13:愛の結晶
キースは考えた。もしも本当にグレイル元帥が自分を好きな場合――……。グレイルは嘘をつくような性格ではないだろうと、キースは思っている。そうである以上、グレイルから見たら、好きな相手が他の人と体を重ねているという認識だったのではないか。キースはそう考えると……胸が痛んだ。自分だったら、心が折れているかもしれない。
「ごめん……」
思わず謝ったキースを見て、グレイルは振られたのだろうと、一瞬俯いた。だが……ここまでのやりとりから、グレイルは必死に現状を分析していたので、その限りでない可能性を考えてもいた。勿論それは、願望かも知れないと彼はよく分かっていたが――実を言えば、的を射ていた。グレイルがキースの次の言葉を待つ。
「俺、何も考えてなかった。てっきりグレイル元帥は、子供が欲しいんだと――……そうか……俺の事が欲しかったのか」
キースが頬を染めた。が、こんな風に口に出されると、グレイルもまた照れそうになる。しかしここまで待ったのだし、ここで振られたら、今度こそ次は無いかもしれない。慎重に行かなければならないと、グレイルは確信していた。
「これからは、俺、ローテーションみたいな事は言わないようにする。もう、グレイル元帥を傷つけるような事は言わない!」
その言葉に、グレイルは少し驚いた。ローテーションは――正直、一切会えなくなるよりはマシだった。確かに他の連中に殺意は沸くが、キースは国王陛下であるし、本人も本意ではないとグレイルは考えている。だがそういった部分よりも『傷つけない』と言われた事が、無性に嬉しい。自分の事を考えてくれたのが、分かったからだ。
「子供も、愛の結晶として生まれるのが良いだろう」
一人頷いたキースは、改めてグレイルを見た。その言葉には、グレイルが目を見開いた。
「陛下。それは、俺の子供を……?」
「うん? えっ……あ、ち、違う! 俺は今、恋に恋している感じで一般論を語ったんだ! 生みたいと思った事は、過去も今も一度もないです。けど、いつか生まれてくるなら、昔話とかで、『お父さんはな、もう一人のお父さんの事が好きだったんだ』と、話してあげたいと思ったんだ――……そうか、二人共お父さんなのか……」
それを聞いたグレイルが、何度か頷いた。
「俺も語りたいですよ。温かい家庭は憧れます」
「良いよな?」
そこから二人は、理想の家庭について、気づくと話し合っていた。最初は、キースがあこがれを語り、グレイルが相槌を打っていたのだが、その内グレイルが「だとすると、広い部屋が七つは必要ですね」と言い出した辺りから、二人揃って新居について語り合っていた。盛り上がる。どんどん夜は更けていく。庭に植える花について話し合い始めた頃、王宮に住むんじゃなかったのだろうかとキースは思い出し、グレイルが苦笑していた。
こうして朝がやってきたので、グレイルは帰っていった。本日は体が楽であるが、キースはサボる事にした。より重大な任務ができたと考えていた。テーブルの上に、大きな紙を広げて、新居の設計図を描いてみる。その作業に打ち込み、朝食と昼食は、何を食べたのかよく覚えていない。
そのようにして夕食になったので、キースは完成した家設計図を頭の中に浮かべながら、食事に向かった。その幸せそうな顔を見て、ハロルドがちらりとグレイルを見た。
「なんだ、告白でもしたのか?」
グレイルは何も答えない。だがそれを聞いたロイドが苦い顔をした。今になって思えば、明確に告白しなければ、キースに好意が伝わる事は無さそうだと、彼は理解していたので、自分が愛を囁かなかった現実を直視し、非常に後悔していた。
「聞いてくれ。家ができた!」
今度は何を言い出したのだろうかと、ハロルドが首を傾げる。ロイドは王宮の改修工事が始まるのかと考えて、周囲を見回した。グレイルだけが頷いている。それから食事が始まったので、スープを一口飲んでから、キースが言った。
「やっぱりな、俺は恋愛をして子供を作る事に決めた。それが正しいだろう」
それを聞いたハロルドが半眼になった。
「私は陛下に恋をしているが?」
「――え?」
キースは虚を突かれた。これを聴いて、ロイドも意を決した。
「俺もキースが好きだ」
「!」
そういえばロイドについては、昨日グレイルからも聞いたではないかと、キースが思い出した。
「ま、待ってくれ。お前らそれは本気か? みんな、俺の事が好きなのか?」
「私は好きだ」
「俺も好きだ」
「俺も好きですよ」
グレイルも含めて頷いたのを見て、キースは困った。全員が自分の事を好きだというのは、想定していなかったのだ。これでは、誰かと何かをしたら、誰かが傷ついてしまう。恋愛なのだから自分の気持ちに素直になれば良いのだろうが――……そう考えて、キースはスプーンを置いた。顔色が悪い。
「……」
キースは気がついてしまった。恋に恋する感覚を昨日初めて知ったが……まだ、誰かに恋は、していない。グレイル元帥は良い人だが、恋愛対象として考えてみたことは、実は昨夜まで無かった。良い人というならば、ロイドだって良い人だ。ハロルドだって悪人ではないだろう。硬直したキースは、パンに手を伸ばす。味がしない。
だが、決めなければならないだろう。キースの頭の中に、『三股は良くない』という概念が浮かんだ。けれど、どうやって一人を決めれば良いのだろうか。本来であれば、無理に決める必要は無いのだろうが、状況的にキースは決断に迫られている気がした。
家の設計図が頭に浮かぶ。昨日はとても楽しかった。子供がいるイメージを、初めて思い浮かべる事が出来た。つい先程まで、きっとグレイル元帥がもう一人の父親だ、そう考えていた。
”何事もほどほどに”
父の言葉をキースは思い出していた。これ以上、混乱する必要は無い。ハロルドとロイドも、二人揃っての失恋なら、少し衝撃が和らぐかも知れない。キースは一人、頷いた。
「俺、グレイル元帥の子供と、海辺に立つ白い家で、犬を飼いながら暮らします!」
その宣言に、三人が硬直した。
ハロルドがグレイルを見る。羨ましい。まずは、それだった。
ロイドが続いてグレイルを見た。王宮の敷地内にも海がある。しかし白い家は無かった。改修工事では無かったのかと今尚考えていた――現実逃避である。
グレイルのみ内心飛び上がって喜びを表したかったが、落ち着いた表情を保ち続けていて、心の中をひた隠しにしている。その状態で、淡々と答えた。
「光栄です」
「うん」
キースは迷いを振り切り、笑みを浮かべた。
この日の事は、後の歴史書においても『運命の選択の日』として取り扱われ、人気の歌劇にもなるが、そこには幸い、キースについては「深い洞察力」程度の気持ちの推測しかなされない。
こうして――翌年、キースは海を眺めながら、子供を抱いていた。
第一王子殿下の誕生である。
キースにそっくりの青い目をしている。
生まれてきた子供は、キースに、そっくりだ。目の色も、肌の色も、髪の色も、魔力形態も。グレイルも可愛がっている。順風満帆に思えた。
――キースが思い悩むようになったのは、数年後である。
生まれてきた第一王子のリンクは、非常に優秀だった。天性の魔術の才能を持っているのは、やはりグレイル譲りだとキースは思ったが、周囲はさすがは王族であるとも考えていた。さて、リンクであるが、幼少時から英才教育を受けているからなのか――頭が良い。まるで、ロイドのように……。リンクが八歳にして、医師免許を取得した時、キースは冗談だと思っていた。だが――リンクが十歳にして、国中にカジノを展開して国庫を満たしたと聴き、さながらハロルドのようだと評価を受けた頃になって……段々顔色が悪くなった。リンクは……一体、誰の子供なのだろうか?
夜、今もキースは、グレイルと一緒に眠っているので、そこで上半身だけを起こして、俯いていた。グレイルは何も言わないが、逆に言って欲しい。キースはこの日、意を決して自分から切り出す事にした。
「グレイル……リンクは、誰の子供なんだろうか……」
「陛下の子供だし、俺の子供でしょう? 少なくとも、俺はそう思ってるよ」
「けど最近、みんなが、本当の父親はロイドだとかハロルドだと言うんだ。今思えば、悪かったのは、俺だ」
「――悪かったのは、宰相閣下だと思うけど。別にさ、血の繋がりが問題じゃないと思うけどね。そもそも俺は、陛下がそばにいてくれる事が望みだったんだし」
「有難う……」
「不安なら、もうひとり作る?」
「うん……」
こうして二人は、抱き合った。しかし――二人目ができる気配はない。
これも、噂に拍車をかけているのが現実だ。
そのようにして、日々が過ぎいていった時、ロイドが遊びに来た。グレイルと二人で出迎えた時、リンクが走ってきた。そして言った。
「父上、キース様、俺、ロイド殿下と結婚します」
「「「え?」」」
リンク以外の全員の声が重なった。
「安心してください。父上とキース様と俺の魔力を医学的に鑑定し、さらに俺とロイド殿下も鑑定し、親子関係に無いことは証明済みです。あと、キース様が心配していらっしゃるのを立ち聞きしたから教えておくと、余計な後継者争いを起こさないように、父上が避妊しているだけですよ」
その言葉に、キースは頭を殴られたような衝撃を受けた。子供の成長とは、本当に早い。グレイルは目を細めている。それからグレイルが、ロイドを見た。目があったロイドは慌てたように首を振った。狼狽えている。
「俺は手を出してないからな!」
「ええ。結婚してからお願いします」
「「「!」」」
こうして、ロイドとリンクの結婚が決まった。知らせを聞いたハロルドが、何とも言えなそうな顔をしながら、グレイルに言った。
「お前の孫は、私にくれるのか?」
「――愛があるならね」
その後――ヴァッサリア王朝は、長きに渡って続いていく。
(終)