帰還した現実で改めて考えてみると恥ずかしい俺!





俺は執務卓の上で、手を組んでいた。
我に返って思うのだ。
これまでは陛下のことがあったから全く気にしてこなかったのだがーーいや、これも言い訳なのだろうか。
俺は、ハゲるのだろうか、それとも白髪?
加齢臭がするのだろうか? まさかレモンの匂いということはあるまい。
手にしろ足にしろ、毛が生えているのはまずいのか。そんなに顔の皮膚はカサカサしているのか。確かに唇が乾いているのは自覚がある。
俺は手を握ったり開いたりして見た。
客観的に見ると、おれは相当なおっさんらしい。だが、それはまだいい。
硝子に映る自分を見て、いい意味で普通だと言ったり、自分で自分を格好いいと評したり……そんな現実がどうしようもなく恥ずかしい。誰にも知られていないのがせめてもの救いか。内心で思っているだけで良かった。


良かったといえば。
単純に蛇に見せられた幻想なのかもしれないが、俺は周囲の人々の気持ちを見た。
本当に恋心まで付随しているのかは知らないが、もしかしたら俺は、自分が思っていた以上には、彼らの救いになれていたのかもしれない。
あの時確かに蛇は言っていた。
ーー無意味な二十代なんかじゃなかった、と。
二十代というか、三十代前半も多分含んでいる気がする。
そうだ、俺が陛下に捧げた日々だ。後悔なんてしてはいない。
俺は陛下に生きていて欲しかったし、何度もしの苦しみを味わってなど欲しくなかったのだ。そのために尽力した日々の記憶も、今となっては愛おしい。
ただ自分が何かを与えられていたとは思わなかったのだ。
確かにそこには絶望もあったのだから。
俺はいつだって望んでいた。理不尽な現実を変えたいと。自分の力ではどうにもできない時間を恨み、時計を見るのが嫌いになった。自分の顔だと勘違いしていた蛇の顔を始めて見た時なんて、最低最悪なことに、自由に生きられて羨ましいだなんて思ってしまった。だけど今なら少しはわかる。蛇やその子孫の苦しみも。

ただ一つ言えることは。
俺の二十代は確かにここに在ったのだという事だ。
もう、俺の二十代どこ行った! なんて、思わない。
過去は優しさとわずかな苦味を伴い、確かに俺の胸の内にあるから。

「ゼクス、出かけるぞ」

そこへ王弟殿下の声が響いた。

「御意」

いつかは押し殺してそう答えていたけれど、今は違う。
これは、俺たちの新しい形の中で、再構築された言葉だ。温かみのある言葉。
これから俺たちは、秘密結社である蛇の末裔を調べに行く。
結局記憶が戻り我に帰ろうが、この世界はわからないことだらけで、不思議に満ちている。ただ、それでも。
ガイス殿下が隣を歩いてくれるのならば、そう悪い世界じゃないと思うのだ。
だからもう俺は絶望することをやめにする。

右手で抑えた胸元には、十字架が下がっている。

ああ、神様、俺はきっとおそらく少しだけ、信仰を取り戻しました。
そんなことを考えながら蛇の顔を思い出す。
一時期紛れもなく俺の顔だった蛇の姿を。
俺が幸せのなったにだとすれば、無数の蛇にも幸せになる権利があるはずだ。
あるいはそれは些末な地表を生きとしいける人間の風景で、時には空をまたたく星となりーーそうしてそうして結局は。
摩訶不思議なわけにわからぬ奇妙な世界にあろうとも、ハッピーエンドとなるのだろう。ミクロかマクロか、それは知らない。
ただ知っていることは一つだけだ。

今俺は殿下の隣を歩き、そして幸福だということだ。
きっとそれは忘れようとしていた二十代をはじめとした軌跡が確かにあるからで。
それを教えてくれた蛇に俺は感謝しているが、もう二度と祈らない。

変えられない現実などないのだと識ったのだから。