【二十五】溺愛(★)
その後。
山縣は、いくつもの事件を解決していった。それは、僕が犯罪事件マッチングアプリで見つけてきた依頼もあれば、青波警視正からの依頼もあった。本日も、青波さんが来ている。
「いやぁ、すごねぇ。さすがだな、山縣。あと、朝倉くんの助手力。山縣がやる気を出すには、やっぱり朝倉くんは必要不可欠ってことだな。探偵は助手がいないと生きられないもんな」
その言葉を聞きながら、僕はコーヒーを淹れていた。なんだか照れくさい。
青波さんが手渡したタブレット端末を見て、山縣は険しい顔をしている。
「青波」
「やっぱりこの依頼は引き受けられないか?」
「――いいや、俺が個人的に追いかけていた。絶対に許すつもりがなかったからな。三つ路地を先に行ったところコンビニで、毎日唐揚げ弁当を買う、イフェナンスっていうアプリゲームを開発している会社の代表取締役社長の家にいけ。そこに、十六夜がいる」
「!」
青波さんが驚愕したように目を丸くしてから、無言で立ち上がった。そして僕が珈琲を振る舞う前に、足早に帰っていった。
十六夜という名前に、僕はカップを置いてから、息を飲む。
すると立ち上がった山縣が、僕を抱きすくめた。
「安心しろ、危険はない。俺がついてる」
「……山縣……」
「春日居は、結局、今後も推理をするという条件で、無期懲役にはなっているが、使役囚と同じで、身体拘束をされている。危険はねぇよ」
「ねぇ」
「ん?」
「僕は……もう、大丈夫だよ?」
苦笑して僕が言うと、僕の体を反転させて、山縣が僕の額にキスをした。
「俺が、大丈夫じゃねぇんだよ」
――それから少しして、僕の誕生日が訪れた。
この日山縣は、ソファに座って僕を見ると、優しい笑顔を浮かべていた。
「やっと俺も、素直に祝えるようになった」
「え?」
「俺も大人になったんだよ」
そう言って僕の肩を抱き寄せると、山縣が掠め取るように僕の唇を奪った。
思わず赤面した僕は、それからキッチンの方を見る。そこには、山縣が用意してくれた料理やケーキが並んでいる。一見しただけでも、やはりクオリティが著しく違う。僕の用意したケーキとは異なり、山縣が作ったものは、どう見ても、専門のお店でパティシエさんが作ってくれたようなできであり、輝いて見えた。
料理は、ここ最近は、僕達はほぼ日替わりで作っている。山縣は、僕の手料理を食べたいと言ってくれるので、僕も気合を入れるのだが、半分は山縣がやるようになった。
「朝倉に、食べさせたいんだよ」
そういわれると、僕は言葉が出てこなくなる。気を抜くと、他の家事も、全て山縣がやっている。まるで過去に戻ったかのようだ。ピシっとアイロンがかけられたシャツ、チリ一つない部屋、的確に分別されたゴミ、なにもかも、やっぱり山縣は、完璧だ。
「僕にもやらせてね?」
「おう。頼りにしてる」
「うん」
「ただ、今のお前は、俺の助手の仕事があるだろ? 昔とはもう違う。俺は、お前がいねぇと推理もできないし、お前がいるから頑張れるんだよ」
山縣の言葉に、僕の胸は満ちる。今では、捜査資料の整理や、青波さんとのやりとりも、僕は任せられている。ただ朝は、僕は起こされる側に戻った。早く起きた山縣は、朝食を用意してから、僕にキスをし、僕を揺り起こす。
「ん」
柔らかな感触に浸りながら、僕は目を覚ます毎日だ。僕の髪を撫でる山縣の瞳は、いつも優しい。そして夜は、多くの場合、僕は山縣に腕枕をされ、撫でられながら微睡んでいる。まだ一度も、僕達は、ここで暮らすようになってからは体を重ねていない。山縣は、僕に体を求めない。ただ優しく僕を抱きしめて、腕枕をし、僕の頭を撫でるだけだ。
山縣はとにかく僕を可愛がり、僕を甘やかしている。
僕は思わず赤面する事が多い。
「愛してる」
今日も山縣が、僕に愛を囁いた。僕の記憶が戻ってから、山縣は僕に好意を繰り返し伝えてくれる。僕は嬉しくていつも泣きそうになる。
「僕も、山縣が好きだよ」
どうして、こんなにも好きなのに、その気持ちを僕は忘れていたのだろう。それが不思議だ。ただ、考えてみると僕は、再会してからも、山縣がどうしようもないダメ人間だと思っていたのに、どこかで惹かれていたのだから、二度、恋をしたのかもしれない。
「朝倉、ずっとそばにいてくれ」
「うん」
しかし――素直になった山縣の、愛の言葉と笑顔は、本当に破壊力が高い。僕は抱きしめられながら、愛に浸るのだけれど、胸がいちいちキュンとする。端正な顔をしている完璧な山縣による僕への溺愛は、とどまるところを知らない。この日も抱きしめられながら、僕は終始赤面していた。相思相愛というのは、とても幸せだなと僕は思う。
――探偵ランキングと探偵ポイントは、四月に更新されるのだが、速報として、十月にも一度、その時の状況が発表される。
僕はドキドキしながら、結果の通知が届いたので、探偵機構の連絡用アプリを開いた。
そこには――探偵ランキング一位、探偵ポイント一位、暫定Sランク、山縣正臣と記載されていた。目を丸くし、僕は隣にいた山縣の服を引っ張った。
「山縣、やったよ! おめでとう!」
僕が画面を見せると、最初興味がなさそうにしていた山縣だが、大喜びで満面の笑みの僕を見ると、薄く笑った。それから誇らしげに言った。
「朝倉の望みは、俺は何でも叶えたいからな」
そういうと、山縣が僕の肩を抱いた。僕は、幸せでたまらなかった。
別に山縣が、Sランクの探偵じゃなくても、そう――ダメなままでも、僕はきっとそばにいた。けれど、今の生き生きしている、自分を取り戻した山縣の方が、僕は好きだ。
その夜。
僕達は、この日も一緒の寝室に入った。そして山縣が僕を腕枕しようとした時、僕は思わず、山縣に抱き着いた。
「ねぇ、山縣」
「ん?」
「僕……山縣が欲しいよ」
「っ、あのな」
「ダメ?」
「――俺がどれだけ堪えてると思ってるんだよ。お前がつらい記憶を思い出すんじゃないかと、それが心配で、俺は堪えてる」
山縣は僕の後頭部に手を回し、きつく抱き寄せた。
「大丈夫。山縣なら、怖くない。僕、山縣が好きだから、山縣が欲し――ッ」
僕が言いかけた瞬間、山縣が僕の口腔を貪った。激しく熱烈なキスに、僕は酔いしれる。舌を絡めとられ、甘く吸われる。僕の体がツキンと疼いた。
「ぁ……」
キスを繰り返しながら、山縣が僕の服を乱していく。
僕が一糸まとわぬ姿になったのは、それからすぐの事だった。山縣も服を脱ぎ捨てる。そうしながらも、僕らは何度も唇を重ねる。お互いを、お互いが求めあっていた。
それから僕らは見つめあう。山縣の黒い瞳に、僕が映りこんでいる気がした。
僕を優しく押し倒した山縣は、微苦笑してから、僕の鎖骨の少し上に吸い付いた。それから、僕の肌にキスマークをいくつも散らしていく。ツキンと体が疼くたびに、僕の心が満ちていく。
山縣の骨ばった指が僕の肌をなぞっていき、その後丹念に愛撫を始めた。久しぶりに感じる僕の体は、すぐにさらなる快楽を求め始める。山縣は、焦らすでもなく、かといって性急にでもなく、僕の快楽を穏やかに昂め、やさしくやさしく僕を追い詰めていく。
「あ、あっ」
陰茎を握りこまれて擦られて、僕はすぐに果てたくなった。
「出せ」
「ん――っ」
すると僕が望むままに、山縣が導いてくれた。僕が放ったものを指に絡めてから、山縣が僕の後孔を二本の指で暴く。僕は背を撓らせた。ゆっくりと差し入れられた指で、かき混ぜるようにして解される内、僕の体がフワフワとし始める。
「挿れるぞ」
「う、ん」
山縣は宣言すると、指を引き抜き、僕の窄まりに陰茎をあてがった。そして、雁首まで挿入してから一度動きを止め、僕の呼吸が落ち着いたのを見計らってから途中まで、そして根元までを優しく挿入した。
「んンン」
山縣が腰を揺さぶる。それに合わせて、僕の口からは甘い声がこぼれる。
次第に抽挿するように山縣が動き始め、僕が山縣の体に抱き着いたころには、その動きは激しさを増し、深く深く打ち付けられていた。胸が満ち溢れてくる。山縣と一つに慣れたのが嬉しい。感極まって僕が涙ぐむと、不安げに山縣が僕に言った。
「辛いか?」
「ううん、嬉しくて」
僕の声を聴くと、驚いたように目を瞠ってから、すごく嬉しそうに山縣が破顔した。
「あ、あ、あ」
そこから激しく動かれて、一際強く最奥を刺激された瞬間、僕は放った。
内部に、山縣の白液を感じながら。
このようにして、僕達は改めて結ばれた。
その後も僕達は、ペット探しから、殺人事件までをも引き受けつつ、毎日ともに、探偵と助手として、仕事に臨んだ。僕達は、その後、メディアにも取り上げられるようになった。なんだか、照れくさい。そんな日々は幸せで、僕は山縣と、今後もずっとそばにいたいいと思った。DWバースという、抗えない世界がもたらした関係性からの開始だったけれど、助手という立ち位置を超えて、僕は、山縣正臣という人間を愛している。もう、ダメだなんて思わない。僕に惜しみない愛を注いでくれる彼は、確かに僕だけの探偵であり、愛を見つけてくれたのだから。
【完】