【七】
冬休みがあけると、クラスメートと久しぶりに会った。
?生学園には、冬休みの宿題を持ってこなかった児童など誰もいない。
前世での俺は最終日に全てやったが、今世では初日に全部終わった。
「「あけましておめでとうございます、誉様」」
侑くんと葉月くんに揃って言われる。
俺も年始の挨拶を返した。どうやら二人は、冬休み中は沖縄に遊びに行ったらしい。俺は誘われていなかったな……。ただちんすこうを貰って、ちょっとだけお菓子を食べるという行為が許された気がして嬉しくなった。
「ごめん、僕はどこにも行かなかったから、お土産がなくて」
僕は悲しく言った。次は一緒に行きたいからだ。
「誉様は、高屋敷家のお方なのですから忙しくて当然です!」
え。実際には俺の家族暇そうだぞ。
「そうだよ。いつも行事の主催は高屋敷会長が仕切ってくれて助かってるってきいてる」
恐らくクリスマス・パーティから推察するに、そうなのだろうとは思うが……。
俺が言いたいのはそういうことではなく、今度は俺のことも誘って欲しいというこの思いだ。確かに勉学では忙しかったし、年始の挨拶にも連れ回されたが……。
――意識を切り替えよう。
それから始業式に行った。三葉くんは、やはりというかなんというか、来なかった。始業式が終わると、存沼がやってきた。
「行くぞ、誉」
言わずもがなのサロンへのお誘いだった。
サロンに行くと、鷹橋塔矢(たかのはしとうや) 先輩がいた。
バラ学には存在しなかったが、現在のローズ・クォーツのツボミの初等部会長をしている。六年生で、ここでは一番偉いはずなのだが、存沼の好きにさせて、微笑しているところを見ると、前世知識がある俺が言うのもなんだが、大人っぽく感じる。鷹橋家は、安定した由緒正しい華族の家系なので、我が家に年始の挨拶に直接来てくれたりしていたようだ。
「あけましておめでとうございます、塔矢おにいさん」
「おめでとう誉くん」
横ではぶっきらぼうに存沼もおめでとうと言っている。
そういえば俺たちはそんなやりとりせずにここまで来たな。
ふと思ってみると、存沼が俺に紙袋を渡してきた。
「やる」
「ありがとう……?」
なんだろうかと見ると、小さなプラネタリウムが入っていた。ドイツ製のものらしく(文字列から判断した)、高級感にあふれていた。
「ドイツに行ってきたんだ。別にそれを買いに行ったわけじゃない」
存沼、いい子だな。それともプレゼント好きなのか。
わざわざドイツまで行ったんだろうな。
「有難うマキくん」
「お前は何処かに行ったか?」
「行かなかったんだ。お土産なくてごめんね」
すると存沼が少し口を尖らせた後、プイと顔を背けた。
改めてこうして見ると、存沼は、可愛い。
設定では、”史上最悪の俺様”だという評価を受けていたが、まだ大丈夫そうである。そうだ、面倒にならないように、俺が性格矯正をしてやれば……いや、やはり近づかない方がいいだろう。それではフォローキャラの位置を確立してしまうし、逆若紫みたいでなんだか嫌だ。
冬休みが明けてから、バレンタインまでは平穏だった。
騒動が起きたのは、バレンタインである。
小学生男子しかいないのだし、そんなことはすっかり忘れていたのだが(何せ前世では義理チョコしかもらったこともないし)、その日登校すると列ができていた。何事だろうかと思って列を眺めていたら、まるで俺がモーゼになったように人の海がわれた。そして、玄関の正面には臨時の机が用意され、いちいち豪華な巨大な箱が複数置いてあった。そこには名前や学年が書いてある。
一年から六年生の名前――ローズ・クォーツメンバーの名前と、あとは和泉などの名前があった。皆はそこに何やら、箱や袋を入れていて、既に存沼の箱は、二箱目にチェンジされていた。なんだこれは。各家への貢物か?
設定では確かに高等部でこういう場面があって、一年目にそれを知らずにヒロインは攻略対象に手作りチョコを渡すのだ。当然受け取る攻略対象。そこで嫉妬の嵐が起きることとなる。ヒロインが入学してこないのが一番だし、そのフラグは一応へし折ったのだが、もし来た場合に備え(男装とか)この制度を廃止にできないものか。
いや、もしも来た場合は、事前に俺が教えればいいのか。だけどそうするとチョコが欲しいみたいに取られそうで怖い。いやいやいや、来ないことを祈ろう。
放課後俺は、俺宛にも来ていたチョコレートを見る。
多すぎだ。
高屋敷家の存在感を舐めていたようだ。ただ、和泉君&三葉君、在沼からのものも入っていたので、ホワイトデーが憂鬱だ。まぁ我家は製菓会社なのでお返しには困らないか。クリスマスのように、箱にごっそり入れて置いておこう。
女の子のふりをしているルイズからは、直接家に送られてきたので、こちらも送ろう。
そんな感じでホワイトデーも過ぎた。
存沼は誰にもお返しをしていなかった。その点和泉は、俺と同じでお返し用の箱を置いていた。将来のチャラ男の片鱗かもしれない。いや、心優しいんだと思うことにしよう。
そのまま時は流れ、今世では初めての、卒業式&終業式が訪れた。
まだクラス変えもないし、特に卒業して寂しいと思う先輩もいない。
ただ、鷹橋先輩にはお世話になったので、全員に渡す花束の他に、父が特別に取り寄せたらしいキャラメルを一箱もらって(1300個購入していた)渡して見た。感動して泣かれた。
やはり六年生にとっては、卒業式とは心に残るものなのだろう。
それから春が来たので、俺は自宅の庭を散策することにした。
散々一人では危ないと言われていたのだが、その館の周囲を取り囲む庭は、庭というより森だった。屋内は最先端なのだが、屋外は森だった。丸池では鯉が泳いでいる。りんごやもも、ぶどう、柿、イチジクなどの木々、桜も梅もある。その他にもカエデの木々や銀杏の木などがあった。チューリップはもちろん様々な花が植えられている。俺はなんとか道を覚えたが、確かに迷子になりそうだった。
他に春休みには、高屋敷家主催のお花見があった。
しかし夕方からよる遅くまでだったので、俺は行かなくてよかった。
あんまりパーティに出て目立つのも困る。
設定では、高屋敷誉もよくパーティに出席するという理由で、ヒロインを着せ替えて、連れ回して反感を買っていたものだ。無論ライバルに。
こうして無事に、俺の初等科一年生の生活は過ぎて行ったのだった。
そして二年生になった。
まず行われたのは、席替えと、委員会の決定だった。
委員会は去年のままでもいいし、今年から変わってもいいのだという。
生物係だの給食係などというものは、この学園には存在しなかった。
全て学園が人を雇っているからだ。
俺はバーコードをピッと押す図書委員になった。去年に続けてだ。
だがそれも名目みたいなもので、司書さんが横についているから、ほぼ座っているだけでいい。ごくまれに、教養の一環として、社会勉強のために押す日がある程度だ。しかしそれも高学年の仕事だから、基本俺は本当に座っているだけだ。
侑くんは卒業アルバム制作委員会、葉月くんは新聞委員会だ。
初日も、存沼はサロンに行こうと呼びに来たので、俺は行くことにした。
後二週間経つかたたないかくらいで、俺には後輩ができる。
ちなみに三葉君は、来なかった。
習い事を終え、家に戻ると、父と母が揃って俺を迎えてくれた。
珍しいなと思う。
大抵は母だけだ。父は絵画に集中していることが多い。
「誉、二年生になったお祝いだよ」
そう言うと父が、手のひらに乗るくらい小さい白い猫を見せた。
黒いケージの中で、ニャアと鳴いている。
毛並みがふわふわで、一目で長毛種だとわかる。前世で俺は猫アレルギーで目が痒くなってしまったから、まじまじと見てその可愛さの虜になった。
「有難うございます、お父様、お母様」
純粋に嬉しかった。
五月には巨大な鯉のぼりをあげてもらった。ルイズがゴールデンウイークに、それを見に我が家へとやってきた。
「日本の行事は変わっている」
「そう?」
「三月にも雛祭りというのがあった」
「ルイズは女の子だもんね」
「……」
俺がわざとそう言うと、女装しているルイズが無言になった。
気づかないふりを続けるのが最適だと思うんだけどな。何か言いたそうにしていたがそこは気づかぬふりで通した。カミングアウトしてくれるな。設定上、高屋敷誉は、ルイズ(我らが風紀委員長)がすごい家の出だと知らずバカにした挙句、最悪のルートだと高屋敷家の株を全部買収されて、最後にスカッとする報復をされるのだ。
だから”我らが”と呼ばれているというのもある。あとはヒロインを陰湿ないじめから守るのだ。人気のある攻略キャラだった。
そうしてゴールデンウィークは過ぎて行ったのだった。