【二十四】戻った絆







 ……僕は、忘れていたんだ。大切な、思い出を。

「山縣」

 思わず僕は、自然と両頬が持ち上がるのを感じていた。驚愕したように、山縣が僕を見ている。過去の記憶の中の山縣と、今の山縣が、僕の中で交差する。僕は思わず、山縣に抱き着いた。すると山縣が、ぎこちなく僕を抱きしめ返してきた。

「全部思い出したよ」
「……っ、そうか」
「なんで今は料理しないの?」
「――お前の料理が好きだからだよ」
「なんで今はお掃除しないの?」
「お前が家事やりたがってたからだよ」
「なんで朝起きないの?」
「毎朝お前に会いたいからだ」
「なんで今は事件を解決しないの?」
「――お前を守りたいからだ」

 その言葉を聞いて、僕は山縣の胸板に額を押し付けた。
 僕達の間には、確かに探偵と助手の運命の絆が、そしてそれを超えて、僕だけが忘れていた愛が、繋がっていた。ねじれていた僕らの間の絆が、この時しっかりと元に戻った。いいや、以前より、お互いが素直になれている。もうどこにも歪みはない。

「山縣。僕はもう大丈夫だよ。強くなった。そう思ってる。だから、これからは昔みたいに、推理して、事件を解決してよ。僕は、山縣が推理しているところを、もっと見たい」

 それから僕は、自分の耳に今もあるピアスに触れた。
 山縣がくれたのだと、もう僕は、しっかりと思い出している。

「朝倉……」

 山縣が、僕の頬に触れた。僕達は見つめあい、そのままどちらからともなく唇を重ねた。


 ――翌日。
 昨日は腕枕をされて眠った僕は、朝になって山縣に揺り起こされた。寝穢いなんてただの嘘だったのだと思い知らされながら、僕はキスをされて起こされた。

 本日も、ミステリーツアーは続いている。

「本当に続けるのか?」

 心配そうな山縣の手を取り、僕は頷いた。
 今日は島を散策し、手掛かりを入手するらしい。僕達は手を繋いで、島を回った。
 すると、日向と御堂さんと遭遇した。

「昨日、大丈夫だったの?」

 日向に言われたので、僕は満面の笑みを浮かべた。

「ありがとう。もう平気だよ。それと――思い出したんだ、全部。久しぶりだね、日向」
「っ、記憶、戻ったの?」
「うん」

 僕の言葉に虚を突かれたような顔をしてから、珍しく日向が笑顔になった。

「そう。じゃあこれからは、助手としても本気でライバルだと思わせてもらうね」

 そう言って日向が楽しそうな顔をした。
 並んで立っていた御堂さんも笑っている。
 僕はその時、二人の手に、おそろいの指輪が輝いていることに気づいた。そしていつか御堂さんが言っていた、本命が、日向だったのだとやっと理解した。

 二人と別れてから、僕はそれまで無言で立っていた山縣を見た。

「ねぇ、山縣」
「あ?」
「指輪、買ってよ」
「――考えておく」

 そうは言いつつ、山縣が嬉しそうに笑ったのを、僕は見逃さなかった。
 このようにして、ミステリーツアーの時間は流れていった。

 今回のミステリーツアーにおいても、探偵ポイントは更新される。

「お前の頼みだからな」

 最終日、僕は結果を見て目を丸くした。一位は山縣、二位が御堂さんだった。御堂さんと日向は、呆れたように山縣を見ていた。僕は山縣に笑顔を向ける。これが、山縣が推理を再開した日の記憶だ。その後僕らは、フェリーに乗って帰還した。

 以後、山縣はきちんと事件に向き合うようになった。
 僕を置いていくこともしない。それは僕を常にそばにおいて守りたいという趣旨のようだったし、事件も凶悪なものは引き受けないのだが、僕にとっては十分すぎる。なにより、事件を解決している時の山縣は、本当に生き生きとしている。それは探偵才能児由来の本質だ。探偵とは、事件があると謎を解きたくなる生き物らしい。

 そんなこんなで、七月末が訪れた。
 僕はこの日、ケーキを作っていた。すると僕を後ろから、山縣が抱きしめた。

「これは?」
「今年こそ、祝わせてよ。昔、約束したよね?」

 誕生日のケーキを見据えてから、山縣が僕の後ろで、嬉しそうに吐息した。
 山縣が後ろから、僕の左手を覆うように握った。その時冷たい感触がして、僕は驚いて目を見開く。

「あ」

 見ると指輪が嵌まっていた。山縣の手にもおそろいの指輪が嵌まっている。

「ありがとう……」
「おう」

 その日は、山縣のリクエストで、肉じゃがを作った。一番最初に出会った日は、食べる気が起きないと言っていたくせに、今では大好物らしい。なお、誕生日のプレゼントは、僕はネクタイピンをプレゼントした。

 翌週、僕は天草クリニックを受診した。金島から戻ってきてすぐにも一度診察を受けたのだが、本日は定期受診の日である。

「――という感じで、山縣が頑張ってるんです」
「そうなんだ。でも僕としては、山縣くんの活躍ぶりではなくて、朝倉くんの具合が気になるんだけどね?」

 呆れたような顔をされて、僕は赤面した。気づくと僕の口からは、山縣の話題しか出なくなってしまっていた。それは、僕が記憶を取り戻した事を告げた後の、家族からも指摘された。先日妹と通話をしていたら、「お兄様、山縣さんの話題ばっかりね」とクスクスと笑われた。僕は、スマホ越しに苦笑したものである。