【十】塔から見える風景








 食後連れられて、僕は城の回廊を歩いた。崖を切り抜いて作られているから、奥側の窓からは裏庭と岩肌が見える。逆のエントランス側には、城の前に築かれている人工湖の水面や庭園の風景が見える。僕の手を握ったクライヴ殿下は、ゆったりとした足取りで回廊を歩きながら、等間隔に並ぶ燭台や甲冑、調度品や油絵について解説してくれた。

 歴史を感じさせる回廊、階段を進み、僕達は上階の塔へと向かった。城にはいくつかの塔があるようだが、僕が連れていかれたのは、時計塔の次に大きいという展望台を兼ねた塔だった。

「……!」

 僕は目を見開く。一番上まで上がると、手すりと柵はあったが、僕の肩から上は風にさらされた。壁が無く、城の正面の湖や、城下の街並み、遠くの山が、その場所からは一望できた。美しい城の姿が湖に映り、鏡のように見える。城下の街は景観を保つためなのか、白い壁と青い屋根が多い。道は灰色の石畳のようだ。遠くに見える山はまるで絵画のように淡い色に見える。絶景というのは、こういう風景をいうのかもしれない。

「ここは、俺が好きな場所の一つなんだ。ルイスにも見せたいと思っていたんだ」
「とても綺麗です……すごい」
「だろう? そしてここから見える風景を、これから俺とルイスは守っていくんだ。それが俺達の新しい仕事だ」

 小さく隣で頷いてから、僕はクライヴ殿下の横顔を見た。

「お手伝い出来る事があればいいのですが……」
「ルイスは、そばにいてくれるだけでいい。それだけで俺は頑張れる」

 僕の手を握るクライヴ殿下の指先に、ギュッと力がこもった。
 本当に、そう思っているのだろうか……?
 僕は隣にいる事で、本当にお役に立てるのだろうか……?
 口に出して聞きたかったが、上手い言葉が出てこない。

「俺と結婚してくれてありがとう」
「僕の方こそ……」

 ……引き取ってもらったというのが正しい気がした。僕はまだ、クライヴ殿下の優しい言葉がすべて本心だとは信じられない。僕は、臆病だ。そう考えていると、ふわりと良い匂いがして、腕を引かれ抱きしめられたのだと理解した。僕を両腕の中に閉じ込めたクライヴ殿下が、僕の額にキスをした。思わず赤面し、僕は俯く。

「ルイスのためにならば、なんだってしてやりたい」
「……」
「何か望みはあるか?」

 それを聞いて、僕は暫しの間思案した。僕の、望み? 僕はこれまで、何かを望むという事を知らなかった。それは、許されてこなかった事だ。だから、答えが見つからない。

「ルイス?」
「……分かりません。僕は、自分が何を望んでいるのか、全く分からないんです」
「では、一つ一つ見つけていこうか」
「……はい」

 僕が頷くと、その顎を、クライヴ殿下が持ち上げた。そして僕の唇に触れるだけのキスをした。柔らかな感触に浸りながら、僕の胸が僅かに疼いたのだった。