【第十二話】Side:グレイグB



 ――グレイグは、『ライナが望むようにしてやる事』として、当然『復讐』を考えていたのだが、困ったように笑った己の徒弟を見た瞬間、思わず苦笑してしまったものである。

 そんな日々も懐かしく、新しい春が訪れた。
 春は、ライナと出会った季節でもあるから、グレイグは嫌いではない。
 無事にリュードとスコットの結婚式も終わり、二人は高等課程へと進学し、三年が経過した。今年からは、ライナも高等課程に進学した。高等課程は、特別な事情を除いて、全寮制なので、休暇以外は自由外出は出来ない。

「……」

 頬杖をつきながら、グレイグは窓の外を眺めている。
現在グレイグは十八歳、ライナは十九歳である。今年一年は、学園内ではライナに会えない。それが無性に寂しいから、会える休日は、存分に楽しんでおこうと決意している。

 二人とも二次性徴を終えた結果、グレイグの方が長身になった。初対面の時は大人びて見えたライナであるが、今となっては、一歳年上である事が信じられないくらい純粋に見えるから困る。魔術の技巧は卓越している様子だが、筋力はグレイグの方がある。どちらかといえばライナは痩身だ。

 そのライナであるが、魔物討伐部隊で負った怪我を、無理に治癒魔術で塞いだようで、肉体に残存している痛みがまだ消失していない様子だ。

「……あと少しでも遅かったならば、俺は失っていたかもしれないんだな」

 呟きながらグレイグは怒りを覚えた。ライナを害する存在は、全て許す事が出来ない。ライナには自覚が無い様子だが、体はボロボロだった。本来、適切な医術でじっくりと負傷は治すほかない。それを無理に魔術で『修復』していたような状態であるから、これから時間をかけて癒すしかない。それが、それとなく呼び寄せた医術師に診させた結果だった。少なくとも、残り一年間程度は、安静が必要だという診断だった。

 ライナの事を考えると、胸が張り裂けそうになる。
 その時、迎えに行かせた馬車が停まるのが見えた。立ち上がり、グレイグは玄関へと向かう。すると丁度ライナが入ってきた所だった。

「ようこそ」
「お邪魔します」

 まだ慣れない様子のライナが、本当に初々しい。使用人達を見ては、ビクビクしているのが伝わってくる。微笑ましくてずっと見ていたくもなったが、それ以上に二人きりになりたかった為、グレイグはライナを促し自室へと向かった。

 そして執事が紅茶とティースタンドの用意を終えてから、いつものようにライナを膝にのせる事に決める。

「≪|座ってくれ《ニール》≫」

 声をかけると、立ち上がり、僅かに頬を染めて照れながら、ライナがグレイグの膝に座った。今ではすっぽりと、グレイグはライナを抱きしめられる。片腕でライナの腰を抱き寄せ、もう一方の手でライナの頬を撫でながら、グレイグは微笑した。

「≪Good≫」
「……」

 グレイグが褒めると、ライナはいつも嬉しそうに両頬を持ち上げる。見ていて飽きない。だが、最近はそれだけではない。もっとずっと以前からではあったが、グレイグはライナの唇が欲しかったし、さらに言えば押し倒したかった。だが、ライナの体への負担を考えて、あと一年は待とうと考えている。今体を繋げば、恐らくライナの肉体は痛みに悲鳴を上げるだろうという判断だ。

 欲しいのは全てだ。例えば、心。別段、肉体だけを求めているわけではない。無論肉体も欲しいが、そうではなく『全て』が欲しいし、その全てをグレイグは、支配したいと望んでいる。信頼関係はある程度築いてきたと考えているが、まだまだ足りない。

 それに、まだ難題が一つある。
 結局のところ、後夜祭の日に言いそびれてから考え続けている告白の言葉だ。
 まだ、好きだという気持ちを、グレイグは伝えられないでいる。

 だが、その理由は、フラれるのが怖いからでは無い。フラれたとしても、己の全力をもってして、絶対に手放すことはしないし、心を占めつくすまで溺愛する所存だ。

「≪|こちらを見ろ《ルック》≫」
「……ん」

 青いライナの瞳に、自分が映り込んでいるのがよく分かる。

「本当に、≪良い子≫だ」
「……」

 幸せそうに再びライナが頬を染めた。蕩けたように変化している瞳を見て、思わずグレイグはライナを抱きしめる。好きで好きでたまらないし、大切でならない。

「ライナは俺をどう思っている?」
「え?」
「≪教えてくれ≫」
「え、えっと……グレイグは、グレイグで……俺の徒弟だ」
「……好きか嫌いかで教えてくれ。≪答えは?≫」
「……っ」

 ライナの瞳が揺れた。頬がより赤く染まる。

「≪目を逸らすな≫」
「!」
「≪言え≫」
「ぁ……そ、そ、その……だ、だから……俺は……――好きだ」

 非常に小さな声音で、ライナがそう紡いだ。その言葉を耳にした瞬間、グレイグは幸せがこみあげてきた気がして、より腕に力を込めた。

「≪よく言えたな≫」
「……ああ」
「もっと聞きたい」
「……恥ずかしい」
「≪言え≫」
「……好きだ」
「≪Good≫」
「……っ、ぁ、好きだ。グレイグが好きだ」

 ライナの瞳が完全に蕩けた。力が抜けてしまった様子で、グレイグの胸板へと倒れ込み、そうしながらライナがぼんやりとしながら幸せそうな顔をしている。【|Space《スペース》】に入り込んだ様子だ。

「グレイグ、好きだ……好き」

 とろんとした瞳を瞬かせながら、ライナが続ける。こうなると記憶があいまいになるようだとも知っている為、この時ばかりはグレイグも思う存分囁ける。

「俺も好きだ。俺は、ライナを愛している」
「うん、ぁ……俺も愛してる」
「どのくらい?」
「いっぱい」
「いっぱい?」
「好きだ……グレイグが好きだ……」

 そのままライナが眠ってしまったので、額にキスを落としてから、暫くグレイグは愛しい相手を抱きしめていた。