12:モテ期



 なんだ違うのかと、ハロルドは自己完結しながら肉を切り分ける。しかしその場には、重く深い沈黙が横たわっていた。

 ――グレイルは避妊した。よって、自分の子供ではない。
 ――ロイドは昨日初めて相手をした。一日で子供はできない。

 この二人は、状況から見て、ハロルドが何かを知っていると思ったし、即ち「ハロルドの子供?」と考えていた。ポカンとしているのは、キースである。

 キースはそもそも……男同士で子供ができる機序を知らない。魔力で生まれるというのが、どういうことなのかも不明だ。一般的に女性が相手であれば、十月十日なのだろうが……魔術の力を借りたら一日でもできるのかもしれないし、キースから見ると、避妊している時としていない時の違いすら分からなかった。誰の子供なのだろうか。そして子供ができると、目に見える変化があるのか。キースは自分自身の体には、全く変化を感じない。それもそうだろう、現在キースは子供を宿しているわけでは無いのだから。

「ハロルド……子供はいつ生まれるんだ?」

 キースが恐る恐る聞くと、ハロルドが肉を飲み込んでから、小さく首を捻った。

「来年には生まれるんじゃないのか? このペースならば」

 ローテーションと頻度についてハロルドは考えていた。同じくらい、自分の仕事についても考えていた。今年は余裕あるスケジュールにしたが、来年からはまた多忙になる。国父となれば別だが、そうでなければ、あくまでも伴侶の一人という位置づけた。

 しかしキースは、そうは取らなかった。来年に出産するのだと、思い込んだ。顔面蒼白になったキースが、非常に小さくなって震え始める。その反応を、グレイルとロイドがまじまじと見て、この二名も子供がいるのだろうと勘違いした。

「名前はどうすれば良い?」

 キースは沢山質問して備えるべきだと思い、片っ端から疑問を聞く事にした。それに気づいていないハロルドが、一般論で答える。

「次期国王陛下だからな。過去の王陛下からとって二世とするのも良いだろうし、格好のつく名前をつけるのも良いだろう」

 ハロルドに対して名前を聞いているのだから、ハロルドの子供であるのだと、グレイルとロイドは強く確信した。先程までの自分達の悩みなど、消え去っていた。

「ハロルド、子供はどうやるとできるんだ?」

 キースが、雄しべと雌しべ――ひいては、受精卵という概念をおぼろげな知識で引っ張り出して、初めて生命の神秘に触れる子供さながらの気分で尋ねた。ハロルドは温野菜にフォークを突き刺しながら、片目を細める。

「そんなものは、初日にグレイル元帥に教わっただろう?」

 ハロルドからしたら、そんなものはSEXに決まっていた。他には、無い。

「――つまり、俺の子供は、グレイル元帥の子供なのか!?」
「「「は?」」」

 ここに来て、ようやく三人は、自分達のそれぞれが思い違いをしているのではないかと、やっと気がついた。見ればプルプルとキースが震えている。

「避妊すると言っていなかったか?」
「したよ。ハロルドは?」
「私か? それは秘密だ」

 迂闊に避妊したと言えば、子供の父親とされる機会が減るので、ハロルドは答えない。二人の視線がロイドに向かう。彼らからすれば、最も長時間一緒にいたのは、ロイドである。まさか昨日一夜限りであるとは、考えていない。

「……俺は避妊していないが、性交渉時期的に、子供が出来ているとしても、今分かる段階にはない」

 ロイドが素直に答えた。それから改めて彼ら三人が黙る。
 それを見てていたキースが、ハッとした顔をした。

「つまりまだ、俺には子供ができていない可能性もあるのか!」

 勿論子供が嫌いなわけではないし、できていた方が良いというのは、キースにも分かる。しかし怖いものは怖いのだからしょうがない。その安堵したキースの顔を一瞥しながら、食事が続いた。


 さて――子供ができていないようなので、本日も寝室には二人で行くわけであり、それはキースが撤回するでも新指名するでも無かったので、グレイルとなった。

「なんだか、毎日夕食で顔を合わせていたのに、久しぶりだ……」
「そうですね」

 寝室に入ると、我に返ったように、キースが緊張したような顔をした。若干頬が赤い。緊張しているのは、グレイルも同じだった。さらにこちらとしては、食事の席で色々と予想外の話はあったが、両想いかもしれないと淡い期待を抱いている。

「陛下、少しお話しませんか?」
「う、うん。分かった」

 こうして二人で、窓際のソファに座る。一人がけが二脚で斜めに向かい合っている。グレイルがお茶を用意した。こういうものは、昔とは完全に逆の立場になっている。それを受け取り、キースがほっと一息ついた。グレイルから見ると、非常に愛らしい。

「――陛下は、俺の事をどう思いますか?」

 率直にグレイルは尋ねる事にした。迷ったら、やる、それが彼の基本姿勢だった。緊張すると上手くいかない事も多いが、ここで聞かなかったらもう機会は無いかもしれないと、ここしばらくの間で、嫌というほど思い知らされていた。

 その言葉に――キースは、シモの話だと思った。上手い下手の話だと考えた。そこで熟考してみるが……昼間、その結論をちょうど出していた。

「好きだ」

 これは、一番マシだという意味合いである。だがこの言葉に、目に見えてグレイルが安堵した。それを見て、キースが首を傾げた。実は、キースも気になっていたのだ。

「俺の事はどう思う?」

 幸い三人とも勃起しているが、本当に女性的でも中性的でも何でもない自分に彼らは欲情するのか、キースにとっては不思議だったのである。客観的に見て、己の肉体はどうなのか気になっていた。この言葉に、グレイルが硬直する。

「俺も……好きです」

 考えてみるとグレイルは、恋愛経験は多かったが、付き合ってからの閨での睦言以外で、こんな事を口にした事は無かった。だからなのか、無性に恥ずかしい。それを聞いたキースは、少し悩んだ。

「グレイル元帥は、変わってます」
「そう?」
「俺だったら、もっとこう、抱き心地が良さそうな人が良いと思うんだ。もし俺がグレイル元帥くらいモテたら、選り取りみどりという奴だっただろうと感じるからな」
「俺は陛下が良いです」
「まあ俺以外の子供じゃ、国父になれないからなぁ」
「そういう事では無くて」

 グレイルは濁されていると思った。なので、食い下がる。必死で自分の感情を伝えようと思った。しかしながらキースは、政略結婚の話に移行したのだと信じていた。だから体の良さの話に戻すことに決める。

「グレイル元帥は、俺のどこが好きなんだ?」
「一目惚れでした」
「ん?」

 ここに来て、キースはようやく、雰囲気がなんだか想像と違う事に気づいた。雑談的では無いのだ。ちらりと見れば、グレイルが非常に切なそうな顔をしている。聞き間違いではないと確信し、キースは小さく息を飲んだ。

「一目惚れ……?」
「ええ。新人魔術師としてキース様が配属されて、見に行ってすぐに」
「!?」

 キースにとっては衝撃の告白だった。目を瞬かせ、右手で口元を覆う。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。グレイル元帥は、俺の事が好きなのか!?」
「? はい」

 今更何を言うんだろうと思いながら、グレイルが頷く。それを見て、キースが立ち上がった。ガタリと音がして、椅子が倒れる。

「俺、ロイドに相談するから、少し時間をくれ!」
「ええと?」
「ロイドは俺の親友で頭が良いから、きっと恋愛相談にも乗ってくれるだろう!」

 それを聞いて、グレイルが遠い目をした。

「いえ……陛下はそう思っておいでかもしれませんが、ロイド殿下もキース様の事が好きだと俺は思います」
「えええ!?」
「何故驚いておられるんですか? 昨日まで毎日あれだけ一緒に……――親友?」

 そこでグレイルは気づいた。さらに夕食の席での「昨日はありがとう」という言葉や、ロイドの反応、そういったものを総合して考える。

「もしかして、と、思うんだけど……お二人は、昨日まで睡眠をしていて、昨日ようやく……?」
「その通りです!」

 それを聞いたら、グレイルは力が抜けた気がした。 

「そうか……それが本当なら、俺……」

 響いたキースの声に、我を取り戻して、グレイルが身構える。ロイドが良いという言葉が帰ってくることを恐れていた。

「……モテ期だ」

 しかしキースが少しだけキラキラした瞳で呟いたものだから、思いっきり咽せそうになった。少しだけ頭痛を覚えて、グレイルは思わず頬杖をついた。指先でこめかみをほぐす。

「陛下」
「ん?」
「俺だけにモテてもらえませんか?」
「と、言うと?」
「俺は陛下が欲しいんです。子供じゃなくて」
「!」
「好きです」

 この際だからと、勇気を出して、グレイルは言い切った。すると、見ている側が勘違いしそうになるほど、キースが赤面した。

「俺、俺、人生で初めて告白されました……」

 その言葉に、グレイルは今後の方向性に思案させられたのだった。