34:魔王の求める白い冬



≪聖都≫を出たのは、その直ぐ後のことだった。
ルイは神殿に残るとのことで、フランは何処へと行ったのか、姿を消した。
ただ僕は、オニキスに手を引かれて次の街へと移った。
「!」
そこには、舞い散る綿雪があった。
それは――ずっと見たかった、雪だった。冬だ。だが、先ほどまで居た街はまだ夏の終わりだったから、虚を突かれて僕は息を飲んだ。
その街は草原に囲まれていて、周囲には囲むように山がある。
「お前、コレが見たかったんだろ?」
「――オニキスだって、一緒に見たいって言ってたじゃないか」
「ああ……それに、思い出したよ、俺が失ったモノを」
アルトは視線を向けて、目を細めた。
一体何を彼が失ったのか聞きたい気もしたが、果たして己に聞く権利があるのか分からなかった。
一面の雪景色が、二人の前の草原に広がっている。
「なぁ、アルト。お前に、”大切”な友達が居たことはあるか?」
不意の言葉に、僕は首を傾げた。そう言われて思い出すのは――もう千年以上経っているというのに、相変わらずたった一人だったから苦笑してしまう。
「あるよ」
そう答えると、雪を見据えていたオニキスが振り返った。
「誰だ? 名前は?」
「……置田って言うんだ。置田爾季栖オキタニキス。僕らの世代って、DQNネームとか、キラキラネームって言われるような、変な名前が流行ってたんだよね」
懐かしいなと思いながら、アルトは微笑んだ。
「そいつは――お前にとって、どんな奴だった?」
「そうだな。僕の、たった一人の、一人だけの大切な友達だったよ。僕には、あの世界で、置田以外、誰もいなかったからなぁ」
目を伏せアルトが言うと、オニキスが息を飲んだ。
「……それは、友情か?」
「うん、そうだね」
「もし仮に、その相手が恋情を抱いていたとしたらどうした?」
「考えたこともないから、よく分からないよ」
率直に僕が言うと、不意にオニキスが僕を抱きしめた。
「でも、今、今は少なくともお前は俺の恋人なんだよな?」
「え? どうしたの急に」
「俺は思いだしたんだよ」
「何を?」
「冬の夢を見る理由を」
そう言うと、オニキスが僕」の両肩に手をのせ強く掴んだ。
「――俺は、そうだ、俺は、いつだって、現実ではないどこかでチート能力だとかそんなものを得ることを望んでいたんだよ。魔王を倒すみたいな、そんなかけがえのない存在でありたいと思っていたんだ」
「……オニキス?」
その言葉の意味が分からなくて、僕が首を傾げる。
「だけど現実世界において、俺の居場所はお前の隣しかなかったんだよ在斗。多分俺は、本当はお前が側にいてくれれば、それで良かったんだ。お前が居なくなっては自分勝手だったって気づいた。俺は、お前の事が好きだったんだって」
何を言われているのか分からなかったのだが、だけど、けれど、胸の動悸が速まっていく。
「お前が死んだって聞いた時、俺はもう、自分が生きている価値なんて無いと思った。だから、そうだ、だから俺は――……飛び降りたんだよ。そうして神様だとなのる白い光と会ったんだ。その時、欲しいモノを聞かれたから、俺は、そうだ俺は、もう辛いお前と一緒にいた記憶を消して欲しいと願ったんだ。お前が居ない世界で何て、俺は何処であっても生きていける自信がなかったから」
それは、それは……――どういう意味なのか。
ただ僕は目を見開くしかない。
「今になって思えば、俺はずっとずっとずっと、お前を失った、大切な者だったお前を失った冬が、きっと――嫌いだったんだ」
その声に、僕は唇を噛もうとして止めた。
「……置田?」
「ああ、そうだよ。お前の記憶だけ消して貰って、都合良くチートやってる転生者が、俺なんだ」
「全然見た目違うじゃん」
「お前だってそうだろ――だけどそんなんじゃない。お前を見た瞬間に、俺はお前の事を忘れていたのに抱きしめてた。結局忘れるなんて無理なほど、俺はお前が好きなんだよ」
日本の世界にいた頃の大親友のそんな言葉に、気づけば僕は苦笑していた。
「そっか。有難う」
「どうしても……どうしても俺は、きっとお前に会いたかったんだ」
そう言ってオニキスが僕を抱きしめた。
そこへ丁度再び雪が降り始めた。
「――今になって思えば、置田と一生離ればなれになった冬を、僕も疎んでいたのかな。だから”ソドム”には冬が来なかったのかもしれない」
笑いながらそう言ったはずなのに、僕の瞳からは涙が滴っていた。
「その頃はずっと言えなかったけどな、今なら、”オニキス”じゃなくてもちゃんと言える。お前の事が好きなんだよ、俺は」
その一言だけで、アルトは胸が温かくなるのを感じた。
「これからは、ずっと一緒にいてくれないか?」
オニキスが言った言葉に、気づけば僕は苦笑していた。
「僕は――本当に愛する人が出来たら、死ねるんだって。それまでの間でも、構わない?」
そうだ、そうなのだ。
一目惚れなんかでもないし、告白されたからでも何でもなかったのだ。
二人の間にはきっと、赤い糸が繋がっていたのだろう。
「絶対に俺が死なせない」
断言してオニキスが僕を抱きしめた。
「愛してるんだ。どうして、生きてる間に言えなかったのかって、ずっと後悔してた」
「きっとそれは、僕達が、そう言う関係性だったからだよ」


さあ、嗚呼、雪が舞いしける。
抱きしめ合った二人の髪の上にも綿雪は降って、溶けていく。


それから二人は、魔族の土地”ソドム”へと戻った。
以後――”ソドム”には、魔王の求める白い冬が訪れるようになったらしい。
嗚呼、ハッピーエンド。
彼等の結末の一つはコレで終わりだったが、まだまだ末永く幸せに暮らしましたには、ほど遠いのかもしれない。紆余曲折、試行錯誤しながら、彼等はこれからも生きていくのだから。ただ。

「愛してる」

誰かがそう呟いた声だけが、空に溶けていき、鴉がそれと交差するように飛んでいったのだった。