【終】ある魔導書製作者の記録






「――という内容が、私の読み解いた不死鳥の碑文の叙事詩です。これが、全文です。私の魔導書製作者としての記録です」

 やってきて語る新さんを見て、僕はショップのカウンターに肘をついた。

「ええと」

 ちょっと冷や汗をかいてしまった。
 なんでも新さんがいうには、鏡面世界という異世界が存在して、そこには不死鳥の塔があり、最上階には不死鳥の碑文があるらしい。その碑文には、叙事詩が記されていて、今回”魔導王”が、それの解読のために、魔導書執筆者を一斉に転移させたのだという。

「とりあえず突っ込むとすると、どの部分が叙事詩ですか?」

 僕は引きつった笑みを浮かべることになった。
 何せ、その碑文の内容――僕が、眞山くんという知人の顔をした”獣”に犯されるという話だったからだ。

「私が寝取られるあたりです。私は暁をこんなにも愛してるのに! 暁が唯理くんに惚れるとか、涙なくして語れない!」
「叙事詩って別に泣ける物語というわけじゃ……あ、っと、ご安心下さい、僕と暁さんはただの店主とお客様ですので」

 僕はため息をついた。隣では、バイトの侑玖が胡散臭そうにこちらを見ている。
 無論、ここは魔術ショップなどではない。僕の父が残した熱帯魚屋さんである。
 それに話の中では、僕は非常に孤独な人間だったが、僕はそこまで孤独でもないし、人と距離を取っているわけでもない。なお、楪は、僕の可愛い甥っ子であり、天涯孤独どころか兄も健在だ。近親相姦願望も僕には無い。

「だから、何もご心配なさらないでください」
「本当? 約束だからな!」

 僕は大きく頷いた。それから腕を組む。仮にここまでの新さんの解読結果とやらが、本当だったとして、だ。そもそも何のために、魔導王はこの碑文を解読させようとしたのだろう? 魔導王が何かもよくわからないが、まるで僕が眞山くんを好きみたいな物語をみんなに知らせたところで、世界に利点など一つもないだろうに。

「こんにちは」

 そこへ眞山くんがやってきた。
 僕は――思わず赤面した。新さんが変な話をするから、頭の中で、眞山くんと体を重ねるところを想像してしまったのである。

「あ、じゃあ邪魔したら悪いから帰るな! お幸せに!」
「そちらも。解読ありがとうございました」
「いやぁ、魔導王に会えたんだから、このくらいなんともないって。まさかこんなに身近に魔導王がいるなんて」

 そう言うと新さんは、バシバシと眞山くんの肩を叩いた。
 まるで魔導王が眞山くんであるような言い方をして、彼は帰っていった。

「侑玖ももう上がっていいよ」
「はーい」

 バイトの終了を告げると、喜んで彼は店の奥に消えた。
 こうして二人きりになった店内で、僕は改めて眞山くんを見た。

「なんか、今日の新さんは、いつもに増して電波を放ってたよ」
「へぇ。それはそうと」
「ん?」
「前から言おうと思ってたんだけどな、俺の恋人になるか?」
「な」

 僕は目を見開いた。先程新さんから聞いた事柄が、ぐるぐると脳裏をよぎる。理由は不明だが、はっきりと視覚映像のように浮かぶのである。

「もうお前、俺を好きだろ?」
「え?」
「俺は有言実行タイプだからな。お前にお前自身のことも好きにさせてやると言った通りにしただろう?」
「待って。それは、獣が見せた幻想なんでしょう?」

 必死でさきほど聞いた話を思い出していると、そんな僕の唇を、眞山くんが指で撫でた。

「俺は気まぐれに暇をつぶすからな」

 何を言っているのか、よくわからない。まぁ、いつもの事だ。

「お店を閉めてくる。待ってて」
「おぅ」
「そうしたら――……もう君の顔を見失うことは二度と無いから」

 なんとなく僕はそう口にして、店のシャッターを下ろした。
 今日はもう終わりである。





【完】