。此処で、殺す」

 俺を締め上げた後、頽れた俺の側にいる赤子を、長が見た。

 止めろ、止めてくれ――そう言おうとしたが、俺の声は出ない。力も出ない。嫌だ。殺すな、止めてくれ。そう願った時だった。

「止めろ!!」

 誰かが俺の心を代弁するように叫んだ。緩慢に視線を向ければ、そこには聖龍が立っていた。

「しかし、聖龍様」

 時神の長が息を飲んで、忌々しそうな目をして振り返った。

「神殺しは許されない」
「っ」
「去れ。時夜見鶏とその子の処遇は、私が引き受ける」

 暫し無言で俺達を一瞥した後、時神の長は、舌打ちして帰って行った。
 それに俺は脱力して、再び意識を失った。

 何で俺、俺が生んだ訳じゃないのに、こんなに消耗してるんだろう。

 意識を落とす間際、朝蝶の声が甦った。
 ――君はもう、用済みだ。
 ああ、俺、もう、いらないんだなぁ……。


 次に俺が目をさました時、そこは医療塔だった。

「時夜見……時夜見? 目をさましたのですね」

 気づけば、扉の前に、暦猫が立っていた。

「……」

 ああ、と言おうとして、俺は目を瞠った。声が出ない。

 首を絞められ声帯に傷でも負ったのかと思ったが、自分の体をサーチしても、喉に異変は無かった。

 傍らを見れば、俺の隣で赤子が寝ていた。

「貴方は三年も眠っていたんですよ」

 三年、かぁ。
 神々の寿命を考えれば、まだまだだから、まだこの子も赤ちゃんの姿なんだろうな。

「気分はどうですか?」
「……」

 何か言おうとしたが、俺の喉からは、ヒューヒューと音が漏れるだけだ。
 え、なんで、声が出ないの?

「本体に傷を負っています……無理はしないで下さい」
「……」
「何があったのかは知りませんが……」

 そう言って、暦猫が、子供を見た。つられて俺も見る。可愛い。
 思わず笑みが浮かんできた。

「時夜見……その子の事、愛せますか?」

 何を言ってるんだろう暦猫は。あたりまえだろ!
 俺が大きく頷くと、暦猫が何故なのか安堵するように吐息した。

「良かった」

 何が?
 俺は首を傾げるしかない。だってさぁ、声、出ないんだもん。

「みんなを呼んできます」

 暦猫はそう言うと出て行った。
 俺はそれを見送りながら、思案した。

 なんとなくだけど――……ここにいたら、この子が危ない気がする。それは多分、予知だった、無意識の。俺の本体を回復するために、子供を殺す予知が、過ぎったのだ。
俺は赤子を抱きしめて、開け放たれたままの扉の外をうかがった。

 この場から、姿を消すとしたら、多分今しかない。
 そう確信した時には、俺は転移魔法を使っていた。

 とりあえず、人間界にある、隠れ家へと向かう。

 唐突に魔法を使ったせいか、俺は血を吐いた。
 だが、俺は今、倒れるわけには行かない。

 このようにして、俺と幼神の、二人きりの生活が始まった。

 朝蝶が、いないのはわかりきっていた。
 仮にいたとしても、朝蝶は時神を許さない気がした。

 ――だから、俺がこの子を育てよう。


 それから、百年が経過した。

 時神の子を、俺は、朝時黒羽と名付けた。朝蝶にそっくりな青い目をしているけど、黒い揚羽蝶が本体だ。俺の声は、ある日、これは何て読むのかな、と黒羽が言った時、「ウグイスだ」と答えて以来、戻った。

 黒羽は、自分が人間だと思っている。

 それはそうだろう、ずっと人間界で暮らしているのだから。
 俺は黒羽に、誰であっても、この場所に連れてきてはいけないと告げた。
 俺は兎も角、黒羽が殺されるのは嫌だった。

 だけど、そんなある日。

 黒羽が旅人を連れてきた。遭難していたらしい。

「黒羽君のお父様ですか?」

 そう言って笑った来訪者は、明らかに神界の気配を纏っていた。
 その後二度・三度と彼が訪れる内に、俺は確信した。愛犬だ。

「具合、悪そうですね」

 ケンと名乗っている愛犬が、ある日そう言った。
 確かに俺は、本体が傷ついたままだから、具合は良くない。

 日に最低二度は、血を吐く。咳も止まらない。起き上がっていることすら苦痛だ。
 だけど。

「……別に」

 弱っている姿を晒すことには抵抗があった。
 恐らく愛犬は、俺を見張りに来ているのだろうから。いつでも殺せるように。

「そんな体で、一人で子育てをするのは無理だ」
「……」
「その……実家に戻ったら?」

 愛犬が哀しそうな顔をした。昔から、こいつは優しい。
 実家。時神の家は追放されたから、とりあえず多分神界に戻れと言う事なんだろう。

「俺に出来ることが在れば、手伝うから」

 愛犬の言葉に、俺は思わず苦笑した。
 俺に正体がばれないように気を遣っているらしいが、バレバレなんだよ。

「……いや。良い」
「良くないよ。俺が心配なの!」
「愛犬」

 思わず俺は口にしていた。黙っていようと思ってたのになぁ。

「っ、気づいてたの? いつから?」
「最初からだ」
「嘘。その弱った体じゃ、俺の気配とか分からないはずだよ」
「――紅茶に五つ、角砂糖を入れて、かき回す癖、治せ」

 俺が笑うと、愛犬が、照れるような、それでいて苦しそうな顔で俯いた。

「時夜見……お願いだよ。もう俺、見てられないんだ。そんな、辛そうな姿」
「……そうか。有難う」
「っ、なんで」
「……」
「お礼なんて、滅多に言わないくせに」

 そうかなぁ、俺結構、言ってたと思うんだけどなぁ。まぁいいや。

「兎に角、愛犬は言ってない様子だから、改めて頼む。俺が此処にいることは、言わないでくれ」
「……約束は出来ないよ」
「……そうか」

 愛犬は、出来ないことは約束しない。
 俺はそれを知っていた。



 ――聖龍暦:19700年(一億九千七百四十九年後)


 朝蝶が、ここに来たのは、それから約百年後のことだった。

「!」

 息を飲んだ俺の前に、朝蝶が姿を現した。

「久しぶりだね」

 何を言って良いのか分からない。

「元気?」
「……」
「その、子供は、さ」

 ああ、黒羽のことかと納得し、俺は頷いた。

「……ああ。お前によく似ている」

 本当、ビックリするぐらい、顔が似ているんだ。

「そう――僕が、見る度に僕を思い出して憎むように祈ったからかな、似てるのは」
「……」

 別に俺は、朝蝶を憎んではいない。

「戻りなよ、神界に。誰にも手出しさせないし、その――僕も、近づかないから」
「……」
「その体で人間界にいるなんて、自殺行為だ。僕は……何度も後悔したよ。君を捕食したこと。君が死んじゃうくらいならね、時夜見。ずっと……ずっと前のまま、一緒にいれば良かったと思った。だから、戻ってきて」

 服従の指輪が光った。
 これは――お願いでも頼み事でもなくて、朝蝶の中では、命令なんだろうな。

 歩み寄ってきた朝蝶が、俺の首に手をかけ、不意に口づけた。相変わらず、良い匂いがするし、唇は柔らかい。

「……」

 だけど、戻ることは躊躇われた。

 予知の結果、もう黒羽が殺されかけることはない。だが、俺の子供だ。それだけで、黒羽は辛い思いをするだろう。なにせ、強姦魔の子供なんだから。人間界にまで伝播した様子で、俺は残酷なお伽噺も耳にしている。

「いいよね、時夜見」
「……そうだな」

 だが、正直そろそろ、黒羽にも神界の事を覚えさせる時期だと思う。
 だから俺は、頷いた。


 神界の森の中に、一軒家を建てて、そこで黒羽と暮らすことにした。

 俺はまた、聖龍からフリーの仕事を貰い、生計を立てている。相変わらず咳も吐血も止まらなくて、大半は寝てるんだけど。

 そんなある日、庭に、不思議な気配がした。
 誰かと黒羽が話している。
 だが……その気配は心地良かった。

 暫くすると、その気配の持ち主が、家の中へとやってきて、ソファに横たわっていた俺の側に立った。

 視線を向けると、俺にそっくりなのに空色の瞳をした少年が立っていた。

「何故俺を捨てた?」

 ああ、朝蝶が育てている、もう一人の俺の子供――夜巻周鳥だなと悟った。

「……出来れば、一緒に暮らしたかった」

 それは俺の本心だった。

「……俺が生まれた時、時夜見鶏は何を思った?」
「……そうだな。元気に……」

 懐かしいなと思って俺は目を伏せてから続けた。

「元気に生まれて、元気に育って欲しいと」

 自然と笑みが浮かんできた。だから目を開けると、周鳥が息を飲んでいた。

「好きでもない、ただ孕ませただけの相手の子供に対して?」

 ああ、そんな神話があることは、俺も知っていた。
 俺が無理矢理、朝蝶を孕ませたって話だ。

「――少なくとも俺は、朝蝶が好きだ。だから、お前は、愛されて生まれてきたんだよ」

 俺にはな。朝蝶の気持ちは知らない。多分、俺のことは嫌いだろう。跡継ぎを欲していただけだろうし。だけどこんな風に立派に育てたんだから、子供のことは好きなんだと思う。

 俺の言葉に苦しそうな顔をした後、周鳥は何も言わずに帰って行った。
 顔の作りは俺に似ているけど、その表情は朝蝶そっくりだった。

 それから、ある程度回復した俺は、時折、会議に呼ばれるようになった。
 種類は色々だ。

「時夜見」

 朝蝶に声をかけられたのは、そんなある日だった。
 いつもはすれ違っても俺と目を合わせようとせず、口を開こうともしないのに、珍しい。

「先日は、周鳥がお世話になったそうですね」

 ああ、そういう事かと俺は納得した。
 だけど俺の子供でもあるのに、世話って……。

「……別に」
「っ、あの」

 久しぶりに、朝蝶の『あの』を聞いた。

「僕のこと――好きなんですか?」

 そういえば周鳥に、言っちゃったなぁ俺。気持ち悪いとか思ってるのかなぁ。だけど。

「……ああ」

 自分の気持ちに嘘はもうつけない。俺は、朝蝶のことが好きだ。

「な、ッ、なんで……」

 苦しそうに朝蝶が言った。でもさ、しょうがないじゃん。恋って堕ちるものだとか言うし。俺きっと、堕ちちゃったんだよ。

 それから黙り込んだ朝蝶を暫く眺めた後、俺は帰った。


 その後、暫くしてから。
 ある日朝蝶が、俺の家に来た。

 何回か、実際には三回ほど、朝蝶が黒羽を眺めに来ていたのは知っている。
 だけど家の呼び鈴を押されたのは、初めてだった。
 中へと招き入れると、淡々と朝蝶が言った。

「今日は、外に出ないで下さい」
「?」

 なんだろう急にと思ったが、その時、服従の指輪がきらきらと光った。

「……ああ」

 まだ効果が切れていない様子なので、俺は頷いて見せた。


 その後、ちょっとしてから俺は、予知した。
 朝蝶が、≪邪魔獣モンスター≫に襲われて、攻撃を避けきれずに消滅する光景を。

「……」

 少し考えてから、俺は服従の指輪を外して、ダイニングテーブルの上に置いた。
 それから俺は、黒羽を連れて、愛犬の所に向かった。

「どうしたの?」
「暫く預かってくれ」
「良いけど……なんで?」

 愛犬が首を傾げる。隣で、黒羽もきょとんとしていた。
 俺は、愛犬の耳元で、黒羽に聞こえないように告げる。

「出かける。もし、俺に何かあったら、黒羽を頼む」
「――え?」
「頼んだぞ」
「ちょ、待ってよ、どういう意味? ねぇ、時夜見!」

 動揺したような愛犬の言葉には応えず、俺は転移した。

 目の前には、≪邪魔獣モンスター≫の爪が迫っていて、朝蝶が息を飲んでいた。
 目を伏せているのが見える。
 少し横に転移し、攻撃を放ってから、俺は朝蝶を正面から抱きしめた。

「――……! 時夜見……? 時夜見! どうして」

 驚いたような、蝶々の声がした。
 丁度その時、俺が放った≪闇焔夜ファイアーナイト≫が炸裂した。
 飛んできた≪邪魔獣モンスター≫の血が、俺にかかった。

 だが、腹部を貫かれた俺が流す血液が、朝蝶の白い手と青い服を汚す方が、速度が速い。

「命令したのに……っ、え、なんで? なんで、指輪、してないの?」

 朝蝶が泣くように言う。

 それは、その、あれだ。だってさ、あの指輪一応、婚約指輪らしいし。
 俺が死んでもはめてたら、色々とやりづらそうだから。

「時夜見、ねぇ……なんで、なんで、僕なんか庇うの?」

 小さな声で朝蝶が言ったから、俺は思わず笑った。


「それは――俺が世界で一番お前のことが大好きで、お前を愛してるからだろ?」


 してやったりみたいな気分で、俺は笑った。

 それから視界が暗くなり、ああ、意識を落とすんだなぁと分かる。
 最後に見たのが、朝蝶の泣き顔というのは、哀しい。

 だけど。
 朝蝶の腕の中で、消えるんなら、いいかなぁ。

 それが俺の、最後の記憶だ。なんとなく、幸せだった。