1 転生チーレム目指す俺。
タバコの箱をしまってから、やってらんねぇなと思った。
二十四歳独身。
趣味、アプリ。
仕事もアプリ作り。PGだ。企画やライターではない。
だけどシナリオは読んでるし、生産法なんてパラ知ってるから余裕だし、不具合探しでテストもした。楽しいので個人的にもやっている。今日も電車の中で通勤途中にスマホでアプリをしていたらーー「あ」
急に画面が固まった。
ん、だって思ったら違って、俺が乗っていた電車は何か謎の物体に激突してぐしゃぐしゃに潰れたらしかった。
「実はあれ、俺のペットの糞でさ……」
次に気がついた時、電車三両分程度に乗っていたのであろうーーいやもっとかもしれない、とにかく俺を含めて死亡者と思われる人々は、大きな白い部屋で、そう告げられた。とんでもないイケメンが、ケルベロスを撫でながら苦笑しているのを、顔が見えないようにという配慮からなのか、全員深々とローブをかぶった状態で、俺たち……少なくとも俺は聞いていた。
動こうにも動けず、話そうにも話せない。
その上、自分たちの死が事故死としてすでにニュースになっていることが、なぜなのか脳裏に、ニュースをそのまま見ているように入ってくる。現実では隕石の落下ということになったらしい。
「流石にやっちゃったなーって思ったから、転生させてやるよ。場所は、カルスオーディア。言語チートは全員に、あとは、個別に一応プレゼントするから」
その言葉に、強制的に俺たちは一列に並ばせられた。
俺の番がきたのは最後だった。
「お前で最後か、あー疲れた。適当でいいか?」
とんでもないイケメンのとんでもなくひどい言葉に、やっと動けるようになった俺は必死で首を振った。
神様仏様、というか、よくわからないが目の前の人(?)!
「冗談だって。お前、今ここにいた中で一番カルスオーディアと関わりが深かったから後回しにしたんだよ」
「?」
「製作者サイドだったんだろ」
やっぱり俺が死ぬ直前までやってたゲーム世界に転生なんだろうかと、思わずローブの奥で顔を引きつらせてしまった。
「あのシナリオかいてるの、こっちからあっちに転生した人間だからな」
俺はメインライターの顔を思い出した。
いや、企画した方か?
どの人だろう?
とりあえず、はたから見ていたら転生というのはわからないのか。
「で、ユーザも何人かいたから、露見してお前が可哀想なことにならないように最後にしたんだ」
「いやもう死んだ時点で可哀想だろ」
「お前の初期能力決めたわ。運なし! 体力なし! 運動能力なし! とにかく物理なし! 魔力なし! 顔悪し! 頭悪し! 性格はもう悪い! 金なし! 根気なし! 全部なし!」
理不尽すぎる。
だが余計なことを言ってこれ以上悪化しても困る。
「言語チートはつけてやる。一応な。最初に言ったしな。で? 他に欲しいものはあるか? ないな? 一応言って見るだけ言ってもいいぞ」
面倒臭そうな顔でイケメンに睨まれている。何も言いたくなかったが、ここで言わなければ大変な気がする。
「……そこまで悪いと逆に目立ちそうなので、目立たない方向で」
「あー、じゃあ十人中十人が絶対二度見とかしない平々凡々な顔ーーま、今のままの顔でいいよな、外見はそれにしてやる。って事は転生させるのは面倒だから直接トリップしてもらう。あ。ってことは、やっぱ魔力持っててもらわねぇとだ。その分だけはやる。じゃあな」
イケメンはそう言うと、俺に頭を平手でぶん殴った。
衝撃で揺れた瞬間、俺は瞬きした直後に太陽を視界に入れていて、よろけたと思った足は、しっかりと土の上を踏みしめていた。
ローブは来たままだ。
……これ着てたら、バレるかな、他の人々に。いや……転生、って言っていたから他の人たちは今頃赤ちゃんだろうか。だいたい同じ街とも時代とも限らないか。
そもそも俺にはこれを脱ぐという選択肢がない。
だって服持ってないし。
とりあえず俺は両手を見て、握ったり閉じたりしてみた。まぎれもなく俺の体だ。
神様基準だと平凡なのかもしれないが、俺は一応これでも、身長百八十くらい、細マッチョ! 黙っているとかっこいいと言われる! ははははは! この世界の美の基準が著しく違っていなければ、多分普通に困らないし、よく見られる気がするぞ! 背が高いと、便利だって言われるし。筋トレも結構してたしーー仕事不健康だからな。健康的になりたかったんだよ! その成果を生かす日が来た! 俺、絶対ハーレム作るわ!
別にこれまでの人生もてなかったわけじゃない。ち、違うんだ。
ただほらなんていうかさ、たくさんの人に奪い合われて見たいっていうか愛されて見たいっていうか、ぶっちゃけモテモテってやつになりたいんだよ!
それにしてもここが、本当にアプリと同じ世界で、俺が魔力を持っているのであれば、だ。俺はしゃがんで土の上に、円を書いて、その中に星を書いた。
「倉庫」
俺がそう言うと、地面に扉が現れた。
ちなみにゲームだと、あのマークにタッチすると、倉庫が見られる。
中を開けると、俺がそれこそ本気で不正にーーチートして作った、ネット小説で良くある四次元鞄と装備一式などなどが、あった。ふははははははは!
絶対個人倉庫まで見てこないだろうと思っていたし、使えるのかわからなかったけど使えてよかったーーーー! チート! チート! 魔力ちょっとはあるらしいし、ここにある装備全部魔術師装備だし、取り敢えずそれを着よう。
というかなくなったら困るので、あるものを全部俺は四次元鞄にぶちこんだ。
『見逃してやる、一回だけな! 仕方が無いから今ある分はやる!』
カバンにつめ終わった時、そんな声が頭の中に直接響いてきて、倉庫は土に戻って消えてしまったのだった。
まぁ、その、うん。
か、神様ありがとうございます!
「……後は、良家の子息の立場を手に入れれば、転生じゃないとはいえ……」
だがふと思った。
面倒くさい。
そして神様の宣言通り俺は金が無くなっていた。頭も悪くなっているんだろうか。いや、今以上に悪くなるってことも早々ないだろう。もし俺の頭が良かったらきっと、喋っていてもかっこいいと言われたはずだ。
それにしてもこれじゃあ今夜の宿も探せない。まぁ、探さなくとも、同じ世界だとわかった以上どこに何があるのか俺は知ってる。
「露店しかないな」
俺がそう、一人大きく頷いた時だった。
「……魔術師?」
気配なんて一切なかったから、驚いてギクシャクと俺は振り返った。
そこにはーーこれはもうまたなんていうのか、色白で銀髪で、緑色の大きな目をした美少ーー……年? 多分、男の子がいた。十代後半っぽいが綺麗すぎて判断ができない。身長と声は男だ。ただその声も、川のせせらぎっていうのか、こうもうなんていうか、神々しかった。
「い、や」
まずい、美に気圧されて、うまく声が出てこない。
「あー……旅人!」
そうだったそうだった。このアプリ、魔術師は貴族か、貴族お抱えか、ごく稀に魔法が使える旅人がいる、っていう設定なんだった。危ねー!
うっかり魔術師だと言ってしまったら、身元を聞かれる可能性がある、というか高い気がする。実際の世界観は知らないけど、直感でそう思った。
「……」
少年ーーいや、美少年は、ピクリとも表情を動かさず、本当に無表情で、俺が現在肩からかけている鞄を一瞥した。一見すれば何の変哲もないカバンだが、もしずっとこの辺にいて、土(倉庫)から取り出すところを見られていたら、まずい気がする。言い訳を考えておかなければ。いや、ダメ、緊張感に耐えられない!
「いやさぁ、カバンを土の上に落としちゃって探してたんだよ。あって良かった」
魔術師装備の上に、フード付きのローブは来たままだから、靴以外は服が変わったことだって気づかれていないと思いたい。ボトムスも見えてたかな……うーん。
美少年は何も言わない。まつげまで銀色だ。さすがはゲーム世界だ。
やっぱ俺、チート無理かも。
平々凡々確定かもなーーいやむしろ悪い方か……。
いいや、この少年が規格外だと信じたい!
「俺はーー……」
名前を聞くときはまず自分から、精神を発揮しようとして、ふと思った。
俺は、キャラ六ついたし、本名あるし、どれ名乗ればいいんだ?
倉庫は共通だったんだよな……。
「……エース。おま……君は?」
とりあえず言霊があると怖いから一番最強のテスターキャラだったエースを名乗った。仕事中に使ってたから、レベルで言うと、現在公開されている最強のボスを一人で倒せちゃうくらいのレベルだ。
あと口調に悩んだ。
初対面でお前っていうのもどうかと思ったんだけど、とっさに、あなた、って言葉が出てこなかった。しょうがない。
「……ナイ」
「ナイっていうのか! よろしくお願いします!」
何事も挨拶が肝心だ。
たぶん見渡した感じここは、どこかの街外れの草原だから、そのうちまた会うこともあるだろう。しばらく俺、ここにいたいしな。
「じゃ、俺いったん街に戻るわ! またな」
このようにして、俺の異世界生活は幕を開けたのだった。
開けていてくださいお願いします、奴隷チーレム希望します!