10:パートナー契約解消★



エルが遺跡の攻略に積極的になったし、ご飯は美味しいし、全体的に良いことづくめだと思う。だが、そんなある日唐突に言われた。

「パートナー契約を解消して欲しいんだ」

俺は皿を取り落としそうになったが、気合いでこらえた。
確かに現在では、効率などを考えて、パートナーを交換したりしている人間はいる。だが、だからといってはいそうですかと言えるわけではない。

「何故だ?」
「……人間しかはいることが出来ない遺跡が見つかったんだ。僕はその遺跡の攻略に行くことになったんだけど、もしかしたら死ぬかもしれない。回復役も前衛役も誰にも頼めないからね。そんな形で君を一人で残すことになるかもしれないよりは、契約を解除していった方が良いかと思って」

帰ってきたのは、俺が嫌いになったから、等というような想定していた言葉ではなかった。
――死ぬかもしれない?
音には出さずに、口の中でその単語を繰り返してみる。
エルが死んでしまう?
そんなものは駄目に決まっている。

「だったら生きて戻ってこい」
「だけど――」
「俺を一人にする気か? お前なら戻ってこられるだろう」

ふんぞり返って俺が言うと、目を見開いた後、エルが苦笑した。

「――頑張るよ」


人間しか入れない遺跡は、≪天魔獣の誘惑遺跡≫という名前だった。
翌日俺は、噴水前でルツとザイルと落ち合った。
「うわああセノアに何かあったらどうしよう……俺は、俺は、どうすれば……!」
ザイルがうるさい。
俺だってエルに何かあったらと思うと不安でいっぱいだ。
ルツは珍しく深刻そうな表情で、噴水の上に浮かんだウィンドウを食い入るように見据えている。そこには、攻略している人間達が映し出されていた。
エルが範囲攻撃で全体を殲滅し、躍り出てくる巨大な中ボスじみた生き残りは、ミヌが切り捨てている。この二人が漏らした敵を、容赦なくセノアが弓で射ていた。
他の人間達もいる。
安定して進んでいるように見えるが、時に魔物の爪が掠るたび、至る所で、血が流れていた。体を切り裂かれた者もいる。腕がとれてしまった者もいる。今のところエルは無傷だが、見ていて胸が騒いだ。嫌な胸騒ぎだ。
それでも何とか一同は、半日かけて、最奥まで進んだ。
現れたボスは巨大だった。
大きさもそうだが、一度咆吼すると、その口から強風が放たれるようで、人間達はふっとんでは壁にたたきつけられている。ミヌとセノアも例に漏れなかった。
たった一人前面にはエルが残った。
――馬鹿が。一緒に吹っ飛んで、体勢を立て直せよ。
俺は胸の中で叫んでいた。ただ表面的には拳を握ってウィンドウを凝視していた。
ボスの爪が振りかぶられて、エルに振り下ろされようとしている。
エルは杖を取り落としていた。
スローモーションのようにその光景を俺は知覚している。このままだと魔術を使う間もなく、エルは八つ裂きにされる。そんなところは見たくない。なにをやってるんだよ、早く帰ってこい。ひたすらそう思っていたら、爪を立てた掌の皮が傷ついたらしく、血が零れてきた。
爪が振り下ろされた瞬間――鈍い音が周囲にこだました気がした。
俺が目を見開くと、ボスの胸元を長剣で一つきにしているエルの姿があった。
いつも背中に下げていた用途不明の代物が、初めて役に立つのを見た。
ボスからは血しぶきが上がり、周囲からは歓声が上がったのが分かる。
このようにして、何とか無事に遺跡は攻略された。

「ただいま」

魔法陣で戻ってきたエルを、俺は抱きしめた。
「剣も使えたんなら最初から使えよ馬鹿!」
「この実習は魔術だけで乗り切りたいって思っていたんだ。最初だけだけどね。一人の時は、剣も使っていたよ」
「馬鹿馬鹿馬鹿」
「コーガ……」
「悪魔を心配させるなんて良い度胸だな」
俺は腕の中のぬくもりに心底安堵して、深々と溜息をついた。



多分俺の中で、エルは大切な存在になりつつある。
それを自覚させられた一日だった。だがこのまま一日を終わらせる気は、俺にはなかった。
お風呂上がり、俺は浴室から出てきたエルを捕まえた。
腕を強くひいて抱き寄せて、ギュッと抱きしめる。

「どうかしたの、コーガ」
「二度とパートナー契約を解消するなんて言うな」
「ごめん、だけど、万が一のことを考えたら――」
「俺はエルのことを墓場までだって追いかけてやる」

そのまま両腕でエルを抱き、近くのソファの上におろした。

「え、ちょっと……?」
「悪い、俺は気づいた。お前のことが好きだ」

そうじゃなかったら、あんなにも、心を乱され心配に全身を支配されたりしないと思うのだ。エルはパートナー関係に恋愛を持ち込みたくないと言っていたが、そんなのは、俺は知らない。

「コーガ……? え、好きって」
「愛してる。だから俺はお前が欲しい」

瞬時に赤面したエルを見ていると、絶対に脈があると思ってしまう。
視線をさまよわせたエルは、それからゆっくりと俺を見た。

「僕も多分コーガのことが好きだよ」

知っている。
ただそうは言わずに、エルの服に手をかけた。
それから二人で抱き合った。

「ああっ、あ、キツ――……」
「少し力を緩めてくれ」
「出来なっ、んあ」

後ろから突き上げながら、俺はエルの腰に手を添えた。
根本まで入れて、抽挿する。そのたびにぴくりとエルの体が揺れた。

「ひぅッ、うああ!!」

エルの感じる場所を突き上げながら、前に手を伸ばして緩く扱く。
からみついてくるようなエルの内部を、俺は自身の陰茎で押し広げていく。
時には動きを止めて、体がなじむのを待った。

「エル……たとえパートナーじゃなくなっても、俺と一緒にいてくれ」
「んあああ、あ、あ、いたいけど……っ、そんな約束は出来な……んぅ」
「口約束で構わない」

何せ俺とエルとでは寿命も何もかも違いすぎる。
ただそれでも、今だけでも良いから一緒にいたかったのだ。

「俺の恋人になってくれ」
「うん、うん、あ、ああっ」
「いいんだな?」
「え、あ……ああ!! うあ!!」

そのまま激しく打ち付けると、エルが精を放った。それから二人で長い夜の間、ずっと体を重ねていたのだった。
そして俺達は、恋人になった。