12:黙示録――世界が終わる日――
そんなこんなで俺達はダラダラと過ごしてきたわけだから――まさかこの世界が終わる日がやってくるとは思わなかった。
俺がミカから学んだ知識によると、普通は魔王の脅威から勇者が世界を守るらしい。
普段なら、世界(笑)だが、今は笑っている余裕がない。
最初に言っておくが、俺には世界平和になど何の感慨もわかない。
ただ俺が思うのは、この世界が無くなったら、俺達はどこに行くのかと言うことだった。
もう二度とどこへも行くことが出来なくなるのだろうか。
俺にとっての毎日は、喧嘩とか喧嘩だとか、そう言うもので構成されていたのかも知れないが、既に一つ終わっている。
だから新しく生き始めたのだろうが、それも終わるのだろうか。今度こそ最後か。
さて世界が終了すると言うことについて。
別に隕石が降ってくるわけじゃない。それならば、キセが消してしまえばいい。
大地震だったり津波だったりしてもそれは同じだ。
アイツの容量がどこまであるのかは知らないけど。
勿論魔族が大量に押し寄せてくるわけでもない。
それならアオサがいつも千の軍勢が云々と言っているのだから、討伐は任せればいい。
縦が必要ならミカになにか召喚させればいい。
嗚呼、こうやって考えていくと、俺は大規模な自体には無力だな。
取り出す『だけ』だ。
何を取り出せば、この現実が打破出来るって言うんだよ。
まずは何が起こるのか、だ。
それは――誰も知らないのだ。
ただ何でもないことのように、この世界における神様とやらが、センリにご神託を下さったらしい。いらねぇって話しだよな。その内容は、『一週間後に、その世界は滅亡します』だったそうだ。どういう事だよ。普通だったら俺には、悪戯だとしか思えないが、祭壇を経由してのご神託だから、国中――大陸中が大騒ぎだ。青天の霹靂という奴だな。
聞いた当日、俺には何がなにやら分からなかった。
二日目、なにやらあわただしく会議が開かれて、騎士団長として俺は呼ばれた。
ここのところすっかりお花畑で、俺を追いかけてきていた連中だって当然真面目な顔っていうな。話し合われたのは、当然、いかにして滅亡を阻止するか、いかにして避難するか、いかにしてセンリを逃がすか、についてだ。
会議をしたまま三日目が来た。
四日目はぐっすり丸一日俺は眠った。
そして今日が五日目だ。明日、明後日、か。もうすぐ世界は滅びる。
この事実は、まだ国民には知らせていないから、当然俺の領地の人間も知らない。
ただ俺は、副領主だし、錬金術知識で何とかならないかと、カロンにだけは言っておいた。
五日目の朝である今日、俺は遮光カーテンを開け、ぼんやりと長閑な外を眺めていた。
もう、元々居た世界と変わらないほどまでに、この国は発展している。
寧ろ、召喚術が有る分、さらに発展しているのかも知れない。
それが、なんで。
いまいち現実感が沸かなくて、俺は顔を洗う間も、歯磨きをする間もじっくりと考えた。
そもそも世界が滅亡するとはどういう事だ。
俺にはよく分からない。神様とやらは理不尽だ。
「カイト様」
部屋を出るとカロンに呼び止められた。いつもこいつも勝手にこのスペースまで来る。
ただ、”様”なんて聞くのは久しぶりのことだった。
「ん?」
「僕は、僕たちはカイト様のおかげで助けられた。国王陛下がいらっしゃってるけど、多分同じ考えで来て居るんだと思う」
「なんだよ改まって――同じ考え?」
「みんなカイト様のことが大好きだって事だ」
それから俺は、カロンに促されて応接間へ入った。
そこでは、こんな時だというのに、初めて会ったときとさほど変わらない温かな笑みを浮かべているセンリがいた。
「カイトごめん。実は僕は一つだけカイトに嘘をついていたんだ」
「嘘?」
世界が滅びるというのが嘘ならば、赤い扇子で頭を叩いて終わりにしてやる。
それほどに会議は溜まっている。
「召喚者が2人以上集まれば、生涯に一度だけ、一人だけならば元の世界に帰還させる術が使えるんだ」
「……」
「アオサは辞退したというか、僕と同じ気持ちだった。ミカ(略)は、術式に参加してくれる」
「それは」
俺は自分が鈍いとは思わねぇ。俺のことだけ、もともといた世界に返してくれるという意味だろうな。俺は真顔で、ただ少しだけ眉を潜めた。
俺だけが帰る?
――正確に言うなら、逃がしてもらう、命を助けてもらうということだ。
このまま全てをほっぽり出して帰る?
悪くないな。
俺は、そこまでこの世界にいれあげてねぇから。だけど。
俺は、友達はたとえ何があっても、見捨てたくない。
見捨てたくねぇんだよ。だけどじゃあ俺に何ができる?
ただあるのは怒りだ。
理不尽な神様ってやらへの怒りだ。
「ちょっと待ってろ」
俺は神様を取り出すことにした。
結論から言えば、取り出せなかった――代わりに、気がつくと俺は前後左右上下何もかもが白い部屋にいた。そこには豪奢な、深紅のベルベッド張りの椅子があって、俺はそこに座っていた。その真正面には、一人の青年が退屈そうな顔で座っていた。道化師が乗っているような丸く巨大なゴム製の玉の上に。
「流石に僕を取り出すのは君にも無理なんだよ」
「お前が神様か?」
「そう言うことになるね」
小首を傾げ、へらりと口元にだけ作り笑いを浮かべた神様(自称)は、それから傍らにある巨大な鏡を見据えた。そこには俺達の国が映っていた。
「一体滅亡するってどういう事なんだ?」
「もっと感情的に殴りかかってくるのかと思ったのに、期待はずれだよ」
「あ?」
「うん、そう、何もかもが期待はずれだったんだ」
「どういう意味だ?」
「僕が想定していた世界とは違うって事だね」
神様はそう言うと何がおかしいのか一人でクスクスと笑い始めた。
笑いどころが一切分からない。
真っ白い服を着た、少しつり目の青年は、白いのに白髪には見えない不思議な髪を揺らした。年齢が不詳で、ただ作り物じみていると言うことは分かる。”人”には見えない。
「君の分かる言葉で話すなら、僕は中世ヨーロッパ風の世界で、剣を用いて魔族と――魔王と戦うような、そんな世界を目指していたんだ。現代日本みたいな科学の発展も、あんなに強力な魔術の数々も想定の範囲外なんだよ」
「だから?」
「うん、だから、リセットしようと思ってね。そもそも君が召喚されて、魔王が即座に倒された時点から失敗して居るんだ」
組んだ腕の片方で頬を撫でながら、神様が笑った。
「君を召喚すると選んだセンリには、本当に天才的な実力があったとしか言えないけれどね。おかげで、あの世界は、僕が創ってきた世界の中でも、かなり優れた技術力を持っている」
「創ってきた世界……」
「いくつもあるんだよ、こんな世界。僕にとっての世界とは、君にとってのチーズバーガーみたいなものなんだ。美味しく熟成したら、食べる、代わりに壊して遊ぶんだよ。そのために創るんだ。だけどこの世界には壊す価値もない。消すが相応しいかな」
「お前にとってはくだらない世界って事か」
「まぁ僕にとってはと言うか――怒らないんだね。不良が異世界トリップって面白いかも知れないと思ったんだけど、そこも本当に期待はずれだよ」
俺はとっくに怒っている。ただきっと神様とやらの期待は、怒鳴り散らして泣きわめく、そんな姿を見ることなのだろうと思ったから、行動になんて出ない。
「どうして上手くいかないのかな。楽しくしようと思ってたのにな」
「お前の脳みそがツマラネェんだろ」
「うるさいな」
「リセットして次はどんな世界を創るんだ?」
「今度は、魔術なんてありきたりな世界にして、召喚は無しにする。僕の神様レベルで、召喚術は難易度が高すぎた」
「そうするとセンリ達はどうなるんだ?」
「消去したら消えるに決まってるじゃないか。滅亡って言うのは文明が、じゃない。世界そのものを滅亡させるんだよ」
「沢山創れるんなら、残して他を創ったらどうだ」
「沢山って言っても僕には限られた数の世界しか創れないからね」
「レベルって奴が低いのか?」
「だから、うるさいな。いちいち気に障ることを言わないで欲しいんだけど」
「図星って奴だな」
「……君みたいに神様と話せるだけで光栄な、勇者に言われたくない」
「勇者、か」
残念ながら俺は、自分が勇者だと思ったことは一度もなかったし、神様と話せて光栄だなんていう風にも思わない。今何を思っているのかと言えば、やっぱり怒っているという言葉が適切だろ。そんな砂遊びをするように、これまでの世界を否定されたら誰だって怒るだろ。
「君が神様になったところで、到底上手くいくとは思えないもの」
「俺が神様?」
「僕も元々は勇者だったからね。神様と話が出来る勇者には、神の素質がある。だけど、ごく一部だ。全能神様が認めないとね。認められるのは、まぁほとんどいないだろうけど」
「でもお前でも認められたんだろう?」
「それ、どういう意味? でもって何?」
「全能神について詳しく話せ」
俺は膝を組み腕を組んだ。せめて優しくお願いしようと思ったのだ、目の奥に力がこもってしまい、銃があったら銃殺しそうな感じで笑ってしまった。と思っていたら、銃が落ちてきたので、片手で拾う。
「神殺しの銃……? な、なんでこの部屋で、魔術が使えるんだ……?」
「知るかよ。で?」
「で、って? 悪いけど君ごときにそれが撃てたとしても、僕はその程度じゃ消えないよ。そこまでレベルは低くないから」
「へぇ」
そう言うものなのかと思って試しに引き金を引いてみると、自称神様の右頬に赤い線が入った。
「……」
「神様にも赤い血が流れてるんだな。勉強になった」
「……僕を殺せば、僕が創った全ての世界は等しく滅びるよ。一つじゃすまなくなる」
「それは命乞いか?」
「別にそう言う訳じゃない。君がここに来たのは、みんなを助けたいからじゃないのかな?」
「どうせ滅びるんならお前ごと一括処理で良いだろ。気分悪ぃんだよ。お前みたいなのが、ニヤニヤしながら世界を見守ってるって知った時点で。どうせあいつら、俺のこと帰して仲良く死ぬ気だったんだ。俺だって残りたいって言いてぇのにな、言う暇も無し。あのな、そうなったら、後は俺の選択だろ? どうせ残るんなら、俺はてめぇみたいな奴をデリートしてやりてぇんだよ。それがあれだな、手向けだな」
一度やってみたかったので銃口に息を吹きかけてから、改めて俺はそれを構えなおした。
射的は得意だったのだ。
シューティングゲームもな。
――さて撃つかと引き金に手をかけた時のことだった。
「ま、まぁまぁ落ち着いて」
俺と神様の間に、白く丸い光が現れた。
「全能神様!」
「なんかよく分かんねぇけど光ごと撃つぞ」
へぇ、全能神かと俺は思った。が、思っただけで終わった。今は怒っているのでそれ以外は意識から閉め出す。
「えっ」
「嫌だからちょっと待って! 話は分かった。神様レベル23のコヤツはちょっと浅はかだと分かった。そして勇者カイトよ。貴方には、神となる力がある」
「すげぇどうでもいい。いいやもう、撃つわ」
俺はまどろっこしいのは嫌いだったので、引き金を引いた。
すると、球体の前で、銃弾が停止した。空中に暫く浮かんでいたかと思ったら、ぽとりと落ちた。
「本当に撃つとは……しかしその程度の残酷さと感情に振り回される具合は、神になるにはより好ましい性格! 手始めに、君が召喚された世界の運営をしてみないか?」
「――あ?」
「そうすれば君の希望通り、世界は滅びない」
それが事実だとすれば悪い話ではないと思う。
「ただし君の存在した軌跡だけは消滅する。もう基本的に干渉世界には、創造時と滅亡時と勇者召喚時意外には話しかけられないから、その世界との接点が君には無くなる……んだけど、それでもよければ、神様になる? いや、なりませんか?」
「……」
一緒にあいつらと死ぬと言うよりは、建設的な気もするな。
「じゃあ具体的に神様になったとして、何が出来るんだ?」
「神様レベルを上げれば、色々出来るようになるよ。何よりも、人々を幸せに出来る」
「幸せに……例えば、じゃあ俺が団長を務めていた近衛騎士団を世界最強にしたりも出来るのか?」
「そのくらいならレベル1で出来ます」
「あいつらは俺のことを忘れるのか?」
「忘れるのとは少し違う。最初から”いなかった”事になる。世界の整合性が、君が不在の世界を保ってくれるから、何も問題はないよ。ただしもう、最後に一度だけ話してくるとかも不可能だから、此処で決めて」
「ああ、なるわ、神様」
別に俺は、この選択を寂しいとは思わない。
一つ思ったのは、カタカナ名称をルビを振る以外でもっと短くしようと思ったと言うことだ。後は、何をしようか。神様ってくらいなんだから、きっと色々と出来るだろう。
こうして俺は神様になった。
そんなこんなで俺の異世界生活は幕を閉じ、より悪い神世界生活がはじまったのだったりする。正直寂しくないと言えば嘘になる。最後にもっと良く話が出来れば良かった。もっと現実感が有れば良かった。そもそも滅びるなんて話しになる前に、ダラダラ暮らすのを止めれば良かった。だが、後悔先に立たずだ。そして、俺は世界が滅びなかったこと自体には後悔していない。だからこれで良かったことにする。
俺は今日も赤い扇子で扇ぎながら、世界を見守るのだった。
案外これも、悪くない。