33:≪聖都:ローズマリー≫


数日後、無事に目的地である≪聖都:ローズマリー≫へとつくと、そこは歓喜の声で溢れていた。それは全て、元凶たる魔王を対峙して戻った勇者一行への讃辞だった。
そのまま、僕の存在も不思議に思われないまま、王宮へと連れて行かれた。
「よくぞ戻った勇者よ。魔王討伐を誇りに思う」
人間の世界の国王がそう述べた。
僕は王冠を眺めながら、頭にあんな重そうなモノをのせていて、首が痛くならないのかと首を傾げそうになる。
「コレで平穏が訪れよう、娘の姫との婚姻を」
国王の言葉に、しかし、勇者であるオニキスが首を振った。
「俺には既に愛する恋人がおりますので」
誰だろう……僕はそう考えてから、思わず息を飲んだ。もしも僕のことだったらどうしよう。自意識過剰かもしれないけれど。
「それよりも」
その時周囲に冷気と威圧感が漏れた。
思わず僕ですら息を飲むほどの強い気配だった。
「――何故俺の家族――両親も妹弟を殺したのですか?」
聖都の鳳凰であり、この国の王である壮年の男はその言葉に頬杖をついた。
「誰からそんな嘘を吹き込まれたのだ?」
「嘘、ですか……」
「勇者オニキスよ。お前の村は、魔族が勇者を狙い襲撃して、災難にあったのだ。それが事実だ」
僕は思った。
全部僕の嘘だと思って、この場でオニキスが僕の首を刎ねてくればいいのだと。
今では多分僕は、オニキスとずっと一緒にいたいと思っているから。
だから、もう死ねるはずなのだ。
「――その通りだよ。君は今まで、魔族や魔王の戯れ言に騙されていたんだ」
僕は精一杯、嘲笑を浮かべることに尽力した。
「馬鹿げた勇者だな、本当に滑稽でならない。さっさと魔王を殺せば良かった物を」
そう告げ、僕は声を上げて笑った。
ただそれだけが、僕がオニキスにしてあげられることだと思ったのだ。
「っ」
すると息を飲んで、オニキスが僕を見た。相変わらず、その眼差しは強い。
それから、スッとオニキスが目を細めた。
「彼は、人間が悪いとは一言も言わず、魔族の悪しき部分を糾弾してくれた大切な仲間です」
その時国王に向かい、僕を一瞥してからオニキスが告げた。
「そうか。良い友を得たな」
飄々と王は言う。
「友ではありません。私の愛おしい相手です」
そう宣言したオニキスが、いきなり僕の腰へと手を回し抱きしめた。
「陛下、貴方の言葉が真であろうが否が、俺は構わない。ただ、コイツだけは、俺が貰う」
その声に、国王が目を細めた。
「……そうか。姫よりも、同性の祖奴を選ぶというのか?」
「もう俺は貴方の指示を受けるだけの勇者じゃない。これからは、好きに生きる。邪魔をすれば、見ていろ――……この意味が分かるよな」
言い切ったオニキスが、不意に僕の手首を掴んだ。
「行くぞ」
そのまま彼が歩き出したものだから、僕はのけぞるように引っ張られ、玉座の間を後にするしかない。


「お前度胸あるよな」
一緒に謁見していたフランが、杖で肩を叩きながら苦笑した。
「全くです」
今は四人で、城の外へと出てきたところだった。
「――ま、ラブラブで良いことだ」
そう言ってからフランが僕を見た。
「なぁ、オニキス。ちょっとアルトを借りても良いか?」
「……どんな用件だ?」
「魔術が使える者同士の話しなんだよ。お前があんな事言ったから、これからアルトは大変そうだからな」
そんなやりとりをしてから、僕はフランに促されて、街の奥の路地にある喫茶店へと入った。
「――正直お前はよく頑張ったと思うよ」
昼だというのにブランデーを頼んだフランの正面で、僕はアイスティーのストローを銜えた。何か話しがあるらしいが、僕にはさっぱり見当も付かない。
「お前は気づいてないみたいだから言うけどな、俺が、十代前の不老不死の魔王なんだよ」
「――え?」
突然のその言葉に、僕は目を見開いた。
「俺は投げ捨てた仕事だったけどな、気まぐれで、今代の魔王に会ってみようと思って、出向いた先でお前を見たんだ。絶望している目をしてたお前の事を」
「フラン……」
「俺とお前が同じ異世界から来た保証は何処にもないし、それはどうでも良い。だけどな、お前は真面目すぎる、もっと息を抜けよ」
フランはそう言うと苦笑した。
「魔王だって、友達作ったり、恋したり、好きな職業に就いたり、何だって自由なんだよ、そうしないのはただ単に自分で枷をつけてるだけなんだ」
「そうなのかな……」
「優しすぎるのは、罪だ。己に対してのな。それでもお前がオニキスを選んだ時、俺は正直ほっとしたよ」
「だけどそれじゃ……」
「死ねない、て?」
「っ、なんで?」
何故自分が言いたいことを彼が分かったのだろうかと思い、短く僕が息を飲む。
「俺もお前と同じ不老不死だからな」
するとフランが苦笑した。
「何にも考えず、”今”だけを見ろ。それが一応先輩からの意見」
「フラン……」
「本当に好きなら、時間なんて、俺達には限られて居るんだから、さっさと行動しろよ――後悔しないためにな」
その言葉を聞き、気がつけば僕は頷いていた。
僕が死ぬのは、きっともういつでも出来る。だけど今すぐ消えたくはないと思うのだ。
もう少しだけ、もう少しだけで良いから、オニキスの表情を見ていたいと思うのだ。
きっとやっぱり、愛しているのだと……漸く今になって分かった気がした。
きっかけなんて分からないし、何処を好きになったのかも分からない。
だけど目を伏せる度にオニキスのことを思い出して、胸が痛むから。
「僕……行ってくるよ」
「ああ。今までも、そしてこれからも、応援してる」
頷き僕は、立ち上がった。
向かう場所は勿論、オニキスの元だった。