【一】平凡な僕





 僕は、ごく平均的な人間だ。平均が悪い事だとは思わない。可もなく不可もなしって、結構コレはコレで凄い事だと僕は感じている。高望みや卑下さえしなければ、ある程度安定した毎日を過ごせるって事だと、自分に言い聞かせている。

 名前は、佐崎陽ささきはる。大学生だけど、オンライン授業ばかりだから、最近はあんまり大学に行っていない。少しずつ一年生の時みたいに通学しての講義も増えてはきたけれど、四年生の僕は就活もあったし、多くの単位は取得済みで残りは卒論だけというのもあって、結局講堂に足を運ぶ機会はめっきり減った。

 本日もマスクをつけ、その後はワイヤレスイヤホンを装着し、大学図書館に文献を借りに向かった。学部は経済。ちなみに就職先では、営業をする予定だ。偏差値は中学・高校・大学共に中の中、会社の規模も中。なお顔面偏差値も中。髪形とかに気を遣う頻度も、人並、服選びも同様だ。

 人は言う。

「ハルって本当、平凡だよね!」

 悪気は無いようだし、僕はそれで満足している。
 きっと、今後もこうして人生が続いていくのだろう。
 僕はそう確信していたし、それを疑う事は無かった。

 ――大学図書館へと向かうため、バス停に向かって歩いていたこの瞬間までは。

 キィィィィィと、音がした。
 何だろうかと思ったら、目の前にトラックが迫ってきた。完全に、進行方向は僕。
 一直線に、スリップしているのか、はたまたエンジントラブルか、兎に角ブレーキが利かない様子のトラックがこちらめがけてやってくる。あ。はい。

 これ、死ぬやつですね……。

 まさか平均的に生きている僕の寿命が、交通事故死とは。
 瞬時にそう考えたのは、動けなかったからだ。事故に遭遇しそうになった結果、僕の体は動き方を完全に忘れた。一瞬にも長い時間にも思える状態で、僕は迫りくるトラックを見ていた。ただ見ているしか出来なかった。ぶつかったら痛いだろうか、だとか、考えてはみたけれど、現実感が欠落していた。が……直後、更なる異常事態が発生した。

 僕の足元が不意に光り始めたのだ。
 え? まだぶつかってないから、死後の世界に魂がいくとかじゃないと思うんだけれども? と、足元を見れば、何やら金色の魔法陣のようなものが出現していて、それが僕の周囲に展開している。そこから溢れた光に僕は飲み込まれた。丁度、トラックとぶつかる直前に。あまりの眩しさに目を閉じる。

「**!(成功!)」

 瞼の向こうの光が収束したと思った時、何か声が聞こえてきた。しゃがれた声音に、まずは片目をちらっと開けてみる。すると白く長い顎髭をたたえた人物が、杖のようなものを掲げていた。

「***、*****!(さすがは、ザイルくん。まさか初めての召喚で、人型の召喚獣を召喚するとは! エルバンス伯爵家のご子息だけはある! 人型召喚獣の多くは戦闘能力も高く、知能も高い事が多い! 本当にさすがだ!)」

 何が起こったのか、どうなったのか。
 事情が呑み込めず、僕は今度は両目を開ける。
 そして気づいた。僕は――なんだか縮んでいる。老人の前に、小学生くらいの少年がいるのだが、僕とその子は、目の高さが変わらない。赤髪の少年は、緋色の瞳を僕に向け、じっとこちらを見ていた。随分と端正な顔立ちの少年だなと思ってから、僕は視線を下げて自分の手を見てみる。やはり小さい。

「*****!(早速名前を聞いて、能力を確認するように)」
「****(分かりました、ヴァルズ先生)」

 しかし子供らしくなく、淡々とその子は老人と話している。

「――****?(名前は?)」

 それから一歩前へと出て、少年がじっと僕を見た。しかし言葉が分からないため、何を言われているのかさっぱり分からない。反応に困りつつも、話しかけられているらしい事は理解した。しかし何語だろうか? 僕は必修の英語以外の講義を取った事はないが、その成績も中であった。そして英語には思えない。服装的にも状況的にも、完全にファンタジー風である。どこぞのお貴族様のような上質な出で立ちの上に、何やら外套じみたローブのようなものを、その場にいる皆――多くは子供、そして白い顎髭の老人も羽織っている。

「……」

 僕が沈黙していると、暫くして、白い顎髭の老人が声を発した。

「……*****!(……ザイルくん、人型召喚獣は気位も高いし、親睦を深めて名前を聞いた方がいいかもしれないね、これは)」
「……**……******(……はい……つまりこの召喚獣は俺を認めていないという事だな)」
「******(ま、まぁ、焦らずに行こう。さて、召喚獣とそこの椅子に座るように。それで、次の召喚の儀を行う生徒は――)」

 その後、僕は子供に手を引かれた。
 そうして窓際の横長のソファに座らされた。足がつかないから、やっぱり僕は縮んでいる……というより、子供になっている。それから、髪を何気なく摘まみ、僕はびっくりした。金と銀を混ぜ合わせたようなサラサラの髪になっていたからだ。僕は就活で黒に染め直していたし、そうでなくとも人生でこんなにも明るい色にした事は一度も無い。え? サイズだけでなく、外見も変わっているのか? 焦っていると、光を感じたので、僕は視線を前方に戻した。すると床に刻まれている魔法陣が光始め、別の少年が何かを唱えた。結果、その場に水色のペンギンのようなものが出現した。

「**!(成功)」

 ……?
 僕もあのようにして、ここに来たのだろうか?
 死んではいないが、死ぬ直前に、ここに喚ばれたのは間違いない。
 そして姿が変わってしまったらしい。