11:異世界トラベラー


それから三ヶ月が経った。
エルがいつか言ったとおり、噴水の上にウィンドウが出現して、様々な情報が公開された。
ギルドポイントのランキング表の上位全てをエルが埋めていたのは良い、別に驚かなかった。驚いたのは、すでに”1024”個以上の遺跡が攻略されていたことだった。
勿論、みんなで攻略したものは多い。
けれど700以上をエルが一人で攻略していることが明らかになった一日でもあった。

「やはり、1024個ではなく、≪1024の遺跡≫が存在するんだろうな」

ミヌの声に、小さくエルが頷いていた。
話していたのだろう。
――1024、か。
一体この数字にどんな意味があるのだろう? 俺にはそれがよく分からない。
そして≪1024の遺跡≫は一体どこに隠されているのだろうか?
エルはそれについて、どう考えているのだろう?
ぐるぐると考えている内に日中は終わった。


そして一日が終わる。
俺は今日”も”、エルと一緒のベッドに入りながら、うつぶせになってダラダラと考えていた。攻略に関して、少しずつ何かが見えてきた気がするのだ。しかし、攻略したその後はどうなるのだろう。勿論この≪閉鎖世界≫から解放されて、外に出られるようになるのは分かる。そうであって欲しいと願っている。そんなことを考えていた時だった。

「ねぇ、コーガ」

珍しくエルから話しかけられた。眠れないのかと思って、腕枕をしていた手を引き寄せて、抱きしめる。
「どうした?」
「――外に出たらどうしたい?」
まさかエルもまた同じようなことを考えているとは思わなくて、俺は目を瞠った。
「笑わないか?」
「うん」
「エルのことを幸せにしたい」
俺は本心からそう告げた。離ればなれになどなりたくはない。
外に出ても俺はエルのパートナーでありたいし、恋人でいたい。
すると俺の体に手を回し、エルが額を胸に押しつけてきた。
「笑わないで欲しいというか、信じてくれなくても良いから、聞いて欲しいことがあるんだ」
「なんだ?」
「僕はね……本当は、この世界の人間じゃないんだよ」
意味を図りかねて、エルの後頭部に回した手に力を込めたまま、ぼんやりと俺は虚空を見据えた。
「僕は元々違う世界で、天涯孤独に生きてきたんだ。家族は火事でなくなった」
思えばエルから、個人的なことを聞くのは、初めてだった。
「生き残ったのは僕だけでね――もう僕も死んでしまおうかと思ったんだよ」
「死ななくて良かった」
「……ありがとう。それでね、毎日ぼんやりと学校に行くだけの日々を送っていたんだ」
「違う世界って言うところにも学校はあるのか」
「うん。僕は大学生だった。それでね、ある日、車に轢かれたんだ」
「車……」
「そ。だけどそれは神様のミスだったんだって。だから、チート……要するに大きな力を貰ってこの世界に来たんだ。次に転生できる器が見つかるまでの間、この世界で力をつけるようにって言われて、この体を貰った」
「どういう事だ?」
「――≪1024の遺跡≫に眠っている”賢者の体”があるんだって。その遺跡を開放した時、僕はその体を貰って、元々いた世界に帰ることが出来るって約束して貰ったんだ。つまり今のこの体は、かりそめの器なんだよ」
「……遺跡を開放したら、この世界からいなくなってしまうのか?」
「……おそらくそうなる」
「そんなの嫌だ」
俺はエルを抱き締め直した。
「兎に角この世界に僕の居場所はないんだ」
「だったら俺の所に来ればいい」
「……そうできたらいいんだけどね」
そんなやりとりをしてから俺達は眠った。俺はこの腕の中のぬくもりをどうしても離したくないと思った。だから不謹慎だけど、最後の遺跡などみつからなければいいなと願った。


しかし数日後、あっさりと≪1024の遺跡≫は発見された。
「俺も行く」
今回も俺をのぞいたパーティで行こうとしたエルに、俺は食い下がった。
絶対に、エルだけを行かせるなんてしたくはなかったのだ。
「……コーガ、僕は」
「何も言わないでくれ」
俺は直感していた。もしこの遺跡を攻略して、元々の世界に帰ることが出来るようになったとしたら、エルは迷わず帰ってしまうのだろうと。
それがエルの選択ならば、俺には止める権利はない。
だけど最後の姿くらい、目に焼き付けるのは許されると思うのだ。

攻略は嫌と言うほど順調に進んでいった。

ボスの前まで立つのはあっという間のことだった。
ボスを倒すのも、あっという間だった。
ザイルの他に俺もいるのだから、怪我人すらいない。
ボスを倒すと、一つの棺が現れた。これまでの遺跡の秘宝の宝箱なんかとは全然違う、黒い棺がそこにはあったのだ。
エルがそのふたに手をかけた時、俺は後方から走り寄った。
「コーガ、下がってて」
「嫌だ」
「……嗚呼、どうして僕って上手く幕が引けないんだろうな」
俺の顔をじっと見ると、エルがそんなことを良いながら苦笑した。
エルは俺を見ると、苦笑したまま小さく頷いた。
だから俺もまた頷き返すと、エルが棺のふたを開けた。

瞬間――青白い光が周囲に漏れた。

何度も瞬きをして視界を鮮明にすると、光に同化するようにエルが溶けて透けて消えそうになっていた。そんなのは堪えられなかった。

「エル!!」

気づけば俺は叫んでいて、エルに必死で手を伸ばしていた。
そしてその手をつかもうと必死に腕を差し出した。
もしかしたらこのまま見送ることが、俺に出来る最大限の応援なのかもしれないなんても思ったけれど、俺にはそんなことは堪えられなかった。

「俺を置いてどこにも行くな。お前は俺のパートナー……恋人だろ!!」

ギュッとエルの透け始めている手を握り、俺は声を上げた。
するとエルが驚いたように目を見開いた。
――嗚呼、誰よりも愛している。
俺はただ、エルが俺の手を握り替えしてくれるのを祈り、待った。
それから光は全ての視界を覆い、あたりは真っ白になった。

きつく俺は瞼を伏せていたから、光が費えたのを瞼ごしに知っても、目を開けるのが怖かった。ただそれでも手をギュッと握りしめ、そこに確かに感触があるのを、幻想ではないと自分に言い聞かせた。

「コーガ」

柔らかな声が響いてきたから俺は目を開けた。
そこにはエルが立っていて、それを確認した瞬間、俺はエルを抱きしめていた。
「ごめん、光の中でもとの世界に戻ることが出来るって言われたのに、俺にはそれが出来なかった」
「何で謝るんだよ。ずっと一緒にいてくれ」
「いいの? 僕は、本当にコーガの手を選んで良かった?」
「あたりまえだろ」

そんなやりとりをしてから、言葉では伝えきれなくて、俺はエルにキスをした。


その後、≪閉鎖世界≫は無事に解放され、時計の回転は正常に戻った。
実習も無事に認定扱いになり、そして俺は学園を卒業した。
そして。
今も俺はエルとパートナー契約をしている。
あのとき、あの光に包まれた時、エルは確かに俺の手を取ってくれた。
俺の手を取った時から、エルはもう、元の世界には戻れなくなったのだという。
だから俺はこの世界で、エルのことを誰よりも幸せにしようと決意している。

エルを彩る全てが、俺の宝物だ。
俺は、俺には過ぎる、贅沢を手に入れたのかもしれない。