11:完璧な計画
――ヤってしまった……致してしまった……。
そう思いながらキースが目を覚ましたのは、昼食の時刻を過ぎた頃の事だった。そこでキースは、発見した。寝かせておいてもらえたのだ。これは、ハロルドとの次の日と同じである。
……つ、つまり――性行為をした翌日は……寝ていて良い?
開眼した気分で起き上がりながら、シーツを羽織る。ロイド殿下の姿は無い。どうして今まで気付かなかったのだろうかと思ったが、人生で経験は三回目だったのだから、三度目に気づいたならば十分であると、自分を褒めてあげた。だが、何故自分が睡眠にそこまでこだわっているのかは、キースは気付かなかった。ただの、現実逃避である。キースは物事の良い部分を見るタイプだ。無意識に必死で、性交渉の利点を探し出した結果、それが睡眠だったに過ぎない。
「はぁ……」
それから考えた。今夜はどうしたら良いのか。今夜も誰かを呼ばなければならないだろうとキースは考える。しかし、ロイドはダメだ。何せ、不思議と全身は本日楽なのだが、精神的にあの交わりは辛かった。体がドロッドロに溶けてしまう感覚に、むせび泣いた記憶が思い浮かぶ。とはいえハロルドもダメだ。あちらは全身が辛くなる。
「……グレイル元帥」
しか、選択肢は無いだろう。一番、普通だった。三択ならば――キースは、そう考えた。
――護衛を兼ねたグレイルが、キースを起こすために部屋の扉を開けようとしたのは、その時のことだった。彼は、キースが寝ていた時の事を考えて、起こさないようにと、慎重に扉に手をかけていたのだが……中から聞こえた自分の名前に、硬直した。
少しだけ開けた扉から、中を覗き込むと、全裸のキースがシーツに包まり、悩ましげな顔をしている。その艶っぽい唇が、確かに自分の名前を呼んだため、グレイルは体の動かし方を忘れた。露骨な性行為の後の姿を見て、胸が痛むかと思ったが、それよりも自分の名前を、何故愛しいキースが呟いたのか、そちらに気を取られる。まさか、誰とヤるか悩んでいるなどとは考えもしなかった。
「……グレイル元帥は、俺の事をどう思っているだろうか……」
ポツリとキースが呟いた。まさかグレイル当人が聞いているなどとは思ってもいない。キースは、純粋に、『使えない部下』だと思われているだろうなと考えて、そう呟いた。
だが聞いていたグレイルからしたら、まるでキースが自分に恋煩いをしているようにしか思えなかった。勿論誤解である。しかしそうとは気づかず、グレイルは今すぐにでも中に入って、『大好きだ』と伝えたかった。けれどグレイルは、好きすぎて、キースの前では上手く話ができないのである。だから硬直したまま、扉に手を当てていた。骨ばったその指が、震えそうになる。
「俺は好きなんだけどな……」
キースが続けた。キースは、グレイルの魔術師としての腕を非常に尊敬していた。それは、客観論だ。何せ、グレイルの功績は、麗しい魔道具写真と共に、何度も大陸新聞に載ったのである。
そうとは聞こえず、グレイルは嬉しすぎて震えた。こうなってくると、緊張しすぎて、中には入れない。もっと聞いていたい。ただ、これ以上聞いていたら理性が持たないように思ったから、グレイルは音もなく扉を閉めて、踵を返した。
さて、キースは独り言を続けた。
「けど、玩具無しで短時間としてもらったら、ハロルドも悪くないよな。あいつ、実際に突っ込んでる時間は、一番短かった……よな? 後半は、俺の意識が飛んでたから、時間間隔が曖昧だけど……少なくともロイド殿下よりは短い」
腕を組んで、キースは唸る。
「でもロイド殿下の方が、考えてみると体は楽なんだから不思議だなぁ……まさかこれが、愛が生まれたというやつなのだろうか? とすると、ハロルドは俺に愛ゼロで、ロイド殿下は、愛MAXか? そうはとても見えないけどな……けど、グレイル元帥は、そう考えると、俺に愛マイナスだろうな……」
グレイルの愛になど気づいていないキースは、溜息を零した。
「なんだか魔獣討伐兵器の操作に似ているな……ゼロやマイナスの敵には、勝率プラスになるように頑張って、プラス過剰――MAXの敵からは、巻き込まれ防止のために少し距離を置く感じ。魔獣の攻略方法と性行為は似ていたのか……それとも奴らが魔獣だったのだろうか……」
キースは、そう呟いて、一人で笑った。しかし――全員と上手くやっていく事を国王として考えるならば、ここはやはり、マイナス評価のグレイルの好感度を上げるべきだろう。
「けど……ヤった次の日にいきなり呼ばれなくなったら、ロイド殿下……凹まないだろうか。俺だったら二度と勃たないかもしれない……同情を禁じえない」
再びキースが唸る。
「ここは、ロイド殿下にフォローを入れた上で、グレイル元帥を呼ぼう。うわぁ、なんて完璧な計画なんだ……!」
拳を握り、キースは、良策をひねり出した自分を、再度褒めた。
夜――ハロルドが用意した夕食の席で。
ハロルドは、隣とその隣の席を見て、左目だけを器用に細めていた。
傍から見ていると表情に変化はないだろうグレイルであるが、観察していたハロルドから見ると、大変化があった。ここの所、どんよりとしていたグレイルが、俯いて頬が緩むのをこらえるようにしているのだ。これは、何が彼にとって良い事があったのは明らかであり、恐らくそれは、キース関連であると、すぐに想像がついた。
もうひとり、隣に座っているロイドが、どこか遠い目をしながら、赤くなったり青くなったりしているのも、ハロルドには謎だった。まるで初夜でも経験したかのような緊張っぷりに見える。だが、これまで毎夜毎夜キースの寝室にいたというのに、今更初夜も何もないだろうと、ハロルドは考えていた。とすると、少し早いようにも思うが、医師として何か――ご懐妊の兆候でもロイド殿下は見てとったのかもしれないと、ハロルドは悩んだ。
――二人の反応を合わせて考えると、グレイルが父親で、ロイドがそれを発見したという事だろうか?
ハロルドはそう考えて、首を傾げた。はっきり言って、誰が父親かなど、実は分からないのが常なのだ。だから、キースが生んだという事実が大切になってくるのだ。よって、父親の決定は、キースの御心ひとつとなる。誰が実際の父親であったとしても、キースが、「この子の父親はハロルドだ」といえば、ハロルドが次の国父となる。別にそこまでは望まないが、自分に親しくなるチャンスがほぼ無かった事は、ハロルドからすると面白い事では無かった。
キースが晩餐の席に入ってきた時、目に見えてグレイルとロイドが硬直した。ハロルドは思わずその二人に、顔ごと向けてしまった。
席に着いたキースは、先に本日のメニューを視線で確認したため、二人の反応には気付かなかった。脳裏では、ロイドへのフォローについて考えていた。こうして食事が始まった。
「あっ、そ、その、ロイド殿下……き、昨日は有難うございました。と、とても良い物をお持ちだ!」
「っ、げほ」
切り出したキースに、ロイド殿下が咽せた。褒められたのだろうが、露骨すぎて焦った。
「そ、そ、そこで! そこで! 今夜は最初に戻って、グレイル元帥、よろしくお願いします!」
キースが、必死で主導権を得た。ロイドとしては、こちらは想定内だった。自分が独占できるとは思っていなかったし、行為をした今、自分は他の二名と変わらず、毎夜都度都度選ばれる立場に戻ったからだ。想定外だったのは、おかしなフォローである。
一方のグレイルは、内心では驚い出しそうなほど歓喜していていたが、見る者(例えばハロルドや宰相閣下)でなければ気づけないほどの表情変化しか見せず、キースには温度がないように見える冷たそうな顔で、小さく頷いた。
「分かりました」
その返事に、キースが目に見えて安堵した顔をする。
それらを眺めていたハロルドは、ついに腕を組んだ。
食事のマナーに気を遣う彼が、食事の席でこういった仕草をするのは珍しい。
「――陛下。とすると、明日は、私か?」
「あ、ああ……そうだな」
「明後日がロイド殿下で、明々後日がグレイル元帥か?」
「多分な」
「今後はローテーションで行くということか?」
「うん」
キースが頷きながら鴨肉を切り分ける。それを見ていてハロルドはさらに首を傾げた。
「ご懐妊なさったのでは無いのか?」
「「「え!?」」」
ハロルドの言葉に、キースとグレイルとロイドの声が揃った。