転生したら生BLだらけの異世界で近衛騎士に成り代わっていた!
ってやつだろうこの状況は。
ピッチピチとかいう気は無いが、俺は十七歳の男子高校生だった。
そりゃあもう平々凡々な高校生だ。
だった。
もはや過去形……!
俺はプールに落っこちて水死したのだ。
そこまでは覚えていたが、目を開けたら、真正面に玉座があって、俺はその後ろの壁にピタリと背を当てて、槍を握って立っていた。
甲冑が重いーーと思ったのと同時に、俺の中には、記憶が入り込んできた。
ゼクス=フェミリア。フェミリア伯爵家の次男で37歳未婚。
なんだこれ?
恐る恐る手を見てみると、手の甲に毛が生えていて、ゴツゴツしていた。
手のひらが分厚いのもわかる。
そして目の前で王様が、美少年に熱烈なチュウをしていた。
こめかみから汗がしたたって行き、笑みが引きつった。
唇をきつく引き結んで、背中にびっしょりと汗をかいたのを自覚する。
しかも記憶によるとショタコンの王様に忠誠を誓っていたが、いつしかそれが恋心に変わり、しかし自分の年齢と顔じゃ無理だと悲観して、毒薬を飲み、最後だけのわがままだということで、この場で死んだらしい。俺はその死ぬ直前で成り代わったようだ。ポケットにはそういえば瓶が入っている感覚がする。
ってことは、このおっさんは今俺になっているんだろうか?
まぁいいか。
生きてるし。
って、よくない。花の二十代とやらはどこに消えた!
これ俺にどうしろって言ってんの?
王様に恋しろとか無理だよ、俺ノーマルな人間なんだから。
いや、整理しよう。別に、これまでのおっさんの人生を俺が継ぐ必要はない。
そうだ、間違いない。可能なら自分の体に帰りたいけどな!
特に娯楽も何もなかったらしく貯金はたくさんある。ならば。
「陛下」
「……珍しいね、ゼクスが言葉を発するなんて」
「退職します」
おっさんはあまり話さなかったのか。脳裏でメモを取りながらも、俺は最重要事項を達成すべく行動した。近衛騎士なんてやっていたらいつ死ぬのかもわからないし、危ない。農家がいい。虫と戦う方がいい。
「っ」
目の前で王様が硬直した。どころかそれまで動きがあった玉座の間の人々が皆動きを止めている。
記憶によると腰の剣は王様から賜ったものらしいから、返そう。槍は近衛騎士団のものらしいからいいや。
「ゼクス……もう一度言ってほしい」
「辞めます。それとこれお返しします」
「他国から引き抜かれたのか?」
「いいえ」
「一体なぜ? しかもこんな急に」
王様が焦っている。いい大人が焦る姿というのも見ものだ。
いや……外見大人なのに頭十七歳の俺の方が見ものか……。
…………これで俺の方が頭よかったら面白い。
「結婚するので」まぁいつかは。
「なッ、誰と?」
本気で驚いた様子で、美少年そっちのけで王様が立ち上がった。
だというのに剣は受け取ろうとせず、詰め寄ってくる。
気持ち悪いので、俺も剣を差し出す手を前へ突き出したままにした。
まぁ、気持ち悪いのは行動であって、この王様、なかなかに格好いい。
四十代前半? わー、信じられないけど、おっさんの方が年下なのに老けて見えるんだ。その上、そりゃ相手がショタコンじゃ嫌気も指すな。言ってやろっかな、王様に………笑ってしまう。あるいは案外死んだら元に戻れるかもしれないのだし、斬首刑くらい良いか。これが夢なら覚めもするはずだ。よし決めた。もう決めた。俺は好きに生きるんだ。
「これから探します」
「では余がッ……………」
「?」
責任を持って探すと返ってくるのかと思っていたら、黙ってしまった。
なぜ悲しそうな顔で、伏し目がちに唇を噛み締めた。まつ毛長い。ん、これ、涙ぐんでないか……?
うわーすごーくすごーく嫌な予感がする。
「余は、余は、ゼクスのことが「あーそうそう陛下!」
言葉を遮ってやった。
これは戦いだ、告白されるか、させないかの激戦だ。
王様と俺の間で火花が散っているようなもんだ。だが悲しそうな顔の王様と無表情のおっさんという構図では、俺がINしてるおっさんの方が悪役に見えそう。火花っていうより一方的に悪意注いじゃってるって感じに見えそうだ。
「ショタコンも大概にしないと、また王妃様逃げちゃいますよ」
「ぶ」
「それでは、失礼します」
受け取ってくれないので、玉座の背に剣を立てかける。
とりあえず重い甲冑類もその場で脱いでおき、俺は身軽になって出口を、目指した。
しかしどんどん記憶が、戻るというか……ショタコンてことは王妃様いないのかな、などと想像するたびに、現在五番目の王妃が離婚準備中、などと記憶かつ情報が入ってくるのが楽でいい。
まぁいいか。
取り敢えず城からでて、一応設えられている自分の部屋とやらを見てから、何処かに行こう。
俺は周囲の壁や床、天井の灯りを、アトラクションだと思って楽しむことにした。
お化け屋敷にうってつけだ。
ヴァンパイアとか出てきそう。いいなぁ、血。俺、赤い血が好きなんだよね。
しばらく歩くと(当然道は頭に入ってくる)自分の部屋についた。
広々としていて、窓の正面には執務机。
それしかない。
仮眠室もない。いや、あるにはあるのだが、中は物置とかしていて、扉を開ける時は最新の注意が必要らしいからやめた。普段は、他の騎士と同じ宿舎で眠っているそうだ。が、ほぼ毎日夜は陛下の護衛で扉の外待機……うわ、これはきついこれはきつい、好きな人のSEXシーン毎日見るとか嫌すぎる。しかも見た目はともかく俺の体の持ち主は、王様にだかれたかった様子だ。見た目逆の方がしっくりくるけど。
これはちょっと同情するな。
それはそうと、と、俺は鍵の束を机のうえに置いた。
さて他にやることは……部下への引き継ぎ? 入れ替わったのにおっさんの記憶? 真面目だな。
引き継ぎなんて誰かやるだろう、本当に必要なら。
俺が農家を始めたら、そこまで来るはずだ、必要なら。
この世の中には、必要そうなことは多いが、本当に必要なことは少ないと思う。
とりあえず金庫から有り金を取り出し、机の上にあったカバンにそれを入れた。代わりにカバンの中に入っていた私服??? のようなものに着替え、机のしたにあったブーツ??? に履き替える。そういえば伯爵家の次男だったな……俺には宝石が服を飾っているというよりも、宝石を飾るために用意された服みたいなのを着る趣味はない。ブーツにまで宝石が着いている。重くて邪魔そう。街に出たら売り払おう。
いや……足取りがバレるか。別にばれてもいいんだけど。
言葉には問題ないし、文字もなんでなのか読める。廊下の看板に、厨房と書いてあるのがわかった。
よし、旅立つ準備万端だ。
どこに行こうか。
まずはそれを探すことから始めよう。
ちょっと旅をして見るのもいいな。
それでいい場所を見つけたら農業する!
そう考えながら振り返り、俺はふと扉の脇に立てかけられている杖を見た。
杖だとわかったのは記憶からだ。
「……おっさん、王様と一緒に居たくて、元々は魔術師だったのに体を鍛えて剣を……」
なんかしんみりした。
よし、杖は俺が使っておこう。
俺にも魔術が使えるかはわからないけどな。
こうして俺は足早に城を出た。誰も追いかけてこない。人望なかったのか。おっさんの記憶の中だけじゃなく実際に。そりゃあ気持ちも折れるよな。
俺は自分が死んだ時のことをはっきりと覚えているから折れる心ないけど。
死ぬよりはましだ、何事も。確か俺はプールの水の中で、呼吸困難で意識が遠くなるところまではっきりと覚えていて、しかも紐が……紐? あれ既に一個覚えてないことがあった。紐? 水死に紐が入る余地ある?
まぁいい。
とりあえず本日の宿と食事の確保。
食事は……口に合うといいなぁ。希望としては、ソーセージがいいな。あとはチーズ。
その二つが俺の好物。
味覚変わってたりして。
外見はともかく、味覚以外の視覚聴覚触覚嗅覚などに変化した様子はない。
空気も普通に吸えるから、仮にこれが酸素じゃなかろうとも、問題ない。この体が生きてさえ行ければ問題なしだ。
そんな事を考えながら街へと出ると、あちらでヒソヒソ、こちらでヒソヒソされた。
おっさんは有名人なのか、すごいな近衛騎士。
それにしても、悲観して自殺するほどぶっさいくなのだろうか。
俺、その顔を今後自分のものとするんだから、よく見ておかなければ。
さらっと俺は、お店のガラス窓を見た。
「……」
ん?
ちょっと俺の想像と違った。
俺的には普通の、いやどちらかといえば、眉毛とか繋がっていて髭がもっと長くて魚類みたいな目をした鼻毛出てるオッサンをイメージしていた。だって記憶の中のおっさんの自己像が、そんなかんじだったのだ。
しかし。
ガラスに魔術がかかっているんじゃない限り、いい意味で普通のおっさんが映っていた。
王様と並んでいたら、そこにホモ関係さえなければ絵になっただろう。
それとも俺とは美的感覚が違うのか?
まぁ二度とそんな機会はないけどな。
俺、会う気ないし。
しかし。
ヒソヒソされてるのは実にまずい。
ヒソヒソされない場所はないだろうか。目を伏せ考えると、地図が浮かんできた。
必死でそこへと向かう。
そこは街の外れにある、一軒家みたいな建物だった。
自由に入ってよしと記憶が言うので、その通りにして施錠する。
「やぁ、ゼクス。どうしたんだい? 慌てて。確か今の時間帯は陛下のーー」
「泊めて下さい」
「い、いいけど。今日は饒舌なんだね。それも敬語だなんて」
目の前には緑色の髪をした、耳が尖って長い子供がいる。
エルフだそうだ。
なんでもここは、日本で言う大使館みたいなもので、この家の中には許可書がないと王様ですら入れないらしい。なんでそんなところにおっさんは入れるんだろう。おっさんのことが俺は少しずつわからなくなって行く。ただ、本当に喋らない人だったんだろうな。
「ゼクスはさぁ、まだ陛下のことが諦められないの?」
その言葉に振り返ると、椅子を促され、ティカップが置かれた。
座ると目の前でお茶を入れてくれた。
なんでもこのエルフの少年、エルフ王の末弟で、ビオラというらしい。
「僕の気持ちは受け入れてくれなくてもいい。だけど、一緒にエルフの国に来て欲しいんだ」
おおっと、おおっと。
記憶を検索! エルフのビオラ君とやら、ゼクスというIN俺のおっさんに告白した過去がある。
おっさん案外モテるのか?
マァ俺は男お断りで、おっさんは陛下以外お断りだったみたいだから、さして不自然さはないだろう。
それにしてもエルフの国か。
記憶を読むとエルフ族と狐獣人族が戦争中。
うん、面倒なので却下だな。
このおっさん何も喋らないらしいし、何も言わなくていいや。とりあえず寝よう。
俺はいつの間にかビオラが用意してくれた厚切りベーコンのステーキみたいなのを食べてから、寝た。
ベッドはフカフカだった。さすがは大使館!
お風呂は朝はいるのがエルフの風習らしい。
とりあえず風呂という概念があってよかった。
このようにして俺の成り代わり生活なのか転成生活なのかは始まった。
元の体に戻れるのか、元の体は生きているのか、あっちにおじさんが入っているのか。
当然現代日本のことは気になる。
だが今は落ち着いて考え場所の確保が先決だ。
宿と食事、宿と食事!
まぁ明日考えればいいかと思い俺は眠ることにしたわけだ。
思いの外疲れていたらしく、俺の意識はすぐに闇に飲まれた。
最後に思ったのはやはりーー俺の二十代どこ行った! だった。
この時はまだ、すぐに近衛騎士に戻るだなんて考えもしていなかった。