【6】バルトと、★



 朝の九時きっかりに、カロンさんはやってきた。
 魔術で体を綺麗にしておいた俺は、再び、後ろの孔に指をつっこまれた。
 時折やっぱり変な感じがする箇所に指が当たったが、俺は唇を噛んで堪えた。

 だが、この苦行も、コレを除けばあと一回で終わり。
 そう思えば俺は堪えられた。
 というか、堪えるしかないだろう――!! 貧血で寝たきりとか嫌だし!!

 そんなこんなで今日は依頼に出かけるのは休むことにして、かつ食欲もなかったので(これは人面蛾のせいかもしれない。思い出しても気持ち悪い)、一日中部屋でゴロゴロとしていた。

 今日で異世界生活五日目なのに。
 ここに来てから思ったのだが、案外一週間とは濃密だ。

 日本で引きこもっていた時は、一週間なんて一瞬で過ぎ去ったのだが……換言すると、なんというか、時間が全然足りない。だって、後たった二日で、ここを出て行く期限なのだ。

「……もう一週間泊めてもらおうかな……」

 実際、たった二度しか依頼に出てはいないが、それでもお金は貯まったのだ。
 前借りした分やツケなど諸々を払っても、まだ余るくらいの余裕がある。
 借金0で、新たな気持ちで、冒険者としてのスタートを切るのも悪いことではないのかも知れない。

 そんな事を考えながら、俺は午後五時を待っていた。
 秒針の音がいやに耳につく。

 時刻ぴったりに俺の部屋の扉はノックされ、ギシギシと軋んだ音を立てて扉が開いた。

「こんにちは――っ、て、あれ?」

 入ってきたのはバルトだった。
 俺は思わず首を傾げる。

「カロンさんは?」
「……残念だったな、総括じゃなくて」
「嫌別に残念じゃないけど……え?」

 そこにバルトが立っているということは、今回は、バルトが俺に薬を塗るという事か、そう言うことか? そういえば総括は、他の者に一任できるんだっけ。

「さっさと脱げよ」
「お、おう」

 いつも通り冷たいバルトの顔を一瞥してから、おずおずと頷いて、俺は服を脱いだ。
 そこまでは、これまでにも経験したとおりだった。

「全部脱げよ」
「――へ?」

 しかし続いた声に、俺はポカンとした。これまでに、全部服を脱いだことはない。
 下だけ脱げば良かった。

「シーツも服も、汚れると迷惑なんだよ。掃除する身にもなれ」

 溜息混じりにバルトが言った。
 なるほど、カロンさんと違ってバルトは、部屋の清掃なども行うから、色々と気にしてしまうのだろう。治療してもらう身であるのだしと頷いて俺は、素直に服を脱いだ。

「……」

 すると淡々とバルトが俺の体を見た。なんだよ、恥ずかしいだろうが。そんな心境になりつつも、寝台の上で、うつぶせになる。視界の端に、薬液を指にまぶしているバルトが見えた。

 やはり面倒くさそうな顔をしている気がする。
 きっと、カロンさんが多忙なんだろう、それでやりたくもない仕事を押し付けられたと言ったところか。とはいえ、非常に申し訳ないが、早いところ体内の鱗粉を駆除して貰わないと、俺も困るのだ。

 何せ、コレで最後! コレを乗り切れば、俺の後ろの孔は、自由の身になるのだ!

 そんな事を考えながら、ゆっくりと入ってきた、バルトの滑る指の感触に息を飲んだ。
 それから。
 暫くしてのことだった。

「……ッ……」

 おいおいおいおい、明らかに今なんか、バルトの指の腹が刺激した箇所が疼いたぞ。
 疼いたぞ……。
 俺は認めたくなくて、泣きそうになった。

「っ、ああっ」

 が、重点的に、そこへとバルトが薬を塗り込み始めた。
 ジンと刺激が、俺の体を震わせる。
 睫まで震えている気がする。
 しかして声を出してなるものか、コレは単なる治療なんだぞと、俺は必死で唇を噛んだ。

「っ……ッ……ふ」

 ゾクゾクと背中が震える。
 四つんばいになっているのが辛くなってきて、腕の力が抜けたから、頭をシーツの上に屈した腕の上に押し付けて、上がった吐息を誤魔化した。やばい、足も震える。

「……動くな。塗れねぇだろ」
「ひッ」

 その時、ガシッと俺の腰を掴んで、バルトが引き寄せた。
 少し硬い指の感触が肌に触れただけでも、何故なのか体が熱くなる。
 俺が体を震わせている間も、バルトの指の動きは止まらない。(多分)前立腺を、嬲るように弄るのだ。

 確かに、確かにだ。
 これまでも、カロンさんに薬を塗ってもらうときに、その変な感じになる箇所に、偶発的に指が触れたことはあった。だが、こんな風に露骨に刺激されたこと何て無かったから、何とか気のせいだと思ってコレまで過ごしてきたのだ。

「感じてるのか?」

 バルトの冷ややかな声で我に返った。本当に感情が一切みえない。
 絶対俺の痴態を気持ち悪がっているんだろうコレは……。

「薬足すから」
「へ? や、あ、も、もう良いって……」

 いつも、こんなに長時間にわたり、治療なんて受けない。
 ちらりと時計を一瞥すれば、もう、一時間半くらい経っていた。大体コレまで、一時間だったぞ。

「っう、ぐッ」

 しかしドロドロとした液体が中へと入ってきた物だから、俺は思わずキツく目を伏せた。
 涙がこぼれるのが止められなかった。

「ちょ、っ、おい!」
「なんだ?」
「何で指を二本もいれるんだよ……ッ……っ」

 コレまでカロンさんに薬を塗って貰うときは、いつも一本だけだった。
 そりゃ、カロンさんよりバルトの方が指は細いだろうが、だからといって……。

「別に」

 別にって、おい、人の体だと思いやがって!

「んぅ……ッ、ぅ……ふ」

 唇をしっかり噛む物の、どうしても声が押し殺せない。
 その上、今までには聞いたことの無いような、ヌチャヌチャという音が周囲に響き始めた。中身をまるで解すかのように蠢くバルトの指。ゾクゾクと体が震え、背がしなった。

「ぁ……っ、うあッ」

 もう俺は限界だった。

「……ココが良いんだろ?」
「ンア――……!! ひ、ゃ、止め、止めろ、止めてくれッ!!」

 揃えた指先で、一番感じる箇所を、強めに刺激された。
 気づけば俺は悲鳴を上げていた。

「あ、あっ、うあ、嫌だ、嘘だろこんなッ」
「気持ちいい?」
「う、うるさっ……ひ、ひゃ、ぁ、あ、ああああッ!!」

 自分の体が自分の物でなくなったような気がして怖くなり、必死で頭を振る。
 涙が止まらない。
 実際――認めたくなくてしかたがないが、バルトの指先が与える刺激が、確かに気持ちいいのだ。

「うっ、ぁ……ッ、うう」

 体が熱い。身をよじると、喉が反って息苦しくなった。

「止め……ッ」
「無理」
「んア――……ひッ!! あ!!」

 三本目の指を押し込まれ、俺は目を見開いた。
 なんだコレ、一体何で俺は、こんな状態になっているんだ?

「!」

 その時、唐突に、バルトの手で、前を掴まれた。

「あ、あ、あ」

 そのままゆっくり、しごき上げられる。自分でも先端から、先走りの液がこぼれたのが分かった。

「イきたいか?」
「っ」
「なぁ、ソルト」
「ぁ……ふッ、ぁああッ」

 俺は無我夢中で頭を振りながら、バルトの手から逃れようとした。
 だが力の抜けた腰も、気持ち良さが覆う全身も、全く俺の意志では動いてくれない。

「――……忘れられなくなるぐらい、二度と男が無理だなんて思わせないぐらい良くしてやるから、だから」
「っ、ぁ」
「初めて、俺にくれよ」
「ンァ、な、なんでっ……ッ、あ、ああっ、バルト、や、嫌だ、止めッ」
「嫌か?」

 苦しそうに耳元で囁かれて、その声が泣きそうに聞こえて、泣きたいのは俺だと本気で思った。

「違っ、イきたっ」

 しかし本能という物は素直な物で、俺の体はもう、射精したいのソレ一色に染まっていた。それ以外考えられない。ってか、こんなもん、初めてだろうがそうじゃなかろうが、どっちにしろ、きつい。きついだろ。何が初めてをくれだ! もし俺の体が今快楽色に染まっていなかったら、絶対に跳び蹴りを食らわせてやる物を! そこまで考えて、嗚呼、俺、今気持ちいいんだなぁと自覚した。

「――!!」

 その時だった。めりめりと、幻聴かも知れないけれど押し広げられる音と感覚がして、俺の中へと、熱くて固い何か――多分バルトのソレが入ってきた。

「あ、あ」

 息をしようにも、喉が震えて、苦しい。
 涙がボロボロとこぼれるのを止められない。

「ソルト、落ち着け。ゆっくり、息しろ。な?」

 いつもは冷たいくせに、こんな時だけ気遣うような、非常に優しい声でバルトが言う。

「キツ……ちょ、緩めろ」
「む、無理……っ、ううっ、あ、あ、ああッ!!」

 引きつるような感覚に、俺の自身は、多分萎えたのだろう。

「っあ!」

 それを見越したかのように、ゆるゆるとバルトが、手で俺のそれを扱く。

「ううっ……ひゃッ……ああンッ」

 その上、中の感じる場所を抉るように突き上げられた。
 っていうか、何でバルトは俺にこんな事をしているんだ?
 コイツ、カロンさんのことが好きなんじゃなかったのか?

 俺の頭は大混乱だ。体の快感も大混乱状態だ。頭が真っ白になって、突き上げられる度に、チカチカと視界が白く染まる。

「うン、ぁ……や、やぁっ、バルト、バルトッ」

 怖くなって俺は思わず夢中で振り返り、抱きついた。
 我ながらアクロバティックな体勢だったと思う。
 兎も角バルトの首に腕を回し、俺は涙でにじんだ視界で、端正なバルトの顔をじっと見た。

「もう、俺、無理――……っ、ひ、あ、アアア!! や、うア――!!」

 瞬間激しく何度も突かれて、俺は意識を飛ばした。



***


「……はぁ」

 体内に放ってしまった精液を掻き出した後、改めて薬を塗って、それから服を着替えさせ、寝台へとソルトの体を横たえた。ソルトの意識はない。

 それから、近場の椅子を引き寄せて、ベッドサイドで青白いソルトの寝顔を見据えながら、バルトは溜息をついた。

 ――顔が綺麗だと体も綺麗なのか。

 そんな感想を抱けたのは最初だけで、それよりもずっと前から知っていた、耳に凄く心地の良いその声で、あえぎ混じりに泣く用に名前を呼ばれた瞬間、バルトは理性をとばしてしまった自分自身のことを思い出して、憂鬱になっていた。

 これは、職務を利用した、強姦だ。

 はっきりとその事実をバルトは自覚していた。

 カロンが、用事があるから誰か薬を塗る変わりの人間を、と探していた時に、真っ先に名乗りを上げた自分のことを、今思い出してもバルトは情けなく思う。普段ならば、そんな面倒なことは引き受けないにもかかわらず、他人になんと思われるかすら一切気にせず、己は名乗りを上げていた。

 もうここまでくれば、自覚するなと言う方が無理だった。

 己は、確実に、間違いなく、ソルトのことが好きなのだろう。
 椅子の上に体育座りになり、膝に顔を押し付けて、バルトは再び溜息をついた。

 ――中身なんて、まだ全然知らない。

 顔を合わせる度に、笑顔を向けてくれる所くらいしか知らない。
 それって結局顔が好きって事じゃないかと、バルトは唇を噛む。

 確かにソルトの外見は、ちょっとぎょっとするくらい魅力的だ。だが、見目の良い人間と体を交わしたいのであれば、それこそ花街に行って男を買えば良いだけだ。そうであれば、きちんと料金だって発生するし、双方合意の元となる。

 だが今回のコレは――確実に合意なんかじゃない。

 ――嫌われた。
 ――嫌われただろう。
 そもそも好かれて等いなかったのかも知れない。何せ無愛想で有名らしい己なのだからと、再びバルトは頭を抱えた。

 最後まで、嫌だ止めろと言っていたのだし、そもそもソルトは、同性愛者ではないそうだ。もう何をどう考えても、悲惨な未来というか、絶望的な未来しか浮かんでこない。

 だが、自分の未来がそうなのは別に良い。
 ――無理矢理犯してしまったソルトが、それを苦にしたら、どうする?
 ――一体、どんな償いが出来る?

 考えれば考えるほど、バルトは分からなくなる。ぐるぐると思考の迷宮に囚われる。


「ん」


 その時、ソルトが身じろぎをした。
 ビクリと肩を振るわせて、恐る恐るとバルトは、顔を上げたのだった。



***


 体が泥のように重い。
 本当、重い。
 俺は瞬きをすることにすら辟易しながら、それでも目を開いた。
 するとそこには、椅子に座っているバルトがいた。

「……おはよう」
「……」

 折角挨拶してやったというのに、奴は何も言わない。
 というか、何故コイツは此処にいるのだろうか。
 鈍く痛む頭に手を添え、記憶を探る。

「!」

 そして目を見開いた。そうだ、そうだよ、俺。薬を塗って貰って、
 ソレで――……

「……」

 何故なのだか分からないが、俺は自分の顔が熱くなったのを自覚した。
 きっと恐らく、真っ赤だろう。
 うわ、まともに、バルトの顔が見れねぇよ。
 慌てて視線を背け、俺は、パクパクと唇を動かした。
 要するにアレだ、これはアレだ、アレという奴だ――ヤっちまったよ、俺!!

 賢者(アラサー童貞)に俺は、なれないらしい。
 嫌……男とヤった場合もカウントするんだろうか?
 チラッと俺はバルトの顔を見てみる。
 するといつも以上に氷みたいな無表情で、かつ無言で俺を見ていた。

 きっと……俺の痴態が余程気持ちが悪かったのだろう。退き気味という奴だろう。それにしても目が醒めるまで此処にいてくれたというのは優しさか……嫌、きっと仕事だからか。あれだな、薬を塗ってる内によがりだした冒険者を、仕方なしに相手してやったとかそう言うことなんだろうな。そう考えると、心底申し訳ない。逆の立場だったら、多分俺は、拒否って逃げていただろう。

「……あ、の、その……悪かったな」

 頑張って笑みを取り繕いながら、俺は言った。

「っ」

 すると何故なのか息を飲み、バルトが目を瞠った。

「ごめん、その、薬塗って貰っただけだってのに……ははは、俺、男無理とか言ってたくせに……その、気持ち悪い姿を……だから、その……」

 俺の台詞、どんだけ『その』が多いんだよ。我ながら哀しくなってくる。

「あれ、あれかな。うん。初めてだったけどさ、俺、才能在るのかもな! それともお前が上手なのか? きっとソレだ、そうだと思わせて下さい。うんうん、気持ち良かったです。あれだなぁ、最初に聞かれた時、俺選択間違ったのかもな! きっと男娼の方が向いてたんだろうな! はははははは」

 精一杯明るい声で俺は言ってみた。

 それが、俺にできる、現在可能な精一杯の事柄でもあったし、正直多分、混乱してもいたんだと思う。だってだ。改めて言わせてもらうのであれば。いきなり異世界に突き落とされてだ。それも、チート能力もなければ、ハーレム要素もないし、ガイドしてくれる存在も何もかも0。そうだ、0だ! そんな中、必死で辿り着いてみたら、男ばかりの同性愛横行社会で?

 依頼だって何回かこなしてみたけど、完全成功なんて今のところ一回もないし! そんな最中で、生理的に無理だと思ってて、これまで考えてもなかった男同士のSEXとか経験しちゃったんだぜ? おいこれ、俺、どんな不幸だよ? 俺は悲劇のヒロインぶるつもりなんて微塵もないが、本当は、来てからずっと、この地に降り立ってからずっと、不安で一杯だったんだよ。

 苦しくてだけど、それを相談できる相手なんて、いやすらしない。そんな中でやっと漸くちょっとだけ築いた人間関係がこのギルドで、最初に俺に優しくしてくれたのがバルトなんだよ。これで、バルトとも気まずくなって?

 俺がここから、一週間の滞在期間も関係無しに出て行くことになったとして? これからどうしろって? 俺、どうすりゃ良いんだよ。わけわかんねぇんだよ、本当は。異世界とか何だよ。普通存在しないだろ。俺は、俺は――……ッ、嗚呼クソ。もう全部ヤだ。

 気がつくと俺は、表情は笑ったままなのに、双眸からボロボロと涙をこぼしていた。
 唇だけが弧を作って、笑顔を描いているのが分かる。
 きっといつも以上に変な顔のはずだ。

「ソルト、お前――」
「ごめん、ごめんな、バルト……っ、うあ」

 俺のこと嫌いにならないで欲しい、嫌悪しないで欲しい、気持ち悪がらないで欲しい、そんな事を言って縋り付きそうになった俺は、必死で唇を噛んで、そんな言葉を止めた。顔を背けて、涙を拭って、全部を誤魔化そうと思った。

「……ッ!!」
「!」

 しかしその時、俺は、温かくて力強い腕の感触に引き寄せられて、目を見開いた。

「なんで……ッ、なんでお前が謝るんだよ」

 バルトの声が、すぐ耳の側でした。
 吐息がくすぐったい。
 前にも、誰かの吐息に対してそんな事を想ったことがあった気がしたが、あの時とは違って、決して気持ち悪くなかった。

「確かにただ薬塗っただけだ。ただ、それはお前側の視点だろ、ソルト」
「は?」
「俺は下心があって、最低なことに、お前に触りたくて薬を利用したんだよ」

 叫ぶような何処か切なさの宿るバルトの声を聴いて、きっとこいつは優しいからこんな風に言ってくれるのだろうと俺は思った。

「……そんなはず、無ぇだろ。だってバルトは」
「……」
「カロンさんのことが好きなんだろ?」
「――は?」
「だってあんなにもカロンさんに、俺に薬ぬらせるの嫌がってたじゃないか」
「馬鹿なのか!?」
「誰がだよ……」
「お前だお前。ソルトだソルト。俺がいくら男がイけるって言ってもあのオッサンは対象外だ、ってそう言う事じゃなく……っ、あのな。オッサンがお前に触るのが嫌だったの。お前が触られるのが嫌だったんだよ俺は!」

 いつもより饒舌なバルトは、そう言って、信じられないというような顔で俺を見た。

「……ええと?」

 しかしいっぱいいっぱいな俺はその言葉の意味が上手く理解できない。

「だから、俺は……ッ、馬鹿ソルト」
「?」
「お前のことが好きだって何で分からないんだよ!?」
「え、そうなのか?」
「ああ!! それで、昨日薬を利用して、お前を手込めにしたわけだ。謝るのは俺だろ、どう考えてもな!! お前の才能とか知るか。ただ、お前が冒険者になった選択は間違って無ぇ。俺が保証する。あんなに楽しそうに依頼こなす冒険者は稀だからな!」

 バルトはそう言いきってから、再び俺を抱きしめた。
 顎が俺の肩に乗る。
 髪の毛が当たってくすぐったい。

「だから、だからその……――っ、謝らないとならないのは俺なんだよ。悪かったな。お前の本意じゃないのに、仕事を口実に、無理矢理して」
「……」

 俺は額をバルトの鎖骨付近に押し付けたまま、ぼんやりとそれを聞いていた。

「もしお前が訴えるって言うんなら、それで良い」
「――へ?」
「ギルド職員による性的暴行は、きっちりと免責される」
「いやけど、男同士でそんな」
「前から思ってたんだけどな……お前、男同士だと、こういう規則厳しい土地から来たのか? 普通に≪花都≫では、相手が男だろうが女だろうが罰せられるのが普通だ」

 確かに俺は、異世界から来ました。
 男同士のセクハラとか、大変訴えにくい世界から来ました。
 まぁ、俺はそんな被害にあったことがないのでよく分からないけれども。

「――俺が訴えると、バルトは捕まるのか?」
「どうだろうな。領主様の裁判の結果による。ま、最低限、職は失う――……って、気にすんなよ。別に、情状酌量して欲しくて言うんじゃねぇから。お前が、なんも知らないから……」
「それって、バルトがここからいなくなるって事だろ?」
「まぁ」
「嫌だ。だから俺は訴えない」
「……あのな。お前さ、ソルト。じゃあ何か、今後も強姦されても訴えないつもりか? そんな評判がたったら、すぐに襲われるぞ」

 呆れたようにバルトが言う。しかし俺は首を振った。

「強姦じゃなくて、同意なら良いんだろ? ここ、男同士OKなんだから」
「っ」

 するとバルトが目を見開いた。

「同意だった。お前は俺のこと、別に軽蔑しない。これでどうだ?」
「――軽蔑?」
「だってさ、男にいきなりされてよがるってさ、はは」

 俺が笑うと、バルトが困惑したような顔をした。

「……ソルト。一つ良いか?」
「ん?」
「別に、な。男同士だろうが、男と女だろうが、気持ちいいって思うのは、軽蔑されるような事じゃないんだぞ。しかも俺は――もう、はっきり認める。お前のことが好きなんだ。だから、好きな相手に気持ちよくなって欲しいって思ってた。それで、仮にソルトが少しでも、そう思ってくれたんだとして……それを軽蔑するなんてあるわけねぇだろ」
「っ」

 その言葉に、今度は俺が目を見開いた。

「だ、だって、普通、男が、男に喘がせられてたら気持ち悪いだろ!」
「ソルトの生きてきた場所の普通を俺は知らない。何処の田舎だ?」
「それは、その……」
「気持ち悪くなんか無かった。寧ろ……いや、その」

 鼻梁をおさえるようにして、バルトが顔を背ける。若干、頬が赤くなった。何故だ!

「ただな。田舎だろうが都会だろうが、犯罪は犯罪だ。多分俺は、無理矢理やったから、お前に対して罪悪感を持ってる。だから、犯罪者として突き出されたいのかもな――何せ、ソルトは別に、俺のことが好きじゃないんだから」

 バルトはそれから、唾液を嚥下し、改めて真面目な顔でそう言った。

「好きじゃないって……」

 確かに恋愛対象として考えたことが俺にはない。しかし好きか嫌いかと言われたならば、好きだ。好きなんだぞ。一体俺はどうすれば良いというのだろうか。ただ一つだけ分かるのは――……バルトが目の前からいなくなってしまって、会えなくなるのは嫌だと言うことだけだ。

「……その、好きじゃないのかも知れない、分からない。恋愛とか、俺、分からないんだよ」
「奇遇だな。俺も、ソルトに会うまでずっとそうだった」
「だ、だから、その……同じなら、分かるか? あのさ、恋とか愛とか分からないけどな、会えなくなるのは嫌なんだよ」
「……分からなくはない。けど、今の俺は、多分、恋がどんな物か分かってるつもりだから。会ったらその分、きっと欲しくなる」
「え」
「俺に触られるの、嫌じゃないのか?」

 そう言ってバルトが、俺をさらに強く抱きしめた。

「一緒にいるって事は、その分、今回みたいに、いつまた俺の理性が働かなくなって、お前のこと押し倒すか分からないって、そう言うことなんだよ」

 淡々とバルトが言った。俺は、その言葉を、呆然と聞いていた。
 当然、押し倒されるなんて言うのは困るのだ。
 だが、だが。

「――要するに、俺が押し倒されなければいいって事か!」

 俺はひらめいた。

「あ?」
「つまり俺が隙を見せず、お前に何もさせず、お前を犯罪者にしなければいいって事だろ、バルト」
「お、おう……」
「俺、頑張るわ!」
「……」

 断言した俺を、ポカンとした顔で、バルトが見上げている。

「俺は必死こいて後ろの孔を死守する! それを此処に宣言する!」
「……いや、あの、別に俺の恋人になるとか言ってくれても良いんだぞ」
「へ? いやだってそれは、ちょ、さすがに」
「さすがに?」
「――”まだ”無理だ。出会って一週間も経ってないんだからな」

 笑った俺に、虚を突かれたような顔をした後、初めてバルトが満面の笑みを浮かべた。
 俺は、コイツの笑顔を見るのは、これが初めてだった。

「ああ、”まだ”な。これから、じっくり落としてやるよ」
「いや遠慮します」
「てめっ」

 そんなやりとりをして、笑いあう内に、俺達はいつの間にか、元の通りに――あるいは今までよりも少しだけ仲良く会話が出来るようになった気がした。

 それが、俺に異世界での恋人が出来るまでの、契機だったんだろう。
 異世界トリップって、多分そんなに悪いものじゃない。
 元々いた地球世界だろうが異世界だろうが、人間関係も、友情も――そして恋心も変わらないのだから。

 俺の心温まるかもしれない恋のお話は、ご想像にお任せします。
 多分ソレって、お姫様と王子様はその後幸せに暮らしました、的なお伽噺になるだろう。
 だから、要するにOnce upon a time....から始まって、『いつまでも幸せに暮らしました』で、終わるような感じである。

 ここに来て、バルトに初めてそれを教えてもらった。
 多分な。
 恋って、愛って良いよな。



***


 ――これが、始創の賢者がこの世界にいる、存在証明となったのである。