1:吾輩は猫である!
あーあー、トイレ掃除まだかなぁ。
(クソボケ)ご主人様に気を使うのが間違いなのかな。餌も水もそのままだし。もし僕が猫じゃなく人間だったら、扉で爪研ぎしない代わりにーーご主人様が毎日やりこみ僕を放置しているゲーム世界をぶち壊す!
そのゲームは、スノーブランシェオンラインって言うんだって。
だってご主人様、毎日毎日、「スノブラ!スノブラ!」って奇声をあげてるんだ。
僕は顔を洗いながら、明日は雨だなと思った。
それから窓際で日向ぼっこをする。
だらーっと、横たわり、スノブラについて考えてみる。
えむえむおおあーるぴーじーって奴なんだ。
そもそも、ゲームって何かな。たまにご主人様が遊んでくれる、ネズミ型の紐付きの道具かな。本当は面倒なのに、本能って恐ろしくて、僕は遊んじゃうんだよね。
ところでスノブラ!
始めて聞いた時は、素のブラジャーかと思って僕は期待したんだよ。
ご主人がついに女装に目覚めたのかと思ったんだ。
猫耳つけて踊って欲しかったのになあ。
まぁ違ったんだけどね。それもそうだよね、ご主人様男だし。
で内容は、主人様の膝の上にいる時に大体学んだんだよ、僕。
嫌でも頭に入ってきちゃった。
なんでもスノーブランシェ大陸というところがあって、そこの何処かに、スノーホワイトがいるんだって。眠っているみたいだ。そこにたどり着くまでには、ぼすってやつを個人かお友達と退治するゲームなんだって。種族もいろいろ選べて、更には職業も選べるみたいだ。性別も。ご主人様は、討伐クエストが追加されるたびに鼻血を出している。
他にも生産職があったり、脇役の魔族のボスがいたりするんだって。
そんなことより、僕、もっと遊んで欲しいよ……。
日向ぼっこは楽しいけど、ついついご主人様のお膝に座っちゃった。
いい加減僕も覚えちゃったよ。ぎるど、っていうのもあるんだって。
だけど日向ぼっこして眠るのもいいけど、やっぱり寂しいから、ご主人様の膝に乗ってゲームを見てみる。
「アサヒ、今忙しいからあっち行ってろ」
しかしあっさりと、僕は床に降ろされた。ご主人様の忙しいは、大規模討伐に参加しているからなんだって。愛しさと辛さと激怒を感じながら、僕は部屋にふてくされて入って丸くなった。これはご主人様が買ってくれたもので、モコモコしている。ごく稀にいいことしてくれるんだ
だけどもっと構ってって言いたい。
本当にご主人さんはダメダメだって言いたい。
でも大好きだって伝えたいんだ。
あーあー僕も人間だったらよかったのにな。
そうしたら一緒にゲームもできるし。
そう思って目を伏せた時だった。僕は唐突に吐血した。苦しいよ、痛いよ、なんで? さっきまで僕元気だったよ? するとご主人様が振り返った。
「アサヒ!」
僕を撫でながら、ご主人様が驚愕したような顔をしている。
途端に痛みと、熱が襲ってきて、僕は必死でご主人様を見たーー泣いていた。
ご主人様にそんな顔をさせたくないのに。
「アサヒ、大丈夫だからな。すぐに病院連れて行くから」
そう言うとご主人が慌てたようにスマホを手にとった。
「なんでなんでなんでつながらねぇんだよ!」
ご主人様が僕を抱きしめてくれた時、また血を吐いた。
「アサヒ、ごめんな……なんで俺もっと、お前に優しく、優しく……!」
ご主人様が泣きはじめた。慰めてあげたいのに、僕は人の言葉を話せないし、どんどん体が冷たくなっていくから、何もできない。
そのまま僕は多分死んだんだ。
だけど。
目を開くことができたから、ビックリした。
そして正面には、ヒゲの生えた人間がいた。
「星野夜月の飼い猫、アサヒよ」
その人はご主人様の名前を呼んだ。僕のことも呼んだ。
僕は白い空間にいるんだけど、ここはどこなんだろう?
「本来であればホシノヤツキが死ぬはずだったのじゃよ。ただお主の想いがあまりに強すぎたため、お主が代わりに死んでしまったのじゃ」
「……あんなクソご主人だけど、僕は大好きだったから」
あれ?
その時僕は人間の言葉を喋っていた。
「だからお主の寿命は、本来であればまだ残っているのじゃ」
「よくわからないけど、ご主人がまだ生きているんならそれでいいです」
「いや、時空がゆがむからそれは良くはない。そこでお主には、別の世界で生きてもらうことになった」
なんだかご主人がたまに読んでいたネット小説みたいだよ……?
「好きな世界に転生することを許可する。種族も選んで良い」
「僕は……ご主人のいるところがいいな……それに、人間になりたい」
そうしたら、僕はきっとご主人とお話ができて、ゲームやっちゃダメって言える。
僕ともっと遊んでって言えるから。
ーー大好きだって言えるから。
「だったら、スノーブランシェの世界はどうじゃ? その世界は、世界のみがパラレルだから、お主のご主人も何処かにおる。人間にもしてやろう」
「行きます」
僕は即答していた。
また、ご主人に会えるんだ。それも人間の姿で。
僕がそう答えると、あたりがまばゆい光に包まれた。
次に気がついた時、僕は森の中にいた。
久しぶりのお外だ。
そして四つん這いになろうとしたら、うまくできなかった。
「あれ?」
首を傾げたところで、僕は前足が人間の手になっていることに気がついた。
僕は全裸で、だけど僕にとってはそれが自然で、首にはご主人が買ってくれた黒い首輪がある。いや全裸じゃない。僕をご主人がたまにお散歩に連れて行ってくれるときの、赤い紐が前足と後ろ足、胴体についていていて、その縄を引く紐も伸びていた。
ーーその時、ガサリと葉っぱを踏む音がした。
匂いが……あれ、分からないよ。耳をすましてみたけど、何が来るのかわからない。逃げなきゃ! そう思って僕が走り出そうとした時だった。
「……っ、ここで何を?」
どどどどうしよう、知らない人間だよ。僕はご主人以外の人間をもうずっと見ていない。怖いよ。そう思ったらガクガクと体が震えた。
その人間はご主人様と違って、赤い服の上に黒いマントみたいなものをきていて、白いリボンが首のところにある。ーーあ、見たことがあるよ、僕、画面越しに。
ご主人とよくチャットで喧嘩していた人間だ。
とにかく逃げなきゃと思うのに前足はともかく、膝をついた足が動かない。
そっか、僕は人間になったんだ。
立ち上がろうとしたらうまくできなくて、正面から転びそうになった。
するといつの間にか前に立った人に抱きとめられた。
「うまく歩けないのか?」
これまで猫だったんだから当たり前だよ!
「しかも縄で縛られて……裸体に首輪……逃げてきた奴隷か? 逃げてきたのか?」
「違うよ、僕はご主人を探してて……」
「随分と仕込まれたようだな……主人の名は?」
「星野夜月」
「ホシノヤツキ? 聞いたことがないな……特徴は? 奴隷売買は禁止されている。騎士として、見過ごせない」
「ご主人は何も悪いことしてない」
体は自由にならないけど、僕は流暢に人間の言葉は話せた。
するとその人はマントをかけてくれてから、僕を両手で抱き上げた。
紐もとってくれたけど、首輪だけは断固として拒否した。
「それがそんなに大切か?」
「うん」
「奴隷の象徴なのにか?」
「ご主人がくれたんだ」
「そう刷り込まれているのか……それにしても随分と軽いな。食事も満足に与えられなかったのか」
これはちょっと否定できないよ。でも、ごくたまに鰹節をくれたんだ。
「名前は? 俺はウィズライド。ウィズでいい」
「アサヒだよ。これもご主人がくれたんだ」
僕が誇らしくなってそういうと。なぜなのかウィズが苦しそうな顔をした。
「色白で緑色の瞳、黒い髪……その条件で行方不明者を探して見るからな」
僕は顔の上までが黒で、他は白かったから、そんな風になったのかな? 目も緑だったし。
「こんなに綺麗なのにな、嫌だからこそか、辛い思いをしいられたんだろう? 自覚はないかもしれないが。年はいくつだ?」
「わからない」
ご主人に拾ってもらった時は、八ヶ月くらいだった気がする。
「十代半ばと言ったところか」
ところで今更だけどーー奴隷ってなんだろう?
僕にはよくわからないよ。騎士っていうのもよくわからないけど。
それから僕は、第二騎士団本部というところに連れて行かれたのだった。