【二】名前
その後僕は、何体もの謎の存在が喚び出されるのを見ていた。
僕以外に人間らしきものはいなかったが……。
そうして、どうやらその行事(?)が終わったようで、解散となった時、赤髪の子供に連れられて部屋から出る事になった。子供が僕の手を引っ張るから、大人しくついていく。
向かった先は、何やら塔で、階段を上っていくと、寝台がある部屋に到着した。
この子のお家だろうか? そう考えつつ、鏡があったので一瞥し、僕は顔を強張らせた。結果、映っている少年も顔を強張らせたので、間違いなく僕だ。そこには、ちょっと目を瞠る美少年が映っていた。目の色は、翡翠色だ。そしてとても綺麗な顔立ちなのだが……なんだこれは? 外見が変化しているという事は、何か特殊能力なども僕には備わったのだろうか? これまで平均的な人生を歩んできた僕には、交通事故ですら想定外なのに、この状況は完全に異常事態でしかない。夢? 実はトラックにぶつかっていたとか? それで昏睡中なのかな、僕? と、ぐるぐる考えたが結論は出ない。
「*****(もう一度訊くが、名は?)」
「?」
不意に声をかけられて、僕は我に返って少年を見た。いやまぁ、鏡に映る僕の新しい体も大概端正だが、この赤髪の子供の方が整った顔立ちのような気もする。よく分からない。
「――*****(俺は、ザイル)」
「?」
「****(ザイルだ)」
「……?」
「***(何とか言え)」
「……」
「***(ザイル)」
「……」
「……**(……はぁ)」
不機嫌そうな口調になってから、最終的に子供が溜息をついた。一体彼は、僕に何を伝えたいんだろう。そう考え、必死に拾った音を考える。『ざいる』と聞こえた。
「ざいる」
「!」
僕が試しに言ってみると、少年が目を丸くした。そして小さく頷くと、また言った。
「*******(そうだ、俺はザイルだ)」
「ざいる」
「***(しかし、俺が訊いているのは、お前の名前だ)」
「?」
ざいるって何だろうか……? いや、普通にあちらにとっても僕は不審者……というわけではないのかもしれないが、客観的に考えて、普通初対面時に確認する事はといえば、名前だとか、かな? 僕は試しに、子供を指さして、言った。人を指さしてはいけないという言葉は忘れておく事にした。
「ざいる」
「! **(そうだ。俺は、ザイルだ)」
それから僕は、自分を指さした。
「はる」
「ハル?」
「はる」
僕が頷いて繰り返すと、少年が再び目を丸くして、そして初めてはにかむように笑った。ずっと険しかった顔が、和らいだ。
「ハル**********(ハルは何ができる?)」
「?」
「**********(もしかして、言葉が分からないのか?)」
「?」
「******……(人型召喚獣は五歳児程度の知能があると聞いていたから、今年七歳になる俺とそう変わらないはずなんだが……)」
「?」
「****? *******(知能は低いのか? では攻撃魔術を放たせるのは危険だな。制御に注意しなければ)」
「?」
「****……(それとも魔術も使えなかったりするのか? 人型というだけならば、最も下等な召喚獣は淫魔で、能力は性行為だったはずだが……)」
「?」
「……********(いずれにしろ、人型召喚獣は、人間と同じ食物を口に出来るはずだ。まずは、餌を与えなければな)」
何を言っているのか全然分からない。泣きそうになりながら、僕は見守っていた。
すると戸棚に向かって『ざいる』が歩き始めた。眺めていると、林檎を一個持って戻ってきた。
「林檎」
「***? ****?(これは、林檎だが? 何を言いたいんだ?)」
「林檎」
「リンゴ?」
「林檎」
「……***(林檎)」
「?」
「――****(独自の言語でもあるのか? 厄介だな。しかし過去に、独自言語を持つ召喚獣が来たという話は聞いた事がないが)」
ブツブツとザイルは何事か呟きながら、片手に載せた林檎を見て、逆側の手で指を鳴らした。瞬間、林檎の皮がくるくると勝手に剥けた。え? なにこれ? 魔法?
最終的に六等分になった林檎を、傍らのテーブルの上にあった皿にのせて、ザイルが僕に差し出した。おずおずと受け取る。どう見ても林檎である。食べろという事だろうか? 確かに朝食を抜いて図書館に向かおうとしていたから、空腹ではある。折角だからと一個手に取り、僕は口に含んだ。甘くて美味しい。
「*****(餌は果物で構わないようだな。安心した)」
「?」
完食してお皿を返すと、ザイルがじっと僕を見た。
「********(召喚獣とは、親睦を深める為に同じ寝台で眠る規則だ)」
「?」
「*****(召喚には膨大な魔力を使う。俺は疲れたからもう休む。お前もこい)」
「?」
また何か言い始めたが、理解できないので首を捻っていると、手を引かれた。
そして、寝台に上げられた。
目を丸くしていると、隣にザイルが寝ころび、そして毛布をかける。
なにこれ?
そう考えていたら、すぐにザイルが寝息を立て始めた。寝るの? え? 僕も寝ろって事? 困惑しつつも、もしかしたら眠ったら、夢も覚めるかもしれないと考えて、僕は必死で目を閉じる事にした。