【3】殿下と先輩
なお、このクラスには、攻略対象が勢ぞろいしている。俺の隣のバリス殿下もまた、攻略対象の一人だ。俺は教室を見渡しながら、メインヒロインであるユミフェの姿を探した。
彼女は窓際の席に座っていた。貴族ばかりのこの学園に、平民ながら強い魔力を持つから進学してきたという設定だったと思う。なお、クラスには他に、平民出身の生徒は二人だ。内片方はやはり攻略対象、もう一人はゲームには出てこなかった。
俺は自己紹介を聴きながら、自分も終えた頃には、なるべくアニス姫に相応しい人間だと思われるために、ゲームとは異なり、みんなに優しい人間でいたいと強く願った。ゲームの時のロイルは、ちょっと上から目線だったのである。
その後、放課後まで過ごして、俺はまた、囲まれているアニス姫を見た。美麗で人望があるアニス姫の周囲には、女子生徒が沢山いる。まだ新学期が始まったばかりだが、貴族の子女は茶会などで十三歳くらいから交流をしているらしく、その繋がりのようだ。
俺はといえば騎士としての活動ばかりしていたので、クラスには知り合いがほぼいない。時々名目上で騎士の指揮に来ていたバリス殿下と唯一顔見知りと言える。あとはゲーム知識があるだけだ。俺も友達を作ろう。人望がある人間になる方が、アニス姫に釣り合うに違いない。
「今夜は男子寮では、歓迎会があるらしいな」
その時、バリス殿下が俺を見た。そういえば部屋に案内の紙があったなと思い、俺は頷く。アニス姫一筋の俺ではあるが、新生活は相応に楽しみだ。
「行くか」
バリス殿下が立ち上がった。俺も鞄を片手に立ち上がりながら、それに頷く。殿下は近寄りがたいと思われているらしく、まだ俺以外と話している様子はない。俺も比較的遠巻きにされている気配は感じるが、殿下ほどではないだろう。
二人で廊下に出ると――バリス殿下がちらりと俺を見た。同じくらいの身長だ。
「お前、そんなにアニスの事が好きなのか?」
「好きだ」
俺が大きく頷くと、バリス殿下が遠い目をした。
「親同士が決めたただの許婚だろう? 何故そんなに好きになれるんだ?」
「好きに理由はないな。殿下は許婚が好きじゃないのか?」
何気なく俺が聞くと、複雑そうな顔でバリス殿下が俯いた。
「俺には好きな相手がいるから、許婚候補は皆候補のままとして、誰とも現在婚約するような関係にはない」
「ふぅん。恋しちゃったらしかたがないですが」
漠然と俺が頷くと、バリス殿下が何故なのか肩を落とした。
「片想いは辛い」
「俺はその点、両想いというか、結婚出来る未来があるのでとっても幸せだ」
「……そうか。良かったな」
「あ、悪い。嬉しすぎてつい本音が。殿下の恋も叶うと良いな」
「叶う可能性は限りなくゼロに等しいがな」
バリス殿下の後ろ向きな言葉に、俺は首を振る。
「想い続ければ、可能性はゼロじゃない。きっと」
「――そうか? その相手には婚約者がいて、ベタ惚れの様子なんだが、今からでも俺にも挽回は可能だと思うか?」
「う……それはちょっと分からない。どこのご令嬢なんだ?」
「男だ」
「え?」
そういえば、このゲームはとても大らかな世界観設定で、同性愛も容認されているんだったかもしれない。しかし俺は過去に、実際に男同士で恋愛している人々と触れ合った事は無かった。まぁ俺に関わってこなければ、別段そっちの趣味でも問題はない。
「――まぁ、頑張ってみるのもありだと。どんな所に惚れたんですか?」
「身を呈して俺を庇ってくれたんだ」
「ふぅん」
俺も庇った事があるが、殿下は武力がないのに名目指揮官となるため、度々騎士達に庇われている。という事は、騎士の誰かなのだろう。特別思いつかなかったが、そこまで興味はないので、俺は友人として勇気づける事に決めた。
「応援してます」
「……失恋した気分なんだ」
「どうして?」
「どうしてだろうな。お前には分からないだろう。ロイルが幸せそうで何よりだ」
「ありがとうございます」
そんなやりとりをしながら、俺達は寮に戻った。
「お前の部屋に遊びに行っても良いか?」
「ええ」
玄関でそうやり取りをしていた時、ポンと俺の肩を叩く者がいた。
「俺も行っても良いか?」
不意にかけられた明るい声に振り返ると、そこには、俺の数少ない顔見知りである、ベクス先輩がいた。ベクス先輩もまた、騎士団に所属しているのだが、昨年から学園に進学していたので、約一年間顔を合わせていなかった存在である。
「あ、どうぞ」
「ベクス、久しいな」
こうして俺達は、三人で俺の部屋へと向かう事になった。短い茶髪のベクス先輩は、同色の瞳を瞬かせながら、俺に言った。
「ロイルが後輩か。騎士団ではお前が先輩だったからな」
「入団時期の問題だからな……」
「こっちでは俺が先輩か。なんだか楽しみだなぁ」
廊下を歩きながら、ベクス先輩が俺の肩を抱いた。するとバリス殿下が、俺の左腕をぐいと引いた。
「もっと端を歩かないと迷惑じゃないか?」
「あ、ああ」
俺は頷いて、バリス殿下に近づく。だが右側から先輩に抱き寄せられた。
「そんなに混雑してねぇし、大丈夫だろ」
「ベクス……」
殿下が先輩を睨んでいる。俺は曖昧に笑いながら、先輩の腕を解いた。
「殿下の仰る通りだ。先輩、先輩として見本を見せてくれ」
「ロイルにそう言われるとなぁ」
と、こうして部屋に到着した。