4:魔法が使えた!




やばい、すごく楽しい。
俺は入学式以来、いつもいつも練習場で、放課後には魔法をぶっ放している。講義で習っている魔法の手法もちゃんと聞いているが、大抵教科書脇に図書館で借りてきた高難易度の魔術書をおいて、勉強に勉強を重ねている。俺はドMゲーと呼ばれるようなやり込み型のゲームが好きだから、学校の勉強は嫌いだが、こういう読書は大好きだ。凝る方なのだ、俺は。
特に派手な魔法をぶっ放す時は一番気分が良い。
火や雷や氷で、周囲の色を染め上げるのだ。
火を使えば、炎で出来たドラゴンが現れるし、雷を使えば、イナズマが上から何本も降ってくる。一番のお気に入りは氷で、練習場のすべてのモノ(俺以外)が凍り付き、所々にツララが出来て、氷の花が咲き乱れるのだ。
今日は何の魔法を使おうかな。
そんなことを考えていた時、不意に袖を引かれた。
どうやら考え事をしている内に授業は終わっていたらしかった。
「あ、あの、良かったら」
声をかけてきたのは主人公こと、ヒイロだった。なんだろう。出来れば関わりたくないのになと思っていると、彼は意を決したように告げた。
「一緒にお昼食べよう」
「ああ、うん」
そうか、もう昼休みか。最近は食欲よりも読書の方が楽しくて、というか魔法の勉強が楽しすぎて、食べるのを忘れていた。
「学食に行かないか?」
「ああ、そうだな」
ヒイロの言葉に頷くと、隣からウルが顔を出した。
「ヒイロ、そんな奴誘うこと無いぞ」
「だけど、ウル……俺は、リオとも、もっと話してみたいんだ」
二人のやりとりを聞きながら、確かゲームでこんな場面があったような無かったような気がした。確か壮絶にきつい言葉で断ったはずだ。だけど、俺もう、『そうだな』とか言っちゃったしな。それに言われてみればお腹も減ってるし。そこで俺は思案した。どうやら、もなにも公式設定で、ウルは俺(=リオ)の事が嫌いなのだ。
「こうしよう。三人で学食に行く。ウルとヒイロが一緒に食べる。俺は一人用の席で食べる。コレなら何も問題がないだろ」
「「!」」
すると二人があっけにとられたような顔をした。
「リオは……俺と一緒に食事をするのは嫌か?」
目を涙でウルウルさせてヒイロが言った。別に嫌じゃないが、ウルが嫌そうだし仕方がないだろう。
「し、しかたねぇな。一緒に食べてやるよ」
だが焦ったようなウルにそんなことを言われた。よく分からなかったが俺は頷いた。

そんなこんなで俺たちは食堂へと向かった。

適当に注文して待っていると、不意に食堂がざわついた。
何事だろうかと視線を向けるとそこには、メイン攻略対象である王子――ルス・アーガストが立っていた。まっすぐにこちらの席へと歩み寄ってくる。
「あ、ルス」
「ヒイロ、大丈夫か?」
流石総受け主人公、もう仲良くなっていたんだな。一種の感動を俺は覚えた。
「俺も一緒に食べてもかまわないか?」
「は、はい!」
ヒイロの頬が桃色に染まっている。ウルが席を一つ移動し、俺の正面に座った。
そしてウルの隣、ヒイロの正面にルスが座った。
「いじめられたりはしていないか?」
明らかに俺を一瞥してから、ルスが言った。
しかし残念ながら、まともに話したのなど今日が初めてなので、俺は言葉に詰まった。
「平気です。みんな貴族なのに俺に優しくしてくれて」
「リオも、か?」
「はい」
「無理をする必要はないんだぞ。それとも脅されでもしているのか?」
「え? いえ、そんな事無いです」
「じゃあどうして一緒に食事を?」
「俺が誘ったんです」
二人のやりとりを聞きながら、俺は思案した。ここが本当にゲームの世界だとするならば、俺は、もうちょっとそのキャラっぽく行動した方が良いのだろうか。しかしそうすると、すっごく面倒くさそうなので、やっぱりヤダ。
丁度その時、俺が頼んだハンバーグが届いた。
「先に食べても良いか?」
俺が言うと、なぜなのか、ルスが息を飲んだ。
――あ、さすがに王子様の料理が届くまでは食べちゃ駄目だったんだろうか。
「好きにしろ」
だがルスにそういわれたので俺は安堵した。しかし正面ではウルも驚いた顔をしている。
けれどもう俺は気にするのを止めた。
ナイフとフォークで切り分けてハンバーグを食べていく。
やっぱりゲームだからなのか、日本のファミレスメニューみたいなのが、この食堂には多いのだ。さすがに和食はないのだけれど。茶碗蒸しもないし……。
それにしてもこのハンバーグは美味しい。
そんなことを考えていたら、自然と笑ってしまった。美味しい料理を食べるって幸せだよな。
「っ」
すると何故なのか、ルスが息をのんだ。
何事だろうかと視線を向けると、俺の方を見ながら、唇を片手で覆っていた。


***

ハンバーグを食べるリオの姿は、そしてその笑みは、幼い頃以来見ていない、純粋な笑顔だった。ルスはその事実に衝撃を受けていた。目を奪われてならない。
思わず息をのみ、それから苦しくなって、唇を手のひらで覆った。
何がリオを変えたのだろう――そう考えて思い当たったのは、ヒイロのことだった。
ヒイロはルスが王族だと言うことも気にせず、話しかけてくれた。本来は不敬だと言ってしまうような場面だったが、ルスは心が広いし、階級社会にも疑問を抱いている。だからこそ、リオのこれまでの態度に一々苛立っていたのだ。だというのに、今、この場で見るリオは、そんなそぶりなど一切見せてはいない。

***

よく分からなかったが俺はハンバーグに集中し、そのうち皆の頼んだ品も届いた。
ヒイロはグラタン、ウルはミートソースのスパゲッティ、ルスはラザニアを食べている。
後から頼んだにもかかわらず、ルスの料理は、二人と同時に運ばれてきた。
さすがは王子様だ。
そんなこんなで昼食は終わり、午後の授業も終わった。
――さぁ、俺が待ちに待っていた魔法をぶっ放せる機会の到来だ!
周囲を凍り付けにし、杖を振りながら、俺は氷と化した木や地表に満足していた。
一年生では、実技の練習をする人は少ないらしく、今日も俺の貸し切り状態だった。

「ねぇ、リオ君」

その時不意に声をかけられて、俺は振り返った。
そこに立っていたのは、隠しキャラのキヅナだった。
「もっと強い魔法使ってみたくない?」
「使ってみたいです!」
そういえばキヅナは不老不死の賢者だったなと思い出しながら、俺は大きく頷いた。
それにしても最初から隠しキャラが出てきちゃうってどうなんだろう。
するとキヅナが一冊の魔術書をくれた。
以来俺はその本とキヅナの指導で、着々と魔法の腕を上げていった。


そうしつつ、昼食はヒイロ達と取るようになった。
何かにつけて、ルス殿下が顔を出し、おそらく俺がヒイロに何かしないように見張っているようだけど。何せちょくちょくと、彼は俺を見ているのだ。何度か視線があったが、俺は気にしないフリで目をそらした。だって今の俺は、魔法が使えることが楽しくて仕方がないのだから!


……おそらくその日の午後が、セーブポイントだったのだろう。
だが、俺にはソレを知るよしなんて無かった。