3:他の人々から見た貴族A




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いつもの喧嘩腰じゃなかった。
イヤミすら言われなかった。
いよいよ呆れられたのか、飽きられたのか……コレまでは、それでも少なくとも喧嘩友達みたいな仲だったというのに。
ウルはコレまでを思い出すと、すごく複雑な気分になった。
会えば侯爵家の跡取り同士、いつだってイヤミを言い合っていた。
仲良くなれたなら、それはソレで良いはずなのだ。
けれどなぜなのか、自分から興味を失われたようで、ウル・カレンツァは幾ばくか寂寞を感じていた。

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しかしまさか、あれほど保守的で名を馳せているブラッディ侯爵家の人間が、あれほど柔軟だとは――正直、伯爵家のトール・ナイトレイは驚いていた。どちらかといえば、平民など見下すようなタイプが多いと聞いていた。
「やっぱり噂って当てにならないのかもな」
リオというブラッディ次期侯爵の、流れるような黒髪と、漆黒の瞳を思い出す。
人形のように端整な顔立ちをしていた。
小さく笑った時など、思わず目を惹かれたものだ。
「楽しいクラスになりそうだな」

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貴族なのに、平民での俺を認めてくれた。認めてくれたんだ!
嬉しくなって、入学式の日は、何度も何度も、俺はリオを見てしまった。魔法を使える貴族が支配しているこの魔法王国において、魔法を使えない平民は見下されてばかりだったから、このように優しい貴族もいるのかと、正直ヒイロ・ソールは驚いていた。
ヒイロが使えるようになったのは、ある種の奇跡ともいえた。
流麗な声で、俺のことを認めてくれたリオの事を思い出すと、照れくさくなってしまう。
最初は貴族ばかりのこの学園にはいることが不安だったが、なんだか上手くやっていけそうな気がしたのだった。

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あああ、もう、僕のチキン!!
幼い頃リオ様に魔獣から助けてもらって以来ずっと慕っていたのに――そんなことを考えながら、ライア・ウェステリア(貴族B)は一人で悶えていた。折角同じクラスになれたというのに、話しかけることすら出来なかった。相も変わらず誰よりも綺麗で強い。その上、予想外に平民に対しても優しかった。やっぱり僕を助けてくださったように、本来優しいお方なのだろうと、ライアは思った。

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誰に取り入るべきか――男爵家出身の(貴族C)は考えながら教室で、見守っていた。
この国は完全に階級社会だ。だからこそ、男爵家出身にもかかわらず、一番魔力の強いこのクラスにはいることが出来たのは幸運でもあり、チャンスでもあった。家族は言った――誰かに取り入れ、と。
先ほどまでのやりとりを見ていて、ブラッディ侯爵家の人間は、王族とも深い関係だし、その上平民に対してもあのような態度をとるのだから、もしかしたら、いけるかもしれないと彼は考えていた。それにしても男爵家というだけで上位貴族には見下されると思っていたのだが……これならば、もしかしたら、自分にも優しくしてくれるかもしれないと思った。
優しい人間が、アーノルド・キュルシアは好きだった。

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ヤバイ、陵辱したい。
それがリオ・ブラッディを見た時の、ビルド・ヒルカ(貴族D)の率直な感想だった。
知謀策略に長け、王族にすり寄るブラッディ侯爵家――その跡取りであるリオの監視をするように王家から言い渡され、このクラスに入ったビルドは正直当てがはずれた気分だった。噂と違って物腰が穏やかだし、優しい。少なくとも優しく見える。あの表情や仕草が作り物でないとしたならば、ただの隙だらけの美人だ。もし仕事である監視対象でなければ、今日にでも何処かへ連れ込んで犯してしまいたい。
それくらい魅力的な容姿をしていた。折れそうなまでに細い腰が、ゆったりとしたローブの合間からでも分かる。あの白い首筋にかみつきたくなる。
「まずいまずい、仕事仕事」

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放課後の教室で、第二王子であるルス・アーガストは、一人椅子に座っていた。
別に待っているわけではなかったが、いつもだったら必ずブラッディ侯爵家のリオが自分にすり寄りにやってくるのが常だった。
正直言って鬱陶しい。ソレが本音だった。だが。
「なんで来ないんだ……?」
その事実に胸がざわついた。思えば入学式で久しぶりに顔を合わせたときから変だったのだ。いつもだったら視線が合えば、頬を染めるなり、会釈するなり、とにかく何らかのアクションがあるのだ。しかしまっすぐに自分を見てきただけだった。思えば、あんな風に視線が合ったのは初めてのことなのかもしれない。
ルスにとって、リオは複雑な存在だった。
小さい頃、互いが何のしがらみにも囚われていなかった頃は、よく王家の庭で遊んでいた。花のような笑顔――その言葉を聞く時ルスは、いつだって、幼い頃のリオのことを思い出す。白磁の頬をピンクに染めて、いつも後ろをついてきた従弟だ。互いの立場なんて何も知らなかったから、柔らかなリオの黒髪を撫でて、泣いているときには慰めるのが常だった。ルスはリオの泣いている顔が好きで、それが可愛くて、よく意地悪をしていたことを思い出す。それでも泣きながら後をついてくるリオが愛おしかった。
それがいつからなのか――リオは、作り笑いをするようになった。本当の笑顔など、嫌、笑顔でなくとも本当の感情を現した表情など見せてはくれなくなったのだ。
――それが、ブラッディ侯爵家の在り方だと言うことは、ルスにも分かった。
そのころにはルス自身も、第二王子としての自分の役割を、出来ることを模索していたからだ。ただ、ある時耐えきれなくなって、リオの頬を叩いたことがある。下衣の貴族を馬鹿にし、平民を侮蔑するような言葉を吐いた時の事だった。
「ルス殿下は甘いんです」
だがその時返ってきたのは、淡々としたその言葉だけだった。
以来、着々と人脈を築き上げていくリオの姿を不快に思うようになっていった。
それでもいくら邪険にしようとも、リオは己にすり寄ってきた。
――それは俺が、第二王子、そう王族だからに他ならない。
もうかつての幼い頃のような、純粋な関係性など、どこにも無かった。
リオの両親の葬儀に出た時ですら、そうだった。
ブラッディ侯爵家の人間として、父である王を魔獣から庇い、ブラッディ侯爵は亡くなった。現在は、リオの叔父が後見人として、リオが成人するまでの間、領地の管理をしている。そして訃報を聞いた瞬間、心臓麻痺を起こして、リオの母もまた亡くなったのだ。
残されたリオを、そうだ、確かに慰めようと思って葬儀に顔を出したはずだったのに――第二王子殿下にこのように目をかけていただけることは、ブラッディ侯爵家の誉れ、皆が見ていますから、ブラッディ侯爵家の名も上がります。そう言われたのだ。
その時のリオは暗い瞳をしていた気がする。だがそれは、両親の死によるものではなくて、策略的なものに見えた。そんなリオを見ていたら、ルスもまた割り切るようになっていた。
――もう、己が知るリオはどこにもいないのだ。
せいぜいすり寄らせて、ゴミのように捨ててやろう。最低で最悪だとは思ったが、最早ルスは、リオに対して、絶望しか見いだせないでいたのだ。
いつの間にか、従弟が遠くへ行ってしまった感覚だった。
だからもう、何の感慨もないはずなのに。
それでもなぜなのか、一目顔が見たくて、ルスは教室へと残っていたのだった。
いつもだったら必ず、挨拶をしに来るからだ。
――どんな関係になったとしてもだ。リオは俺のことが好きなんだろう?
そんなことを思いながら。

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「本物のリオ・ブラッディは肺炎で亡くなったんだよね」
校舎の時計塔の屋根に座り、キヅナは下を眺めていた。練習場では、リオ――遠野利緒が楽しそうに魔法を打ち放っている。
「まさか同じ色の魂の持ち主が、全く同じ時間に毒キノコを食べるなんて」
現実世界での遠野利緒は、意識不明で入院中だ。
賢者――そう呼ばれるキヅナはソレを知っていた。
「運命みたいなものって複雑だよね」
彼のそんな呟きを聞く者は誰もいなかった。