10:安眠妨害(★)



 翌日から、実に一ヶ月、夕食の席でのお馴染みの光景となったやり取りがある。

「今夜は誰にするんだ?」
「ロイド殿下、お願いします!」
「……おう」

 キースは、常にロイドを寝室に呼ぶようになった。
 ロイドとしては、伴侶であるから断る権利は無い、無いのだが、左右の二人の視線がそろそろ痛くなってきた。その上、宰相閣下にも影で「早く子供を作ってくれ」と何度も言われている。

 ――子供。

 当然だ、王族の血を残すために自分達はいるのだから、と、ロイドは理解していたが……毎夜何をしているかといえば、一緒に横になって眠っているだけである。キースはいつも、安心して眠らせてくれるロイドを選んでいるのだ。キースに、熟睡が帰ってきたのである。キースは、充実していると感じていた。睡眠さえ保証されていれば、午前中の二時間と昼食会くらいは耐えられる。だが、ロイドからすれば、自分達の間には現在に至るまで子供ができるような行為がないため、本当にこれで良いのかと考えてしまった。

 二人の間に何もない事など知らないから、グレイルは夕食の席で、彼らのやり取りを見る度に、胸が苦しくなっていた。ズキズキと痛むのだ。傍から見ていると、キースがロイドに惚れたようにしか思えない。

 それはハロルドも同じ見解だった。ロイドの何が良かったのだろうかと考える。顔、か? 顔は自分も負けていないと、ハロルドは考える。では、技巧か? これも負けていない自信がある。ならば……長さや太さ、硬度だろうか? こちらにもハロルドは自信があった。彼は類い稀なる自信家である。こうして考えている内に――気づくとハロルドは、キースの事ばかりを考えている自分に気づいていた。彼が特定の人間にここまで思考を占拠されたのは初めての事である。ハロルドはこの頃になって、もしかしたら己は、キースに好意を抱いているのではないかと考え始めていた。

 なお、キースに恋心を抱いているかもしれないと自覚しているのは――ロイドも同様だった。無邪気に無防備に横ですやすや眠っているキースを見る度に、この寝顔を守りたいという心境になる。彼の中には、愛が生まれつつあった。いつか「愛が生まれたら」と口にしたのは、自分である。今ならば、いつでもロイドは、愛を持ってキースを抱く事ができる自信があった。だが……今更、どう切り出せば良いのか、それが分からない。

 こうして三者三様の心の中の愛――に、ついては何も知らず、この日もキースは、ロイドと共に寝室へと向かった。二人で寝台に上がる。キースの予定では、このままいつも通りに眠るはずだった。しかしこの日、ロイドが勇気を出した。

 ロイドは、それとなくキースの体に腕を回したのである。

「ロイド殿下……?」

 横から顔を覗きこむようにされて、キースは目を丸くした。唇と唇が触れ合いそうな距離で、ロイドが囁くように言う。

「嫌か?」

 な、何が? という心境で、キースが首を傾げた。ロイドが優しく唇にキスをしたのはその時である。呆気にとられたキースは、何か言おうと唇を開いた。そこにロイドが深く口付ける。ロイドの舌が入ってきた時、キースは漸く意味を理解して、目を閉じた。自分の『仕事』を思い出した。これまで安眠を与えてくれたロイドに、報いなければと考える。舌と舌が絡み合う。唇同士が離れた時、キースが熱い吐息を漏らした。

「ぁ、ああっ」

 その後、服を剥かれ、キースは香油をまとったロイドの指を受け入れた。久しぶりの感覚に戸惑いながら、こらえきれない声に羞恥を覚える。二本の指をゆっくりと動かし、ロイドは中がほぐれるのを待つ。それが焦れったくて、キースは次第に体の熱に震えはじめた。丹念に丹念に指で慣らされる。ここまでゆっくりと誰かに解された事など無かった。痛くないようにとグレイルは気遣っていたし、ハロルドだってある意味前戯は長かったが、ロイドほど指だけでキースの体を開いた者は、誰もいない。

「あっ、も、もう良いから……ン」
「辛いのはお前だぞ? もう少し」
「あ、ああっ、う……あ」

 ロイドの指先が前立腺を見つけ出す。キースが一際大きな声を上げたのを見逃さず、そこを刺激してから、ロイドは指を三本に増やした。香油が指の動きに合わせて音を立てる。

「挿れてくれ……っ、も、もう、ああっ」

 キースが涙声でそう口にしたのは、約四時間後の事だった。
 その間、一度も触れられる事の無かった陰茎は、とっくに張り詰めていた。

「ああ!」

 頷きロイドが楔を穿つ。その熱と硬度に、キースは声を上げた。
 緩慢に入ってきたロイドのものは、左曲がりだった。ハロルドもグレイルも右曲がりだったから、初めて感じる刺激にキースは狼狽えた。挿入されただけで、気持ちの良い場所に当たった。

「ああああっ、あ、も、もっと、あ、早く」
「無理をさせるわけには行かない」

 ロイドは、医師として丁寧に扱おうと思っていた。医師ではなかったとしても、愛する相手には優しくしたかった。

 だが――キースは、もっと激しく気持ちの良い場所を突き上げられたかった。快楽を体が求めていた。我慢するほうが無理だったのである。

「やぁっ、や、ああ」
「嫌か? 抜くか?」
「ち、違う! 動いて、あ、動いてくれ!」
「馴染むまでもう少し待った方が良い」

 そう言ってロイドは動かない。根元まで挿入した後、キースを抱きしめるようにして、体の動きを止めたのだ。

「あああああああああああああ」

 繋がっているだけの状態で、キースは放った。もう限界だった。

「いやだ、あっ、ああ、あああああ」

 俗に言うスローセックスの状態でその日は更けていき、ロイドが放ったのは、翌朝の事だった。この日、キースは安眠を奪われたのである。