【二十一】月神セレスの祝祭
――八月も半ば訪れた。王国新聞の魔術天気予報の欄に、本日はこの王領センベルトブルクは熱帯夜らしいと記載されていた。本日は、月神セレスの祝祭だ。
馬車が停車すると、御者が扉を開ける。先に降りたクライヴ殿下が、僕にそっと手を差し出した。僕はその掌の上に指を置き、ゆっくりと馬車から降りる。既に夕暮れが間近だが、まだまだ日差しが眩しい。
会場を正方形で囲むようにして、様々な出店が軒を連ねている。串にさして焼いた夏野菜、飾られている果実、他にはいつか食べに連れていってもらったクレープのように僕の知らない食べ物や、子供向けの玩具や装飾具などが並べられている。
その中央に、月神セレスへ祈りを捧げるための祭壇があった。白い石で造られていて、祭壇の上では炎が揺らめいている。聖なる月によりもたらされたという伝承の火は、通常は国内各地の大聖堂にて維持されているのだが、各地の祭典の際にはこうして運ばれてくる。既に祭壇の周囲には、聖なる舞を披露している子供達がいた。皆白地に銀糸で刺繍をした衣を纏っていて、傍らにはフルートやヴァイオリンを演奏する街の人々の姿もある。
「行こう」
クライヴ殿下が歩き出したので、頷いて僕は隣を進んだ。殿下の姿を見ると、民衆の顔が一気に明るくなる。人望があるのが伝わってくる。クライヴ殿下は、本当に優しいと僕はもう知っている。ただ時々、僕にだけ優しいのではないはずだと考える。善良で、温厚で、僕には無いものを沢山持っているお方なのだと感じている。それを寂しいと思う事は無いけれど、本当に己が隣を歩いていてよいのかという思いだけが、いつも僕の心に影を落としている。
――影(オンブル)、か。
セーフワードを取り決めたというのに、僕はまだ一度も用いていない。使う機会がない。それだけ、僕は愛されている。
最初の公務として、僕はクライヴ殿下の隣で、王領の大聖堂の大神官に挨拶をする事になっている。それまでは、あと三十分ほどだ。それを経て、正式な開幕となる。
それまでの間は、少し出店を見て回ろうと話していたので、僕達は静かに歩く。
「お、射的だな」
「射的……?」
「玩具の銃で、景品を撃つ遊びだ。小さい頃、お忍びで陛下――父とこの祝祭に参加してな。今思えば周囲は見て見ぬふりをしていてくれたのだろうが……沢山の景品を得た思い出がある。あまり狩猟は好かないんだが、玩具であれば中々に楽しかった」
懐かしそうに語るクライヴ殿下を見て、このような表情もするのだなと考える。僕はまだまだクライヴ殿下の表情の多くを知らないだろう。
「挨拶が済んだらやってみるとするか」
「はい」
こうして僕達はその後、挨拶をするために、用意されていた神官席の方へと向かった。すると立ち上がった大神官の青年が、長い髪を揺らして僕達を見た。会釈されたので、頭を下げて返す。その後、司会を務める街の名士――バルラス商会の会長の合図があったので、僕達の挨拶が始まった。