20
青い陽が昇り、世界を染めていく。
あれから――四年の時が流れ、僕は十七歳になった。ちゃんと背も伸びたんだけど、まだまだ弟よりはずっと低い。僕はユノスの背を抜ける気がしない。ちなみにクルスの抜けたあとの近衛騎士団の団長は、ユノスになった。
「兄上は俺が守ってやるからな」
常常そう言っている弟は、今日もそう言うと僕の隣に立った。
逆隣にはナイルが立っている。宰相代理にはナイルが就任した。代理なのは――なんとなくサイト以外を宰相にする気が起きなかったからだ。ナイルも、宰相位は空席にするべきだといっていて、不満は言わない。
ナイルもよく仕事をしてくれるけれど、ふとした時に僕は、ああサイトとは違うなだなんて失礼なことを考えてしまう。
ちなみにクルスとサイトがいなくなってから、僕は少しずつ少しずつ自分の仕事量も増やしていった。必死に覚えたんだ。もう頼ってばかりの、何もできない子供の僕じゃない。
「陛下、謁見の申し出がございます」
ナイルに言われて我に返った。顔を上げると、ナイルが苦笑するような笑みを浮かべていた。どういう意味なのだろう。ただこういう顔は珍しいなと思った。
「どこの誰だ?」
事前の予約もなしに僕に会いに来て、それをナイルが許可するなんて本当に珍しい。そしてさらに珍しいことをナイルが続けた。
「お会いになればわかります。お通し致しますね」
僕の答えを待たずに、ナイルが視線で配下の者に扉を開けるように命じた。
すると頭から深々とローブをかぶった一人の青年が入ってきた。
僕は――その気配を知っていた。
「ご無沙汰いたしております、陛下」
はじめは声にならなかった。僕は、僕の前で膝をついた謁見者を呆然と見据えた。
懐かしい声に、気づけば僕は泣きそうになっていて、反射的に玉座から立ち上がっていた。
もう走り寄るのが止められなかった。
「――ま、全くだ。なぜ、連絡をよこさなかった?」
「各地に散る結社の”月神の子達”の処理をしていたのです」
「サイト、生きて……ああ、そうか……そうか」
駆け寄った僕に向かい、フードを取って、サイトが微笑した。その表情が懐かしすぎて、僕は胸が痛くなった。
「どうして生きているんだ?」
「青の申し子は、あの程度では死にません――生きていない方が良かったですか?」
「そんなこと、あるわけがないだろう」
気づけば僕はサイトに抱きつきそうになっていたのだけれど、それよりも一歩早く抱きしめられた。細身の上着痩せするタイプのサイトなのに、その腕の力は強くて、僕は身動きがとれなくなった。震える手で、サイトの背に手を回す。
「――なんだったんだ?」
「陛下?」
「何か言いかけただろう、前に。『本気で』どうのと」
「っ……覚えておいでだったのですか」
「僕を誰だと思っているんだ」
「失礼いたしました」
声に涙が交じるのを必死でこらえながら僕は言ったのに、サイトは声に笑みをのせていた。
どうしてこんなに余裕たっぷりなんだろう?
僕にはもう余裕なんてないよ?
「陛下、私は本気で――貴方のことを愛しています」
その時、僕にだけ聞こえる声で、耳元で囁かれた。
目を見開いてから顔を上げようとすると、後頭部に手を回され強く胸に押し付けられた。
息ができなくなりそうだった。
「僕は貴方がいる世界を滅ぼしたくなかった。貴方がいれば、それでよかったんだ」
サイトのその声に、僕の涙腺は崩壊してしまった。
だから顔が見えなくてよかったと思った。
泣いている姿なんて、国王の威厳を損なうからだ。
「宰相閣下のご帰還だ。皆の者、今宵は宴の準備を」
ナイルが指示を飛ばす声がした。すると周囲から歓声が聞こえた。本当だったら笑って僕が言うべき言葉のはずなんだけれど。きつく目を伏せ、涙をこぼしきって、乾くのを待ってから、僕は顔をあげた。
するとユノスまで苦笑しているのがわかった。
その晩は酒宴が開かれ、それからの日々は少しだけ忙しくて、結局僕がそのあとサイトときちんと話せる日が来たのは三週間後のことだった。
僕の寝室へと、かつての日常のように、サイトがやってきたのだ。
『陛下、よろしいですか?』
「入れ」
反射的に即答して、僕はシーツの海から潜りでた。
入ってきたサイトは、白ワインを持っていて、近くのテーブルにそれを置くと歩み寄ってきた。
「ご立派になられましたね」
「座れ」
照れくさくなって僕はそう言い、椅子をひこうとした。その時だった。
強引に手を取られて、強く強く抱きしめられた。
「座ってなどいられない。会いたかった、会いたかったんだ。ずっとこうしたかった」
「っ、サイト――ン」
そのまま深い口付けが降ってきた。
誰かとキスをするなんて、至極久しぶりのことだった。
口腔を嬲られ、舌を追い詰められていく。ゾクリとかつて叩き込まれた快楽が、体の奥で疼いた。絡め取られた舌を吸われ、その裏側をなぞられた瞬間、僕の体からは力が抜けた。
サイトはそんな僕を抱き寄せると、まじまじと覗き込んできた。
「これは”容れ物”が欲しいから言うじゃない。僕は陛下が欲しいんだ」
「っ」
「だから、拒んでくれてもいい。いいや、拒んでくれ。そうでなければ、僕はもう思いを抑えきれない。ずっと言いたかったんだ。陛下を僕だけのものにしたいと」
真剣な瞳で言われ、僕は返す言葉を見失った。
だけど続けた言葉は多分、空気に飲まれたからなんかじゃない。
「サイトになら、特別に僕を、その――あげても……その……許すから」
僕はあの日サイトに助けてもらって以来、毎日サイトのことを考えて暮らしてきた。多分思い出さない日はなかったと思う。思えば、何度クルスに愛の言葉を囁かれても、何も言ってくれないサイトのことが気になったりしていたんだ。多分それは、恋みたいな名前をしていたんじゃないのかなって、気づいたのは遅すぎたと、いつも後悔していた。そもそも僕は、好きなキャラはみんな受けに見えるほどの末期的症状の腐男子で、でもその好きの質がちょっとずつ変化して言って、ああ、だから、その――……
「ぅ……ぁ、あ……ああっ、フ、ンあ」
サイトに指で中をほぐされ、僕は震えた。
端正な指が二本、バラバラに僕の中で蠢いている。シーツを握り締めて、僕はそれに耐えた。時折、もっとも感じる場所に指が触れ、その度に背がしなる。
「ああ!! あ、ああっ、や、ァ、あああ!!」
その時中へと体を勧められ、僕は思わず声を上げた。
最後まで誰かと体をつなぐのは、初めてのことだった。長い陰茎がゆっくりと押し広げるようにして入ってくる。体が軋んだ気がした。何度も感じる場所をこするように突かれ、意識がぐらついてくる。緩慢に抽挿するサイトは、時折熱い吐息をした。
「は、あ」
「辛くないか?」
「そんなの、っ」
辛いに決まっていた。けれどどうしようもない気持ちよさと、それと、繋がっている一体感に、体だけじゃなくて、心も泣いた。
「ゃああ、あ、あああ、あ、気持ちい、あ」
「今日は素直だな」
「ふぁ、あ、や、やああ、揺らさないで」
ゆっくりと腰を揺らされ、僕はむせび泣いた。全身の指のすみずみまでを快楽に絡め取られる。
「ひ、ぅ、あ」
その時前に手を添えられ、僕は目を見開いた。
それから手の動きに合わせるように、激しく中を犯されて、僕はあっけなく果てた。
サイトは達していないから、繋がったままで、ぐったりと寝台に頭を預ける。
見ればサイトは優しく笑っていた。
「今夜は眠れると思わないでくださいね。幸い明日のご政務は何もない。そのように取り計らいましたので」
「な」
「今夜僕は、陛下の命令はもう聞かない」
「あ、ああっ、そんな、僕、まだ――ふァああああ!! あ、あ、あン――!!」
太ももを持ち上げられ、角度を変えて突き上げられる。
僕の理性が飛ぶまでに、そう時間はかからなかった。
朝になるまで、そうして二人、寝台が軋む音を聞いていた。
朝、気だるい体をサイトの腕の中にあずけて、僕は苦笑したものである。
ただ、なんだか幸せだった。
これが僕の関わった、赤の世界にまつわる騒動の顛末だ。
――僕は、バルティギア国王、ラック・ザン・=ダゥ=バルティギア。
いままでも、そしてこれからも。
僕は、僕として生きていく。