【二】俺の推し(SIDE:セギ)
俺は、俗に言う官能小説を書いている。
男しか存在しないこのエリアーデにおいて、俺が書く18禁の小説とは、即ち男同士が、「あ? あ??? ん? いっちゃぅうううう? やぁ? 雌になっちゃうよぉ? 挿った、挿っちゃったぁ??? んっ、んッ? おちんぽケースに? ぁァ? なっちゃうぅ?」みたいな内容の官能小説である。
――男しか生まれなくなって早百年。
生き残っている女性は、百歳を過ぎているが、同性妊娠魔術が開発されたため、なんとなく人類の血脈は続いている。
俺は元々、大陸を旅していた魔術師だ。
そんな俺がエリアーデを目指す事になったのは、一冊の本との出会いからだった。
S.M.ギュート氏が記した飯テロ本(レシピ集としても十分に機能した)――魔導書を読み、創作意欲に駆られたからである。風の噂で、ギュート氏はエリアーデの街にいるそうだと聞いた。更には、エリアーデの魔術書庫に行けば、ギュート氏のまだ大陸には出回っていない魔導書を沢山読めると耳にした。読みたかったし、書きたかったので、俺は執筆し、無事に物語想像区画への出入り権限をバイルシア王国で得て、エリアーデの街の住人となった。ギュート氏のレシピの中で、特にエビフライは絶品で、俺の得意料理となった。
そして感動と絶望を同時に味わった。
まず感動。
ギュート氏の飯テロ物語(魔導書)は、大量にあった。
どころか俺にとってご褒美過ぎた事に、大量の官能小説まであった。
最初からエロ小説に興味があった俺は、全部読んだ。
そして絶望した。
最新作が、三巻の三章までしか無かったのだ。最終納入日は、五年前の二月。第四章になるはずだった頁に残された、一言――『多忙となるため、続きは未定です』とある。その後、ギュート氏は一冊も納入していない。多忙って、大長編の執筆中か?
全著作を読み大ファンであった俺は、人生で初めて、手紙を書いた。
ギュート氏の魔術ポスト宛に感想を送った。
結果――『ポストがいっぱいです』と表示され、届かなかった。
それはそうだろう。ギュート氏は、大人気の物語想像者だ。ファンからの手紙で、ポストはすぐに埋まっただろう。
著者略歴によると、五年前時点でギュート氏は二十四歳。
俺が引っ越してきたのは二年前で、その時点で二十六歳。
現在は、二十八歳だと考えられる。
俺の一つ年上だ。
ギュート氏の物語に再び触れたいから、俺はこの街に居座る決意を固めた。セギという名前で今も俺は官能小説を書いている。ギュート氏は、一体今、何処で何をしているのだろう。ギュート氏が本名で書いていたのか、また著者近影も無いから、どんな顔をしているのかさえ俺は知らないが、俺はギュート氏が好きすぎて、頭の中でギュート氏を啼かせまくっている。俺の官能小説のネコ役の二割くらいは、空想上のギュート氏がモデルだ。
なお俺は貞操観念が緩い。
ちょくちょく誘われては致している。上だ。タチである。ただしギュート氏相手ならば、処女を捧げても構わない。それくらい好きだ。
しかし、分かっている。全部ただの空想。妄想だ。
と、俺に自覚させたのは――ある、魔術師の存在である。読者だ。
「セギ神! セギ神! セギ神!」
今日も今日とて、俺が噴水前に座っていると、ある魔術師が走り寄ってきた。
この人物、たぐいまれなるイケメンである。身長は俺と同じくらい、黒い髪にアーモンド型の黒い瞳をしていて、端正な鼻筋、艶やかな唇、全てが呆気にとられるほど素晴らしい。なお、名前は知らない。
「昨日納入された新作も最高でした! 尊かった!!」
服装も洒落ていて、俺の周囲にいた連中も、見惚れているのが分かる。整った容姿の人物であり――実を言えば、俺が噴水前に朝夕姿を現す理由である人物だ。元々、話すようになる前から、俺はこの人物の外見に興味を持っていた。なんて理想の――ネコなんだ。俺の性癖は、男前受けだ。なお、話す前は、中身も男前だと想定していた。この人物は、俺の推しだった。
だが、話してみたら、ちょっと違った。
理想のネコ(推し)としては、ちょっと悲しい結果だった。
この人物、尋常ではないパリピ系にも思える陽キャであった。あまり格好良く無い。男前とは、少し遠い。
しかし、嬉しい裏切りでもあった。この人物は、俺の物語の大ファンだったのだ。
俺が納入すると、必ず翌日には俺の前に姿を現し、満面の笑顔で感想をくれる。
――官能小説は、あんまり感想はもらえない。
俺はそう思っていたが、この人物は、俺を『神』と讃え、いかに滾ったかを、惜しむことなく言葉にしてくれる。周囲はドン引きしたり赤面したりしている。赤裸々に端正な唇が吐き出すR18用語に、うっかり半勃起している奴までたまにいる。
だが、この人物をよく思っていない、俺の創作仲間もいる。
「そうやってまたセギ先生に取り入ろうとして!」
「セギ神は神だ!」
けれどこの人物は挫けず笑顔で叫ぶと、俺を真っ直ぐに見て、恍惚とした表情で感想を語り続ける。すると俺の仲間も辟易した表情に変わり、無言になり、最終的に諦観した様子になる。
「とにかく最高でした。セギ神が大好きだ! 愛してます!」
「……お、おう」
俺は曖昧に頷いた。
そんな俺を見て満足そうに頷くと、この人物は本日も去っていった。
名前すら名乗らずに。
マシンガントークというほかないため、そして感想を聞くのが嬉しいため、俺は黙っている事の方が多いし、元々俺はどちらかと言えば陰キャなので、口を開く間もない。
俺は、この人物――読者のおかげで、最近は物語想像者としての自分が好きになった。それまでギュート氏の読者にすぎず、それが読めなくなったため、自給自足しているつもりだったのだが(作風は似ていないのだが)、もっとこの人物が喜んでくれるように、俺なりの物語を想像していきたいと思うように変わった。
結果俺は、この人物を頭の中で汚すようになった。
ぐちゃぐちゃのどろどろに、端正な顔を蕩かす妄想をして、物語を綴っている。
きっとこの人物はそれに気づいたらドン引きするだろうが、言わなければ分からないだろう。実際分かっていない様子で、自分がモデルにされているとも知らずに、今日も感想を良い笑顔で述べてから帰っていった。
しかしこの人物、俺を好きだ、愛しているというが――それはあくまで、物語なのだろうな。俺自身の事では無さそうだ。
俺は性欲が旺盛な方なので、この日も、誘いに適当に応じて、一人抱き潰したが……頭の中で、名も知らぬ人物や妄想上のギュート氏を思い浮かべていた事は、無論言わなかった。